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あれこれ

2019/01/11 マクシム・コフトゥンのコーチにとって、彼が再び戻って来たことを受け入れるのは難しかった

https://fsrussia.ru/intervyu/4174-aleksandr-uspenskij-esli-na-chto-to-zamakhivatsya-to-eto-vsegda-tyazhelo-no-ty-obyazan-vyderzhat.html

2019/01/11 アレクサンドル・ウスペンスキー「もし何かをしようと決意すれば、それは常に困難だが、耐え忍ばなければならない」

====一部抜粋====

2010年フィギュアスケーター、アレクサンドル・ウスペンスキーは競技スポーツを引退し、実質的にすぐにコーチ業に入った。その時点では、その仕事を自分の目標としていた訳ではなかった。しかし、フィギュアスケートは彼を放さなかった。今日もアレクサンドル・ウスペンスキーはCSKAでコーチとして働いている。エレーナ・ブヤーノワと一緒に2019年ロシアチャンピオン、マクシム・コフトゥンを準備し、他のアスリートたちを指導している。

(タチヤーナ・フレイド、オリガ・エルモーリナ)

—あなたは今、マクシム・コフトゥンと働いていますが、彼は、おそらく、最も従順な生徒という訳ではないでしょうね?

「もし仕事のプロセスに関して言うとすれば、確かに、どんな仕事でもそうだが、困難なことはある。しかし現在私は、チーム全体で取り組んでいることから大きな喜びを得ている。マクシムが戻って来たことは、われわれが前向きに挑戦しようと言うようなものではなかった。最初は、受け入れるのも、認めるのも、仕事に加えるのも難しかった。無条件にそれは困難で、簡単ではない。しかし、面白い」。

—あなたは、今年マクシムがロシア選手権で勝つと思っていましたか? 彼を信じていましたか?

「言えることは、マクシムとの仕事では全てが、一段階、また一段階というように正しい順序を追って進んだ。エレーナ・ゲルマーノヴナ・ブヤーノワは、最初の最初から正しく関係を構築した。当初彼女は、マクシムが一定の期間で仕事が出来るような身体を作り、余計な体重を落とさなければならないという指令を出した。そして、彼はコンディションを作った。

その次はプログラム作成の段階だった。このようにして徐々に他の課題も設定された。われわれは何々の大会で何々の順位を取らなければならないなどとは、誰も言わなかった。エレーナ・ゲルマーノヴナは、最も単純なものから出発したが、われわれ全員は、一歩一歩前進していった。そしてマックスは、自分の仕事への姿勢で、彼へのわれわれの信頼を繋ぎ止めて行った。

私は自分の仕事において、自分に委ねられた最大限のものをやらなければならないという原則を貫いている。だからわれわれはひたすら働き、どうしたら最大限に到達できるか、それへのアプローチ、道筋を探した。そのようにして、まず第一歩を克服したのだ」。

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  1. 2019/01/14(月) 23:24:00|
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2019/01/09 ミハイル・コリャダー「別の人間になってピョンチャンから戻った」

https://matchtv.ru/figure-skating/matchtvnews_NI952588_Iz_Pkhenchkhana_ja_prijehal_drugim_chelovekom_Bolshoje_intervju_Match_TV_s_Mihailom_Koladoj

2019/01/09 ミハイル・コリャダー「別の人間になってピョンチャンから戻った」

====一部抜粋====

(アナスタシーヤ・パーニナ)
—ロシア選手権では、全てのフィギュアスケーターが、唯一の望みは休息を取ることだと話していました。あなたは休息を取ることが出来ましたか?

「はい! 休息を取って、元気一杯で力が満ちている。最良のお正月だった。電話のスイッチを切ったので、何も見ないで、誰の声を聞こえなかった。誰にもおめでとうのメールをしなかったし、二枚の写真を投稿したのが全てだった。食べて、寝て、映画を見た。散歩に行って来てから、また少し食べて、しばらく寝た。精神的に非常に楽になった」。

—副鼻腔炎の症状はどのようにして良くなったのですか?

「ロシア選手権から帰って、翌日に病院に行った。再度写真を撮った。医師が見て、全てが順調だと言った。通常、このようなケースでは快復に10〜14日かかる。一週間で済むのは稀なことなのだ。

再び入院して、鼻中隔を突き刺して穴を開け、チューブを挿入することが無くなって、僕は喜んだ。僕には、もちろん、過去に様々なことが有ったが、鼻中隔の軟骨に穴を開けることは、特に興味深い処置だ。気持ちが良いものではない。特に医師が頭を支え、『我慢して下さいね』と言い、砕ける音と共にチューブを押し込むのは」。

—鼻で息が出来ず、ひどい頭痛がする時に滑るのは、どんなだったのでしょう?

