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2019/11/22 グランプリ大会で羽生と一緒に滑ることは、イグナートフにモチベーションを与えている

https://tass.ru/sport/7180415

2019/11/22 グランプリ大会で羽生と一緒に滑ることは、イグナートフにモチベーションを与えている

札幌、11月22日、TASS特派員ヴェロニカ・ソヴェートワ。
二度のオリンピックチャンピオン、日本の羽生結弦と一緒にグランプリ大会で滑ることは、グランプリシリーズにデビューしたばかりのロシアのマカール・イグナートフにモチベーションを与えている。札幌でのグランプリ第6戦、最終戦でのショートプログラムの演技後、イグナートフはTASSに語った。

イグナートフは、ショートプログラムで78.47ポイントを獲得し、5位につけた。首位は羽生(109.34)。ロシアのセルゲイ・ヴォーロノフとアントン・シュレーポフは、それぞれ3位(88.63)と9位(71.76)だった。

「遅かれ早かれ羽生と一緒に同じ氷で滑ることになることは、僕にとって明らかだった。今日僕たちが同じ試合で滑っているという事実は、モチベーションを高めてくれる。僕はまだこの試合を味わっている余裕はないので、これからもグランプリのような、このような大会に、一度きりにならずに何度も行きたいと思う」。イグナートフはこう語った。

彼は、3位になったモスクワ大会の後、ファイナルに選抜されるチャンスについて考えたと打ち明けた。「そのような考えはあった。だって、チャンスが出現したのだから。でも最初はそのような目標は、自分には無かった。大事なことは、クリーンな滑りを見せることなのだし。今日は、それが出来なかった:二つの良い四回転を跳んだ後で、トリプルアクセルに嫌なミスが出た。それをどう説明したら良いのか、まだ分からない。もしかしたら、精神力、意志力が不足していたのかもしれない。だから、明日は状況を修正するつもりだ」。

イグナートフは、日本をもっと詳しく知ることは未だ出来ていないと語った。「日本に深い感情を持つまでには未だなっていない。ずっと、この会場にいたし、そうでなければ睡眠を取っていた。新しい環境に対処しようと立て直している。時差のせいで、ずっと何だかぼんやりしているのだ」。

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  1. 2019/11/23(土) 00:37:00|
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2019/11/22 アリョーナ・コストルナーヤ「トゥトベリーゼが隣にいる時に演技するのは、ずっと簡単」

https://rsport.ria.ru/20191122/1561467892.html

2019/11/22 アリョーナ・コストルナーヤ「トゥトベリーゼが隣にいる時に演技するのは、ずっと簡単」

札幌、11月22日、RIAノーヴォスチ。
ロシアのフィギュアスケーター、アリョーナ・コストルナーヤは、グランプリ日本大会で演技するのは、隣にコーチのエテリ・トゥトベリーゼがいたので、ずっと簡単だったと語った。

コストルナーヤは金曜日、札幌で行われているグランプリ大会NHK Trophyで85.04ポイントを獲得し、ショートプログラム世界新記録を樹立した。彼女は土曜日(23日)に行われるフリープログラムの前に首位に立った。日本大会には、コストルナーヤと、2018年オリンピック女王アリーナ・ザギートワのコーチ、エテリ・トゥトベリーゼが同行している。二人が出場したフランス大会には、トゥトベリーゼコーチは同行しなかった。

「実際、エテリ・ゲオルギエヴナ(・トゥトベリーゼ)と一緒だと、いつも、ずっと簡単になるのです。なぜなら、彼女はヘッドコーチだからです。自分の隣にヘッドコーチが居る時には、誰だってもっと良いものを、もっと多くのものを見せたいと感じるでしょう。

それに加えてエテリ・ゲオルギエヴナは、独自の方法で演技に送り出すことが出来るのです。それらについてはお話しするつもりはありませんが、でもとても効果があるのです。

私は(同じトゥトベリーゼグループの)ダーニャ(ダニイル)・サムソーノフの記録を破りたいと、ずっと思っていました。あと2ポイントで、全てを決することが出来ます」。コストルナーヤは記者団にこのように語った。

