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2018/09/16 エテリ・トゥトベリーゼ「トルーソワの場合は、健康を害さないようにトレーニングし、それを祈らなければならない」

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2018/09/16 エテリ・トゥトベリーゼ「トルーソワの場合は、健康を害さないようにトレーニングし、それを祈らなければならない」

コーチのエテリ・トゥトベリーゼは、女子フィギュアスケートで四回転ジャンプを跳ぶことの難しさについて語った。

トゥトベリーゼのグループでは、トウループ、サルコウ、ルッツの三種類の四回転を持つ、14歳のアレクサンドラ・トルーソワがトレーニングしている。

「四回転ジャンプを跳ぶ際には、恐怖というファクターが存在します。サーシャ(アレクサンドラ)は、恐れを知りません。私たちのグループには、もう一人このような選手(アンナ・シェルバコーワ)がいます。これがシステムであることを、私たちは示そうとしています。

サーシャは、凝り性です。私が彼女を強制するとか、仕事に向かうよう叱責しなければならなかったことは一度もありませんでした。彼女自身が、自分に何が必要なのかを分かっていて、目的に向かって進んでいるのです。サーシャの場合は、健康を害さぬようトレーニングをし、同時にそれを祈らなければなりません。

サーシャが二本の四回転ジャンプを跳んだ世界ジュニア選手権の後、それらの四回転ジャンプの基礎点が下げられました。四回転ジャンプの基礎点を下げることがどうして出来たのか、私には理解出来ません。だってサーシャが向かっていく一つ一つのジャンプ — それは巨大な、比類のないリスクなのです。しかし、このような場合、もしそれが非常に危険なのであれば、二倍大きな価値がなければなりません。選手がこのリスクに何のために向かって行くのかを、人々が理解するために。そうでなければ、高難度ジャンプを跳ばないという動機が芽生えます。私のグループの中でさえ、失敗した時のこれ程大きなリスクを取っては、多く稼げないことを理解して、それに向かって行かない選手たちがいるのです。

身体における生理的変化(成長期)が来る迄にジャンプを跳び始めることが、非常に大事だと私は思います。何故なら、その後女子選手たちはもう、出来ることを維持することだけに努めるのですから。

今日、トルーソワは歴史を作りました。フィギュアスケートの進歩に一歩を刻みました。これが可能であるということに関して、人々やジャッジたちの世界観を変えました。他の女子選手たちは、彼女を見ながら、これが可能であることを理解し、高難度ジャンプに向かって行くでしょう」。トゥトベリーゼは、NTVの放送のなかで、このように語った。

文:マリーヤ・ヴェリチコ  / 出典:Sports.ru

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  1. 2018/09/18(火) 12:24:00|
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2018/09/17 トゥクタムィシェワは、高得点でロンバルディア・トロフィーを勝利出来て、幸せを感じている

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2018/09/17 トゥクタムィシェワは、高得点でロンバルディア・トロフィーを勝利出来て、幸せを感じている

モスクワ、9月16日、TASS特派員ヴェロニカ・ソヴェートワ。
シーズン最初の試合である、イタリアのロンバルディア・トロフィーでの勝利は、ロシアのフィギュアスケーター、エリザヴェータ・トゥクタムィシェワにとって前進するための刺激となった。イタリアの大会において高得点で勝利することが出来て、彼女は幸せを感じている。TASSとの電話取材で彼女はそう語った。

トゥクタムィシェワはショートプログラムで65.69点、フリーで140.38点、二つのプログラム合計で206.07ポイントを獲得した。彼女がこれより高いフリーでのポイントを獲得したのは、以前に2015年ヨーロッパ選手権のフリースケーティングで141.38点を得た時の一回だけだ。

ベルガモの大会では、フリープログラムで彼女は、女子シングルスケートでは稀なトリプルアクセルを、完璧では無かったが実行した。2位になったのは184.82点を得た同じロシアのソフィヤ・サモドゥーロワ、3位は日本の山下真瑚(182.22点)。トゥクタムィシェワは、2014/15年シーズンのヨーロッパ女王、世界女王、2013年ヨーロッパ選手権銅メダリストである。

「滑った後の感情は、最高に素晴らしいものでした。1位にはここしばらく、チャレンジャーシリーズでさえ、なっていませんし、その上良い滑りをしただけでなく、フリープログラムで140ポイントを獲得出来たのですから。そのような点数はこの数年間ありませんでした。

ですから、ベルガモでのこの勝利は私にとって特別なもので、これは働き、前進するための、より大きな力を私に与えてくれました。二つのプログラムは、ジャッジたちに気に入られました。フリープログラムを作ってくださったエヴゲーニヤ・グレース、ショートを作ってくださったポリーナ・メトリャシナ、これら全てのイメージを補足してくださったタチヤーナ・プロコフィエワに深く感謝しています」。トゥクタムィシェワはこう語った。

トゥクタムィシェワのショートプログラムのためのコスチュームは、近々縫い始める。「ショートプログラムの『タンゴ』のためのコスチュームは、まだ作っていませんでした。それを急ぎの仕事では作りたくなかったのです。最初に私がプログラムを感じ取って、それに溶け込み、そして初めてコスチュームを縫うことが出来るだろうと、私たちは決めたのです。もうすぐ着手します」。トゥクタムィシェワはこう付け加えた。

彼女は、グランプリシリーズ初戦(アメリカ大会、10月19~21日)の前に、エスポーでのフィンランディア・トロフィーに出場する。「最大限多くの大会への出場を目指すという、私のコーチであるアレクセイ・ミーシンのメソッドは変わりません。ですからグランプリシリーズの初戦までに、二つの試合 — イタリアとフィンランド — が私には予定されたのです」。

