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2017/08/04 タチヤナ・タラソワ「エレーナ・ラジオノワは、国別対抗戦に出場したことで消えなかった」

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2017/08/04 タチヤーナ・タラーソワ「エレーナ・ラジオーノワは、国別対抗戦に出場したことで消えなかった」

モスクワ、8月4日、R-Sport、アナトーリー・サモフヴァーロフ。
国別対抗戦への出場が、昨シーズン、エレーナ・ラジオーノワを精神的に元気付けた。そうでなかったら、彼女は消えていたかもしれないと、ロシア功労コーチのタチヤーナ・タラーソワがR-Sportに語った。

昨シーズン、2015年世界選手権銅メダリスト、二度のヨーロッパ選手権銀メダリスト(2015、2016)、ラジオーノワは、ロシア選手権5位で、ヨーロッパ選手権にも世界選手権にも選抜されなかった。4月に彼女はロシア代表メンバーとして、東京で開催された国別対抗戦の銀メダルを獲得した。彼女がチームメンバーに含まれたのは、ロシアフィギュアスケート連盟の決定があったからだ。

2017年2月、ラジオーノワは冬季ユニバーシアードの勝利者にもなった。今年の春、国別対抗戦から帰国するやいなや、ラジオーノワは、コーチをインナ・ゴンチャレンコからエレーナ・ブヤーノワに変更する決断をした。

本当に、このアスリートは変貌したのだろうかという質問に対し、タラーソワは電話で次のように答えた:「ラジオーノワは常に変貌していました。ただ彼女には非常に困難な時期があったのです。彼女が消えなかったのは、国別対抗戦に行ったからです。

当時連盟は、正しい決定をしました。その決定は、レーナが降参しないようにと採択されました。何故なら、ロシアには強い、様々な女子スケーターがいなければならないからです。

国別対抗戦の後、彼女は自分でエレーナ・ゲルマーノヴナ(・ブヤーノワ)のところへ移る決断をしました。彼女たちの連携と新たなプロフェッショナルなレベルでの仕事が、望んでいる結果を彼女たちにもたらすことを願っています」。

「ただ、国別対抗戦に関する話が出た時には、多くの反対の声がありました。いわく、連盟は、ラジオーノワを大会に派遣するという間違いをしているとか、シーズンを戦い抜いた、ふさわしい女子選手が他にいるだとか。

ただ当時誰も理解していなかったのは、シーズンの終わりにレーナにとどめを刺すようなことを言っても、レーナは決して降伏しないということです。レーナも自分の期待を裏切りませんでした。

今、彼女はエレーナ・ゲルマーノヴナと一緒に良く働いています。私は彼女たちの目が好きです。何故なら、彼女たちはまさにお互いを見ているからです。彼女たちには、相互理解があるのです」。

ラジオーノワの二つのプログラムは、カナダの振付師シェイ=リーン・ボーンが作った。ラジオーノワは、ジョージ・ガーシュインのオペラ「ポーギーとベス」の音楽で作った去年のショートプログラムをオリンピックシーズンに残すことを決めた。彼女のフリーは、パナマの作曲家カルロス・エレータ・アルマランの「イストリア・デ・ウナモール」Historia de un Amorの歌で作られた。

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  1. 2017/08/08(火) 01:57:06|
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