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2018/07/27 フィギュアスケーター、テン殺人事件に関する三番目の容疑者を逮捕

https://rsport.ria.ru/figure_skating/20180727/1139787193.html

2018/07/27 フィギュアスケーター、テン殺人事件に関する三番目の容疑者を逮捕

アスタナ、7月27日、RIAノーヴォスチ。
2014年ソチオリンピック銅メダリスト、カザフスタンのフィギュアスケーター、デニス・テン殺人の捜査取調べの過程で、三人が逮捕されたと、金曜日(27日)、カザフスタン共和国副検事総長マラト・アフメトジャノフが語った。

テンは、7月19日、アルマトイで死亡した。カザフスタン警察の情報によれば、自分の自動車からミラーを盗もうとしていることで捕らえた二人とのつかみ合いになり、彼はその中で刺切を負った。数時間後、25歳のフィギュアスケーターは病院で死亡した。一人目の容疑者は、「準現行犯として」逮捕された。二人目は、翌一昼夜のうちに逮捕された。その後のアルマトイ内務局の発表では、逮捕者たちが自白し、そのうちの一人が、殺人の凶器であると取調べがみなしているナイフを警察に提出した。

アスタナでの記者会見の席で、アフメトジャノフは、今件の捜査取調べはカザフスタン検事総長の監督下にあると語った。

「本日をもって、事件は次の二つの条項により刑事事件としての手続きが開始されることを言いたい:『私利私欲の動機からなるグループでの故意的殺人』および『グループでの私利私欲の動機による強盗』。本件の犯罪実行の容疑により、三人が逮捕されている。十分な証拠が集められ、検事はそれらの適法性を審査しており、裁判所により逮捕の形態での保全処分が許可された」。アフメトジャノフはこのように語った。

彼の情報によれば、三人目は不申告の嫌疑がかけられており、その者は犯罪の実行を知っていたのに、それを報告しなかった。

著名なフィギュアスケーターは、7月19日に死亡した。レストランから出て、アルマトイ都心の道の傍の、道路から外れたところに駐車してあった車に向かって行き、テンは、自分の車Lexusから二つのミラーを取り外した若い二人を見つけた。彼は彼らを追いかけ、始まったつかみ合いのなかで、ナイフで何回か突き刺された。傷は致命的なものだった:粉々になった大腿動脈が大量の失血の原因となった。通行人によって呼ばれた救急車は、25歳のフィギュアスケーターを病院まで運んだが、そこでの2時間の集中治療の甲斐も無く死亡した。

偶然にも悲劇は、「セントラルクリニック病院」 — 有名な「ソヴミンカ」(訳注:カザフスタン共和国大統領府中央病院)から数百メートルの場所で起こったが、救急車はテンを遥か遠くにあるクリニックに運んだ。翌日、保健省で記者たちに説明されたところでは、救急医師たちはクリニック選択に際して、「セントラルクリニック病院」には緊急外科部門が無く、患者は発見時、既に臨床死の状態にあったことに依拠して判断がなされたとのことだ。

テンの死が明らかになった後、カザフスタン大統領ヌルスルタン・ナザルバーエフは、死亡したフィギュアスケーターの両親に電話し、罪人たちは厳しく処罰されることを請けあった。

「ヌルスルタン・ナザルバーエフは、デニス・テンに特別に暖かい態度を示し、デニスの両親に、彼らの息子の早すぎる死は、取り返しのつかない大きな損失であり、肉親や近しい人たち、国全体、彼を愛した人たちにとっても、またスポーツ界全体にとっても、膨大な規模の悲劇であると話した」と、共和国文化・スポーツ大臣アルィスタンベク・ムハメジウルィは述べた。

テンはソチオリンピック銅メダルの他に、2013年世界選手権銀メダル、2015年世界選手権銅メダルを獲得した。彼は2004年から2010年迄、モスクワでエレーナ・ブヤーノワとタチヤーナ・タラーソワの指導下でトレーニングを積んだ。その後アメリカに渡り、フランク・キャロルと仕事をした。その後テンは、ロシアの専門家ニコライ・モローゾフと協働していた。