  1. 2018/09/17(月) 18:49:00|
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2018/09/12 アレクセイ・ミーシン「ジャンプの評価が下がる? フィギュアスケートのそのような虫垂は、既に2010年オリンピックの前にあった」

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2018/09/12 アレクセイ・ミーシン「ジャンプの評価が下がる? フィギュアスケートのそのような虫垂は、既に2010年オリンピックの前にあった」

著名なコーチであるアレクセイ・ミーシンは、フィギュアスケートにおける判定方法の変更についてコメントした。

「新規則は何の新しいことも宣言していない。上手く滑り、上手くスピンをし、そして美しく見えるようにという、これらのアピールの全ては、既にジャクソン・ハインツ(アメリカのフィギュアスケーター、バレエダンサー。19世紀中葉に生きた人で、現代フィギュアスケート創始者の一人:「コムソモーリスカヤ・プラウダ」紙編集部注)の時代に礎を置く。彼は初めて踊ることを始め、フィギュアスケートを芸術的鑑賞物へと変化させた。

これらの要素が、今回どのように変形するのだろうか? 二つの方向がある。規則のなかの新機軸を、私は二つのグループに分けて考えている。その内の一つは、審判をより容易にすることを目指していることだ。その一方で、もう一つは、フィギュアスケートをより美しくすることを目指している。

もしあなたが、シットスピンで8回転せずに、7回転半だったとしても、フィギュアスケートはそれによってより悪いものとはなっていない。しかし、審判にとっては、回転数を数えるのは容易だ。あるいは彼のシットスピンで太腿が水平だったか、そうでなかったか。鑑賞物としてのフィギュアスケートにとっては、これらのことは何の意味も持たない。しかし審判にとっては、このことは意味を持つ。

ある時、私の生徒であるアルトゥール・ガチンスキーは、スイスでのヨーロッパ選手権で、足換えシットスピンで0点を貰った。何故なら、シットの状態で彼の太腿が水平でなかったということだった。

だから、フィギュアスケートの実践のなかで、今回の新しいやり方がどういう結果に流れるのかを見てみよう。

一方で新しいことは何も宣言されていない。難易度の高いジャンプの点数が減らされた。しかし結局、人々はそれらをやろうとするだろう。フィギュアスケートのこのような虫垂は、2010年バンクーバーオリンピックの前に既にあった。当時こう言われた:「何故僕たちに四回転ジャンプが必要なの? 僕たちはトランジション(滑りのつなぎ)でプルシェンコに勝つのだから」。

それでもやはり今、人々は難易度の高いエレメンツを志向している。四回転ジャンプを跳んでいるトルーソワは、フィギュアスケートの新しい時代を提示している。クリーンに美しく滑り通すのではなく、四回転ルッツをやろうと希求している。わたしは彼女にそのことを感謝しているし、賞賛している」。ミーシンはこのように語った。

出典:「コムソモーリスカヤ・プラウダ」

  1. 2018/09/14(金) 01:51:00|
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2018/09/07 ブライアン・オーサー「かつてメドヴェージェワとは大人として一緒に仕事をしたことはなかったが、私たちは今それをやっている」〜その①〜

https://rsport.ria.ru/figure_skating/20180906/1141329480.html

2018/09/07ブライアン・オーサー「かつてメドヴェージェワとは大人として一緒に仕事をしたことはなかったが、私たちは今それをやっている」〜その①〜

====一部抜粋====

二度のオリンピックチャンピオン羽生結弦のコーチは、水曜日(5日)、フィギュアスケーターたちのシーズン前テストスケートに参加するため、自分の生徒である二度の世界女王エヴゲーニヤ・メドヴェージェワと共にモスクワに到着した。ノヴォゴルスクでブライアン・オーサーは、RIAノーヴォスチ特別特派員エレーナ・ヴァイツェホフスカヤに、自分たちの期待を短く語り、郊外のオリンピックベースでの最初の氷上練習を、メドヴェージェワが仰天するばかりに行ったことを指摘した。

—ブライアン、メドヴェージェワとの夏の練習について評価を下すことは出来ますか?

「完全に満足している。私もジェーニャも、わくわくする気持ちでモスクワに飛んで来たと十分言えると思う。やっとプログラムを披露して、この数ヶ月間に私たちがやることが出来たことを披露したいと思う。

何らかのグローバルな変化について言っているのではないが、しかし、これらの変化は確かに起こった。私の見方では、ジェーニャはスケーティングを強く進歩させた。しかし、この仕事は、ご存知のように、『どこから』『どこまで』という具合に成り立っているものではなく、それは際限が無いものだ。彼女が、何ヶ月も何年もその仕事に携わることが出来るものだ。今、私にとって重要なことは、メドヴェージェワがより良くなることであり — 私はそれを見ている。

私は、私たちの振付師デヴィット・ウイルソンの仕事を皆に披露したいととても思っている — 彼が作った二つのプログラムは、それらを見た全ての人々にとても気に入られている。ショートプログラムは、サンドラ・ベジック(フィギュアスケートの最も有名な振付師の一人)が、手伝ってくれた。デヴィッドは、私たちと一緒にモスクワに来ることを自ら申し出た」。

—あなたの見方では、ジェーニャはこれらのプログラムを公衆の前で滑る準備がどれ程出来ていますか?

「今の時点でパフォーマンスが不完全なものになるかもしれないことは分かっていることだ。しかし、誰も9月の初旬に完璧を期待してはいない。ジェーニャがひどく緊張していることは見て取れる。何故なら彼女は本質的に完璧主義者だから。しかしこの緊張は、フィギュアスケーターが自分のやっていることに強く集中させるものであり、良い緊張なのだ」。

—全てのジャンプを入れたプログラムを披露する予定ですか?

