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2019/07/17 アレクセイ・ヤグディン「死の間際になっても、私とプルシェンコに安らぎは与えられない」

https://www.sovsport.ru/figure/news/2:911223

2019/07/17 アレクセイ・ヤグージン「死の間際になっても、私とプリューシェンコに安らぎは与えられない」

オリンピックチャンピオン、アレクセイ・ヤグージンは、『ソヴェツキー スポルト』のインタビューに応じ、エヴゲーニー・プリューシェンコとの関係についてコメントした。

—あなたは四月にミンスクでフィギュアスケート学校を開校しました。エヴゲーニー・プリューシェンコも、モスクワに学校を持っています。あなた方の戦いは続いているのですか?

「このテーマはもうあまりにも陳腐だよ。分かって欲しいのだが、私たちは別々の方向性の中で生きているし、完全に違っているのだし、それにもう年配者だとも言える。ところが皆はまた、10億年も前のことを思い出す。まあ、ある面では良い事かもしれない。そのように覚えてくれているとすれば、それは鮮明だったということだから。

しかし、学校に関しては、ジェーニャもあるのだから自分たちも作ろうというような考えは、私には全く無かった。もし、プリューシェンコのところで優秀なアスリートたちが現れ、ヤグージンのところでもそうだったなら、それは素晴らしいことだろう。彼らはお互いに戦うのかどうか? どうなるかは成り行きに任せよう。

ところがひとたびインターネットを開けると、そこにはまた、『ヤグージンvs プリューシェンコ』だ。あるいは、『ヤグージンは誰と寝たか?』の類だ。うんざりだ! 死ぬ間際になっても私たちには決して安らぎが与えられないということが現実味を帯びているよ」。アレクセイ・ヤグージンはこう語った。

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  1. 2019/07/18(木) 18:47:00|
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2019/07/12 エカテリーナ・ボブローワ「カミーラ・ワリーエワは、ピョンチャンでのザギートワのように、2022年オリンピック近くにピークが来る」

https://rsport.ria.ru/20190712/1556473937.html

2019/07/12 エカテリーナ・ボブローワ「カミーラ・ワリーエワは、ピョンチャンでのザギートワのように、2022年オリンピック近くにピークが来る」

モスクワ、7月12日、RIAノーヴォスチ。
ソチオリンピックフィギュアスケート団体戦金メダリスト、エカテリーナ・ボブローワは、エテリ・トゥトベリーゼの13歳の生徒カミーラ・ワリーエワを、2022年北京オリンピックの重要な金メダル候補と考えている。

「昨シーズンのRostelecom Cupのエキシビションで初めてワリーエワを見ました。彼女は2022年オリンピックの最有力金メダル候補だと、直ちに感じました。そこではさらにスターたちも勝負をしに集うことは明らかです。何故なら、私たちの女王アリーナ・ザギートワやジェーニャ・メドヴェージェワ、同様に昨シーズンのロシア選手権で上位三位までを占めた、トゥトベリーゼの素晴らしいジュニアトリオも、オリンピック金のために戦うでしょうから。

私の感じでは、2018年のアリーナ・ザギートワがそうだったように、ワリーエワはオリンピック近辺でピークが来るでしょう」。エカテリーナは、Sport-Express新聞のYouTubeチャンネルの中継で、このように語った。

昨シーズン、カミーラ・ワリーエワは、公開モスクワノービス選手権で、二つのプログラム合計205点余を獲得し優勝した。また、四月の練習では、四回転トウループ-三回転トウループのコンビネーションジャンプをクリーンに跳んだ。今シーズン、ワリーエワはジュニアグランプリシリーズに初めて参戦する。

https://www.youtube.com/watch?v=g3-pCoxaDAw

  1. 2019/07/18(木) 15:45:44|
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2019/07/10 ポリーナ・ツールスカヤ「私は、それでもやはり花を持ってエテリ・ゲオルギエヴナのところへ行った」(独占インタビュー)

https://www.sovsport.ru/figure/articles/2:910333

2019/07/10 ポリーナ・ツールスカヤ「私は、それでもやはり花を持ってエテリ・ゲオルギエヴナのところへ行った」(独占インタビュー)

====一部抜粋====

(ナターリヤ・クーズィナ)
—エテリ・ゲオルギエヴナ(・トゥトベリーゼ)を言い表すとすれば?

ポリーナ・ツールスカヤ:「厳しく(多くを求め)、意志が堅固で(明確な目的を持ち)、誠実な女性」。

—なぜ彼女から離れたのですか?

「怪我が度重なって行き、心理的に苦しくなりました。エテリ・ゲオルギエヴナは、私を正常な気分に立ち返らせようとしました。恐らく、彼女のやり方はあまり温和ではなかったし、私はそれら全てを銃剣だと受け取りました。とにかく、私は成長期でした。ですから、自分は全て知っているし、出来ると思っていました。多分、私は怠けていたのかもしれません。彼女は強要しました。私には、それがまた気に入りませんでした。私は彼女にやり返しました」。

—『やり返した』とは具体的にどういうことですか?

「ことばでです」。

—そのようなことが可能なのですか?

「はい、その当時は、どうやら私にはあまりにも多くの勇気と厚かましさがあったようです。私のことを皆が、自己をわきまえさせようとしましたが、私は己をわきまえず、去る決心をしたのです」。

—今、そのことを後悔していますか?

「いいえ」。

—あなたのご両親は、あなたの競技生活のために、特にトゥトベリーゼとの仕事のためにモスクワに転居なさったのでしたが、この決断に対してどのように反応しましたか?

「彼らは私と話をしようとしましたが、しかし、私が自ら決断出来るような時期が到来したのだと理解したのです。その上、私が非常に意気消沈し、とても理解出来ない様子をしていたので、自分たちが介入することは有益ではないと認識したのです」。

—自分が去ることを、エテリ・ゲオルギエヴナにどのように説明したのですか?