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  1. 2018/07/29(日) 23:52:00|
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2018/07/19 タチヤナ・タラソワ「このようなギャング行為のなかで、どのように命を守れば良いのか、私は分からない」

http://tass.ru/sport/5388001

2018/07/19 タチヤーナ・タラーソワは、暴漢の手にかかって死亡したデニス・テンを生徒であるだけでなく、同志だと考えていた

モスクワ、7月19日、TASS。
フィギュアスケートコーチ、タチヤーナ・タラーソワは、木曜日(19日)アルマトイで強盗の手にかかって死亡したカザフスタンのフィギュアスケーター、デニス・テンを、自分の生徒としてだけでなく、良き同志とも考えていた。このことを彼女はTASSに語った。

2014年ソチオリンピック銅メダリスト、カザフスタンのフィギュアスケーター、デニス・テンは、木曜日、アルマトイで刃物傷が原因で死亡した。

「このようなギャング行為の中でどう命を守れば良いのか、私は分かりません。私たち皆がとても愛し、彼の人間性を愛していた天才、才能ある人間の命が奪われました。彼は、私の生徒であったばかりでなく、私の同志でもありました。本当にことばがありません」。タラーソワはこのように語った。

アルマトイ内務局の資料によれば、木曜日(19日)、15:00頃(モスクワ時間12:00)、テンは、彼の自動車からミラーを盗もうとした二人の見知らぬ者を捕まえた。生じたつかみ合いの結果、悪漢たちはテンにナイフ傷を負わせ、彼は病院に搬送されたが、その後、死亡した。捜査が開始され、容疑者の捜索が行われている。

テンは、6月13日、25歳になった。彼はまた、世界選手権での二度のメダリスト。

*****    *****  *****  *****

https://www.sports.ru/figure-skating/1065373622.html

(抜粋)カザフスタン保健省報道官談「状態は重篤だ。彼は集中治療を受けている。今、手術をしている。デニスは3ℓの血液を失った」

予備診断:「右大腿の上三分の一に刃物傷。大腿血管の損傷。外部出血」

事件が起こったのは、アルマトイ都心。

  1. 2018/07/20(金) 00:35:00|
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2018/06/19 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「私は目を開けた。気に入った」〜その③〜

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2018/06/19 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「私は目を開けた。気に入った」〜その③〜

====一部抜粋====

(R-Sport、エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
—あなたは既にオーサーと、シーズンに向けたプログラムの選定について話し合ったのですか?

「いいえ、まず私は、これについての様々な多くの意見を聞きたいのです。ブライアン自身の意見だけでなく、彼を助けているトレーシー・ウィルソンや、私のプログラムを作ってくれる筈のデイヴィッド・ウイルソンの意見も」。

—あなたはこれらの専門家たちと、個人的な知り合いですか?

「デイヴィッドとは知り合いです。トレイシーとはデイヴィッド程ではありません。変ですが、彼らの生徒たちとは、遥かに良い知り合いです。結弦(羽生)、ハビ(フェルナンデス)、ジェイソン(ブラウン)と」。

—あなた自身は、何を望んでいますか?

「シーズン全体について言うとすれば、どの大会も欠場するつもりはありません。公開テストスケートであれ、グランプリ大会であれ。

滑りのスタイルを変えたいと思います。第一に、私は人間として変わりましたから、氷上でも以前のままではいられないでしょう。人生の認識も、世界観も変わりました。これからカナダに行き、私の頭の中も全てがまた大きく変わるでしょう。氷上で何らかの新しいイメージの自分を試したいです。まだ一度も滑ったことがなく、試したこともないイメージが沢山あります」。

—自分のプログラムの中でどのようなジャンプ構成を見たいですか?

「これに関するアイディアを持っていますが、それを話すにはまだ時期尚早です」。

—この点では、プログラム後半のジャンプ数を制限している規則変更によって触発されるものがあるかもしれませんね?

「これらの変更は、さらなる仕事のための理由を私に与えたとも言えます。もし、私たちがこれから、全てのジャンプを後半でやることを義務付けられたとしても、私は黙って出て行き、やることでしょう」。

—あなたは、氷上で滑らなければならなかったプログラムをいつも好きでしたか?