「これに関しては、私は若干異なるやり方で問題を立てる:私たちは現時点で出来る最大限の滑りをするつもりだ。プログラムの滑り込みやコンディションが出来上がるにつれて、何かが違って見え出す可能性がある。これはジャンプに関してだけでなく、振付けでもそうだ。基本的に準備システムは、十分良く出来上がっている — キム・ユナやハビ(・フェルナンデス)がそのように練習したように。私たちのところでは、ここでジャンプしましょう、ここでスケーティングをしましょう、ここで踊りましょうというようなシステムではない:スケートの全ての面に関する仕事が同時に行われる」。

  1. 2018/09/08(土) 12:56:00|
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2018/09/06 ブライアン・オーサー「かつてメドヴェージェワとは大人として一緒に仕事をしたことはなかったが、私たちは今それをやっている」〜その②〜

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2018/09/06 ブライアン・オーサー「かつてメドヴェージェワとは大人として一緒に仕事をしたことはなかったが、私たちは今それをやっている」〜その②〜

====一部抜粋====

(エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
—ジェーニャはやり易い生徒ですか?

ブライアン・オーサー:「はい、非常に。彼女は新しく会う人の誰とでも常にオープンだし、非常に高い集中力で仕事が出来る。このことは、デヴィッド(・ウイルソン)も、サンドラ(・ベジック)も指摘している。難しさは、かつて彼女とは大人として一緒に働いたことが無いことだが、これは正に、私たちが今取り組んでいることだ。ジュニアの仕事は全く別物だから、適応にも一定の時間が必要だ」。

—以前のグループでは、同じ氷の上で多くの選手たちが常に競争をすることで、多くのものが成り立っていました。

「私たちのクラブでも高い水準の競争があるが、それは少し違う競争だ。自分の周りに多くの選手たちがいて、その中の各人が常に自分自身を越えようとしている時、全く特別な雰囲気が生まれ、あたりの空気を覆う。

競争は伝染するが、しかし同時にその空気をまとった競争は、好意的で、霊感や奮起を促すものだと私なら言うだろう:誰もミスをすることを恐れない。なぜなら、どのように助けるかを知っていて、常にサポートする用意が出来ている多くの選手たちが周りにいるからだ。

私を非常に喜ばせていることは、メドヴェージェワが私たちのチームに非常に本質的に合流しただけでなく、彼女自身がこれら全てを非常に気に入っているという事実だ」。

—木曜日(6日)、あなた方はノヴォゴルスクで、非常に早い時間に、最初の練習を行いました。長い飛行や時差の影響は感じられませんでしたか?

「あなたが今言ったことを考慮すれば、ジェーニャは超人的、仰天すべき練習を行ったと私は思う。彼女は二つのジャンプを完全に成功させた訳ではなく、そのことで彼女が落胆したのを私は気が付いた。

しかし、コーチとしての私にとって重要だったのは、理想的とは言えない状態での、はつらつとした動きの面で、彼女は非常に高いスピード、滑り自体のはつらつさ、氷上での良いプレゼンテーションを維持していた。

メドヴェージェワの滑りの特質は、観客の心を掴み、自分を愛させようと常に目指していることだ。そしてそれに成功している。私はコーチとして毎回のトレーニングでこれを見ていて、完全にジェーニャに恋している」。

—全体グループでは練習しましたか?

「メドヴェージェワの以前のグループの女子選手たちは氷上にいなかった、もしあなたが、そのことを指しているのなら。私が知る限りでは、彼女たちは金曜日からノヴォゴルスクで練習を始めるということだが、それも良い:静かな環境で馴らし滑りをして、雰囲気に慣れ、そのなかでの自分を感じる時間が出来る。

全員が一緒に集まれば、状況は、多分、より神経的になるだろうけれども、大丈夫だ。私たちには、それへの用意がある」。

  1. 2018/09/07(金) 00:17:00|
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2018/09/04 トランコフは、タラーソワ/モローゾフ組が今シーズン成功すれば、2022年オリンピック迄コーチをする用意がある

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2018/09/04 トランコフは、タラーソワ/モローゾフ組が今シーズン成功すれば、2022年オリンピック迄コーチをする用意がある

モスクワ、9月4日、TASS特派員ヴェロニカ・ソヴェートワ。
ソチオリンピックペアスケート競技チャンピオン、マクシム・トランコフは、ペアのエヴゲーニヤ・タラーソワ/ウラジーミル・モローゾフ組が今シーズン成功すれば、引き続きコーチをする用意がある。トランコフがTASSのインタビューで、これを語った。

トランコフは、タチヤーナ・ヴォロソジャールとのペアで2014年ソチオリンピックチャンピオンになったが、その後二人は結婚し、現役を引退した。タラーソワ/モローゾフ組は、彼らと同じグループで — ニーナ・モーザーコーチの下でトレーニングしていた。トランコフは、今年の5月からタラーソワ/モローゾフ組のコーチを始めた。

「これは挑戦以外のなにものでもない」トランコフは語った。「われわれは次にように約束していた:当面1シーズンを働こう。もし上手く行かなかったら、その時は私、トランコフは悪いコーチで、私は失敗したということだ。私は前の仕事に戻り、彼らは、もっとプロフェッショナルな誰かと一緒に自分たちの道を行けば良い。

