あれこれ

2016/11/28 ミハイル・コリャダー「フィギュアスケート、それは特別なスポーツ種目」

 http://www.fsrussia.ru/intervyu/2624-mikhail-kolyada-figurnoe-katanie-osobennyj-vid-sporta.html
 
2016/11/28 ミハイル・コリャダー「フィギュアスケート、それは特別なスポーツ種目」
 
====一部抜粋====
 
ロシアのフィギュアスケーター、ミハイル・コリャダーは、札幌のグランプリ大会での演技の後、特派員タチヤーナ・フレイドとのインタビューに応じた。
 
—ミーシャ、試合での滑りについては何が言えますか?
 
「ショートプログラムは、自分の感じでは悪くない滑りだった。しかし、トウループで三回転にしてはいけなかった。その後3-3が出来ずに、3-2のコンビネーションをするしかなかった」。
 
—でも、それを理解して良かったわ。
 
「はい、理解出来たのは、2年前のペテルブルクでの試合で同じような状況があったからだ。その時、トリプルトウループをやって、そのあとトリプルアクセル、そして3Lz-3Tをやったら、ポイントが奪われた。その時から、それをやってはいけないと覚えていた。
 
フリーの滑りに関しては、プラス面もマイナス面もある。プラス面は、四回転ルッツを回ったことだ。悪かったにせよ、それは第一歩であり、最初の大会だ。それに、僕がこのジャンプを跳んでいるのは、ほぼ最近のことで、安定性はまだ無いのだから。
 
非常に悔しいのは、二番目のトリプルアクセルを台なしにしたことだ。しかし全体として、一つ一つのエレメントのために闘おうとした」。
 
—グランプリファイナルに行けるチャンスが残っていたことで、プレッシャーを感じましたか?
 
「そのような考えは無かった。なぜなら、選出されるのは非常に困難だと理解していたからだ。しかし、このことは、僕が最初から気持ちを入れなかったということではない。ただ、いずれにせよファイナルには行けないだろう、という認識で日本に向かったのだ。
 
この試合は、ロシア選手権の前の試しとして捉えていた。だから理論的には冷静に試合を運べる筈だったのに、何故かそうはならなかった」。
 
—それに、ここでの練習でも、とてもスムーズに行った訳ではなかった。
 
「実は、非常に奇妙に自分を感じていた。どういうことなのかを言葉で言い表すことさえ出来ない。しかし、こんな自分は今まで一度も無かった。氷に出ると、あたかも、初めてスケート靴で立ったかのようだった。
 
グランプリモスクワ大会の後、僕たちは良く働いたのに、だ。正直に、胸に手を当てて言うが、僕は非常に良く練習した。それぞれの練習で、全てが上手く行っていたし、出来ることの全てをやっていた。プログラムの通し練習だって、常にやっていた・・・だから、ここでショートをダメにしたことが、僕にはショックだった」。
 
—いつ、四回転ルッツの練習を始めたのですか?
 
「モスクワグランプリの直後だ。ペテルブルクに帰って、すぐ練習を始めた。そもそも、僕たちは以前もこのジャンプを試していた。そして非常に(完成が)近かった。モスクワの後、僕はこのジャンプが上手く出来た」。
・・・
—何人かのスケーターが、プログラムのなかで4〜5回の四回転をやろうとしていますが、あなたはどう評価しますか?
 
「プログラムのなかの四回転が多くなればなる程、コンポーネンツの面からプログラムを評価することが難しくなると感じる。基本的に支柱が技術的部分になり、演技構成点に関して見ると、プログラムがあったのか、無かったのか言うのが困難だ。
 
プログラムの最初に2つの四回転なら、それはまだ良いが、4つや5つとなると・・・三番目の四回転の後、四番目の入りのために冷静さを取り戻さなければならないとなると・・・それは非常に困難だ。今後どうなるのか注視していこう。歩み寄るかもしれない。しかし、プログラムを易しくすることは誰もしない — それは100%言える」。
 
—結局、ジャンプの競技ではないということ。
 
「プログラムが、助走とジャンプという一つのものに帰すということになる・・・本来の滑りが、ほとんど残らない。僕には良いジャンプがあるが、僕にとって大事なのは、プログラム全体を見せることだ。
 
僕は札幌でこれが出来たと感じている。得点から判断して、ジャッジたちは僕を正しく理解した。許容出来ないミスがあったショートでも、フリーでも、演技構成点は悪くなかった。競技の後、何人かが僕に近づいて来て、プログラムが気に入ったと言った。だから、プログラム全体でどのような印象を与えるかを忘れてはならない。フィギュアスケートは、技術も振付けもある、特別なスポーツ種目だ」。
・・・
—あなたは日本が初めてでしたね。どんな印象ですか?
 
「全てが気に入った。とても好意的な人たちで、とても思いやりがある。僕とコーチは散歩をしていて、店に立ち寄ってみることにした。すると通りがかりの人たちが皆で説明してくれて、地図で示してくれた。ここの雰囲気はアットホームではないが、それに近いものだ。ただ日本食は、愛好家のためのものだ」。
 
—プレゼントはたくさん貰いましたか?
 