「私が後悔している主要なものは、去る時に、彼女に感謝しなかったことです。彼女のところへ花を持って行って、全てを感謝すべきでした」。

—でも、いつだって遅すぎるということはないでしょう。

「私は、やはりそうしました! 私が完全に去ることを発表した日に。確かにもっと前に彼女のところへ行きたかったのですが、彼女を捕まえることが出来ませんでした。それに、もちろん、少し怖かったし、とても気まずかったのです。

でもその日、私は家でゴロゴロして、友人たちとメールのやり取りをしていましたが、突然、ジアナ(トゥトベリーゼの娘)が、『ポリーン、エテリ・ゲオルギエヴナはリンクにいるわよ。』とメールして来たのです。私はガバッと跳び起きて、準備を始めました。『どこへ行くの?』と聞かれ、『すぐ戻るから』と答え、花を買いに走り出しました」。

—花束を持ったあなたを見て、エテリ・ゲオルギエヴナは驚きましたか?

「彼女は微笑みました。そして私たちは良い感じで言葉を交わしました。確かに私は、彼女がどんな反応を示すのか分かりませんでした:怒っているかもしれない、あるいは私を見たくないかもしれない、と。しかし、全てがすんなりと行きました」。

—トゥトベリーゼから去っても、彼女の娘さんとあなたは友好関係を維持したのですか?

「ジアナと私は、いつも良い女友達同士でしたし、彼女がアイスダンスに移る迄は、たくさんおしゃべりをしていました。ちょくちょく一緒に散歩しましたし、彼女のところに泊まることも出来ました」。

—エテリ・ゲオルギエヴナが夕食を作ってご馳走してくれたのですか?

「基本的に私たちは自分たちでやりました。彼女はずっと遅くなってから帰って来ますから。その後ジアナが別のグループに移ってからは、本当に稀にしか会えませんでしたが、もし競技会で会った時には、以前同様、暖かく話をしました。文字通り四月に、再びメールで連絡を取り合い、お互いがいなくて寂しく思っていることが分かり、会って、散歩をしました」。

—トゥトベリーゼからあなたが去った後の大きなスキャンダルを思い出しませんか? これはいつものことですが。

「何の大きなスキャンダルもありませんでした。ジェーニャ(・メドヴェージェワ)が去ったことが背景にあったからで、そのことを皆が批評していました」。

—彼女が去ったことが、あなたに影響を与えましたか?

「全くありません!」。

—あなたは、ジアナやジェーニャとの暖かな関係について語りました。すなわち、フィギュアスケーター同士の友情は可能なのですか?

「彼女たち以外にもさらに可能です。私の親友は、マーシャ(マリーヤ)・ソーツコワです。私たちは、ユースオリンピックの時から仲が良いのです。確かに、私とマーシャの強く誠実な友情は、恐らく私たちの競技スポーツの中では稀なケースかもしれません。しかし、そういうこともあるのです。私たちはジュニアシーズンの時に仲良くなりましたが、その時二人とも重要な金メダル候補で、年間を通して二人が1位か2位でした。もちろん、氷上では私たちは戦いましたが、二人の関係には、このことは決して影響しませんでした」。

—トゥトベリーゼの学校は、心の通っていないベルトコンベアだとしばしば言われます。そこでは若いチャンピオンたちが量産されますが、彼らは、身体的に、あるいは精神的に支障を来し、早期に消えて行くと。あなた自身は、このような話をどう思いますか? このベルトコンベアの犠牲者だと自分を思いませんか?

「いいえ。そこには私の最初の怪我があります。それは負荷のせいでもなく、疲労から来たものでもなく — ただそうなったのです。それは氷上で起こったのでさえありません。ホールで行なった普通のジャンプ — ジャンプの出で足を捻ったのです。靭帯切断。四回転を跳んだ訳でもなく、氷上に五時間いたからでもなく、バーに掴まっていて起こったのです。それは偶然で、誰にでも起こり得るものです。

何故皆は、フィギュアスケートに関してだけこのようなことを言うのでしょうか? スキーのジャンプ競技を見てください。あの種目では膝、背中、その他のあらゆる部位に膨大な負荷がかかるのではないですか? それにも関わらず誰もこのことをそれ程論じたり、非難したりしていません」。

—つまり、あなたは火山の内部にいた人間ですが、これらの非難を認めない?

「もちろん、どんなプロフェッショナルのスポーツも健康に影響があるのです。自分の子供を私は決して競技スポーツには行かせません。しかし、同時に訓練を積んでいる子供たちは自分でこれを望んでいます。誰も、彼らをここに連れて来るようにと両親に強制していません。皆が理解して、何かのためにこれをやっているし、リスクを認識しているのです。これは彼らの選択なのです。

そしてもし、誰もリスクを冒さなかったなら、フィギュアスケートはその進歩が止まっていたことでしょう。全てが30年前と同じ様相だったでしょう。誰にとってそれが面白いでしょうか?」

  1. 2019/07/12(金) 20:24:00|
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2019/07/02 アレクサンドル・ジューリン「もしメドヴェージェワから依頼があれば、彼女のためにロシアの魂が込められたブルースを作るだろう」

https://rsport.ria.ru/20190702/1556087490.html

2019/07/02 アレクサンドル・ジューリン「もしメドヴェージェワから依頼があれば、彼女のためにロシアの魂が込められたブルースを作るだろう」

====一部抜粋====

(アナトーリー・サモフヴァーロフ)
—アレクサンドル、あなたは「シングルスケーター」のためのプログラム演出家としては、何故かもう長いこと見られていませんが。

アレクサンドル・ジューリン:「確かにそうだが、残念だとは思わないよ。シングルスケーターのためのプログラム作りに奔走するよりも、家に帰って子供と騒いでいる方がはるかに大きな喜びを得られるような年齢、人生の段階にいるのだ。しかし、もし興味が湧く誰かが私に頼むなら、喜んでプログラムを作るだろう」。

—あなたは依然として、女子シングルスケーターを彼女たちのプログラムを通して見ているのですか?