「耳が聞こえない女性を演じている、いちばん最初のシニアのプログラムは非常に好きでした。『カレーニナ』はとても気に入っていました。私が二回目の世界女王になった時の作品は、最初全く気に入りませんでした。私はやっと終わり近くになって、それを『味わいました』。滑り込んで、世界記録を樹立し、それから、目標を達成出来るものとしてそれが気に入りました。

一方『カレーニナ』からは、私の、いわゆる、頭の上の覆いが取り払われました。特に、コスチュームだけが綺麗だった『January Stars』の後では(訳注:シーズン途中で『カレーニナ』に変更するまでこのプログラムを滑っていた)。私はこの『カレーニナ』のプログラムの中に全身入り込みました」。

—オクサーナ・バユール(訳注:ウクライナの女子シングルスケーター。1994年リレハンメルオリンピック女王)のコーチがかつて言ったことがあるのですが、もしフィギュアスケーターがイメージのなかにあまりにも深く自分を入り込ませると、トリプルジャンプに入っても、彼は氷上に寝転がってこのジャンプを終えることになると。あなたは滑っている時、どの程度自分がエレメツから離れることを許せますか?

「『カレーニナ』は、かなりそれが出来ました。オリンピックでこのプログラムを滑っていた時、自分の身体には自分の仕事をさせて、自分自身は完全にイメージの中に入り込みました。どうにかして自分をエレメンツから引き離し、想像させようなどとさえせずに、練習の時にフリーをひたすら滑っていることが時として起こるように。何らかの狂気じみた、内面の自由がありました。ステップシークエンスが始まった時に、私の頭のなかに何が起こったのかを、あなたが知っていたとしたら!」。

—一体何を?

「私は滑りながら、自分に聞きました:『これは、オリンピックだということを分かっている? あなたを何百万人という人たち、もしかして十億人もの人たちが見ていることを分かっている? もし今、ほんの小さなミスでも犯すとすれば、全てが地獄に転げ落ちることを分かっている?』と。私は自分に答えました:『分かっているわ』。『最高?』-『最高!喜びを得ることを続けましょうよ!』。完全に一切の緊張はありませんでした」。

—あなたはいつか、次のような質問を受けたことがありますか:今までのオリンピック女王は、ごく少数の例外を除いて、何故二回目のオリンピック迄到達出来なかったのでしょうか、あるいはそれを望まなかったのでしょうか? 何故バユールも、タラ・リピンスキーも、アデリーナ・ソートニコワも残れなかったのでしょうか?

「おそらく、それは、何年間にも渡って働いて得たものの全てを失うことの恐怖でしょう。滑り続ける願望は、常にあるのだと私は感じます。ただ人は、何らかの他の人生を試す機会を得ると、それもまた魅力なのです。競技スポーツと普通の人生は、常に共存出来る訳ではないことを理解する機会がある人は、少数です」。

—23歳で、オリンピックで勝利した後、次のようなことばを残して引退した格闘技選手を私は知っていました:「私がトレーニングをしている間に、人生が側を通り過ぎて行くのを望まないから」。その気持ちは分かりますか?

「いいえ、私は一度もそのようなことはありませんでした。普通の子ども時代でした — 私はいろいろなごっこ遊びもしましたし。確かに家の外ではなく、ジムでしたが、でも私は楽しかった。それに今だって、人生が側を通り過ぎて行くとは思いません。私は学校を卒業し、大学に入学したのですから」。

  1. 2018/07/19(木) 00:58:00|
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2018/06/19 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「私は目を開けた。気に入った」〜その②〜

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2018/06/19 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「私は目を開けた。気に入った」〜その②〜

====一部抜粋====

(R-Sport、エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
—あなたがカナダに行くことを決めたのは、真剣にトレーニングを続けるためなどではなく、そのようにして自分のためにエキシビジョンショーの可能性を広げるためだけなのだという説が、私の耳に聞こえてきたことがあります。

「あなたに内々で申し上げますが、ショーのために私に足りないものはありません」。

—ブライアン・オーサーは、あなたの唯一のコーチ候補者だったのですか?

「はい」。

—何故、彼なのですか?