恨みっこなしだ — オリンピック迄にまだ3年残っているのだから、時間はある。しかし、もし上手く行ったら、2022年北京オリンピック迄一緒に行こう」。

エヴゲーニヤ・タラーソワ/ウラジーミル・モローゾフ組は、2018年オリンピック団体戦銀メダリスト、ヨーロッパ選手権勝利者(2017、2018)、グランプリファイナル勝利者(2016)、二度のヨーロッパ選手権銅メダリスト(2015、2016)、世界選手権銅メダリスト(2017)、世界選手権銀メダリスト(2018)。2017/18シーズンのISU世界ランキングで2位。

  1. 2018/09/05(水) 23:59:26|
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2018/08/24 マリーヤ・ソツコワ「ショートプログラムはラテンに固執した」

https://rsport.ria.ru/interview/20180824/1140728499.html

2018/08/24 マリーヤ・ソーツコワ「インターネットでの自分のことは全て読む」

====一部抜粋====

(エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
—あなたが自分の人生に関する重要な決定は全て自分で自主的に行うということは、身近にいる人たちにとっては、既に慣れっこになっているそうですね。大学を選択しなければならなかった今回はどうだったのですか?

マリーヤ・ソーツコワ:「正にそのようにしました。11年生になったらすぐに、どこに入りたいかを考え始めました。体育大学に行くのはあまり気が進みませんでしたし、それで深く考え始めました、そもそも具体的に何を自分は望んでいるのかと。

一昨年私は振付師としての仕事という、とても興味深い経験をしました:小さな女の子にプログラムを作ったのです。それで頭に考えが浮かびました:ロシア舞台芸術学院氷上振付け学部のチャイコフスカヤ先生のところへ入ることに挑戦しようと。

ところが、エレーナ・アナトーリエヴナ(・チャイコフスカヤ)は今年、グループを募集しないことになったのです。それでバレエ演出家の学部に入ることになったのです。『バレエ演出家・振付師』学部に」。

—これからの教育課程を、あなたはどう思い描いていますか?

「とても漠然と。9月1日にそれがどんなものなのかが分かります。学校の時よりも負担が大きくなることへの心理的な準備は出来ています。

しかし私は先生たちと既に話をして、何らかの場合は授業を欠席出来るかどうかを質問しました。その答えは、その場合に大きな問題は無いが、小テストや試験は皆と同じように受けなければならないということでした。

学校の時もそうでしたから、そのことは恐れていません。大部分のものは校外生として学びましたから。当然、なるべく授業には出るつもりです:学院の授業は朝の8時に始まり、夜の10時まで行われていますから、可能性はあるでしょう」。

—ロシア舞台芸術学院の試験を受けるのは、緊張しましたか?

「ええ、とても。創作の試験と口頭試験がありました。最初、『ジプシー』のテーマで即興演技をするよう言われ、その次に自分自身で二つのダンスを考え出さなければならなかったのです。そして口頭試験の後には、歌わなければなりませんでした。

私には音楽の才能が欠けていますから、それは、多分、とても可笑しかったでしょう。幸いなことに、この試験の時には多くの観客はいなくて、教師たちだけでした」。

—口頭試験では何について質問されたのですか?

「バレエの全歴史を話すよう言われました。それは何度も掘り返され、洗い直された概念で — このテーマで何日でも話すことが出来る程です。長く、非常に面白い歴史なのですから。私はこの全てをかいつまんで述べようと試みました。

全体として悪くない点数を獲得しました。創作試験では、100点中97点で、口頭試験では87点でした。実のところ、試験に向けて準備をすることは面白く、合宿の間、実質的にありとあらゆるバレエの文献を読みながら過ごしましたし、バレエに関する、バレエ演出家に関する、ダンサーたちに関する歴史的な映像を見ました。

そしてフィギュアスケートと共通する非常に多くの要素を見出しました。それに指導者たちは同じように振る舞い、全体としての仕事は非常に似通って成り立っています。

ですから、実を言えば、もう出来るだけ早く学び始めたいのです。待ちきれないでいます」。

—あなたの新シーズンに向けてピョートル・チェルヌィショーフが振り付けた作品は、随分と早くに出来上がったのですか?

「私たちは二つのプログラムを五月の末には既に作り終えました。私のフリープログラムは、ジャズのSummer Timeです。ショートプログラムは、ラテンです。私自身がこれに固執したのです。エレーナ・ゲルマノヴナ(・ブヤーノワ)が非常に長いこと抵抗したのにもかかわらず」。

—何故?

「なぜなら、彼女はこのイメージが私にぴったりと合うとは思えないのです。でも私はとても望んでいましたし、この構想を夢見ていました。

かつてかなり前のことですが、私のプログラムにBlack Magic Womanというラテンがありました。その時私はまだ全く小さかったので、ダンスの熱情を全て伝えることは恐らく出来なかったでしょう。

今こそ、自分のイメージに何らかの新しいものを取り入れたい、成長するための何らかの新しい刺激を自分に与えたいととても望んでいるのです。観客や審判たちに、私が多面的で、様々なものになれることを見せたいのです。それで私はラテンに固執したのです」。

—慣れない動きで、長いこと筋肉が痛んだのでは?

「私は前もって全ての準備をしました。シーズンの終わりに床の上で舞踏会ダンスに取り組みました。とてもたくさん踊り、今後のプログラムのために自分を何とか活気付かせ、強く踊ろうと試みました。もしラテンアメリカのリズムを選択し、それに基づいてプログラムを作るなら、これを上等にやらなければならないと理解していました。

当然、身体を準備しなければなりませんでした。これは難しいことですが、その準備をしました。ですから、フリープログラムは全てが簡単に行きました。振付けは非常に迅速に進みましたし、最初から全てが上手く運びました。そして全体として全員が結果に満足でした」。

—昨年、アリーナ・ザギートワの例で、女子シングルスケートにおいて難易度の優位性がどれ程大きな意味を持ち得るかがはっきりと示されました。自分のプログラムの難易度を高める面で、あなたが前進出来る余地はありますか?