「もちろん」。

—では、昨シーズンの非常に興味深いショートプログラムをやりこなせず、急遽作った『トスカ』によって救われたエヴゲーニヤ・メドヴェージェワは、何故消えなかったのでしょうか? 彼女はどのようにして新しいものを咀嚼し、負けないのでしょうか?

「私が彼女と一緒に仕事をしたある時、映画『魅惑的幸福の星』へのイサーク・シュワルツの音楽の中で彼女を見たことがあった。これは非常に強いテーマだ。これに対してジェーニャは私に言った:『私はこの音楽の中の自分を感じられません』。私は主張した:『ジェニ、君は全てをぶち壊すの! いいかい、私は音楽をかけるから、君は少し動いてくれないか?』。音楽をかけた。彼女は滑り始めたが、リンクの中で完全に溶け込んでしまった。メドヴェージェワは、何か小さな、行き場の無い女の子になった。スケールの大きな音楽は、彼女をただ『喰ってしまった』。私は録音を止めた。『ジェーネチカ、君の言うことは完全にその通りだね。これは全く君のものじゃないよ』と私は言った。

翌日私は彼女に、映画『白夜の調べ』の同じシュワルツの音楽を持って来た。これは胸の張り裂けるようなバイオリンで、それに合わせて彼女は最初に三つの動きをした。私はすぐに理解した:『これで決まりだ。これは君のテーマだ』。

—そしてその音楽で、彼女は出場した全ての試合で勝利するようになった。

「そうだ。しかし当時はより容易だった。私たちは彼女に『シェルブールの雨傘』も作った。『Tango Tschak(チャック)』も・・・もし彼女が私に何か作るよう再び頼んで来たなら、彼女が本当に今すぐ必要なものは何かを理解するように、様々なものを試すだろう。

昨シーズンの彼女の最初のショートプログラム、あのブルースは彼女には似合わなかったと、私にも思えた。何故なら、彼女はあのプログラムを感じ取っていなかったから。だって彼女はロシアで生まれたのだから。メドヴェージェワは、アシュリー・ワグナーとは違う。カート・ブラウニングが出て来れば、フランク・シナトラの音楽で、あたかもシナトラが特別に彼のために音楽を作曲したかのように滑っている。これは彼らの文化であり、彼らは子供の頃からこれらの曲を理解しているが、一方で我々は、ジェーニャは異なる人間なのだ。

メドヴェージェワには、彼女が自分の魂を見せることが出来るようなものを作らなければならない。しかし、もし彼女が私に頼むのなら、私はロシアの魂が込められたブルースを彼女に作るだろう。

ジェーニャは、非常にアーティスティックな気分の女の子だ。プログラムを作って、『Wow!』と叫んだとしても、実際はそのプログラムは失敗作だということもある。私も潔白な人間ではないから、私にもそのようなことはあった。一方で、そもそも、最も若い世代の中ではカミーラ・ワリーエワが私は気に入っている。もし彼女がシニアのレベルで滑り始めるとしたら、それは傑作になるだろう」。

—彼女は、二度の世界ジュニア女王アレクサンドラ・トルーソワや、ロシア女王アンナ・シェルバコーワよりも才能があるのでしょうか? 

「私はそうは言っていない。ワリーエワのジャンプを見なければならない」。

—四回転トウループは既にあります。

「オリンピック近くになってどうなるのか、見てみよう」。

—一方、振付けの面では、もっと年上のライバルたちよりも強いかもしれません。

「彼女は振付け的により強いのではない。彼女は天賦のフィギュアスケーターなのだ。ユナ・キムとどう戦うか? 実質的にこれは不可能だった。何故なら全てが生まれながらのものだったから:ライン、顔 — 全てが。ワリーエワは、巨大な新しい才能だ。しかし、出口でわれわれが何を手にするのかは、まだ分からない。

彼女が四回転を入れたプログラムを滑り、華麗な滑りを見せていることは素晴らしいが、今後トルーソワが出て来て、四つの四回転をやるだろう。そして誰が勝つか? 他の条件が同じならば、審美的な面ではワリーエワとアリョーナ・コストルナーヤが、私の観点では、ロシアの中でより秀でている。しかし、エレメンツの面では、シェルバコーワとトルーソワに比肩出来る者は、今のところいない」。

—彼女らのコーチのエテリ・トゥトベリーゼは、あなたが氷上で見たいのは少女ではなく女性だと言った、最近のあなたのフレーズに言及していましたが。

「ルールを変更することは出来ないのだということを、私は既に甘受している。エテリ・ゲオルギエヴナを私は非常に好きだし、とても尊敬している。彼女は、偉大なコーチだ。しかし、私は女性を見るのが好きだということは、悪いことではない。しかし、例えば、神がその頭にキスをしたワリーエワが、柔らかな、美しいスケーティングで氷上に現れたなら、私は喜んで彼女を見るだろう」。

  1. 2019/07/06(土) 00:35:53|
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2019/06/26 コンスタンチン・メンショフ「生徒たちに要求するものを視覚的に伝えられるよう、自分のコンディションを維持している」

https://rsport.ria.ru/20190626/1555922892.html

2019/06/26 コンスタンチン・メンショーフ「ザギートワのナンバーは良く出来ている。だからそれが、コピーがどうかは重要ではない」

=====一部抜粋=====

(アナトーリー・サモフヴァーロフ)
—宇野昌磨がトゥトベリーゼの所に行ったことに、あなたは驚きましたか?

コンスタンチン・メンショーフ:「どうコメントして良いのか分からない程、驚いた。だって彼には日本に自分のチームがあるし、日本の医師たちが付いているし、全てが日本人たちだ。だから彼がどのようにしてこのような一歩を踏み出す決断をしたのか、僕は良く分からない」。

—彼はより厳しい練習システムを求めてやって来たのだと、専門家たちは言っています。宇野には、本当にトゥトベリーゼの厳しさが必要なのでしょうか?