「はい、プレゼントも手紙も渡された。まだ全部を読み終わっていない。素晴らしい人たちだ。面白い国だ。一番の困難は、ここへの移動の旅だ。それ以外の全ては耐えられるし、とても良い」。
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  1. 2016/11/30(水) 03:31:58|
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2016/11/27 マリーヤ・ソーツコワ「ファイナルに出ること、それは各アスリートにとって勝利」

 http://www.fsrussia.ru/intervyu/2623-mariya-sotskova-vykhod-v-final-eto-pobeda-dlya-kazhdogo-sportsmena.html
 
2016/11/27 マリーヤ・ソーツコワ「ファイナルに出ること、それは各アスリートにとって勝利」

====一部抜粋====
 
マリーヤ・ソーツコワは、グランプリ日本大会で銅メダリストになり、ファイナルに進出した。競技の後彼女は、特派員タチヤーナ・フレイドに、演技の前に何故緊張しなかったのか、ウォームアップで何も上手く行かない時に、何をしなければならないかを語り、何故準備することを学ぶべきなのかを説明した。
 
「ショートプログラムにはとても満足しています」。マーシャは話し始めた。「フリーはもっと良く滑ることが出来ました。でも基本的には、日本でのパフォーマンスが気に入りました。昨日は自分のプログラムを何度も見返しました。自分で本当に気に入ったことはあまりないのですが。変ですね」。
 
—なぜ変なの?
 
「なぜならいつもは、自分の滑りを見ると、もっと練習しなければならない手落ちに気づくのです。何かを気に入ることはあまりないのです。でもこれは良いことかなと思います。だって、全て気に入ったら、アスリートは成長が止まります。でも今回は、そのケースではないのです。
 
私はまだコーチと話し合っていません。でも彼女が私を褒めてくれればいいなと思います。だって課題をやりきったと思うから。順位にはあまり満足していませんが、でもファイナルに選抜されて嬉しいです」。
 
—日本のグランプリではどんな調子でしたか? パリでは氷に出る前にとても緊張したと、あなたは話していましたが。
 
「今回はあまり緊張しませんでした。小さな不安感はありましたが、全体的には平静でした。なぜなら、日本や日本の観客が好きだからです。彼らはいつもとても良く応援してくれます。私には、ジュニアグランプリファイナルに出場した2013年の良い思い出があります。今回もあの時の再現が出来るよう心から願っていましたが、その通りにはなりませんでした」。
 
—それでもグランプリファイナルに進めました。最初はそのことを知らなかったようですが。
 
「はい、エレーナ・ゲルマーノヴナ(・ブヤーノワ)と一緒にキス・アンド・クライに座っていた時に、彼女が『ファイナル進出おめでとう!』と私に言いました。私はマルセイユには行けないだろうと思っていました。なぜなら、グランプリ大会でいつも2位か3位だったなら、ファイナルに行くには不十分だからです。選抜されることには最後まで確信がありませんでした。落胆して少し泣いた程です。でも記者会見であなたが質問した時に、良かったと納得しました」。
 
—あなたはファイナルで出ることが目標だったのですか?
 
「シーズン最初から私ははっきりとした目標を描き、それに向かって進んで来ました。でも、もしファイナルに選ばれなかったなら、もちろん、落胆はしますが、人生がそこで終わる訳ではありませんから、ロシア選手権に向けて準備をしたでしょう。でもマルセイユに行けるのですから、とても嬉しいです。私は目標に向かって進んで来ました。それは、いつものように大変だったけれど、結果として望んだものに到達しました。このことは自信になります」。
 
—ファイナルでの目標は?
 
「ただ落ち着いて、自分のために、自分の喜びのために滑ることです。フランスのグランプリ大会で私が怖かったのは、それが私の最初のシニアのグランプリ大会だったからです。ここでは緊張はしましたが、それ程ではなく、ファイナル進出に挑戦するという願望がありました。
 
ファイナルではひたすら最大限全力を尽くし、その結果を受け取らなければなりません」。
 
—4回目のファイナル出場は、あなたにとってどんな意味を持ちますか?
 
「そうですね・・・私が世界レベルのスケーターたちと戦う準備が出来ている、ということです。ファイナルに出ること、それは各アスリートにとって勝利です。そこでは、最良で、それにふさわしい6人が競い合うのです」。
・ ・・
—ウォームアップで何かが上手く行かない時には、その後演技で切り換えるのは難しいですか?
 
「私にとってウォームアップは何の意味も持ちません。子どもの頃から私はいつもウォームアップで失敗していますから。もしウォームアップで失敗すれば、それは全てが素晴らしくなることを意味します。もしウォームアップで全てが良かったなら、すなわち、何かが上手く行かないかもしれないと考えなければなりません。
 
私にとって6分間練習は、出て行って氷を感じることです。何かにこだわることはありません。もしその練習でエレメントに失敗したら、滑りの時にはそうならないだろうと思います。札幌では、おかげさまで、練習でも本番の滑りでも上手く行きました」。
 
—この大会の雰囲気は気に入りましたか?
 