「今シーズンはそのような目標は立てません。エレメンツに関してそれは可能ですが、しかし主要な課題は他にあります:オリンピックシーズンが一定の刺激を私に与えたことを見せること、フィギュアスケーターとして私が成長し、成熟したことを見せることです。そして、審判や観客が私を見ることに慣れていたようなものではない、全く別のものに氷上でなれることを見せることです。

その際、非常に注意深くライバルたちを観察し、彼らの滑りを見て、自分のために何かを気付き、何かを借りることです。例えば、カナダのガブリエル・デイルマンは非常に早く滑り、正に氷上を飛び回っています。私はこの力と強さも、自分のなかに何とか備えるよう挑戦します」。

  1. 2018/08/29(水) 01:51:42|
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2018/08/11 タチヤナ・タラソワ「今回の規則だけを見ている必要はない」 ー ジュニアテストスケートについて ー

  1. https://rsport.ria.ru/figure_skating/20180811/1140315322.html

2018/08/11 タチヤーナ・タラーソワ「世界ジュニア選手権で勝利したコーチやアスリートたちは、功労スポーツマスターの称号を受ける価値がある」

モスクワ、8月11日、RIAノーヴォスチ。
ソ連邦功労コーチ、ロシアフィギュアスケート代表チームコンサルタント、タチヤーナ・タラーソワは、世界ジュニア選手権で勝利し、難易度の高い多回転ジャンプを跳んでいるジュニアの女子選手たちに功労スポーツマスターの称号を授けることを提案した。

現世界ジュニア女王、14歳のアレクサンドラ・トルーソワは、ロシアジュニア代表チームのフィギュアスケーターたちのテストスケートで、フィギュアスケート史上女子で誰も公式試合で跳んだことがないルッツを含む、3本の四回転ジャンプを一つのプログラムで実行した。

先に2018年サッカーW杯で準々決勝まで進んだサッカーロシア代表チームが、その戦いの功績で功労スポーツマスターの称号が授けられた。

ロシアフィギュアスケート連盟のサイトに掲載されている連盟公式サイトインタビューのなかで、タラーソワは次のように語った。「私はもちろん、あれ程の難易度を克服している子供たちと一緒に働き、世界ジュニア選手権やグランプリの勝利でさえそこからやる気を得ているようなコーチたちに、これらのコーチたちや子供たちに功労スポーツマスターを授けることを提案します」。

彼女は、ISUが「全員に易しいプログラムに移ることを望んで、コスチュームや使用する音楽、良いスピンやトリプルジャンプのみで判定したがっているらしい」ことを嘆いた。「そのようなことは世界で何千人もやることが出来ます。しかし、少数者がやることを評価しなければなりません。しかも非常に高く評価しなければなりません」。タラーソワは指摘した。

「なぜなら、それが、私たちが目指すもの、地平線だからです。子供たちもコーチたちも、守られるべきです。技術的に全てを素晴らしくのみこみ、さらにやる気を持っている、このような優れた女子アスリートたちは、滅多にいないのですから」。彼女はこう続けた。

今フィギュアスケートは、「非常にシリアスな」ものになったと、コーチは指摘した。「まさにジュニアスポーツの時に多回転ジャンプを学び、その後はそれらを保持し磨き上げるだけです。なぜなら、16歳の人間は、特に女子は、四回転を習得することが難しいからです。ロシアの私たちにとって大きな喜びは — エテリ・トゥトベリーゼのグループが、セリョージャ・ドゥダコーフやダニイル・グレイヘンガウスというコーチたちと共に並外れた結果に到達したことです」。

タラーソワによると、トルーソワは(テストスケートで)「真の闘士に見えた」と言う。「彼女は喜びとやる気を得ており、そのような時には非常に多くのことが出来るのです。実際彼女とコーチたちは、やりました。トルーソワは何も恐れていません。彼女は、この世界で数名の男子がやっている四回転ルッツを跳びました」。このエレメントを男子たちが試合で跳び始めたのは、「ごく最近のこと」だと彼女は付け加えた。「トルーソワは、男子たちがやるよりも上手にルッツを跳びました。彼女は、一人の男子選手によっても、オリンピックを含む一度の競技会でもやられたことが無かったような、(ジャンプからの)素晴らしい出を実行しました」。

「このルッツ以外に、彼女はさらに二つのコンビネーションジャンプを跳びました(4-3と3-3):四回転トウループ-トリプルトウループ、単独の四回転トウループ、そしてプログラム後半に彼女は、トリプルルッツ-トリプルループを跳びました。これは、アリーナ・ザギートワがそれによってオリンピックで勝利したジャンプです」。

また専門家であるタラーソワは、トリプルフリップ-シングルループ-トリプルサルコウのシークエンスと、スケーティングの質も取り上げて、トルーソワを褒めた。

「彼女はそれぞれのステップを進化させました。彼女の一つ一つのステップは最大限のものでした。このことで私は本当に驚きました。全体として、彼ら(トルーソワとコーチたち)は進む道を示しました。どんな場合でも、降参し、(ISU総会で採択された)今回の規則のみを見ている必要はありません。なぜなら、規則を変えるのは、コーチたちだからです」。タラーソワはこのように注意を喚起した。