「何故なら、ユナ・キムです。私が移行を考え始めた時、最初に頭に浮かんだのが、これでした。ユナは19歳で、バンクーバーオリンピックで勝利し、23歳とちょっとで、ソチオリンピックで2位になりました。北京オリンピックでは私は22歳になります。もちろん、彼女のことだけではありません。そもそもオーサーのところには、一度以上のオリンピックを経験し、フィギュアスケートでは歳だと言われているようなアスリートが多くいます。ユナ・キムは、それらの一人に過ぎません」。

—この夏、オーサーがかなり多くの新しいスケーターたちを自分のグループに採用したことは、あなたを困惑させていませんか?

「少しもそんなことはありません。私は物心がついて以来、常に競争のなかで成長し、トレーニングを積んできました。ですから、私はそれを全く気にしません。ましてブライアンのところのグループの主要メンバーは、男子です。これが一つ目。

二つ目は、オーサーは、それぞれのアスリートに個別のアプローチを実践していますし、彼自身がそのことを常に強調しています。ですから、全員に向けた彼の時間と注意は足りているのです。それにそもそも私は、トップレベルの非常に多くのアスリートたちが目の前にいるのを気に入っています。彼らは、これまで以上に多くのことを私に与えてくれるでしょう」。

—本格的に滑る場所がどこにも無かったのに、あなたはどのようにしてコンディションを維持出来たのですか?

「私のオリンピックの時のようなコンディションを、純粋に物理的に保持することは不可能ですし、必要でもありません。オリンピックで私には非常に強い消耗がありました — フリープログラムに最高のピークが来るようにと、私は自分を準備しました。そこでは最小限の体重と最大限の精神状態にありました。

ですからオリンピックの後には回復に長い時間をかけなければなりませんでした。体重は増やしましたが、あまり多くではありません。家には、仕事が出来る状態に私の筋肉を維持することを可能にしたシミュレーターがあります。機能的コンディションに関して言えば、いかなるアスリートも集中的トレーニング抜きで自己を保持することは出来ません。このために、私は今カナダに行くのです」。

—オーサーは、何らかの願望を言いましたか?

「いいえ。私と彼が韓国で話をした時、私が自分の可能性のためにトレーニングを続けるのだということを、彼は十分良く理解したのだと思います。つまり、諸事情のためですが。氷があれば — そこに通うでしょう。モスクワには、私には氷がありませんでした。ホームベースが無かったという意味も含めてですが。日本でのショーに出発する数時間前に、私たちは何とか探し出すことが出来て、数本のジャンプを『上げる』ことが出来ました。とても跳びたかったのです」。

—随分長い間、跳んでいなかったのですか?

「随分長い間、跳んでいませんでした。ジャンプが遂に出来た時には、非常に大きな満足を感じました」。

—ところで、いつも興味があったのですが:ジャンプの最中に、あなたは何かを考えることが出来ますか?

「全てのことを! この瞬間に頭の中には千もの考えがあります。それに私は、周囲で起こっている全てを見ることも出来ます。全てをコントロールしようとしています」。

  1. 2018/07/14(土) 21:16:00|
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2018/06/19 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「私は目を開けた。気に入った」〜その①〜

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2018/06/19 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「私は目を開けた。気に入った」〜その①〜

====一部抜粋====

(R-Sport、エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
エヴゲーニヤ・メドヴェージェワがカナダに出発する前の最後の晩、RIAノーヴォスチ特別特派員エレーナ・ヴァイツェホフスカヤは、二度の世界女王、オリンピック準優勝者と、彼女の今後について語り、彼女が負けることを恐れているのかどうか、何故逡巡なくブライアン・オーサーを指導者に選んだのか、氷の上を跳んで浮かんでいる間に何を考えることが出来るのかを知ることが出来た。

私とメドヴェージェワは、かつての彼女のホームリンクからすぐ近くの池のほとりに座っている。皆の目にはゆったりとしたおしゃべりに映るかもしれないが、それは錯覚だ。数時間後には、彼女の飛行機はフランクフルトに、その後トロントに向かい、その後は・・・

—ジェーニャ、あなたとママはアパートメントを探し出すことは出来たのですか?

「はい、もちろん。インターネットで選びました。住むところが無くて、知らない国に行けますか?」

—ということは、空港で、あなたの名前を書いた案内札と鍵を持った家主が、あなたを出迎えるのですか?