「とても。私は、日本と日本人が大好きです」。
 
—なぜ?
 
「なぜなら、日本でのようにスケーターを応援してくれるところは、他にないと感じます。たくさんのロシアの旗やプラカード・・・があって。人々は本当に好きで、心で感じてくれます。これらのたくさんのプレゼントも、後で開けて見るのが嬉しいです。この雰囲気が好きだし、とても暖かいのです」。
 
—何が贈られたのですか?
 
「全てのプレセントは・・・さまざまです。あなたもご存知のリカは、昨シーズン、私のコスチュームを着たクマのミーシカを作ってくれましたが、今回はさらにピンクの衣装を着たクマをプレゼントしてくれました。ぬいぐるみ、手紙、さまざまなものがあって、とても嬉しいです」。
 
—プレゼントをどうするのですか?
 
「スーツケースに入れようとしています。まだ成功していません。新しいスーツケースを買わなければならないかもしれません」。
 
  1. 2016/11/29(火) 01:42:27|
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2016/11/27 エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ「ネイサン・チェンが何よりも身に付けたものは、仕事の能力」

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2016/11/27 腰掛け椅子の上に立って。グランプリ6大会の結果
 
====一部抜粋====
 
氷は滑りやすく、不安定だ。札幌の、この滑りやすい氷の上で、一種のセンセーションが起こった:アイスダンスの二度の世界チャンピオン、ガブリエラ・パパダキス/ギョーム・シゼロン組が、バンクーバ−オリンピックチャンピオン、テッサ・ヴァーチュー/スコット・モイア組に敗北を喫した。フランスの二人は、神経を克服出来ずに、ミスを犯した。
 
これは激しい競争から生じたことかもしれないが、しかしながら、ガブリエラとギョームはここ2シーズンで、どれほどの競争で緊張したとしても、十分な余裕を持ってあらゆる選手たちに確実に勝ちを納めてきたのだ。それにもかかわらず、日曜日(27日)、アイスダンスにおける最も堅牢なステレオタイプの先入観の一つが、粉々に飛び散った:そもそもパパダキスとシゼロンには勝てないのだ、というステレオタイプの先入観が。
 
これを成したヴァーチュー/モイア組は、多くの意味において他のペアよりも困難が大きかった筈のペアだ。しかし彼らは、再び一位になりたいと、ただ強く欲したのだ。
 
思考のステレオタイプ — それは人が、自分の道に自分の手で築き上げる最も堅牢な障壁だ。例えば、シニアのレベルに適応することや、あるいは新しいペアのパートナーとのユニゾンのためには何年も時間が必要だと、コーチもスケーターも敗戦の口実を簡単に自分に与えるのだ。それどころか、その思考のなかに何の恐さも感じないのだ:だって他の選手たちは、ユニゾンがもっと良く出来ているでしょ? と。
 
その結果、時間は一方的に過ぎ去るばかりで、私たちは何らかの幻想が急速に崩壊するのを目の当たりにするのだ。例えば、それこそ、世界的アイスダンスのリーダーたちの一定のレベルにロシアのペアも到達することに関して。期待のなかで私たちは、自分たちのお気に入りが何らかの小さな場所で成功すれば、それを喜んでいる —B級大会での勝利とか、(昨シーズンと比較して)より成功したプログラムだとか。しかし、これら全ては、自分の子供が腰掛け椅子の上に立って、ちょっとした詩などを読むのを眺めている両親の喜びに等しい。
・・・
いずれにしても、スポーツにおいて、結果を出すためにはいかなる犠牲も厭わずに進む覚悟を持つ選手たちに感嘆しないでいることは極めて難しい。その選手がどこの国の代表であろうとも。
 
例えば、自意識が出来て以来の自分の人生の全てで、比喩的に言えば、ズボンから跳び出すことを試みていた(結果としてそれをやってのけた)アスリートのことを —17歳のアメリカのネイサン・チェンのことを。何らかの優れた素質があった訳でもないこの若者が、何よりも身に付けたのは仕事の能力だった:彼のコーチのラファエル・アルチュニャーンは、怪我をするまで跳ばないように練習のなかで教え子を常時止めなければならないことを、こぼしていた程だ。
 
ネイサンはそれでも跳んだ:そして初めてメダリストになった昨年のアメリカ選手権でかなり重症の怪我を負った。それは競技のなかでではなく、その後のエキシビジョンナンバーでのことで、最も簡単なジャンプではないものを一杯に詰め込んで、足首を傷つけたのだ。
 
アルチュニャーンは当然のことながら、憤慨し、そしておそらく、ちょうどこの意見の相違がアスリートとコーチ間のそれまでの相互理解を壊した可能性がある:夏にチェンは、マリーナ・ズーエワのところへプログラムを作るために出かけ、その後恒常的に一緒に仕事をするために彼女のところへ去る決心をしたのだ。
 