札幌でショートプログラムが終わって2位につけた日本の紀平梨花は、フリープログラムでの四回転サルコウについて示唆している。「もし、選手が四回転を跳べるとしたら、それはとてもクールだわ。その選手は尊敬に値します。梨花はとても強いアスリートですから、基本的にもし彼女に四回転があるのなら、彼女がそれを跳べたことを私はとても嬉しく思います。私はただ自分のことをするつもりです。その後のことは、ジャッジが決めるでしょう」。コストルナーヤはこのように付け加えた。

  1. 2019/11/22(金) 22:36:00|
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2019/11/18 インナ・ゴンチャレンコ「グランプリロシア大会での主要な印象 — もちろん、メドヴェージェワ。それはまさしくパフォーマンスでした」

https://www.sports.ru/figure-skating/1080343840.html

2019/11/18 インナ・ゴンチャレンコ「グランプリロシア大会での主要な印象 — もちろん、メドヴェージェワ。それはまさしくパフォーマンスでした」

コーチのインナ・ゴンチャレンコは、モスクワのグランプリ大会Rostelecom Cupでのエヴゲーニヤ・メドヴェージェワとアレクサンドル・トルーソワの演技から受けた印象について語った。

「大会での私個人の主要な印象 — それはもちろん、ジェーニャです。それはまさしくパフォーマンスでした。やっとまとまった滑りが出来ました。前回の大会では、彼女は何かを証明しようとして、何か興奮がありました。恐怖だったり、もっと何かだったり。でも今回は、彼女は正にパフォーマンスをしました。彼女の内面の状態は、私には落ち着いたものに思えましたし、そのせいで彼女のフリープログラムは、本当に見応えがあるものになりました。それは、霊性に満ち、意味を獲得しました。私はあのプログラムが非常に気に入りました。

面白いことに、彼女は何か特別なことをした訳ではありません。ただ、今現在出来ることを遂行し、質の良いものにしたのです。現時点で、彼女に四回転は必要ありません。もがいたり、多くのことに手を広げる必要はありません。モスクワでやったように滑れば良いのです。そうすればファンたちも、専門家たちも、皆幸せになるでしょう。なぜなら、それは質の良い、バランスのとれた女子シングルスケートだからです。

メドヴェージェワは、モスクワ大会で素晴らしかったし、この方向で成長する筈です。さらなる情感とスピードを付け加えたいところです。全ての箇所でもう少しずつ付け加えることが出来ます。ただ《メガスポルト》会場で私たちが目にした、あの心構えを保持する必要があります。私の目には、大会出場者の中でメドヴェージェワが最良の滑りを披露しました。最も記憶に残る滑りでした。

トルーソワは総合点で勝利しました。滑りでは、彼女は四回転に集中していました。それに加えて二つのミスを許しました。難しいコンテンツの一部であったとしても、失敗してしまったらどうしようもありません。印象は損なわれます。

中国大会で私は宮原知子が気に入りましたが、彼女は、時差等に適応出来なかったようで、モスクワではあまり良い滑りではなかったのが残念です。しかし、彼女の二つの作品が私は好きです。さらにはアメリカのマライア・ベルにも好印象を受けました。それは女子シングルスケートの本当の楽しさでした」。ゴンチャレンコはこのように語った。

文:マリーヤ・ヴェリーチコ / 出典:R-Sport

  1. 2019/11/20(水) 12:27:00|
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2019/11/14 秋田市の古代水洗トイレ遺構と渤海国 〜②〜       — 渤海人の生活と仕事 —

http://rezerv.narod.ru/history/ussur-bohaihoz.htm

2019/11/14 秋田市の古代水洗トイレ遺構と渤海国 〜②〜
      — 渤海人の生活と仕事 — 

=====この資料は、課外活動のために自治体の予算で作っている教育施設《子供創造センター》の中にある、考古学クラブのテキストのようです。ですから、大まかですが、全体像をつかむのに良いと思いました。それで今回からは、前回のように拾い読みではなく、出来るだけ忠実に訳していこうと思います。地元の考古学的発見など描写が具体的です。私の素朴な疑問であった、ブタを飼育して食べていたのかにも、少し触れられています=====

[農業]
渤海の人々の大半は、村に住み、農業に従事し、様々な作物を育て、家畜を飼育していた。

耕作には大きな注意が払われた。村と村の間には、大きな畑が広がり、そこではキビ、大麦、小麦、大豆、米、ソバが栽培されていた。土地は鋤(すき)や棃(すき、プラウ)によって耕された。実った収穫物は、大きな陶器の入れ物で保存されるか、土を掘って穀倉を作った。炭化した穀物が入ったこのような穀倉の一つが、考古学者たちによってミハイロフスク地区のニコラエフスク-2土城で発見された。