「いいえ、私を出迎えるのはジェイソン・ブラウンです。私とママを出迎えて、私たちの新しい住居まで運んでくれます。18日からはもうトレーニングプランの詳細な日程表があります」。

—あなたはほぼ3年間、非常にたくさんの競技会で、負け知らずで滑って来ました。しかし今、実質的にゼロから選手生活を始めようとしています:新しいコーチ、新しい生活環境、どれくらい早く適応出来るのかも分からないし、結果がどう出るのかも分からない。何もはっきりしていることが無い。負けるかもしれないという考えから、少しでも不安になることがありますか?

「私は本質的に現実主義者です。自分の結果に関して悲嘆にくれるとしたら、それはただ、もっと良い演技が出来た筈だったのにそれをやらなかったと理解する時だけです。私は、何らかのあまり嬉しくない事柄を認めることが出来ます。つまりもし、確かにこれは自分の限界だし、現時点でこれ以上のことは出来ないということを理解するとすれば、すぐに、自分は自分にしかるべき順位を占めたのだと認めるでしょう。

今私は、自分にとって完全に新しい人生が始まっているとはっきりと理解しています。私は一度も別の国に住んだことはないし、外国の専門家のもとでトレーニングしたこともありません。2-3週間よりも長く、慣れない食べ物を食べたこともありません。つまり、完全に全てが変わろうとしています。完全な白紙なのです」。

—それは怖いですか?

「いいえ。私はそれを、首を長くして待っています。正直に言えば、今私は、誰かに負けるかもしれないということについて、全く考えていません。数年先を見ようとしています。まずは、健康を保持したいです。それは重要な私の目標です。この目標が結果の妨げにならないように、正しいバランスを見出すよう努めなければなりません。負荷、食事、精神の状態、身体的状態において」。

—ピョンチャンオリンピク迄のあなたの全生活は、スケートリンクという枠に限られていました。あなたは練習するか、眠るか、練習への準備をするかでした。

「その通りです! 私が滑っている全期間を通して」。

—それなのに今は、あなたは内面的に自分を解放したことは明らかです。あなたには自由な時間が現れ、フィギュアスケートがそれ程多くないような全く別の生活を試みるチャンスが生まれました。それは、あなたがコーチと別れ、毎日リンクに通う機会を失ったせいでもある訳ですが。この『別の生活』をどう捉えていますか?

「私は自分を解放したのではありません。より正しく言えば、目を開けて、周りを見回しただけです。確かに私には、オリンピックという目標がありました。オリンピックで滑ることだけを目標にしながら、これに向かって歩んできました。それ以外のことは何も見ないで。

私は自分のことをかなり多面的な人間だとは思っていますけれども、私には実質的に友人はいませんでしたし、何らかの興味もありませんでした。何の新しい出会いも起こりませんでした。時間が無いからと私はそういったものを支持しなかっただけですが、時には願いはありました。

練習だけがありました。しかし、内面では何らかの成長があったようです。冬に、私が怪我をして滑ることが出来なかった時、私は突然思いに駆られました:私が引退する時、私はこのまま友人も無く、これといった学業もスキルも無く、個人的な生活も無く — 何も無いままなのかしら? 

そしてオリンピックが終わった途端、私は、何と言ったら良いか、目を開けると、生活そのものが別の水路に流れ出しただけでなく、遥かに大きな水量になって、あたかも小川から川に変わったかのようでした。私には友人たちが現れ、私が気に入るかもしれないような将来の職業への出発点(しかも150回も変えられるような)をも含めて興味の山が出現したのです」。

—あなたは、そのような生活を自発的に断ることが出来ますか? 自分を服従させ、以前の枠でおとなしくして、目的に向かって再び進むことが出来ますか? そうしたいですか?

「したくなるように、したいです。結果のために完全に全てから離れる用意が出来ると思います。大事なことは — 現実主義者になることです。自分や自分の肉親に損失となることをしないことです。私がフィギュアスケーターとして成長する機会を持つために、私のママや祖母が自分たちの人生を大きく犠牲にしたことを、私はとても頻繁に考えます。もし突然、私が彼らの期待に応えられないと感じるとしたら・・・私はそれを感じたくありません」。

—つまり、あなたの心の奥底のどこかで、近親者への罪の意識が、やはり時々起こるということですか?