そのことによってアルチュニャーンとの衝突が一層大きなものになった。それにもかかわらず、札幌では以前の師がチェンを再び、氷に導いた。
 
とはいえ、この極めてスキャンダラスなゴタゴタが今後も続くのかどうかにかかわらず、それは重要なことを否定するものではない:17歳のアスリートがフリープログラムのなかで四回転ジャンプを4種やる(最も難しいルッツとフリップを含めて)ことを試みたフィギュアスケート史上初めての選手になったこと、そして、1ダースのうちの10人の選手が克服出来そうにないような状況のなかで、日本で2位という結果を出し、それによってグランプリファイナルに自らを文字通り引きずり入れたということを。
 
再びここで質問を出したい:このアメリカ人は、マクシム・コフトゥンよりも、セルゲイ・ヴォーロノフよりも、アレクサンドル・ペトローフの持っているものよりも、あるいはミハイル・コリャダーの持っているものよりも、何が優れているのか? 答えは陳腐だ。何も優れてはいない。しかし、チェンはファイナルで滑り、ロシアの男子シングルスケーターたちは、腰掛け椅子の上に立ち、ちょっとした詩を読むことが出来るだけだ。あまりにも失礼に響くことは分かっている。しかし、シーズン前半の結果を見ながら、このことを考えないことが果たして出来るだろうか?
  1. 2016/11/28(月) 02:49:33|
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2016/11/26 イリヤ・アヴェルブーフ「グランプリファイナルで女子の優勝争いに絡むのは、基本的にロシアの選手たちだ」

 http://tass.ru/sport/3816132
 
2016/11/26 イリヤ・アヴェルブーフ「グランプリファイナルの女子シングル優勝争いに絡むのは、基本的にロシアの選手たちだ」
 
モスクワ、11月26日、TASS特派員ヴェロニカ・ソヴェートワ。
女子シングルスケートにおけるグランプリファイナルの優勝争いは、基本的にロシア選手の間で展開されるだろう。TASSにこのような考えを語ったのは、ロシアの有名な振付師、2002年オリンピック銀メダリスト、イリヤ・アヴェルブーフだ。
 
グランプリファイナルへは、四人のロシア女子選手が同時に突破した — 世界女王エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ、エレーナ・ラジオーノワ、アンナ・ポゴーリラヤ、それにマリーヤ・ソーツコワだ。彼女たちのライバルになるのは、日本代表の宮原知子とカナダのケイトリン・オズモンドだ。
 
「もちろん、グランプリファイナルで四人のロシア女子選手というのは、喜ばしい事実だし、予想されたことでもある。ロシア女子は、昨シーズンも今シーズンも良い成績を挙げていたのだから」。アヴェルブーフはこう考えている。
 
「もし、われわれがロシア選手権の上位6人をヨーロッパ選手権に送り出したなら、たちまち彼女たちがヨーロッパの上位6人になるだろう。それ程に、今のロシアチームは強い。ファイナルでも当然ながら、基本的に優勝争いはまさに彼女たちの間で展開されるだろう」。
 
グランプリファイナルは、12月8~11日にフランスのマルセイユで行われる。
  1. 2016/11/27(日) 02:13:07|
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2016/11/25 エヴゲーニー・プルシェンコ「自分の勝利やタイトルについて考えるには、僕はまだ若い」

 http://www.sports.ru/figure-skating/1045993606.html
 
2016/11/25 エヴゲーニー・プリューシェンコ「自分の勝利やタイトルについて考えるには、僕はまだ若い」
 
二度のオリンピックチャンピオン、エヴゲーニー・プリューシェンコは、自分の業績の意義について語った。
 
—さまざまな自分の勝利やタイトル、メダルをお持ちですが、どのようなことを感じていますか?
 
「僕は特に気に留めていないし、トレーニングを続けている。それを考えるには、僕はまだ若い。もし自分のメダルやタイトルについて考えるようになったら、成長が止まる。自分が偉大な、ビッグなアスリートだなどと考えてはいけない。
 
確かに僕は、悪くない成績を達成した悪くないアスリートだ。僕は一度も自分を賞賛したことはないが、人々が言っていることは、多分正しいだろう。確かに、世界に現存しているアスリートで、四つのオリンピックメダルを持っているのは唯一僕だけだということも知っている。しかし、努力を続け、働き続けなければならないのだ」。プリューシェンコはこのように語った。
 
文:マリーヤ・セレンコワ / 出典:News.am
  1. 2016/11/27(日) 02:08:53|
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2016/11/21 アンナ・ポゴリラヤ「ママは時々、どんなジャッジよりも多く私を批評する」

 http://www.sport-express.ru/figure-skating/reviews/anna-pogorilaya-porugavshis-s-trenerom-mogla-uyti-s-katka-na-dva-dnya-1068286/?ua=dt
 
2016/11/21 アンナ・ポゴリーラヤ「コーチと仲違いをして、リンクを離れられたのは二日間だけだった」〜その②〜
 
 
====一部抜粋====
 
(エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
—今シーズンあなたの滑りが目に見えて変わったと皆が繰り返し言っています。あなた自身はそれを感じていますか?
 