「何とも例えようがない『楽しみ』だよ。このような状態で滑ったことは一度も無い。誰にもこんなことはさせたくない」。

—所々で、あなたは意識を失っているように見えました。

「そうだった。フリープログラムの最後では、フラッシュのように、あるところでは覚えているが、あるところでは覚えていない。目の前が暗くなった。最後のポーズをして立った時には、本当にこれで全て終わったのだろうかと思った」。

—今年の男子シングルのロシア選手権は、成功しました。ミス無しという訳には行きませんでしたが、情感に関しては特に鮮やかなものになりました。同感しますか?

「はい、多くの男子選手たちは良くやった。僕は全員の滑りを見て、ロシア選手権での競技の全体的レベルが徐々に上がっていることを理解した。国内に健康な競争があるのは良いことだ。後で国際レベルに出て行った時に、いくつかの面で適応するのがより容易になる」。

—いかなる身体的コンディションにあっても、どんな滑りになろうとも、あなたには演技構成の質が残っています。スケーティング、ライン、動作法のクリーンさ。これは天賦の資質ですか、それとも獲得した資質ですか?

「子供の頃からの練習で獲得したものだ。僕たちのところへは時々、様々な町から選手たちがやって来る。選手が氷に出ると、彼が振付けを学んだか、学ばなかったかがすぐに分かる。僕は7歳頃から振付けを学んでいる。バーを使って練習する動きや、床上での動き — 全てがプログラムに満載だ。初めはそれについて考えたり、挑戦したり、苦心惨憺するだろうが、その後は身体がひとりでに、習慣のように自動的に全てをやるのだ」。

—もし振付けを子供の頃学ばなかった場合、大人のアスリートが、やり逃したそれを埋め合わせることは出来るのでしょうか? 例えば中国のボーヤン・ジン。振付けは彼の最強の面ではありません。

「困難だが、出来る。ボーヤンの場合は、より良くなった。僕は今シーズン彼の二つのプログラムを見ていたが、とても気に入っている。それらのプログラムは、単なるジャンプでは無く、まさにフィギュアスケートに見える。もし彼がこの方向で仕事を続けるなら、非常に立派になるだろう」。

—ボーヤンは良くなったにも関わらず、彼の演技構成点は、慣習のように低く付けられています。もしかしたらそれは、安定性が無いからでしょうか?

「そこには多くの要素があると思う。安定性に関して言えば、現在の彼の生活がどのようなもので、どのようにトレーニングをしているのかを僕たちは知らない。突然彼に何かが起こったのかも。僕たちはただ最後の結果だけを見ているのだから。彼はオリンピックで非常に良いパフォーマンスをした。それは結果に結びつく筈なのだが。オリンピック — それは、基本的に誰もが思うままになる試合ではなく、多くのエネルギーを奪う試合なのだ」。

—あなたは、オリンピックは全ての選手が思うようになる訳ではないと言いました。時にはアスリートが何年もトップレベルでパフォーマンスをしているのに、オリンピックに出場すら叶わぬことがあります。そして一方では、他の大きな勝利も無いのにオリンピックでだけ『シュート』出来る人もいます。それは宝くじかしら?

「確かに競技スポーツにおいて運は大きな比重を占める。オリンピックでは何でも起こり得る。何でも。文字通り『ビリが一番にもなる』。選手は良く眠り、正しく食べ、心理的にも身体的にも良く準備しなければならない。これら全てが合致すれば、望んでいなかったことさえ行うことが出来る。
・・・
僕は準備をしたし、何らかの自分の問題も解決した。結果的には、起こったようなことが起こった。それは修正することも出来ないし、もう一度生き直すことも出来ない。前に進まなければならない。次のオリンピックを目指さなければならない」。

—団体戦のショートプログラムには、どのような気持ちで出て行ったのですか?

「(考え込んだ)僕はある時点で、燃え尽きていた。僕が試合に出て行く時には、少し不安があって緊張しなければならない。何らかの火が燃えていなければならない。それなのに僕は、出て行くと、自分が空っぽだと分かった。エネルギーも無ければ、火も無かった。今何が起こるのかを考えたくもなかった。心の奥底では、悪い結末を予想していたのだけれど。これら全てが起こってしまった時、僕はただ・・・精神的に自分で自分を機関銃で撃った。影の自分を。自分で自分を殺し、穴に埋めた。

僕たちは、団体戦のショートを開会の日に滑った。チームの誰かはその後、開会式を見に出かけたが、僕はただ横になって天井を見ていた。瞬きをしていたのかさえ確信がない」。

—その後個人戦に向けて、どのように自分を掘り起こしたのですか?