穀物以外では、亜麻と麻が大量に栽培され、それらから薄く繊細な布やザラザラした布が作られた。多くの果物や野菜も、果樹園や菜園で育てられていた。かつての渤海人入植地周辺では、野生化したサクランボ、プラム、ナシ、アプリコットに良く出くわす。ウスリースク市管区では、特に多くの野生アプリコットがクロウノフカ川の谷間に生えており、ここでは考古学者たちによって多くの渤海人村が発見されている。

畜産は重要な役割を果たした。多くの渤海人たちが雌牛や雄牛を育て、それらから肉、皮、牛乳を得た。雄牛は、プラウや荷車に繋がれた。馬の群れも著しく多く、それらは基本的に軍のニーズのためだった。食料肉の供給源には、ブタや犬もなった。羊はほとんど飼われなかった。

[手工業]
それぞれの都市にも多くの人々が生活していた。都市は手工業や商業の中心だった。

最も集約的労働が必要だったのは、冶金だった。それには鉱石を探すための地質学的知識が必要だったし、溶解や高品質の金属を得るための科学的、物理的秘訣を身に備える必要があった。渤海の職人たちは、製鉄し、それから様々な生活道具を作り、また武器製造のために二種類の鋼鉄を精錬し、様々な品質の鋳鉄で物を作った。(原文注1:ヨーロッパで鋳鉄の加工が始まったのは、渤海滅亡後500年が経ってからだった)

銅、銀、金からは装飾品や、生活調度品が作られた。渤海の職人たちは、装飾品の銀メッキや金メッキのためにアマルガムを使い始めた。それは水銀の中で銀か金を溶かし、その溶液に銅製品を浸し、その後乾かすのだ。水銀が蒸発すると、銀や金は、職人の精巧な仕事の繊細さを歪めることなく、薄い層になって製品全体を覆った。

陶業は、非常に重要だった。陶工たちは都市だけでなく、村でも働いた。陶器を焼く窯はコルサコフカ村、クロウノフカ村の近郊で発見されている。陶器の食器 — それは考古学的発掘において最も数の多い発掘品だ。渤海人たちは、様々な食器類を作った。容器の一部は調理の際に使われ、他のものは、食物を入れて食卓に出された。非常に大きな容器では収穫物を保存した。また、火消し壺、燭台(ひょうそく、灯明皿)などといった特別な器もあった。

しかし、陶器は水分を吸収するとすぐに劣化した。陶工たちは、容器を艶が出るまで研磨したが、それも役に立つ寿命を大幅に伸ばすことにはならなかった。そこで彼らは、水気を通さない、薄いガラス質のコーティングを容器に施すことを考え出し、学んだ。このコーティングは釉薬、またはうわ薬と呼ばれている。陶工たちは、半透明、茶色、黄色、そして緑色の釉薬を作ることが出来た。釉薬を施された(うわ薬のかかった)食器は、生産が複雑なため高価だった。沿海州では釉薬生産の工房が、キーロフ地区のマリヤノフ土城に存在した。

粘土からは他の多くのものが作られた:麻を手で紡ぐ際、糸を巻き付ける心棒の支点の役割を果たすホイール(紡錘車)、釣り糸に垂らす錘(おもり)、ビーズなど。

寺院や役所の建物は、瓦屋根だった。渤海の職人は、様々な瓦を作った。瓦を焼くための10個の窯が、ハサン地区クラスキノ土城で発掘された。屋根の一番端(軒先)に載せられた瓦(軒丸瓦)は、花の図案や模様で飾られていたが、コルサコフ寺院(偶像堂)の瓦は、鳥の模様が施されていた。渤海国全体の中でこのような図案を持っている唯一の場所だ。

手工業ではその他に機織りも発達していた。渤海人たちはザラザラした布や繊細な布を織ることが出来た。前者は袋や馬車の覆いなどに、後者は衣類になった。皮革職人も衣類を作るのに携わった。木の柄杓、スプーンや斧の柄は誰でも作ることが出来たが、車輪、荷車、船の製作は専門家でなければならなかった。石工は、穀物を加工するための臼、製粉所の石臼、寺院の彫刻などを作った。骨材彫刻師は、矢じり、装飾品、家庭用具を作った。ガラス製造工は、当時高価であった装飾品を作った。