「強く感じているとは言えません。多分私の状態は、子供の成長に似ているかもしれません。自分自身はそれに気づかないのです。私もそうです。私たちは氷の上で毎日働いていますから、質も少しずつプラスすることが出来ているのでしょう」。
 
—それぞれのアスリートには、人生に一度あるかもしれないようなパフォーマンスが生じることがあります。そのような時には、出て行って、氷の上を飛んでいるかのようです。ライバルのことも、ミスするかもしれないことも、負けることももはや考えません。言い換えれば、そのような時には、完全に全てが上手く行くのです。あなたには、そんなことがありましたか?
 
「私はその感覚を知っていますし、それが好きです。それはプログラムの最初から最後まで続くとは限りません。2年前のグランプリカナダ大会で、まさにそのように私は滑りました:出て行って、氷の上を飛び始めたのです。とても良く準備が出来ていたとも言えません。むしろ、正しく自分の気持ちを調整したのです。そしてあそこで私は一位になりました。
 
一番最初の私の世界選手権だった2014年の日本で私は4位になりましたが、そこでの感覚もそれに似ていました。多分そのような状態は、たくさんの仕事が積み重なって出来上がるのでしょう。でも、あれこれの大会への自分の準備の程度を自分でいつも理解出来ている訳ではないのです」。
 
—コンディションのピークが既にすぐ近くにあると感じられる何か兆候のようなものはあるのですか?
 
「それを理解出来るのは、プログラムの滑りであり、個々のエレメンツです。しかし、やはりそれは外側からの方が遥かに良く見て取れるのです。例えば、昨年の世界選手権の前に、コーチもママも、全てがとても良い調子で行っている、と私に言ったのです。私はといえば、どこかの箇所がまだ不十分だと、ずっと感じていました。
 
この点でのママの意見を、私はほぼコーチの意見のように見なしています:彼女は大体いつも、私と一緒にトレーニングに来ているし、私たちは家でたくさん話し合っているからです」。
 
—アスリートのママは、審判教育やライセンスを受けて、自分の子供と一緒に大会に行くことが十分に出来るだろうと思いますね。
 
「あらまあ、それは非常に厳しいことになると思うわ。家で時折ママは、どんなジャッジよりも遥かに多く私を批評します。幸いなことに私の両親は、フィギュアスケートを、部分的にであれ職業とする程には興味を持っていません。彼らがこのスポーツ種目を追いかけているのは、私が滑ってからに過ぎません」。
 
—つまり、家ではあなたに判決を下して、悲劇を作るようなことは無いのですね。
 
「そもそも私は、判決を受けたなどと思っていません。だって、もし私が負ける時は、いつだって自分自身のミスのせいなのですから」。
  1. 2016/11/25(金) 01:55:21|
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2016/11/21 アンナ・ポゴリラヤ「コーチと仲違いをして、リンクを離れることが出来たのは二日間だけだった」

 http://www.sport-express.ru/figure-skating/reviews/anna-pogorilaya-porugavshis-s-trenerom-mogla-uyti-s-katka-na-dva-dnya-1068286/?ua=dt
 
2016/11/21 アンナ・ポゴリーラヤ「コーチと仲違いをして、リンクを離れることが出来たの二日間だけだった」
 
====一部抜粋====
 
日本でのグランプリ最終戦に向けて出発する前に、アンナ・ポゴリーラヤは、Sport-Express解説者エレーナ・ヴァイツェホフスカヤに、コーチとの衝突やジャッジたちの厳格さについて語り、何故四回転ジャンプの習得を急いでいないかを説明した。
 
—あるインタビューであなたのコーチのアンナ・ツァリョーワは、成長期の問題はあなたを外れて通り過ぎていったと語りました。あなたもそう思いますか?
 
「全く外れたとは言えないでしょう。身体が突然縦にも横にも伸び始める時期について言うとすれば、それは私にあまり強い影響はありませんでした。ただあまりにも目に見えて体重が増え始めるのが分かった時がありましたが、それとは十分上手く戦うことが出来ました。ここで大事なことは、問題を放っておかずに、萌芽のうちにそれを防止することです。
 
一方で心の問題は遥かに深刻でした」。
 
—それはどんなところに現れましたか?
 