「依然として困難だった。ただ最重要課題の解決を誰も僕に期待しなかったけれども。僕はこのことを良く分かっていた。しかし、自分では全てを見せたかった。多分、だから上手く行かなかったのだ。リラックスが足りなかった。美しい滑りを披露することが出来なかったことが悔しい。僕は一度これらの滑りを見直した。一回だけだ。なぜなら、自分がそこでやっていることを見るのが好きになれないからだ。

つまり、これら全てが僕には何らかの理由で必要だったのではないか? 僕はこのような主義を堅持している。運命を信じないことも出来るが、何れにしてもこれは既に起こったことだ。これが僕の人生であり、僕の選手生活の一部なのだ。

—オリンピックはどのようにあなたを変えましたか?

「僕はそこから全く別の人間になって戻った」。

—良い意味で?

「そうだ。そうだと思う。大人になった。あなたにとってこれ程重要な出来事が、あなたが欲するようには全く展開しない時には、あなたは全てを別の角度から見ることを学ばざるを得ない。日常的な事柄でさえも」。

—あなたはこの経験を自分自身で耐えたかったのですか、それとも近しい人たちのサポートを必要としましたか?

「実際問題として、サポートがあった。家族から、コーチから、友人たちから。チームからも。もし彼らがいなかったら、団体戦フリープログラムに出て行けたかどうか、全く分からない。僕には非常に悪い考えがあったのだから」。

  1. 2019/01/13(日) 00:06:00|
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2019/01/07 エテリ・トゥトベリーゼ「これらの選手たちには、私たちの魂が注ぎ込まれた」 — かつての教え子たちについて —

https://rsport.ria.ru/20190107/1549092945.html

2019/01/07 エテリ・トゥトベリーゼ「これらの選手たちには、私たちの魂が注ぎ込まれた」 —  かつての教え子たちについて — 

モスクワ、1月7日、RIAノーヴォスチ。
フィギュアスケートコーチのエテリ・トゥトベリーゼは、Instagramの自分のアカウントに、オリンピック銀メダリスト、エヴゲーニヤ・メドヴェージェワを含む、かつての教え子たちの写真を載せた。

以前マスコミでは、メドヴェージェワが昨年の夏トゥトベリーゼのグループを離れたのは、ピョンチャンオリンピック女子個人戦で金メダルを獲得したアリーナ・ザギートワに関することも含めた、衝突のせいだと報道されていた。

写真で紹介されているのは、メドヴェージェワの他に、ユーリヤ・リプニーツカヤ、アナスタシーヤ・タラカーノワ、ダーリヤ・パネンコーワ、ポリーナ・ツールスカヤ、セラフィーマ・サハーノヴィチ、アジヤン・ピトケーエフ、それにセルゲイ・ヴォーロノフだ。

「これらの選手たちには、私たちの魂と、人生の一部が注ぎ込まれた。私たちは手放したが、心の中に保存した」トゥトベリーゼは、ポストにこう書き加えた。

  1. 2019/01/09(水) 22:12:04|
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2018/12/27 トゥトベリーゼの元生徒は、フィギュアスケーターでいることは高くつくのかどうかという質問に答えた

https://rsport.ria.ru/20181227/1548807111.html

2018/12/27 トゥトベリーゼの元生徒は、フィギュアスケーターでいることは高くつくのかどうかという質問に答えた

モスクワ、12月27日、RIAノーヴォスチ。
エテリ・トゥトベリーゼとエヴゲーニー・プリューシェンコの元生徒セラフィーマ・サハーノヴィチは、フィギュアスケートをやるにはどれ程の経費がかかるのかを語り、現役選手の最盛時になぜ彼女が経済的困難に陥ったのかを説明した。

エレーナ・ロージナのYoutubeチャンネルは、サハーノヴィチのことばを次のように紹介している。「フィギュアスケーターでいることは非常に費用がかかります。特に初期の段階では。ある人は初期に、ある人はずっと恒常的に。どのような結果を出すかによるのです。

最初の頃は、両親がビジネスをしていて仕事があり、彼らは良い稼ぎでしたので、フィギュアスケートの費用を出すことが出来ました。その費用というのは、相当な額で、年に百万(訳注:ルーブル。1月7日現在1ルーブル=1.62円)は下らないでしょう。

コスチュームは1着3万5千ルーブル(約5万7千円)で、2着必要ですから、それも同じく3万5千ルーブルです。プログラム作りは、最も経済的バージョンで3万ルーブル(約5万円)です。コーチにも、付加的滑りや、リンクの賃貸料など、何らかのものを支払わなければなりません。両親は、そういったことから常に私を護ってくれて、いくらかかるのかを言いませんでした。ですから、リンクを借りるのにいくらかかるのか、今でも分からないのですが、非常に高いのだろうと感じます。時には、スケート学校だけの練習では足りないこともあります」。