「非常に稀ですが。私の両親も同じように現実主義者で、人生において最も大事なことは、働き続けることだと理解しています。結果が得られないのであれば、すなわち、もっと働きましょうと。ですから、もし私が、やらなければならない義務を、何らかの理由で果たさなければ、その時には罪悪感が生まれるのです」。

—オリンピック後は、どれくらい早く、自分を取り戻すことが出来ましたか?

「それは長いプロセスでした。私の身体と脳は、私がどんな負荷の後でも急速に回復するように出来ています。精神的にも、肉体的にも。しかし、オリンピックの後は全てが非常に長くかかりました。実際、今言えることは、精神的には完全に回復したということだけです」。

  1. 2018/07/13(金) 11:59:00|
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2018/06/29 エリザヴェータ・トゥクタムィシェワ「ショートプログラムはモダンな振付けのタンゴ、フリーは『軽妙な』プログラム」

http://fsrussia.ru/intervyu/3757-elizaveta-tuktamysheva-poka-est-sily-i-zhelanie-khochu-prodolzhat.html

2018/06/29 エリザヴェータ・トゥクタムィシェワ「力と意欲がある間は続けたい」

====一部抜粋====

(タチヤーナ・フレイド)
—新プログラムを既に作ったということですが、それらについて話すことは出来ますか?

エリザヴェータ・トゥクタムィシェワ:「ショートプログラムのために私たちは、映画『Mr. & Mrs. Smith』の音楽を選びました。私は大分以前にそれが気に入っていたのですが、何故かこの音楽はあまりにも『難しい』と思っていました。しかしその後、なぜそれでダメと言えるかしら?と思いました。

今この音楽を選ぶスケーターはほとんどいません。それに(昨年はフリープログラムが、今年はショートが)またタンゴになる訳ですが、私たちはこのプログラムをモダンな振付けで作りました。

私たちは、御自身でも踊っているバレエマイスターの女性を招待しました。彼女はボリス・エイフマンのバレエに似たプログラムを作りました。このことが、私には特に気に入りました。何故ならそれは、私にとって氷上での新たな可能性を開くものだからです。

このプログラムは、最近の私の最良のプログラムの一つだと感じています。それは本当に新しい何かです。クラシックのタンゴではありませんから、タンゴにあるような特徴的な動きもプログラムの中にはありません。何故なら、タンゴのダンスそのものを見せるのではなく、感情、意識、男と女の相互関係を見せるのです。

当然のことながら、私はこのプログラムを一人で滑るのですが、愛の力と情熱を伝えようとしています。面白いものになると思います。もし、プログラムを最後まで仕上げ、私のコンディションが良く、ジャンプも入るとすれば、『ボレロ』のレベルの、非常に成功したものになるかもしれません」。

—フリーは別のスタイルになるのですか?

「フリープログラムは『遊び心のある』ものになるでしょう。正にこのようなものを前から望んでいました。私たちはいくつかの音楽の断片を選びました。基本は『You Don’t Love Me』(Caro Emerald)と『Petite Fleur』(The Hot Sardines)です。

私とアレクセイ・ニコラエヴィチ(・ミーシン)がポーランドのセミナーに行き、そこでウクライナ出身の振付師の女性、エヴゲーニヤと知り合いになりました。彼女はフィギュアスケートでは新顔だと言えます。しかし私は、彼女と一緒に働くことがとても気に入りました。彼女はスケートを素晴らしく自分のものにして、仕事に完全に打ち込み、私のフリープログラムを良くしようと、本当に多くのことを考えました。振付師がこのように全力を出している時には、それが必ず感じられるものです」。

—「遊び心のある」ということばで何を理解しているのか、教えて下さい。

「このプログラムはキャバレーのスタイルで、アリョーナ・サフチェンコ/ブリュノ・マッソ組のショートプログラムとか、映画『The Great Gatsby』の音楽にどこか似ていると言いたいのです。ひたすら快感を得るような、このような『軽妙な』プログラムを以前から求めていました。

昨年の私のショートプログラムはジプシーのメロディーのものでしたが、それは正に『ジプシースタイル』でした。でも今度は、ストラップ(肩紐)ドレスです — 純粋な恋のたわむれなのです! 実は演出は複雑で、快感を楽しむことはまだ出来ません。しかし私は、このプログラムをとても気に入っています!」。

  1. 2018/07/04(水) 03:34:00|
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