「常に自分を正しい気持ちにしておけなかったというのが一つあります:練習に対しても、コーチの言うことを聞き、言い争いをしないようにということに対しても。全体として見ると多くのことが起きました」。
 
—私たちが三年前に話をした時に、コーチと仲違いをしてリンクを離れることが出来たのは一週間だったと、あなたが話したのを覚えています。
 
「実際には、そこまでは行かなかったです。二日間、確かにリンクを離れました。そしてその二日間が、覚えているのですが、とても長くて、本当に無限に続くように思われました。
 
成長期についての私の話にも、このような時のことが頭にありました。私はただ理解していませんでした。乱暴な物言いをしてはいけない、自分の考えがどのようなものであれそれへの自分の権利ばかりに固執してはいけない、コーチとはただ理解し合わなければならないし、仕事を続けなければならない、ということが」。
 
—それにもかかわらず、あなたは自分の人生で一つの真に大人の行動を取りました。それは、アンナ・ツァリョーワから他のリンクの新しい師のところへ去ろうとした後に、彼女のところへ戻ったことです。あれはあなた自身の決定でしたか、それとも、まさにあのように行動することが正しいと説得されたのですか?
 
「あの時は、去ることも戻ることも誰も私を説得しませんでした。ただ、私とアンナ・ヴラジーミロヴナ(・ツァリョーワ)との衝突が皆に知られた時に、同じリンクに残って他の教師についたらどうかと私に提案がありました。このような案は、私は絶対認められませんでした」。
 
—何故?
 
「なぜなら私の見方では、それは正しくないのです。毎日練習に行って、自分が離れたコーチを見ることなどどうして出来るでしょう? 私にとってこのような状況は耐え難く、受け入れ難いものになったでしょう。
 
私はアンナ・ヴラジーミロヴナがとても好きなのです。もしその時本当に彼女から離れたとしても、やはり私は愛し続けたでしょうし、彼女が私にしてくれた全てのことに対し感謝し続けたでしょう。
 
私たちの間にどのような仕事上の衝突が起こったとしても、私が毎日側を通って、彼女の目の前の別の氷で練習することで、人に痛みを与える理由にはならないのです」。
 
—一旦離れた後で、コーチに向かって歩み寄るのは難しかったですか?
 
「去る方が難しかったのです。私が去る決心をした後、ほとんどすぐに、とても戻りたいと考え始めました。突発的な勢いで去った訳ではないのですけれど。
 
非常に長い間いろいろなことを検討していましたが、私たちが求めていた結果はほぼ三年出ませんでしたし。一方で最後の行動のきっかけなったものは、初めてのヨーロッパ選手権で3位になった後で私が負った全く馬鹿な怪我でした。
 
その時私は一週間の休暇を貰い、その後で、そのような休暇の後では靭帯が弱っていることを全く考えずに、とても急激に練習を開始しました。二日間で全てのトリプルジャンプとコンビネーションを揃えたのですが、床上でのトレーニングで私はステップマシンから不用意に飛び降り、足を捻り、靭帯を痛めました。
 
それはひどいものでした:ヨーロッパ選手権の後、それまでとても望んでいた世界選手権へ出場するチャンスが与えられ、私はとても喜んだのです。なぜママもコーチも、このような状態で上海に行くべきではないと繰り返して言うのか全く理解出来ませんでした。
 
その試合の結果私は13位でした。それはもちろん、惨事でした。それに加えて、ひどいストレスでした。それは準備の間もずっと伴っていましたが。
 
でも私は考え始めました。私が足踏みしている間に他の女子たちは皆成長しつづけ、前に進んで私から遠ざかって行くと。
 
その結果一定の時間が経った後、私とコーチは会って、よく話をし、相互に理解し、全てを一から始めたのです」。
 
—ツァリョーワにとってあなたは、最初の教え子です。コーチには、あれこれに関して判断の用意が無いとか、どう正しく行動するのか分かっていないとか、感じることがあるのですか?
 
「何らかの状況を私たちは一緒に考えるのです。多くを試してみて、結果として常に正しい解決を見つけます。どのような年齢でも学ぶことは出来るし、学ばなければならないと思います」。
 
—今シーズンあなたのフリープログラムを作ったニコライ・モローゾフが、振付けと平行してあなたに正しく滑ることを教えたと言っていました。これは本当にそうなのですか?
 
「彼は私に多くのニュアンス(微妙な面)について語りました:滑っている時にジャッジたちとどのようにして『働く』ことが出来るか、どのようにして彼らを心情的につかむことが出来るか。氷上で彼と一緒に仕事をする時までに私が一人で練習出来る何らかの技術的箇所を指示しましたが、仕事は振付けだけのものでした」。
  1. 2016/11/24(木) 04:00:05|
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2016/11/22 エヴゲーニー・ルカヴィーツィン「アリョーナ・レオーノワは、グランプリ日本大会で滑る心理的準備が出来ていない」

 http://rsport.ru/figure_skating/20161122/1112592917.html
 
2016/11/22 エヴゲーニー・ルカヴィーツィン「アリョーナ・レオーノワは、GP日本大会で滑る心理的準備が出来ていない」
 
サラートフ、11月22日、R-Sport、アナトーリー・サモフヴァーロフ。
2012年世界選手権銀メダリスト、ロシアのフィギュアスケーター、アリョーナ・レオーノワは、しかるべきレベルでの戦いのために要求される心理的コンディションが出来ていないので、日本でのグランプリ第6戦には出場しない、とコーチのエヴゲーニー・ルカヴィーツィンがR-Sportに語った。
 