サハーノヴィチは、サンクトペテルブルクの代表チームに入ったことで、スポーツをやるための個人負担が軽減したと語った。

「サンクトペテルブルク代表チームに入るまでは、私はずっとこのような状態でした。入ってからは、ペテルブルクスケート連盟が、合宿費用を出してくれるし、スケート靴を支給してくれ、コスチュームの一部を支払ってくれます。結果を出した時には、給料にかなりの額を加算してくれます。賞金や給料で、私は2~3年で、アパートメントを買えるだけ貯めました。その期間は、私たちにはさらに賃貸のアパートメント代、食費、被服費の出費があったのですが」。

彼女は、結果が低迷するに連れて金銭的ゆとりも傾いたと語った。

「しかし、私が代表チームから除かれると、お金は全く無くなりました。当然のこととして、私は不振に陥り、そうなったからには、誰も代表チームで維持しようとはしないでしょう。練習もあまり出来ずに、滑りも悪く、試合でのパフォーマンスも悪かった。非常に困難でした。

ビジネスで問題があってからは、ママはもう働いていなかったし、私には給料がありませんでした。彼女はi医学が専門だったので、家の隣にある病院の、診察券を発行するような登録部で働き始めました。給料は1万ルーブルでした。私たちはそのお金で生きていたのです」。

現在、サハーノヴィチはアンゲリーナ・トゥレーンコの指導の下で練習している。今シーズン彼女はワルシャワカップで勝利し、グランプリアメリカ大会で5位になった。

  1. 2019/01/08(火) 01:03:00|
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2018/12/30 パトリック・チャン「フィギュアスケートの後は、資金が足りればワイン醸造の仕事をする」

https://rsport.ria.ru/20181230/1548880915.html

2018/12/30 パトリック・チャン「フィギュアスケートの後は、資金が足りればワイン醸造の仕事をする」

====一部抜粋====

(エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
—ジャーナリストの観点からすると、あなたは、団体戦で獲得したオリンピック金メダルを携えて、アスリートの見本となるような形で現役を引退しました。選手生活を終了すると決断し、それを未だ公表しなかった時期、自身は何を感じていましたか?

「自分にとって簡単なことだったと言えば、嘘になる。非常に難しく、非常に怖かった — おそらくこれは、自分の人生を永久に変えるという時の普通の人間の感情だろう。20余年の間僕の人生は『パトリック — フィギュアスケーター』という二つの単語に納まっていたし、それ以外の全てのことは、どっちみちその二語の周りを回っていた。大人になるに連れて、何らかの時に僕は深く考えるようになった:氷の外では僕は一体何なのだろう? 人生からフィギュアスケートを取り除いたとしたら、僕の今後の人生は一体どのように展開していけるのだろう? どのように計画すれば良いのか — 白紙から? 

これに関する全ての苦しい思いが落ち着いた今、去るために非常に適切な時期を選んだことを認めない訳にはいかない:男子シングルスケートにおいて起こっている傾向を考慮すれば、自分自身で脇へ退く一歩を踏み出さなかったなら、僕は脇へただ追いやられていただけだっただろう」。

—四年前のソチオリンピックの後一年の休養を取った時、あなたは引退に非常に近い距離にいたと、私は感じましたが。

「引退にどれ位近づいたのかは、あなたには想像すら出来ないでしょう。僕はあのオリンピックの後完全に意気消沈した — ある時突然、滑る以外に全く何も出来ないことに気が付いたのだ。その時、特に、将来について考え出したし、自分は何に興味があるのか、自分は幸せになれるのか、新しい人生は『パトリック — 元フィギュアスケーター』という悲しい公式に納まることになりやしないかなどと思案し出した。ソチからピョンチャンまでのこの四年間は、自分の頭で理解するのに大いに役立った」。

—2015年にあなたがフィギュアスケートに復帰したのは、オリンピック団体戦のためだけだったとの説がありますが。

「正直言って、2015年には僕は全くそれについて考えなかった。自分にとって快適な場所に戻っただけだった。そこでは、どう練習するのか、大会でどうパフォーマンスするのかを隅々まで全て分かっていたし、僕の生活の一時間ごとの時間割がきっちりと組まれている、そういう場所だ。

その後、当然ながら、疑問が生じた:何のために自分はこれら全てをやっているのか? 個人戦でのメダルを目指して戦うことは、もう既に出来ないことを僕は良く理解していた — この列車は、ソチで僕から遠ざかって走り去って行った。そこで団体戦が素晴らしいモチベーションになった。非常に強いモチベーションになったとさえ言える。ソチの前には無かった程の」。

—走り去った列車・・・とあなたはとても穏やかに口にしましたね。

「何か問題でも? アスリートが人生最高のプログラムを滑ったとしても一位になれないという理解に至った時、それは悔しいし、苦痛だが、しかしこれは、実のところ、競技スポーツが人間に与えることが出来る最も尊い、最も価値ある経験なのだ。