「彼と前のコーチとの関係がどうだったのか知らないが、技術を修正するためにロシアにやって来ることはあり得るとは思う。なぜなら、彼のいくつかのジャンプにおける技術は、独特なものだから。彼がもう少し若かった時は、彼にとってジャンプはより容易だった。彼は成熟したので、より困難になった。彼の四回転フリップを私は見たが、それは、もちろん、唯一無二のジャンプだと言える。

初めのいくつかの試合に彼がどのような状態で出ていくのか見てみよう。その時、トゥトベリーゼとの協働に関する最初の結論を引き出すことが可能だろう」。

—ザギートワの新しいエキシビションナンバーBud Guyは気に入りましたか?

「はい、アリーナが多面的なフィギュアスケーターになり得るということを、それは示していた。ダニイル(・グレイヘンガウス)がこのナンバーをJojo Gomezからコピーしたのかどうかは、もうそれ程重要ではない。プログラム作りのための時間がとても少なかったのだろうと十分推察出来るし、それでも彼らは、それを良いものにした。グレイヘンガウスは謝ったし、アメリカの振付師と彼は自分たちの態度を明らかにしたのだから」。

—あなたには同様な出来事はありませんでしたか?

「無いが、一方でプログラムの中の私の動きをコピーされた」。

—あなたは盗用者たちに異議を申し立てなかったのですか?

「しなかった。その代わり、自分が既にコーチになった今、他のコーチたちが私からこっそり少し盗んでいるのを見ると、異議申し立てをしたいと思う。これは、もちろん、あまり気持ちの良いものではない。私と一緒に子供たちが練習していて、私自身が考え出すものがあるが、他のコーチたちのところで全く同じものを見ると、気分が害される。

でも私自身が滑っていた時には、他のアスリートが私から何かを借用していると、逆に嬉しかったものだ。もう、誰がやったのかは覚えていないが」。

—あなたのソーシャルネットを見ると、現在あなたは、バリ島での合宿からヴォログダへ移動したりして、自分の仕事から大きな喜びを得ているような印象を受けます。

「生徒たちに要求するものを視覚的に伝えられるように、目の前でやって見せられるように、自分のコンディションを維持しようとしている。私は同じ場所に留まっていないし、進歩と高い結果を欲している。今シーズンの休暇は二週間だが、それ以外は仕事だ」。

—ご自分のコーチングのビジョンは、もう出来ているのですか?

「自分を理想的だとは思わないし、自分より経験のある人たちから学ぶことを決して拒まないけれども、自分の仕事のシステムはある」。

—あなたに一番影響を与えたコーチは誰ですか?

「もちろん、私の全現役時代を共にしたエヴゲーニー・ウラジーミロヴィチ・ルカヴィーツィンだ。基盤に私はしばしば彼のメソッドを、自分で研究整理しながら取り入れる」。

—ルカヴィーツィンには、トップコーチになるチャンスがあるでしょうか?

「彼はトップコーチになると信じている。なぜなら、彼は目的意識を持った人間だし、決して降伏しないから。ルカヴィーツィンは決して現状に留まっていないし、困難な状況からの出口を常に模索している。私と彼は一緒に何遍も失敗の憂き目を見たが、その度に私たちは何か新しいことを考え出し、這い上がった」。

  1. 2019/06/30(日) 11:27:00|
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2019/06/23 振付師Jojo Gomez「ザギートワは非常に才能があり、美しい。私は喜んで彼女に振付けを教えるだろう」

https://www.sports.ru/figure-skating/1075693829.html

2019/06/23 振付師Jojo Gomez「ザギートワは非常に才能があり、美しい。私は喜んで彼女に振付けを教えるだろう」

アメリカの女性振付師Jojo Gomezは、ロシアのフィギュアスケーター、アリーナ・ザギートワと一緒に仕事がしたいと語った。

昨晩ゴメスは、アリーナ・ザギートワのエキシビションナンバーのために彼女の作品を盗用したとして、ダニイル・グレイヘンガウスを非難した。

「この(Sports.ru注:盗用に関する)ポストはアリーナ個人に向けたものではありません。彼女は非常に才能があり、美しいと私は思います。私は喜んで彼女に自分の振付けを教えたいし、彼女と一緒に踊りたい。

しかし、彼女のコーチがしたことは受け入れ難く、プロフェッショナルのやり方ではありません」。ゴメスはこのように書いた。
https://www.youtube.com/watch?v=JRNPA2MZPUo

文:アントン・ピリャソフ / 出典:Jojo GomezのInstagram

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https://www.sports.ru/figure-skating/1075675829.html

2019/06/22 アメリカの女性振付師が、ザギートワのプログラムのために彼女の作品を盗用したとしてグレイヘンガウスを非難した

有名なアメリカの女性振付師Jojo Gomezが、アリーナ・ザギートワのプログラムのために彼女の作品を盗用したとして振付師ダニイル・グレイヘンガウスを非難した。

グレイヘンガウスは、Billie Eilishの歌Bad Guyに基づきザギートワのエキシビションナンバーを作った。

ゴメスはこの同じ歌に基づくダンスを、4月11日に作っていた。
https://www.youtube.com/watch?v=hiqJ69ZS87Q&feature=youtu.be

「これは、Bad Guyに基づく私のダンス作品が盗用され、(訳注:日本国内の)全国的規模のテレビ局で放送されたという事件です。ダニイル・グレイヘンガウス、あなたが私の仕事によってこんなにもインスピレーションを受けていたことを、私は光栄に思いますが、しかし次回は、盗用する代わりに私を雇い、日本行きのチケットを買ってください」。ゴメスはこのように書いた。