レオーノワは、11月25~27日に札幌で行われるNHK Trophyへのエントリー名簿から削除された。彼女はパリでのグランプリ大会で多くのミスをしてパフォーマンスが成功せず、12位となった。
 
「日本大会の欠場は私のイニシアチブによるものだが、決定はアリョーナと一緒に下した。
 
第一の理由は、簡単なものだ:彼女の現時点でのレベルでは競争力が無い。第二の理由は:パリでの滑りの後、彼女の心理的状態が簡単ではない。怪我には、肉体的怪我と心理的怪我があるが、アリョーナは後者に突き当たっている。
 
いずれにせよ、このように失敗した滑りは、彼女の選手生活のなかで単に無かった。これら全てに加えて、フランスでの転倒の際に彼女はかなりのコブをこしらえたし、微細な怪我もある。
 
しかし、ロシア選手権に向けてアリョーナは準備するだろう。その直前に何らかの大会に出場する可能性は大いにある(訳注:12月7日からクロアチアのザグレブで行われるGolden Spinにエントリーしている)」。ルカヴィーツィンはこのように語った。
  1. 2016/11/23(水) 01:00:11|
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2016/11/20 エリザヴェータ・トゥクタムィシェワ「トリプルアクセルを克服できることを願っている」

 http://www.fsrussia.ru/intervyu/2594-elizaveta-tuktamysheva-nadeyus-chto-trojnoj-aksel-smogu-pobedit.html
 
2016/11/20 エリザヴェータ・トゥクタムイシェワ「トリプルアクセルを克服出来ることを願っている」
 
====一部抜粋====
 
エリザヴェータ・トゥクタムイシェワは、グランプリ中国大会Cup of Chinaで銅メダリストになった。試合後のタチヤーナ・フレイドとの話のなかで彼女は、この試合への準備がいかに大変だったかを語り、前のフリープログラムにどうして戻ったのかを説明した。
 
—リーザ、今シーズンのこれまでの試合と今回のグランプリを比べるとしたら、何が言えますか?
 
「この大会は今シーズンのなかで私の最も良いものの一つです。ショートは私が出来る滑り程上手くは行きませんでしたが、フリープログラムには非常に満足しています。


後半にトリプルルッツをやらなかったという事実にさえ、落胆しませんでした。なぜなら、私たちは古いフリープログラムに戻って、休み明けに滑ったのは初めてなのだし、後半の構成は十分に難しいものだからです。全てがどうなるのかを理解することが私には重要でした。まして、このグランプリの前に私は病気に罹ったのですから。私たちはすべきように、全てを点検したり、十分練習したり出来なかったのです。
 
当然、このような状況ではトリプルアクセルどころではありませんでした。私は全てのエレメンツをやっとのことで揃えることが出来たのです。この大会の私たちの目標は、大会の氷に出て、このプログラムを私がどのように滑り切れるかを感じることでした。

私は出来るのか? プログラムはどんな風に見えるのか? 新しい衣装はどう見えるか? 大会前はそれどころではありませんでした。ですから中国でのパフォーマンスは、私にとって一種の発見になりました。

この試合の後、とてもポジティブな気持ちになっています。もしかしたら、ショートプログラムにさらに変更を加えるかもしれません。フリープログラムではトリプルアクセルを回復させることはそのまま残っていますが、他に大きな変更はないでしょう」。
 
—なぜ、古いプログラムに戻ることにしたのですか?
 
「私は『クレオパトラ』がとても好きで、それは、音楽そのものではなく、イメージ、アイディア、企図が気に入っているのです。歴史上の人物としてのクレオパトラが好きなのです。私は彼女についてたくさん読みました。私はこのプログラムを滑るのが気に入っていました。
 
しかし、プログラムの音楽が難しいのです。それをジャッジや観客が理解するのは困難でした。それは『ペール・ギュント』のような当たりの音楽ではありません。もし、私がシーズン当初から『クレオパトラ』をクリーンに滑っていたとしたら、多分、話は違っていたのでしょうが。
 
しかし、もし今までの4回の大会でクリーンな滑りが無かったのなら、多くの人たちには、プログラムは平均的で、それほど当たりではないという印象が出来上がり、落胆と中途半端感が残ったと、私たちは今判断したのです。

ですから『ペール・ギュント』に戻る方が良かったのです。多分、そうなるべきだったのです。私たちがこのような判断に至るために、私はカナダで4位にならなければならなかったのです。分かりませんけど。私には『クレオパトラ』と別れるのが、本当に辛かったのです。しかし、決めたことを今はもう後悔していません。それは完全に正当な判断でした」。
 
—「ペール・ギュント」に戻ることを最初に提案したのは誰ですか? あなたですか、それともアレクセイ・ニコラエヴィチ(・ミーシン)ですか?
 