彼女によれば、「コーチたちが世界観を変える」と言う。「確かに、私たちに相談はありませんでした。これは正しくないし、四回転ジャンプの発展にブレーキをかけていると思います。しかしやはり、それは発展するだろうし、遥か遠くのことではありません。今、跳ぶことが出来る人たちに対し、跳ぶことを恐れない人たちに対し道に特別な障害を作ることは絶対に間違っていると私は思います。この少女(トルーソワ)がやっていることは、最大限人道に適っていることです」。タラーソワはこのように語った。

また彼女は、トゥトベリーゼの別の生徒であり、同じように四回転ルッツを持っている14歳のアンナ・シェルバコーワにも言及した。「シェルバコーワもウォームアップで四回転ルッツを素晴らしく跳びました。一回目は上手く行きませんでしたが、二回目は素晴らしいものでした。これはコーチたちの功績であり、何ものも恐れず練習している少女たちの功績です」。

「このような子供たちが私たちには必要なのです。なぜなら彼らは自分たちの才能で、今の私たちが知らない遠くの地平線を照らすに違いないからです。彼らと彼らのコーチたちのお陰で、どこに向かって前進出来るのかを私たちは見ているのです。そしてこれは非常に重要なことです。トルーソワには昨年、さらに四回転サルコウがありましたから、もし彼女がルッツを跳んでいるなら、多分、彼女は四回転ループも練習しているでしょう」。タラーソワはこのように予想した。

  1. 2018/08/14(火) 01:17:38|
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2018/08/02 アリーナ・ザギートワ「夢が叶う時」

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2018/08/02 アリーナ・ザギートワ「夢が叶う時」

====「フィギュアスケートの世界」より一部抜粋====

(オリガ・エルモーリナ、タチヤーナ・フレイド)

—もしオリンピックシーズンについて語るとすれば、それはあなたにとってどのようなものでしたか?

「シーズン始めに、オリンピックサイクルだとかオリンピックシーズンだとか沢山考えましたが、でもそれが一体何なのか、はっきりとは理解出来ませんでした。なぜならオリンピックでも、シニアの国際大会でも私は滑ったことがなかったのですから。

今言えることは、オリンピックシーズンは長くて、困難なものだったということです。最初から私は常に緊張していました。テストスケート、シーズン前の大会、グランプリ、選手権大会・・・

私たちの練習には、ちょくちょく連盟からの専門家たちがやって来ましたから、私にとってはそれも試合のようで、大会で滑るのと同じように緊張します。シーズンの間ずっと気を抜く時がありませんでした。

それぞれの試合ごとに集中しなければなりませんでした。この一年間で、私はとてつもない経験をしたと言えます。

ミラノの世界選手権では、やりたかった全てが出来た訳ではなく、悔しいです。しかし、全てのアスリートはこういったことを通り抜けるのです。私たちは、常に勝利するだけのロボットではありませんから。どんなことでも起こります。つまり、誰かが私よりも、このメダルを必要としていたのです。そして、誰かがあそこで、頭上で、あのように取り計らったのです。それに、もし私が世界選手権で勝利したなら、どうなっていたか分かりません。でもそうでなかったからこそ、前進するための刺激と動機が生まれたのです」。

—分かりきったことですが、オリンピックでの勝利は、多くのエネルギーを奪います。しかしあなたは、自分がミラノであのような滑りをすることは、考えていなかったでしょうね?

「思ってもいませんでした。オリンピックでも私は最初のコンビネーションジャンプが上手く行きませんでしたが、連続ジャンプを付け加えることが出来、そしてプログラムの最後にコンビネーションをやりました。ミラノではそれが出来ませんでした。

でもそれは、多くの人たちが言っていたみたいに、私が転倒して動揺し、次の滑りに行けなかったからではありません。そうではありません。私にはシーズンのなかで既にあのようなことがありました。最初のジャンプで転倒して、その後プログラムの最後までクリーンに滑り切ったことが。フリープログラムで気が緩み、戦意が落ちたのだとも言えません。ただ、その日私はまるで滑っているのではなく、それは夢のようでした。私は緊張していませんでした。絶対に緊張していませんでした。そして、そのことが自分にとってショックでさえあったのです — 試合の前に緊張していない? その時に、思いがチラついたのです:何かが違うわ」。

—内面の空虚さ。

「はい。身体的には私は準備が出来ていました。私とコーチたちは、プログラムを完全に滑り込んでいました。練習では全てをやりました。それなのに・・・このようなこともあるのです」。

—世界選手権ではフリープログラムの後で、エキシビション迄あなたには休息日がありました。多分多くのことを考えたのでしょう。

「頭の中で何が起こっていたか、説明することさえ出来ません。本当に、それは夢の中のようでした。何が起こっているのか理解出来ませんでした。ああそれに、滑った後で、私はドーピング検査をしなければなりませんでした。私は泣きじゃくり、頭が痛む、それなのにドーピングを受けなければならないのです」。

—長くかかったのですか?

「ご存知でしょう。一時間で済めば、この上なく有難いのです。その日私は、夜中の3時迄続きました。終わり近くになって、やっと落ち着き、受け入れました。朝起きると、また泣きました。

その後で、お陰様で、分析を始めました — 少しずつ我に返ったのです。考えました:ここで涙は役に立たないと。思い巡らし始めました — 何が上手く行かなかったのか、何故? 

その後、コーチたちや私たちの学校の幹部たちと、ミラノ散策に出かけました。彼らは私の気を紛らせました。彼らはどうすべきか知っているのです。叱ることも、勇気づけることも・・・出来ます。そして、基本的に彼らは成功しました。ガラの時は、私は別の良い気分で出て行ったのです」。

—ミラノでは何を見ましたか?