この瞬間、自分の人生において何が重要なのかという理解が、実際に始まる。メダル? ナンセンス! どんなメダルであれ、それはその時だけの、物質的物品にしか過ぎないし、もしあなたがメダルを自分の全人生の唯一の目的にするのだとしたら、勝利しない時には、何もかも失うことになる。勝利したとしても、同じことだ。

競技スポーツの中で長く生きるためには、この競技生活が苦しみのものとならないためには、全く別のモチベーションが必要だ。非常に苦しい練習からでさえ喜びを得ることが出来る能力、自分が滑っているのは、やりたいからだ、好きだからだという理解が必要なのだ。それこそを最重要視する必要がある。少数の人間だけが、このことを考えている。この理解に到達するためには、一定の内面的成熟が必要だ」。

—ソチオリンピックの前、あなたは大学教育を受ける試みを何度か延期しました — 勉学と練習を両立させる可能性を全く見出せなかった。夏にエール大学に入学したネイサン・チェンは、これが上手く行くと思いますか?

「ネイサンは、驚く程才能のある若者だ。これは身体的才能のことを言っているのではない。彼には素晴らしい頭脳があるのだ。彼の両親や、彼自身と話をしたし、彼に兄弟姉妹のことを尋ねたりもしたが、彼らは全て非常に卓越した人物なのだということが分かった。僕自身は、自分の能力に関することでは全く持って現実主義者だから、勉学と競技スポーツは両立出来ないと非常に早い時期に理解した。手に負えないと。おそらく、だから今、僕はチェンのことを、興味を持って見ているのだろう。

彼は本当に驚くべき人だ:アスリートとしてのチェンは、絶対的に偉大なのに、気さくに話をするし、自分の両足でしっかりと立っている。地から足が離れないのだ。そもそも、アメリカ代表チームのナンバーワンで、同時にエール大学で学んでいるということが一体どういうことなのかを、ほとんどの人が想像出来ないと僕は思う」。
・ ・・
—ロシアでは、二度の世界女王エヴゲーニヤ・メドヴェージェワとのオーサーの仕事について非常に活発に議論がなされています。メドヴェージェワは、オリンピック前の自分のコンディションをどうしても見出せないでいます。これについてカナダではどう言われていますか?

「言えるのは、これに関して僕自身が考えることだ。まず忘れてはならないのは、ジェーニャがとても若いということ。ピョンチャンオリンピック前の3シーズンに渡って特別に起こったような、全ての競技会で連続して優勝することを彼女に求めることは、度を越していると僕には感じる。今メドヴェージェワは、建設の時期にあると僕なら言うだろう。新しい身体、新しい技術、新しいプログラム、新しい心理の建設だ。それに加えて — 別の国への移転だ。

問題は、カナダには別の文化や別の食べ物があるということに収まるものではない。ここでは全てが違うのだ。アスリートとコーチとの関係も含めて。クリケットクラブにおけるコーチ集団全体の基本的な立場は、僕とあなたが既にまさに話したように、まず何よりもフィギュアスケートを好きになることをスケーターに教えるのだ。人は、心から好きなことを悪くやることは出来ないのだ。もし選手が自分を信じているのなら、もし彼が、滑り、音楽、振付けの面で成長することが気に入っているのなら、結果は必ずやって来る。

ただジェーニャは、まだこの道の端緒に着いたばかりだ — 『ジャンプする女の子』から、どのような会場をも泣かせたり、共感させたり出来るフィギュアスケーターへの道の端緒に」。
・ ・・
—あなたの競技スポーツでのコレクションの中には、三つのオリンピックメダルと、三つの金メダルを含む五つの世界選手権メダルがあります。これらの中でどの賞が・・・

「最も忘れがたいものか?」

—いいえ。変に聞こえるかもしれませんが、最も大きな落胆をもたらしたものは。

「それは言うまでもなく、ソチの個人戦での銀メダルだ。それを恐ろしい失敗だったと考えるのを止める迄は、僕はこの結果を非常に長いこと受け入れることが出来なかった」。

—それは、金メダルを獲得した羽生結弦がソチで最良の形で滑った訳ではなかったと言うことと何らかの関係があるのですか?

「そうだ。言ってみれば、ドアは開いていた。しかし、僕はこれを利用することが出来なかった。時間が経った今、この結果が公正だったことを認めなければならない。僕はただ、オリンピックチャンピオンになる準備が出来ていなかったのだと判ったのだ。そして、そうであるなら、金メダルにもふさわしくなかったのだ。

一方ピョンチャンでは、時が来たという気持ちが僕から離れなかった。それが団体戦に過ぎなかったにしても、僕はオリンピックチャンピオンになるだけの成熟をしたのだ」。
・ ・・
—それでは、最後の、年末にふさわしい質問です:カナダにいて、どの国のワインを飲むのが好きですか?