「アレクセイ・ニコラエヴィチです。私が練習に行くと、彼とタチヤーナ・プロコフィエワが、言うなれば、事実の前に私を立たせました。私は、もちろん、反対することも出来たでしょうが、私はコーチたちを信頼しています。初めは、当然のことながら、このニュースにショックを受けましたが、その後同意しました」。
 
—モスクワでのグランプリの時に、ステファン・ランビエールと働くためにモスクワに来たのですか?
 
「カナダの後、私たちはペテルブルクに戻りました。私がトレーニングしていると、アレクセイ・ニコラエヴィチが電話してきて、『すぐにキップを取って、モスクワに来なさい』と言ったのです。私は行きました。

私とステファン・ランビエールとアレクセイ・ニコラエヴィチとで非常に実りのある仕事をしました。二回のレッスンで、プログラム全体を作りました。私がジャンプを入れて滑り切れるようなコンポーネンツをはめ込みました。完全にプログラムを変えたのではなく、ステファン自身が働いたことが見えるように、後になって何かを修正することがないように、プログラムを飾る部分を付け加えたのです」。
 
—モスクワのどこで仕事をしたのですか?
 
「『メガスポルト』とCSKAです」。
 
—ステファンは何と言いましたか?
 
「私と彼は基本的に、付け加えることになる動きや腕を議論しました。もちろん、彼は、私たちが『ペール・ギュント』に戻ったことを喜びました。だって、昨シーズンは怪我のため、このプログラムの美しさの全てを完全に見せることが出来なかったのですから。彼もこのプログラムで、作品作りの自分の能力をとても見せたいのだと感じるし、私も美しく滑れることを見せたいのです」。
 
—もし、ショートプログラムであなたがまだトリプルアクセルを入れないのなら、トリプルルッツ-トリプルトウループのコンビネーションに戻る価値もあるのではないですか?
 
「いいえ」。
 
—何故?
 
「私はこのコンビネーションを練習の時にやっていましたが、3T−3Tのような確実さがありません。前のプレオリンピックシーズンの時に、ルッツ−トウループとループを入れていたのですが、このコンビネーションを一つの試合でもクリーンに跳べませんでした。

私のルッツは高くて、高く跳び上がるのでトウループの時のような出で着氷しないのです。それにコンビネーションが出来るためには、もっとスピードを付けなければなりません。ルッツから上手く出られ、スピードが十分で、トリプルトウループのための力も足りるという感覚をもっと持てなければなりません。ですから、トリプルアクセルを戻すことの方が、より正しいと思います」。
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  1. 2016/11/22(火) 00:57:00|
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2016/11/19 セルゲイ・ヴォロノフ「愚かなミスをした大会だった」

 http://www.fsrussia.ru/intervyu/2590-sergej-voronov-eto-byl-turnir-glupykh-oshibok.html
 
====一部抜粋====
 
2016/11/19 セルゲイ・ヴォーロノフ「愚かなミスをした大会だった」
 
ロシアのフィギュアスケーター、セルゲイ・ヴォーロノフは、グランプリ中国大会の銅メダリストになった。彼は試合の後、特派員タチヤーナ・フレイドのインタビューに応じた。
 
—あなたは3位になりましたが、滑りはミス無しではなかった。
 
「起こったことに自分でも驚いている。この大会は、僕にとって全く軽率で愚かなミスの大会となった。もちろん、銅メダルを獲った自分を誉めるし、こんなにも良い選手たちのいる仲間のなかでメダリストに入れたことを誉める。シリーズのいくつもの大会を見ても、男子シングルで弱いグランプリ大会は無かった。
 
ただ唯一自分を責めることが出来るのは、愚かなミスはもうこれからするなという点だ。四回転が出来なかったことは、仕方が無い。しかし、余計なコンビネーションは・・・29歳にもなって・・・こんなのは許し難い。あとどれくらい滑るつもりか見るにしても。もし35歳までとしたら、まだあるのだから」。
 
—もしかしたら、集中力を失ってミスをしたのですか?
 
「逆だ。多分、集中し過ぎだった。4-3をやって、アクセル、トウループ。今あなたに打ち明けることが出来るが、この大会で二つの四回転トウループをやりたかった。しかし、それは出来なかった。ぎりぎりのところで持って行こうとしたが、考え直した。そうして跳んではいけなかったものを跳んでしまった。でもそのあと理解したのは良かった。二つのルッツの代わりに、一つをサルコウにした。コンビネーション無しで全てをやった。そうでなかったら、おわりだった・・・」。
 
—滑っている時に数学的計算をするのは難しいですね。練習ではこういったバリエーションを十分練習するのですか?
 
「そうだ。しかし競技では、自分自身で全てをコントロール下に置かなければならない。数学的に非常に鍛えられている必要がある。一つをやったら、もう一つはダメ。やらなかったら、すなわち、すぐに何を何に変えるかを理解しなければならない。シングルスケートをする以前に、まず数学教育が出来ていなければということに行き着く」。
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  1. 2016/11/21(月) 03:15:39|
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