この後グレイヘンガウスは、プログラム作成に関する自分の録画へのユーザーの全ての回答を削除し、コメントを禁止した。(訳注:この後グレイヘンガウスは自分のInstagramでゴメスに謝罪し、彼女をロシアに招待し、全てを自分が負うと書いている)
https://www.instagram.com/p/Bxmq-6LoMJb/

ついでだが、5月13日、ロシアの別のフィギュアスケーター、エヴゲーニヤ・メドヴェージェワは、インタビューで、Bad Guyが自分の好きな曲だと語った。その時グレイヘンガウスは、メドヴェージェワのそのインタビューは見ていないと答えた。

文:アントン・ピリャソフ / 出典:Jojo GomezのInstagram

  1. 2019/06/25(火) 00:03:00|
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2019/06/18 アレクサンドラ・ステパーノワ「メドヴェージェワは目に見えて大人になり、より思慮深くなった。ザギートワは、私にとってはまだ少女のイメージ」

https://www.sports.ru/figure-skating/1075550879.html

2019/06/18 アレクサンドラ・ステパーノワ「メドヴェージェワは目に見えて大人になり、より思慮深くなった。ザギートワは、私にとってはまだ少女のイメージ」

ロシアのアイスダンスペアのフィギュアスケーター、アレクサンドラ・ステパーノワとイワン・ブーキンは、羽生結弦、エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ、アリーナ・ザギートワなどへの自分たちの思いを語った。

—過去や現在のフィギュアスケーターの中で、誰に感嘆しますか?

ブーキン:「僕にとってそのようなスケーターは、羽生結弦、アリーナ・ザギートワ、エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ、それと基本的に全ての女子選手だ。

それから、例えばテッサ・ヴァーチュ/スコット・モイア組がとても好きで、彼らにはただうっとりするばかりだ。僕にとって彼らを見ることは喜びであり、彼らの滑りから本当の満足を得ている」。

ステパーノワ:「私たち(私とイワン)の感じ方は似ていると思います。アイスダンスペアに関して言えば、テッサとスコット。フランスのデュエット(パパダキス/シゼロン組)もとても好きですが、しかし、ヴァーチュとモイアは伝説です。

パパダキスとシゼロンを見るのも嬉しいですし、何を、どのようにして彼らが氷上でやっているのかが気に入っています。しかし、カナダ組は、アスリートとしてのスタイルが私たちに似ています。彼らのペアには、明確な役割分担がありますから。そして、彼らが自分たちのプログラムをどのように滑っているか、それはもう素晴らしいとしか言いようがありません」。

—羽生は、多くの人たちにとって何か異星人のように感じられています。あなた方は、リンクの外で彼と話したことがありますか? 彼がどんな人なのか理解出来ましたか?

ステパーノワ:「彼はとても素直な男の子だと、私は感じます。まさに男の子。必要な時には、真剣になることが出来ます。でも外見では、羽生は何らかの獣性を持つ男のようではありません。彼はとても可愛らしく、自分に心を向けさせるのです」。

ブーキン:「僕たちは彼と近しく話したことは無いが、でも外から見ると、彼は非常にポジティブな人間に常に見える。優秀で率直な若者で、本物の闘士なのだ」。

—オリンピック後の今シーズン、ザギートワやメドヴェージェワはどう変わりましたか?

ステパーノワ:「彼女たちとも私たちは、それ程近しくことばを交わすことはありませんでした。しかし、ジェーニャは今では無邪気な開けっ広げではなくなり、もう子供ではないと理解しています。目に見えて大人になり、より思慮深くなりました。しかし、彼女を知っている皆に会うのを、彼女はいつも嬉しがります。

一方でアリーナは、私にとっては、まるでまだ少女のようです。もちろん、私は彼女の一番の女友達ではありませんが、でも彼女に対しては、今までいつも彼女にそうであったように、とても暖かい気持ちで彼女に接しています」。ステパーノワとブーキンは、このように語った。

文:アントン・ピリャソフ  / 出典:ロシアオリンピック委員会

  1. 2019/06/21(金) 01:49:00|
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2019/06/08 タチヤーナ・タラーソワ「宇野昌磨はトゥトベリーゼとの協働を開始し、唯一の正しい選択をした」

https://tass.ru/sport/6528765

2019/06/08 タチヤーナ・タラーソワ「宇野昌磨はトゥトベリーゼとの協働を開始し、唯一の正しい選択をした」

モスクワ、6月8日、TASS。
2018年のピョンチャンオリンピック銀メダリスト、日本の宇野昌磨は、ロシアのコーチ、エテリ・トゥトベリーゼとの協働を開始し、唯一の正しい決断をしたと、ロシア連邦功労コーチのタチヤーナ・タラーソワがTASSに語った。

金曜日(7日)、トゥトベリーゼはInstagramの自分のページで、宇野がノヴォゴルスクのサマーキャンプで彼女のグループに加わることを発表した。それより以前、21歳のこのフィギュアスケーターは、5歳の時から師事して来た樋口美穂子コーチと山田満知子コーチから離れることを表明した。サマーキャンプの後、宇野とトゥトベリーゼの協働が続くのかどうかについては、語られていない。

「これは(TASS注:樋口コーチと山田コーチから離れること)は、簡単な決断ではなかったと私は思います。そして、もし彼がこのような決断をしたとすれば、私の見方では、トゥトベリーゼと彼女のチームに向かったことは唯一の正しい選択をしたと思います。

なぜなら、トゥトベリーゼは屈指のコーチであり、彼女の下には強力な助手たちがいるのですから。彼ら全体が一緒になって、彼がより自信を持ち、より技術的に向上するよう援助するでしょう。彼は今のままでも優秀なフィギュアスケーターですが、しかし、トゥトベリーゼのグループでは、少女たちにさえ四回転を回り切ることを教えているのですから」。

「私は、エテリ・ゲオルギエヴナのためにも、彼のためにも喜んでいます。日本人たちと一緒に働くことは、いつだって非常に興味深いのです。私は何年も日本人たちと一緒に働いて来ました。彼女のグループにとって、このような選手の出現は、非常に興味深いものとなるでしょう」。タラーソワはこのように語った。