「驚くかもしれないが、ブリティッシュコロンビアでは、良質の独自のワインをかなりの量生産している。夏のカナダは非常に暑い気候だが、葡萄畑にとってはちょうど良い。オカナガン渓谷のワインならどれを取っても、間違いは無い」。

—専門家の意見の感じがします。

「僕は、そもそも飲むのが好きだ。高い技能を持つワイン製造者たちによって高められた伝統と、非常に複雑なテクノロジーが有機的に結合しているのが気に入っている。だから僕は、ワインの本物のファンだ。霜に触れたブドウから作るアイスワインを含む、デザートワイン、スパークリングワインの製造を専門とするオンタリオのワイナリーの一つで働いたことさえある。

その製品を僕が宣伝しているブランドのテーマに深く没頭することは面白かった。ついでに言えば、ワイン醸造は僕の将来のビジネスの一部になるかもしれない — もし僕の資金が足りれば」。

  1. 2019/01/05(土) 01:36:33|
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2018/12/24 シニアフィギュアスケート競技への年齢制限に関する、プルシェンコとミーシンの意見

https://www.fontanka.ru/2018/12/24/096/

2018/12/24 タチヤーナ・ナフカ「少女たちは大人と一緒に滑るより前に、身体を成熟させなければならない」
女子フィギュアスケートの規則を変えるべき時なのか — 

====一部抜粋====

ロシア選手権の結果を受けて、ペテルブルクインターネット新聞「フォンタンカ」は、専門家たちに質問をぶつけてみることにした:子供たちに負担をかけるのを止めて、シニア競技への出場年齢を上げることが出来るのか、必要があるのか?

[二度のオリンピックチャンピオン、エヴゲーニー・プリューシェンコ]
「年齢を上げることは出来る。何歳からか? 16歳位からは既に、シニアの競技会に入れることが出来る。14〜15歳はまだ子供だ。あるいは、このカテゴリーのために何らかの個別の大会を行うのだ。同様のロシアジュニア選手権があるけれども。しかし、これは純粋に僕の個人的な意見だ。でも、ジュニアの女子選手が、より難しいプログラムというのはどうだろう。

これらの少女たちは、まだ大人のアスリートとして成熟していない。彼女たちには、別の身体、別の敏捷さ、別の速度、別の体重がある。もし彼女たちが、17~18歳になって同様に滑ったなら、大きな尊敬に値する。僕は、今ロシア選手権で滑った少女たちのうちの何人かは、同様に滑るだろうとは思う。しかし、全員ではない。

出場資格年齢を引き上げると、シニア競技に移行するまで待ちたくないというアスリートたちのある程度の人数を失うのではないかと、危惧する人たちがいることを理解している。

しかし、僕はもう一度言うが、女子フィギュアスケート —  それは別の優美な動作を持ち、別のカリスマ性があり、別の感情、別の情感があるのだ。それは滑りの広がりだ。

僕は良く覚えているが、1998年のオリンピックで、タラ・リピンスキーがどのように滑ったか、ミシェル・クワンがどのように滑ったか。ミシェルは年上で、彼女の滑りは全く別物だった。それは、大人のアスリートの滑りだった。しかし、15歳のリピンスキーが勝利した。彼女の滑りは、その時まだ少女のものだったけれども」。

[ソ連邦功労コーチ、アレクセイ・ミーシン]
「砂漠でライオンがダチョウを追い駆け、ダチョウが逃げ切れないと感じた時には、ダチョウは頭を翼で覆い、これから起こることを待つ。ジュニアの才能ある女子フィギュア選手が出現したからと言って、われわれは『翼で自分を覆う』必要は無いと思う。

それに、今これについて話す意味があるだろうか? 四年間に向けて規則が既に採択された。このことに関しては、ISU総会(2018年6月に行われた — 編集部注)よりも前に話すべきだったのだ。今これを話しても無益だ。翼の下から頭を出し、仕事をしなければならない。

規則があるのだとすれば、それに従って生きなければならない。現実が示していることは、この競技スポーツが不可避的に若返りの道を歩んでいるということだ。そして、15~16歳には難しくて出来なかったことが、今ではもっと若い選手にも出来るようになったのだ。

適切な計画、負荷の配置の下では、これは惨事にはならないと思う。少なくとも、人々が考える程有害ではない。現在四回転ジャンプでわれわれを驚かしているこれらの少女たちは、将来、幸せな母親になるだろうと思う」。