これら全ての手工業と農業は、商業を発達させた。積み荷を輸送するために道路が建設され、夏でも冬でも川が積極的に使われた。ウスリースク市管区の渤海人集落近くで、いくつかの古代の道路が発見されている。

[狩猟、漁労]
渤海の採取業は、中世の人々にとってはごく普通のものである。彼らは狩猟を行った。弓矢を使って様々な動物や鳥の狩りをした。狩猟用の矢じりは、骨か鉄だったが、動物たちに大きな傷を負わせてしまうような広い羽が付いていた。渤海人たちは鷹狩りにも精通していた。

魚は、釣竿、網、やす(漁具)を使って獲った。発掘ではしばしば釣り用の錘(おもり)や釣針が見つかる。魚は一年中いつでも大量に獲れた。マリヤノフスク土城では、住居の近くで魚の鱗の大量の山が発見された。恐らく入植地か漁労のためのベースがあったのだろう。ウスリー地区のラズドーリナヤ川の岸辺では、釣り用の大量の錘と一緒に入植地が見つかっている。ハンカ湖(渤海人たちはメイトと呼んでいた)で獲れたフナは、渤海国の外でも評判だったことが知られている。

森では、ベリー類、キノコ、木の実、ねぎ、広葉にんにく、その他の食用になる山草、それに薬草を採取した。薬草の中で特に抜きんでていたのは朝鮮人参だった。渤海人たちは、蜂蜜や野生ミツバチの蜜蝋も採取出来た。

[風俗]
渤海人たちは、木造の家に住み、屋根は藁葺きだった。裕福な人たちの家の屋根は瓦葺きだった。家は炉かカン(炕:オンドルの古い形)で暖められた。ナールィ(部屋の床から少し高くなった板張りの場所)の上か、カンの上で寝た。食事には、木製、陶器、金属製の食器、スプーン、箸を使った。家の右の部分は女性の場所、左は男性の場所と考えられていた。庭には、作業が出来るように必要なものが置かれていた。家畜は一年中外で飼われていた。

衣類は、軽い麻布か絹で縫われた。上着には革や毛皮が使われた。衣服にはポケットが無く、必要なものは、衣装には必須のものであったベルト(帯?)に固定された。ベルトは様々な金具で豊富に飾られ、オリジナルなバックルやその他の帯留め類が作られた。衣服そのものには、しばしばリングやその他の装飾品が縫い付けられた。手を飾る指輪やブレスレット、イヤリング、ネックレスは広く普及していた。特別な装飾的(帯などに挟む時の)すべり止めの根付は、広がりを見せ、それらの中には、宝石工芸の傑作もあった。

=====この章では、渤海人の暮らしが徐々に具体性を帯びて浮かび上がってきました。肉の供給源にはブタもあったと書かれています。イノシシについては残念ながら具体的には触れられていませんが、普通の狩猟だったとありますから、イノシシも食べた可能性はあるのではないでしょうか。

興味深かったのは、日本へ出発する船が出た港は、正に秋田港の対岸にあり、その拠点であったクラスキノ土城から瓦を焼く窯が10個も発見されたという箇所。秋田城からは瓦の遺物が発見されていますが、周辺には瓦を焼いた窯が一つも見つかっていないという。当時の渤海船では大量の瓦を運ぶのは無理だったのでしょうか。でも見本ぐらいは運べたでしょう。何らかの関連はないのでしょうか。素人過ぎる興味で恥ずかしいですが・・・=====

  1. 2019/11/18(月) 23:30:00|
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2019/11/16 ステファン・ランビエール — 女子シングルスケートについて:「四回転ジャンプを跳んでいるという事実は、スケーティングスキル、あるいはイメージの解釈が優れているということを物語ってはいない」

https://www.sports.ru/figure-skating/1080254292.html?from=main-news-fs

2019/11/16 ステファン・ランビエール — 女子シングルスケートについて:「四回転ジャンプを跳んでいるという事実は、スケーティングスキル、あるいはイメージの解釈が優れているということを物語ってはいない」