宇野は、最もタイトルを獲得している現フィギュアスケーターたちが集まる日本チームのリストの中で、二度のオリンピックチャンピオン羽生結弦に次いで二番目。彼は世界選手権で二度の銀メダリスト、四大陸選手権(アジア、北アメリカ、南アメリカ、アフリカ、オセアニアの国々にとって、ヨーロッパ選手権に匹敵する)2019年勝利者、2018年銀メダリスト、2017年銅メダリスト。2017年国別対抗戦では、日本チームの一員として勝利者となった。また彼の歴史的業績として — 競技会で史上初めて四回転フリップを実行することが出来た。

  1. 2019/06/13(木) 00:11:13|
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2019/06/10 本物の女性の滑り ー 荒川静香

https://www.sports.ru/tribuna/blogs/figures2019/2477370.html

2019/06/10 本物の女性の滑り

====Sports.ru掲載のブログ『フィギュア』より====

少し前に日本のショーの録画を見ながら、このナンバーを見つけた。最初私は、このフィギュアスケーターが誰なのか分からず、『ここでこんなに美しく滑っている人は、一体誰なのかしら』とだけ思った。それは37歳の二児の母親で、二回目の産休から戻り、鉄を焼き、冷やす(焼きなます)ようにして全てを100パーセントに鍛え直そうとしているところなのだ。体型、滑り、柔軟性、そして伝説的イナバウアー、まるで今2006年のホールにいるかのようだが、芸術性は、かつてよりもさらに良い。
https://www.youtube.com/watch?v=Zk5fC2RrdRU

荒川は常に、優美さと素晴らしいスケーティングで際立っていたが、彼女にはしばしば感情が不十分だった。『クール・ビューティー』 — 西側のコメンテーターたちは彼女をこう呼んだ。しかし、アマチュアスポーツから引退した後、彼女は進化し続け、競技スポーツでのピーク時よりも、ショーではより鮮明に、より表現豊かに見えるフィギュアスケーターの一人になった。

マドンナの歌、シェイ=リーン・ボーン振付けによる、彼女の最も興味深いエキシビションナンバーの一つがこれだ。
https://www.youtube.com/watch?v=h_xMSbNqVnY

荒川とオペラは、お互い同士のために成り立っている。彼女がオリンピック金メダルを『トゥーランドット』で獲得したのも頷ける。下のビデオでは、彼女はマダム・バタフライのイメージだ。ピンカートン中尉さえ登場するが、彼はすぐに消えてしまう。彼らは一緒に滑るのかと思ったのに。
https://www.youtube.com/watch?v=kH9gU4iE8WY

これは荒川にとってとても珍しいナンバー、フラメンコだ。(Youtubeからビデオが削除されて残念だ。Dailymotionのものは、ビデオと音が少しずれている。)
https://www.dailymotion.com/video/x3ddg9i

競技スポーツにおける成功は、彼女にすぐにやって来た訳ではなかった。世界女王のタイトルは22歳の時だったし、オリンピック金メダルは24歳だった。これは現代フィギュアスケート史上の新記録だ:女子シングルの選手の中で最高齢なのだ。これよりも年上は、27歳でオリンピック女王になったイギリス女性のマッジ・サイアーズだけだが、1908年のことだ。当時オリンピックは夏季と冬季が分かれておらず、女子シングル競技が現れたのは、このわずか2年前 — 1906年のことだった。


ニコライ・モローゾフは、8年位前、インタビューで荒川静香について言及した。彼女は素晴らしい体型をしており、競技を続けることが出来ただろうと彼は話した。その時モローゾフの元の教え子である彼女は、すでに30歳を過ぎていた。モローゾフのことばは、ほとんど真実だった。2010年のビデオで、荒川は数種のトリプルジャンプ、3Lutz-3Loop、また3-3-3のコンビネーションジャンプを跳んでいる。この時彼女は、引退して既に4年も経っていたのだ。
https://www.youtube.com/watch?v=oPQun-K9rQs

この当時女子フィギュアスケートでは、難易度の一時的低下が起こっていた。2011年安藤美姫は、3-3のコンビネーションジャンプ無しで(これ以前の2007年には、二つのプログラムで3Lz-3Lを跳んでいた)、彼女にとって2回目の世界女王になった。その後2012年には、カロリーナ・コストナーがまた3-3無しで世界女王になった。だから荒川が競技スポーツに戻っても、競争力はあっただろう。しかし、彼女は個人生活に勤しんだ:2013年に結婚し、2014年に女児を出産、2018年に息子を産んだ。その合間を縫ってショーに出演し、自分のファンたちを喜ばせ続けた。

最後にお見せするのは、ステファン・ランビエールと一緒のナンバーだ。2010年、荒川とランビエールは共にペアで競技ショーThin Iceに出場したので、彼らのサイドバイサイドのジャンプは、まるでペア選手たちのように完成されている。
https://www.youtube.com/watch?v=obT542o6OsM

  1. 2019/06/12(水) 18:19:00|
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2019/06/07 ポリーナ・シェレペーン「メドヴェージェワの最初のショートプログラムが好きだった」

https://www.sport-express.ru/figure-skating/reviews/bolshoe-otkrovennoe-intervyu-pervoy-uchenicy-tutberidze-poliny-shelepen-o-byvshem-trenere-lipnickoy-medvedevoy-pyaternyh-pryzhkah-i-problemah-vzrosleniya-1552968/

2019/06/07 ポリーナ・シェレペーン「トゥトベリーゼが世界で最も厳しいコーチ? 成功すればする程、作り話が多くなる」

====一部抜粋====

(エカテリーナ・ベスパーロワ)

—昨シーズンで何が印象に残りましたか?