  1. 2018/12/29(土) 00:47:41|
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2018/12/24 タチヤーナ・タラーソワ「フィギュアスケーターのシニアの出場資格を16歳まで引き上げる価値はあるでしょう」

https://rsport.ria.ru/20181224/1548569923.html

2018/12/24 タチヤーナ・タラーソワ「フィギュアスケーターのシニアの出場資格を16歳まで引き上げる価値はあるでしょう」

モスクワ、12月24日、RIAノーヴォスチ、アンドレイ・シモネンコ。
ソ連邦功労コーチ、タチヤーナ・タラーソワは、フィギュアスケートにおけるシニアの出場資格を16歳まで引き上げる価値はあるだろうが、それ(16歳)以上に引き上げることではないと語った。

現在、シニアの競技会に出場出来るのは、15歳以上のフィギュアスケーターだ。シニアのロシア選手権では、14歳のアンナ・シェルバコーワとアレクサンドラ・トルーソワが、それぞれ金メダルと銀メダルを獲得した。15歳のアリョーナ・コストルナーヤは、銅メダリストになった。三人のうち誰も、今シーズンのヨーロッパ選手権と世界選手権への出場資格を持っていない。

「私たちは、ISUが作ったものに従わなければなりません。それは、もしかしたら正しくないかもしれない、しかし、現行のような規則があるとすれば、それに立ち戻るのは、四年後しかありません。

もし、この(年齢制限の)問題に向けて準備をすれば、私たちはそれを変更することが出来るでしょう。誰も今のところ準備をしていませんが、しかし私なら、もちろん、1年引き上げて16歳にするでしょう。それ以上は上げません」。タラーソワは国際メディアグループRussia Todayの記者会見でこのように語った。

「私たちは女子選手たちにも強くなる機会を与えたいのです。そして私たちのために歴史を作った少女たちにも。また人間的に現役を引退する可能性を与えたいのです。そしてこの(選手生活の)期間が(落ち着いて)何らかのものを習得する機会を与えるものにしたいのです。

しかし、これは(年齢制限は)今すぐ私たちが心配しなければならない問題ではありません。四年後、恐らく、この問題が提起されるでしょう。しかし、国々がどのような投票行動を取るかは、誰も分かりません」。タラーソワはこう指摘した。

オリンピック女王アリーナ・ザギートワは、ロシア選手権で5位、2018-オリンピック準優勝者エヴゲーニヤ・メドヴェージェワは7位だった。

  1. 2018/12/26(水) 00:29:00|
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2018/12/25 メドヴェージェワは、近しい友人であり、同じ女子フィギュアスケート選手である二人の支援に感謝した

https://rsport.ria.ru/20181224/1548575017.html

2018/12/25 メドヴェージェワは、近しい友人であり、同じ女子フィギュアスケート選手である二人の支援に感謝した

モスクワ、12月24日、RIAノーヴォスチ。
ロシアのフィギュアスケーター、エヴゲーニヤ・メドヴェージェワは、Instagramの自分のページで、同じロシア選手権に出場した二人の女友達に宛てて感謝の気持ちを表した。

「私に二人の女友達がいてくれたことを、彼女たちに感謝します。私たちは滅多に会わないけれど、でも私たちの出会い — それは忘れられない瞬間だったわ。彼女たちのお陰で、私は、このロシア選手権でポジティブを保つことが出来たのです」。メドヴェージェワはこのように書いた。

写真の中で彼女は、(メドヴェージェワを支持する意見を恐れずに)公表した勇気ある女性だとしたスタニスラーワ・コンスタンチーノワとアナスタシーヤ・スコプツォーワと一緒にポーズを取っている。

コンスタンチーノワは、女子シングル競技で4位になり、ヨーロッパ選手権の出場選手に選抜された。
スコプツォーワは、キリール・アリョーシンとのペアで、アイスダンスで5位となり、ヨーロッパ選手権への出場は叶わなかった。


  1. 2018/12/25(火) 00:23:00|
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2018/12/21 タチヤナ・タラソワ「メドヴェージェワは困難な時期を克服しようとしています。何度もありました — より強い者が負けたことが」

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2018/12/21 タチヤーナ・タラーソワ「メドヴェージェワは困難な時期を克服しようとしています。何度もありました — より強い者が負けたことが」

コーチのタチヤーナ・タラーソワは、ロシア選手権ショートプログラムでの、二度の世界女王エヴゲーニヤ・メドヴェージェワの失敗したパフォーマンス(14位)についてコメントした。

「彼女は非常に辛いのです。私たちも皆、辛いです。私たちは練習でこのような彼女を見たことがありませんでした。しかし、彼女はひたすら最初のジャンプに向かって行ったのです。

彼女は、私たちの眼前で身体的に成長しているし、困難な成長期を克服しようとしています — 確かに、こういうことがあるのです。それどころか、何度もありましたよ — より強い者が負けたことが。

彼女はここで誰とも戦う必要は無かったのです。彼女はただ出て行って、彼女が好きな、そして私たち皆が既に気に入っている新プログラムをひたすら滑るべきでした。私たちは練習の場にいて、その新プログラムを見たのです。