フィギュアスケート二度の世界チャンピオン、ステファン・ランビエールは、女子シングルスケートショートプログラムに四回転ジャンプを許可するという考えに関して意見を述べ、また年齢制限に対する自分の態度を明らかにした。

「四回転ジャンプを許可すること、それ自体は問題ないと思う。リスク — それは別の問題だ。四回転ジャンプを許可することは可能だ。もし四回転ジャンプが男子にあるなら、どうして女子たちに跳ばせないの?と思う。しかし、その時にどのようにそれを採点するか — それは考えなくてはならない」。

—年齢制限に関してはどう思いますか? 15歳 — それは理に適って、公平でしょうか?

「それもまた、どう採点するかという問題に突き当たる。15歳の子供は、25歳の女性のような経験を積んではいない。そしてわれわれは、審判の際にそれを考慮しなければならない。なぜなら、成熟度 — それはフィギュアスケートにとって、とても大事だからだ!

われわれは、このスポーツの全ての質を評価しなければならない。われわれのスポーツ、それは美学的なものであり、音楽的なものであり、解釈や遊び心と結びついている。若い女の子であるということ — それ自体は問題ではない。しかし、審判は・・・もっと誠実であるべきだと、私は言いたい。可能な限り誠実に。

若さは、長所を持っているが、成熟度は別のものだ。四回転を跳んでいるという事実は、あなたのスケーティングスキルかイメージの解釈が優れているということを物語ってはいない。あなたは四回転を跳んだ、あなたはそれに対して点数を貰った、そしてその次は、四回転ジャンプとスケーティングの差を見なければならない。この二つは、非常に異なるものなのだ。

ジャッジシステムは、公正で正しいものとして考え出されたものだ。しかし、難しいのは、それを使いこなすことだ。もちろん、四回転を見るのは印象に残るものだが、しかし、コンポーネンツの部分に関して語るとすれば、このような技術的エレメンツに集中するために、われわれはどれだけのものをプログラムにおいて犠牲にしなければならないか、どれだけ捨てなければならないか。

今日、四回転も跳び、音楽の解釈も出来て、美学も示し、成熟したスケーティングも見せることが出来る人たちはほとんどいない。全てを一つにまとめることは非常に難しく、それはジャッジシステムに反映されなければならないのだ。そのシステムは、スケーティングにも、美学にも、そして同じように四回転にも、価値を付け加えることを目的に創出されたことは明らかなのだ」。ランビエールはこのように語った。

文:マリーヤ・セレンコワ / 出典:Sport-express

  1. 2019/11/17(日) 02:06:30|
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2019/11/13 秋田市の古代水洗トイレ遺構と渤海国 〜⓵〜

http://rezerv.narod.ru/history/ussur-bohaikult.htm

2019/11/13 秋田市の古代水洗トイレ遺構と渤海国 〜⓵〜

先日、秋田市の高清水岡(たかしみずのおか)を訪れました。奈良時代に出羽柵(いではのき)(のちに秋田城と改称)があったところで、外国人の観光客も何人か目につきました。ここでは、立派な奈良時代の水洗トイレ遺構が発見され、その沈殿槽内の土から、ブタ食を習慣とする人たちが感染する寄生虫の卵(有鉤条虫卵)が発見されたそうです。つまり、このトイレの使用者は、大陸からの来航者で、ブタの飼育が盛んな渤海の人たちである可能性が高いということです。

渤海という国は、今の中国、北朝鮮、ロシア沿海州にまたがって存在した国です。私は、ブタを飼育して食べたのではなくて、イノシシを狩猟して食べていたのではないかなという感じがちょっとしたので、渤海という国を調べたくなりました。ロシアでは十二支でイノシシ年と言わずにブタ年ということが多いことが頭にあったせいかもしれません。

渤海のことを本格的に調べるには、日本の「続日本紀」を始めとして、朝鮮語、中国語、ロシア語の文献を読む必要がありますが、私はロシア語しか知らないので、とりあえずインターネットで見つけた、ウスリースク市の「若い考古学者のクラブ『予備隊』」という所のホームページから、日本との関係に触れた箇所を拾い読みすることにしました。人の名前は中国風なのか、朝鮮風なのか、どういう漢字なのかさっぱり分かりませんでした。