「ジェイソン・ブラウンのショートプログラム、コストルナーヤのショートプログラム、それにカミーラ・ワリーエワがとても気に入りました。

しかし、最も鮮明な試合は、もちろん、世界選手権です。ジェーニャ(・メドヴェージェワ)のことを、リーザ・トゥルスィンバーエワのことを、そして彼女の史上初の四回転ジャンプを、勝利したアリーナ(・ザギートワ)のことをとても嬉しく思いました。私にとっては、本当に理想的な表彰台でした。

だってメドヴェージェワは、トゥクタムィシェワではなく彼女が選抜されたことによるあれだけの騒ぎの中で滑ることは簡単ではありませんでした。ジェーニャのソーシャルネットワークをフォローしていますが、彼女はとても大人になったし、素敵になりました。と同時に自分を見失っていないのです。

彼女にとってコーチと環境を変えたことは効果がありました。それらは成長期の困難を耐える助けになりました。ブライアン・オーサーのところでは、彼女をサポートすることが出来ています」。

—実際、トゥトベリーゼのところのアプローチよりも、彼のアプローチは民主的だという意見が聞こえて来ることがありました。メドヴェージェワを慣れた道から少し外れさせたにも関わらず・・・

「コーチが常にあなたに要求を出す時、あなたは自分に多くを求めることに慣れるのです。エテリ・ゲオルギエヴナは私に最大限を追求する者になることを教えましたから、もはや誰かが私を強制する必要はありません。

自覚的な決断をして、他の国に転居したのなら、それは自分の決断なのだし、気を緩めてはならないということを理解しないではいられません。そうでなかったなら、移ったことに何の意味があるでしょう?」。

—新しいチームが選んだエヴゲーニヤのイメージをどう思いますか?

「彼女の最初の陽気なショートプログラムが、私は好きでした。この作品を皆がとても攻撃しましたが、私はそこに全く別の人間を見ました! だってそれ迄の彼女のプログラムには、常に感傷と優しさがありました。

今回、ショーのための、アリアナ・グランデによるエキシビションナンバーのことで彼女は酷評されました:何とひどいピンクのコスチュームなの、とか言われて。毎回同じようなものを滑れば、退屈だと言われ、新しいものを選べば — まあ、何てひどいの!と来ます。

しかし、タンゴも素晴らしく上手く行きました。特に世界選手権では。彼女の最初の視線で、素晴らしい滑りをする準備が出来ていることが分かりました」。

—そうですね、だってあなたはかつてトゥルスィンバーエワや彼女たちのことを、正に同じグループの小さな子供たちとして認識していたのですからね?

「ジェーニャのことも正に小さな子供だと。私が彼女のことで覚えているのは、彼女はいつも私たち、年長者の方に関心がありました。また、もし上手く行かなかった時には、泣いて、苦にして、もう一度試そうとして走って行きました。

今では私と彼女も、長いこと会っていませんが、昨年の8、9月にノヴォゴルスクのテストスケートで出会いました。私が彼女に、とても大人になったのねと言うと、ジェーニャは。『順調に育っているかしら?』と答えて、その後抱きしめ合って、笑いました」。

—グループの振付師アレクセイ・ジェレズニャコフが、いつだったか話していましたが、あなたにはジャンプの才能があるとすぐに見て取れた、リプニーツカヤには柔軟性とスピン、でもメドヴェージェワには、ただ度外れた労働能力だけだったと・・・

「ジェーニャは、特別な身体的資質が無く、特別な天賦の跳躍力も無い人間が、途方もない練習のお陰で最高レベルに到達することが出来たという例なのです。しかし、エテリ・ゲオルギエヴナのところには、特別な魔法のマントがあるのかもしれません」。

  1. 2019/06/09(日) 00:31:00|
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2019/06/01 アレクサンドル・サマーリン「後退するつもりはない」

https://fsrussia.ru/intervyu/4408-aleksandr-samarin-nazad-otstupat-ne-budem.html

2019/06/01 アレクサンドル・サマーリン「後退するつもりはない」

====ロシアフィギュアスケート連盟公式サイトより一部抜粋====

ヨーロッパ選手権銀メダリスト、アレクサンドル・サマーリンは、ジャーナリスト、タチヤーナ・フレイドとのインタビューの中で、昨シーズンのハイライトとなる場面を振り返り、新プログラム作りについて語り、また後退するつもりはないと心境を打ち明けた。

—サーシャ、昨シーズンはあなたにとって色々と内容が詰まった、興味深いシーズンになりました。どのように克服したのでしょうか?

「シーズンは本当に長いものとなったし、それには少し、慣れていなかった。通常僕のシーズンは、3月半ばに終了したが、今回は、長いことコンディションを維持しなければならなかった。しかし、これも経験だ。

ワールド・チーム・トロフィー(国別対抗戦)で僕が犯したミスは、シーズン全体を通して、初めから終わりまで自分の力が足りるようにどう配分するかを知らなかったせいだと、部分的には説明がついたものだったと思っている。

世界選手権に選抜され、国別対抗戦に出場出来て非常に嬉しい。シーズン当初は怪我と手術の後で、今後どうなるのか、先を予測することが難しかった。僕を信じてくれたコーチのスヴェトラーナ・ウラジーミロヴナ(・ソコローフスカヤ)と、多大な援助をしてくれたロシア連盟に感謝している。この援助が無かったなら、今シーズン克服したような道を歩むことは出来なかっただろう。

僕たちが望み、計画したものの多くは上手く行ったが、何かは成功しなかった。しかし、シーズンは非常に特別なものだったし、思いがけない喜びもあった。

日本での大会から受けた山のような印象、それはあの国で滑ることの大きな満足感だった。あの国ではフィギュアスケートが非常に愛され、プレゼントをしてくれ、しょっちゅう手紙を書いてくれるような多くのファンや熱狂者たちが、アスリートたちを応援してくれる。これら全ては嬉しいものだし、さらに練習し、より良い滑りを見せようとするモチベーションになるものだ」。

—今後の自分の成長を、どのように見ていますか? 今シーズンあなたは両方のプログラムの中で、自分の新しいジャンプ、四回転フリップに挑戦しました。

「このように答えよう:後退するつもりはないと。四回転フリップに関して言えば、今シーズンになってそれを習得したが、試合の中でそれを披露したかった。しかし、それをクリーンに実行するためには、僕にはやはり少しばかり時間と試合経験が不足していた。しかし、次シーズンにこのエレメントを安定的にやるためのスキルと知識を得た」。

—ショートプログラムに四回転フリップを組み込むことは、少しリスキーだったとは思いませんか? もしかしてフリープログラムで挑戦した方が良かったのでは?