「私は既に、『ロンバルディア・トロフィー』でミラノには行ったことがあります。でもその時は、ダニイル・マルコーヴィチ(・グレイヘンガウス)と街の中心部に行き、ドゥオーモの近くを散歩しただけで、大聖堂には寄りませんでした。でも今回は、エテリ・ゲオルギエヴナ(・トゥトベリーゼ)と一緒に、長い列に並び、中に入りました。そこはとても静かでした。そして心が何か穏やかになりました。その後私たちは様々なお店を覗き、私は自分に顔の(美容液の付いた)ケアマスクを買い、最終的に落ち着いたのです」。

—あなたは今シーズンの間に、大きく変わりましたか?

「もちろんです。私の経験は、はるかに大きなものになりました。このことは、私を精神的により強くしました。自分により注意を払うようになりました:何をしなければならないか、ウォームアップの時にどう行動すべきか、動きをどう調整するか。何を変え、取り除き、付け加えるべきか・・・食事でも自分をコントロールするようになりました — もし昨日、必要以上の水を飲んだなら、翌日は液体を飲むのを減らすべきだと・・・

私は物事に、より注意を払うようになりました。ただ出て行って、滑って、自由だというのではなく」。
・・・
—(おばあちゃんと一緒に住んでいるということですが)おばあちゃんのどんな料理が、一番好きですか?

「ベリャーシ(ひき肉入りの丸い小さなピロシキ)、ドライフルーツと米の入ったピロシキ、様々なスイーツです。おばあちゃんは、祭日ごとにタタールのパイを作ります。私は一切れ、少し食べることが出来ます。なぜなら、体重を見ていなければならないから。もし余計な重さが増えたなら、ジャンプをするのも、プログラムを滑るのも困難になります。それに見た目も良くなくてはなりません。でも私は普通に食べています」。
・・・
—あなたは10年生になりました。学校で一番好きな教科は何ですか?

「私は『サンボ-70』で学んでいます。学校には週に一度通い、その他の時間は、自習か先生たちと一緒に勉強します。最も好きな教科は代数です。9年生の後、基礎国家試験に合格しなければなりませんでした。世界選手権の後、このことを言われた時、私は途方に暮れました:『試験? 本当に? もうすぐなの?』。もちろん、私は勉強していましたし、教科書を持ち歩いて読んでいましたが、それでも4教科の試験に合格するのは、簡単なことではありませんでした」。
・・・
—人生でのあなたの主要な目的は?

「面白い仕事を見つけることです。仕事が喜びをもたらすような。やりたくないのにやらなければならないというだけで、毎日どこかに通わなければならないような仕事ではなく、決まり切ったことではなく。もちろん、家族も持ちたいです。でも私は16歳です。ですから、これについてはまだ真剣に考えていません」。

  1. 2018/08/06(月) 17:11:02|
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2018/08/04 マリーヤ・ソツコワは、ロシア舞台芸術学院バレエ演出家学部に入学した

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2018/08/04 マリーヤ・ソーツコワは、ロシア舞台芸術学院バレエ演出家学部に入学した

ロシアのフィギュアスケーター、マリーヤ・ソーツコワは、ロシア舞台芸術学院バレエ演出家学部に入学した。

前日(3日)、名簿登録令が発表され、ソーツコワは、学部の通学課程入学者名簿に記載があった。彼女は、「振付け芸術」を学ぶ。

ソーツコワはグランプリ大会で四度メダリストになり、2017/18シーズンは、グランプリファイナルで2位になった。ヨーロッパ選手権では、二度4位になり、世界選手権では8位、ピョンチャンオリンピックでは8位だった。

文:マリーヤ・セレンコワ / 出典:連邦国家予算高等教育機関ロシア舞台芸術学院

  1. 2018/08/05(日) 12:14:37|
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2018/08/01 セルゲイ・ドゥダコーフ「トゥトベリーゼと分かり合うことは難しいことではなかった。なぜなら、彼女は常に公平だから」

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2018/08/01 セルゲイ・ドゥダコーフ「トゥトベリーゼと分かり合うことは難しいことではなかった。なぜなら、彼女は常に公平だから」

エテリ・トゥトベリーゼのグループのコーチ、セルゲイ・ドゥダコーフは、どのようにコーチの仕事を始めたかを語った。

「(出来たばかりのリンク『フルスターリヌィー』があるモスクワの地区)ベリャーエヴォのリンクでは、初心者グループを最初に預かったが、私にはそれは興味深かった。その時迄私は子供たちと働いたことが無く、果たして上手く行くのかどうか?を理解したかった。私自身は、(フィギュアスケートロシアジュニア選手権では、いつも6~8位で、その後モスクワ氷上バレエで踊り、その後国外、クルーズ船でのアイスショーで滑っていたから)スケート靴で立つことは下手ではないにしても、滑ることと、フィギュアスケートを教えることは別のことだ。私は『健康コース』のグループから始めた — 彼らに週三回教えた。少しずつ私の教え子たちは進み、グループのなかの優秀者たちは、スポーツグループに移って行った。

二年後、マーシャ(マリーヤ)・ブティルスカヤがクルィラーツカエ地区のリンクに私を招いた。5年間そこで働いた。しかし、また『フルスターリヌィー』に戻った。これは私のもう一つの幸福の切符だった。最初の時に(『フルスターリヌィー』に)行くのを助けてくれたのは、マリーナ・グリゴリエヴナ・クドリャーフツェワとヴィクトル・ニコラエヴィチ・クドリャーフツェフだったが、二回目はエテリ・ゲオルギエヴナ・トゥトベリーゼだった。クドリャーフツェフ夫妻は、(ジュニア時代に)私にフィギュアスケートを教えてくれ、トゥトベリーゼは、コーチとして自己実現する機会を与えてくれた。私は彼女に非常に感謝している。