この頼りのなさ — しかし、皆が克服しようとしているのです。これはスポーツです。明日はもっと良くなるでしょう」。第1チャンネルの放送の中で、タラーソワはこのように語った。

文:マリーヤ・ヴェリーチコ  / 出典:Sports.ru

  1. 2018/12/22(土) 00:29:00|
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2018/12/21 タチヤナ・タラソワ「ザギートワの最良の滑りでした。文句無しでした」

https://www.sports.ru/figure-skating/1069908039.html

2018/12/21 タチヤーナ・タラーソワ「ザギートワの最良の滑りでした。文句無しでした」

コーチのタチヤーナ・タラーソワは、ロシア選手権ショートプログラムでのオリンピック女王アリーナ・ザギートワのパフォーマンス(1位)についてコメントした。

「ザギートワの最良の滑りでした。素晴らしい、の一言。何かに文句をつけようとしていた人はいたかもしれませんが、でも文句無しです。練習では全てが出来た訳ではありませんでした。多くのことを失敗し、転倒さえしました。

優れたアスリートだけが、集中するために力を抜くことが出来るのです。非常に感性的で、軽快でした。彼女は自分の動きの中で綿毛のようでした。全てのスピンは最後まで回りきり、手も足も良く伸びていました。アクセルも練習では不安がありましたが、プログラムの中では最高のものでした。もしかしたら、彼女にとっては理想的ではなかったかもしれませんが」。第1チャンネルの放送の中でタラーソワはこのように語った。

文:マリーヤ・ヴェリーチコ / 出典:Sports.ru

  1. 2018/12/21(金) 23:26:00|
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2018/12/20 マクシム・コフトゥン「ロシア選手権ショートプログラムの自分の滑りには、3+の評点をつける」

https://rsport.ria.ru/20181220/1548334932.html

2018/12/20 マクシム・コフトゥン「ロシア選手権ショートプログラムの自分の滑りには、3+の評点をつける」

サランスク、12月20日、RIAノーヴォスチ、アナトーリー・サモフヴァーロフ。
三度のフィギュアスケートロシアチャンピオン、マクシム・コフトゥンは、サランスクで行われているロシア選手権ショートプログラム(1位)で、(5段階評価の)3+(3プラス)の滑りをしたと語った。

ロシア選手権は、木曜日(20日)サランスクで、男子シングル競技で幕を開けた。コフトゥンはショートプログラムで、95.14点を得た。

「滑っている最中、大きなポジティブな力が湧いてくるのを感じた。最初の大きな試合だし、僕のプログラムは、音楽的アクセントが自分のためだけでなく、観客にも配慮して配置されるように作られているから。今日は気分が良かった。一方トリプルアクセルの失敗は、思ってもいなかった。

もしかしたら、二つ目の四回転の成功が、その後の感情に作用したのかもしれない。今日の自分の滑りに対しては、3+(5段階評価の3プラス)の評価を与える」。コフトゥンは記者たちにこのように語った。

ミハイル・コリャダーは、コフトゥンよりも少し低い94.70ポイントを獲得した(2位)。コフトゥンはさらにことばを継いだ。「僕にとっては、今のこの得点は何の意味も無い。僕たちは、自分たちの課題を遂行するためにやって来た。その課題こそが、自分たちにとっては最も重要なことだ。

僕たちの課題は、価値のあるパフォーマンスをして、ロシア代表チームに入ることだ。

今後は、プログラムの難度を上げたいし、新しい四回転ジャンプを習得したい」。コフトゥンはこのように語った。
https://www.youtube.com/watch?v=dcs5zMX_hag


  1. 2018/12/20(木) 23:05:00|
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2018/12/19 セルゲイ・ヴォロノフは、左膝蓋骨靭帯一部損傷のためロシア選手権を欠場する

https://rsport.ria.ru/20181219/1548255059.html

2018/12/19 ロシア選手権を棄権したヴォーロノフの診断が明らかになった

サランスク、12月19日、RIAノーヴォスチ、アナトーリー・サモフヴァーロフ。
ロシアフィギュアスケート連盟は、怪我のためロシア選手権を欠場するセルゲイ・ヴォーロノフの診断を発表した。

フィギュアスケートロシア選手権は、12月20日〜23日にサランスクで開催される。ヴォーロノフは、バンクーバーで行われたグランプリファイナル男子シングル競技での唯一のロシア代表だった。

「(サランスクに)出発する前の昨晩の練習でセルゲイは足を捻り、一定の時間は負荷をかけることが出来ない。彼は左膝蓋骨の靭帯の一部を損傷している」。ロシアフィギュアスケート連盟事務局長アレクサンドル・コーガンは記者会見でこのように語った。

  1. 2018/12/19(水) 22:36:00|
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