「氷のリンクに出て行く時には、僕たちは常にリスクに向かって行く。それに今、もし別のやり方だったならどうだっただろう、などと後ろを振り返ることや、周りを眺めることはしたくない。

今リスクを冒し、いますぐ地固めのための滑りをしていた方が良いのだ。なぜなら、目標は高いところにあり、自分の力と可能性を試さなければならないのだから」。

—団体戦で滑るのは難しいですか? だって自分にだけ責任があるのではなく、チームに対しても責任があるのですから。

「皆が応援してくれた。このことで彼らに深く感謝している。僕たちのチームは非常に仲が良かった。全員が正しいことばを見出した。だって皆が一緒になった時だけ力を発揮出来るのだから」。

—失敗の試合から、あなたはすぐに抜け出せるのですか?

「断ち切り、失敗を忘れ、翌日に向けて気持ちを調整する能力、それは全て経験から来る。昨シーズンからは、僕は徐々に経験や力を蓄えているし、大人のアスリートになりつつある」。
・ ・・
—今回のイタリアでの合宿までに、あなたの二つのプログラムは既に作られました。それらについて話せますか?

「僕たちは、二つのプログラムを変えることに決めた。フリープログラムはニコライ・モローゾフが作り、音楽はクセーニヤ・ストルボーワが助言した。スヴェトラーナ・ウラジーミロヴナ(コーチ)が聴いて、気に入った。僕たちも。僕はニコライと一緒に働くのは初めてが、大いに満足した。

彼は創造的人間で、自分のアプローチがある。プログラムの仕事をしながら、多くの興味深いことを知り、汲み取った。プログラムが準備出来、滑り込んだなら、モローゾフが作った通りの、非凡なプログラムになるだろう。彼のプログラムは常にインスピレーションを与えると感じる。なぜなら彼は仕事に完全に没頭するから。

ショートプログラムを作ったのは、アルベナ・デンコワ/マクシム・スタヴィスキー組だ。これもまた非常に心を惹きつけられるものだった。僕たちは、誰かの繰り返しにならないよう、他とは違っているように、使い古されていない音楽を選びたかったが、どうしても決定出来なかった。アルベナとマクシムが、自分たちの提案をして、全員が気に入った。このプログラムで、僕はスタイルを少し変える」。

  1. 2019/06/03(月) 19:05:00|
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2019/05/31 ポリーナ・ツールスカヤ「私の場合、全力で滑り、練習することを健康が常に許す訳ではない」

https://www.sports.ru/figure-skating/1075052615.html?from=main-news-fs

2019/05/31 ポリーナ・ツールスカヤ「私の場合、全力で滑り、練習することを健康が常に許す訳ではない」

ロシアのフィギュアスケーター、ポリーナ・ツールスカヤ(17)は、競技生活から引退するという自分の決断についてコメントした。

「6月1日休暇に入りますが、その後すぐに正式に引退し、そして・・・終わりです。このような決断に向かって、私は相当前から歩みを進めていたと言えるでしょう・・・

統一国家試験が近づくに連れて、私は試験の準備をしなければなりませんでしたが、同時に非常にはっきりと理解し始めたことは、自分が選択すべきことは、滑り続けるか、続けないかということではないということでした。

そうではなくて、決めなければならないのだと: 今あるものをそのまま残すのか、つまり体育大学に入り、コーチになるための勉強をするのか、それとも、フィギュアスケートから離れて、完全に違う分野の良い教育を受けるのか。

私は全てを考量しました。私の場合、全力で滑り、練習を続けるためには、健康が常に許す訳ではありません。その上、私たちのスポーツ種目は、今や実際別のレベルに到達していて、既に四回転ジャンプを跳んでいる選手たちと戦うためには、それらを習得しなければなりません。
・・・
現役を引退すると言っても、私は何らかのショーに出演する可能性を自分から奪うことはしません。ただ、自分がそれを望んでいるのかどうかは分かりません。

このこともまた、自分にとっては難しいテーマです。というのも、両親は私の決定を一応受け入れましたが、心から納得している訳では無いことが分かりますから。彼らは、どうしたら良いのか、長年にわたって自分たちの人生を作り上げていた全てのものから、どのように自発的に離れることが出来るのか、現実的には理解出来ないのです。これは普通のことだと思います。

多くのフィギュアスケーターたちは、引退を考え始める時、氷無しの、フィギュアスケート無しの人生は全く想像出来ないとよく話します。

私は、フィギュアスケート、それは全人生ではなく、遅かれ早かれ、滑る以外に完全に何も出来ないのだという思いに駆られながら路上で裸の赤子のように途方にくれる瞬間が訪れるかもしれないのだと考えることが重要だと感じます。

私は、そうなることを望みません。競技スポーツ、それは自分の全てだ、私の人生の全てだと思えた時期があったにしても」。ツールスカヤはこのように語った。

ポリーナ・ツールスカヤは、第二回ユースオリンピック勝利者(2016)、ジュニアグランプリファイナル勝利者(2015)、ロシアジュニア選手権勝利者(2015)、グランプリ大会NHK Trophy銅メダリスト(2017)。

文:ミスター ビン  / 出典:R-Sport

  1. 2019/05/31(金) 23:51:00|
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