エテリ・ゲオルギエヴナは、1日24時間、常に働く用意が出来ている。彼女のエネルギーと、結果を得ることへの意欲が、周りの者たちを動かしている。彼女と一緒に働くなかで、成長したアスリートたちと一緒に仕事をする機会が生まれた。当時グループ内には、ポリーナ・シェレペーンや小さなジェーニャ・メドヴェージェワがトレーニングしていて、ユーリャ・リプニーツカヤがやって来た・・・

エテリ・ゲオルギエヴナと分かり合うのは、私には難しくなかった。何故なら、彼女は常に公平だからだ。競技スポーツ — それは厳しい規律と自制だ。もしアスリートがいい加減な練習をするなら、自分自身でその罰を受けることになる。

これらの年月の間には、私たちには多くの生徒たちがいたし、選手生活もそれぞれに違うものになった。アジヤン・ピトケーエフが去った時には、私はとても辛かったし、グループ内の女子選手や男子選手たちの成功は嬉しかった。何故なら、一人一人のアスリート — それは私たちの生活、コーチ人生の一部だからだ。それぞれの生徒の成功、失敗 — それはコーチたちの成功、失敗だからだ」。ドゥダコーフはこのように語った。

出典:「フィギュアスケートの世界」誌

  1. 2018/08/02(木) 23:38:00|
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2018/07/27 フィギュアスケーター、テン殺人事件に関する三番目の容疑者を逮捕

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2018/07/27 フィギュアスケーター、テン殺人事件に関する三番目の容疑者を逮捕

アスタナ、7月27日、RIAノーヴォスチ。
2014年ソチオリンピック銅メダリスト、カザフスタンのフィギュアスケーター、デニス・テン殺人の捜査取調べの過程で、三人が逮捕されたと、金曜日(27日)、カザフスタン共和国副検事総長マラト・アフメトジャノフが語った。

テンは、7月19日、アルマトイで死亡した。カザフスタン警察の情報によれば、自分の自動車からミラーを盗もうとしていることで捕らえた二人とのつかみ合いになり、彼はその中で刺切を負った。数時間後、25歳のフィギュアスケーターは病院で死亡した。一人目の容疑者は、「準現行犯として」逮捕された。二人目は、翌一昼夜のうちに逮捕された。その後のアルマトイ内務局の発表では、逮捕者たちが自白し、そのうちの一人が、殺人の凶器であると取調べがみなしているナイフを警察に提出した。

アスタナでの記者会見の席で、アフメトジャノフは、今件の捜査取調べはカザフスタン検事総長の監督下にあると語った。

「本日をもって、事件は次の二つの条項により刑事事件としての手続きが開始されることを言いたい:『私利私欲の動機からなるグループでの故意的殺人』および『グループでの私利私欲の動機による強盗』。本件の犯罪実行の容疑により、三人が逮捕されている。十分な証拠が集められ、検事はそれらの適法性を審査しており、裁判所により逮捕の形態での保全処分が許可された」。アフメトジャノフはこのように語った。

彼の情報によれば、三人目は不申告の嫌疑がかけられており、その者は犯罪の実行を知っていたのに、それを報告しなかった。

著名なフィギュアスケーターは、7月19日に死亡した。レストランから出て、アルマトイ都心の道の傍の、道路から外れたところに駐車してあった車に向かって行き、テンは、自分の車Lexusから二つのミラーを取り外した若い二人を見つけた。彼は彼らを追いかけ、始まったつかみ合いのなかで、ナイフで何回か突き刺された。傷は致命的なものだった:粉々になった大腿動脈が大量の失血の原因となった。通行人によって呼ばれた救急車は、25歳のフィギュアスケーターを病院まで運んだが、そこでの2時間の集中治療の甲斐も無く死亡した。

偶然にも悲劇は、「セントラルクリニック病院」 — 有名な「ソヴミンカ」(訳注:カザフスタン共和国大統領府中央病院)から数百メートルの場所で起こったが、救急車はテンを遥か遠くにあるクリニックに運んだ。翌日、保健省で記者たちに説明されたところでは、救急医師たちはクリニック選択に際して、「セントラルクリニック病院」には緊急外科部門が無く、患者は発見時、既に臨床死の状態にあったことに依拠して判断がなされたとのことだ。

テンの死が明らかになった後、カザフスタン大統領ヌルスルタン・ナザルバーエフは、死亡したフィギュアスケーターの両親に電話し、罪人たちは厳しく処罰されることを請けあった。

「ヌルスルタン・ナザルバーエフは、デニス・テンに特別に暖かい態度を示し、デニスの両親に、彼らの息子の早すぎる死は、取り返しのつかない大きな損失であり、肉親や近しい人たち、国全体、彼を愛した人たちにとっても、またスポーツ界全体にとっても、膨大な規模の悲劇であると話した」と、共和国文化・スポーツ大臣アルィスタンベク・ムハメジウルィは述べた。

テンはソチオリンピック銅メダルの他に、2013年世界選手権銀メダル、2015年世界選手権銅メダルを獲得した。彼は2004年から2010年迄、モスクワでエレーナ・ブヤーノワとタチヤーナ・タラーソワの指導下でトレーニングを積んだ。その後アメリカに渡り、フランク・キャロルと仕事をした。その後テンは、ロシアの専門家ニコライ・モローゾフと協働していた。

  1. 2018/07/29(日) 23:52:00|
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