「日本との関係は、渤海国の全歴史(698~926)を通じて続いた。渤海は、日本における芸術と仏教の普及に影響を与えた。日本列島への道には、海が横たわり、危険を秘めていた。727年の最初の渤海使節団は、嵐に遭い大部分が死亡した。その後も渤海船は、幾度となく日本海(当時は東海と呼ばれていた)の海中に沈没した。日本との貿易は非常に有益だった。日本列島への海の道の始点は、ヤン港だったが、そこには今日まで、(沿海州)ハサン地区のクラスキノ土城が残っている。

[芸術、スポーツ、科学]
渤海では様々な文化が育った。詩歌は読み書きに直接的に結びついていた。渤海の詩歌は、日本の詩歌の発展に影響を及ぼした。詩人ヴァン・ヒオリョン(?)、インジョン(?)、チョンソ(?)や、『天の川澄みきって』とか『凍てつく空の月光』といった才気縦横なスタイルを高く評価されたヤン・テサ(楊泰師?)は人気があった。

音楽、歌、演劇もとても盛んだった。日本から渤海に学生たちが音楽を学びに渡って来た。渤海の音楽と舞踊は、日本の舞台芸術の発展に影響を与えた。日本では『渤海楽』という舞台芸術のジャンルが現在まで生き残っている。

装飾芸術も高度な発展を見せた。様々な図案装飾が、食器、瓦の先端の飾り瓦(軒丸瓦)、かぶせ皮の上に施された。動物のフィギュアや根付が独創的に作られた。

渤海人たちのスポーツ競技は有名だ。その中には、騎馬ポロ、球技、弓道などがあった。822年には、渤海使節たちが日本人たちと騎馬ポロの試合を行った。エキサイティングな試合の後、嵯峨天皇は、『早春打毬を観る』という詩を書いた。

寺院の建物、仏像、騎手像の装飾のためや、シャーマニズムの道具のために、テラコッタ(素焼き)、ブロンズ、石で彫像が作られた。

特に天文学と力学を始めとする、渤海の科学発展の非常に高い水準に関しては、次のような事実が証明している。859年、渤海の学者オ・ヒョーシン??(馬 孝慎?)が日本を訪れ、支配者の一人に天文暦『天球図』を贈り、現地の学者に使い方を教えた。この暦は日本で17世紀末まで使用されていた(訳注:宣明暦というのだそうだ)」。

この資料にも間違いがあると思うし、訳にも間違いがあるでしょう。とりあえず、ここまで。疑問が増えただけのような・・・

  1. 2019/11/14(木) 01:19:00|
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2019/11/10 アンナ・シェルバコーワ「プログラムの中で四回転フリップを試すかもしれない。トリプルアクセルも練習している」

https://www.sports.ru/figure-skating/1080049385.html

2019/11/10 アンナ・シェルバコーワ「プログラムの中で四回転フリップを試すかもしれない。トリプルアクセルも練習している」

ロシアのフィギュアスケーター、アンナ・シェルバコーワは、ウルトラCのジャンプの習得について語った。

フリープログラムでシェルバコーワは2本の四回転ルッツを跳んでいる。

「ジャンプの習得は常に個々に行われています。トリプルジャンプも全て、別々の順番で跳び始めます。私がトリプルジャンプを学んだ時には、その順番はやはり少し奇妙なものでした。もし私にとってルッツが一番跳びやすいとなれば、四回転もルッツから学ぶのです。

練習ではフリップに取り組んでいます — 私たちは、それがどうなるかを見ていますが、もしかしたら、プログラムの中でそれも試すかもしれません。トリプルアクセルも練習しています。

今はグランプリファイナル迄にもう少し時間がありますので、新しいエレメンツにもっと多くの時間を割こうと思います」。ロシアフィギュアスケート連盟のインタビューで、シェルバコーワはこのように語った。

文:マリーヤ・セレンコワ /  出典:Sports.ru

  1. 2019/11/11(月) 12:02:35|
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2019/11/09 トゥクタムィシェワは、グランプリ中国大会フリープログラムの滑りに満足している

https://tass.ru/sport/7096326
https://www.sports.ru/figure-skating/1080006961.html

2019/11/09 トゥクタムィシェワは、グランプリ中国大会フリープログラムの滑りに満足している

重慶(中国)、11月9日、TASS特派員ヴラジスラフ・ジューコフ。
ロシアのフィギュアスケーター、エリザヴェータ・トゥクタムィシェワは、中国の重慶で行われているグランプリ大会フリープログラムの演技に満足していると、TASSに語った。

彼女は、フリープログラムで143.53ポイントを獲得し、二つのプログラムの合計得点で3位になった(209.10ポイント)。今回のグランプリ大会の勝利者は、同じくロシアのフィギュアスケーター、アンナ・シェルバコーワ(226.04ポイント)。

「今日は自分に満足しています。よりリラックスして出て行きましたし、全てが上手く行って良かったです。

唯一のミスはルッツでした。というのも私はそれを理想的にとても跳びたかったので、高く飛び上がり、飛んでいる最中にとても快適な気持ちになり、最後のところで少し気が緩みました。このようなミスは決して犯すべきではありません。しかし、全体としてはやはり満足です」。22歳のフィギュアスケーターはこのように語った。

今シーズンのトゥクタムィシェワは、最初のグランプリアメリカ大会でも3位だった。

「グランプリアメリカ大会の後、去年のフリープログラムに戻したいと思い始めました。このプログラムは、より高い得点、もっと大きな感情、喜びをもたらすと思います。

私はこのプログラムがとても好きなのですが、去年は十分価値のあるシーズンとはならなかったので、まだ滑り足りないと決心したのです。ですから、これから今シーズン中、このプログラムになるでしょう」。トゥクタムィシェワはこのように付け加えた。

  1. 2019/11/09(土) 23:43:00|
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2019/11/08 アンナ・シェルバコーワ「全てのエレメンツとジャンプが出来た。でも満足しているのは出来たということだけ」

https://www.sports.ru/figure-skating/1079975632.html

2019/11/08 アンナ・シェルバコーワ「全てのエレメンツとジャンプが出来た。でも満足しているのは出来たということだけ」

ロシアのフィギュアスケーター、アンナ・シェルバコーワは、グランプリ中国大会ショートプログラム(1位)のパフォーマンスについてコメントした。

「全体として満足です。全てのエレメンツ、ジャンプが出来ましたが、満足しているのは、それらがただ出来たということだけです。まだ、それらの質についてはもっと練習しなければなりません。

時差に適応するのは非常に難しいとは言えません。もちろん、何らかの問題はありますが、眠っている状態にならないように、試合の前に多く休むように努めています。

ここで、こんなに私を応援して頂いて、とても嬉しいです。私が中国に行くことが発表されるや否や、私を心待ちにしていると、非常にたくさんの現地のファンたちが私にメッセージをくれました。私のことがここで知られているとは思わなかったので、とても驚きました。今日もとても多くの人たちが来てくれて、たくさんのぬいぐるみ、非常に多くのクマを投げ入れてくれました。とても嬉しいです。

ぬいぐるみのアボカドが投げ込まれた時は、非常に驚きました — 二日前の姉妹の誕生日に私がプレゼントしたものと全く同じものだったのです。このことを誰が、どこから知ることが出来たのでしょうか」。TASSはシェルバコーワのことばをこのように伝えている。

文:マリーヤ・ヴェリーチコ / 出典:TASS

  1. 2019/11/08(金) 23:27:28|
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2019/11/08 エリザヴェータ・トゥクタムィシェワ「トリプルアクセルをとても跳びたかった。そのために性急にジャンプから出ようとして、ミスを引き起こした」

https://www.sports.ru/figure-skating/1079977002.html

2019/11/08 エリザヴェータ・トゥクタムィシェワ「トリプルアクセルをとても跳びたかった。そのために性急にジャンプから出ようとして、ミスを引き起こした」

ロシアのフィギュアスケーター、エリザヴェータ・トゥクタムィシェワは、グランプリ中国大会ショートプログラム(4位)でのトリプルアクセルのミスについてコメントした。

「何かが起こった訳ではなく、私は非常に調子が良かったのです。だからとても跳びたかった。そのために性急にジャンプの出に行きました。それがあのようなミスにつながりました。

フリープログラムで挽回するかって? チャンスは常に存在します」。トゥクタムィシェワはこのように語った。

文:マリーヤ・ヴェリーチコ / 出典:TASS

  1. 2019/11/08(金) 22:29:00|
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