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あれこれ

2020/06/22 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「時として競技会では、完全に冷静なふりをして氷に出ていかなければならない」

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2020/06/22 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「時として競技会では、完全に冷静なふりをして氷に出ていかなければならない、実際はそうではないのに」

二度の世界女王エヴゲーニヤ・メドヴェージェワは、もしフィギュアスケーターにならなかったら女優になることが出来ただろうか、との質問に答えた。

「もし子供の頃からそれに取り組んで、ひたすらその方向にしがみつけば、おそらく、上手く行ったでしょう。色々と入り混じった自分の血のお陰で、私はコミュニケーションにおいてはかなり感情を表に出す人間ですし、私の人生には多くの色彩があります。もし長い間訓練すれば、『アクション!』というコールの後での感情の伝え方を習得出来ただろうと思います。

時として競技会では、完全に冷静なふりをして氷に出て行かなければなりません。実際のところそうではないのですが。予期しなかった状況も起こります。例えば、どこかが痛んだり、熱があったり。しかし、選択の余地はありません。氷に出て行き、滑らなければならないのです。自分の中に女優の要素も必要なのです。

このような状況では、コーチや、地球の裏側でオンライン試合を見ているチームが緊張しているし、両親やファンたちも心配しています。私にも緊張が伝わります。

どのように自分を落ち着かせるか? 音楽が助けになります。同様に最近私は、たくさん絵を描き始めました。その他、友達と話をすることも — これは氷に出る直前ではなく、準備の時ですが。自分の周囲にいる人々が助けになります。人生では、自分の周囲に正しい人々がいることがとても大事です」。

[2016年ボストン世界選手権での出来事について]

「私が最初の世界選手権で勝利した時、頭の中にはあるアニメがありました。

当時は、感動的日本のフィギュアスケーター浅田真央がまだ滑っていました。その時ちょうど私は《セーラームーン》のアニメを見て、オープニングの日本語の歌を暗記していました。それで私は真央のところに近づき(私は彼女ととても話がしたかったのです)、隣に座って言いました:《ねえ、私はあなたの国のことばで歌を歌えるのよ!》。そうして彼女にこの歌を歌って聞かせました。

彼女は、私の肩に手を置き、答えました:《すごいわね! ねえ、記者たちのところに行って、その歌を歌ってごらんなさい》。それで私は行って、歌ったのです。

私をほんの少し押してくれた人のお陰で、今や、世界的なアイスショー《セーラームーン》で主役を演じることになったのです。

もしいつか浅田真央に個人的に会ったなら、私は彼女に心からの感謝を言いたいのです。偶然は単に偶然に起こるものではありません」。メドヴェージェワは、ロシアオリンピック委員会のライブ放送で、このように語った。

文:マリーヤ・ヴェリーチコ / 出典:Sports.ru(ロシアオリンピック委員会の動画)

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  1. 2020/06/25(木) 01:11:00|
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2020/06/18 ISUは5月に採用した変更を取り消し、エレメンツの基礎点を以前のものに戻した

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2020/06/18  ISUは5月に採用した変更を取り消し、エレメンツの基礎点を以前のものに戻した

国際スケート連盟(ISU)は、5月に採用した、エレメンツの点数の変更を取り消した。

《世界でのCOVID-19の大流行、遅々としたトレーニング活動再開、スケートリンクオープンの遅れを考慮し、また同様にISUメンバーから得た反応に基づき、理事会は修正点の効力発効を一旦停止することを決定した。》ISUの声明はこのように述べている。

トリプルルッツは、前の変更では5.3迄引き下げるとされたが、引き続き5.9ポイントで評価される。その他のトリプルジャンプは変わらない:トウループ- 4.2、サルコウ- 4.3、ループ— 4.9、フリップ- 5.3、アクセル- 8.0。

四回転ルッツは、以前同様、11.5ポイント、ループは10.5ポイントで評価される。先の新規則では、ループ、フリップ、ルッツは同じく11ポイントの評価とされていた。その他の四回転の点数は変わらなかった:トウループ– 9.5、サルコウ– 9.7、アクセル– 12.5。

文:リナ・ロツィク / 出典:ISU

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https://rsport.ria.ru/20200618/1573150608.html

2020/06/18 アレクサンドル・ラケールニク「フィギュアスケートの規則変更は、オリンピックまで無いと思う」

モスクワ、6月18日、RIAノーヴォスチ、アナトーリー・サモフヴァーロフ。
国際スケート連盟(ISU)は、恐らく、2022年オリンピックまでフィギュアスケート規則の修正を導入しないだろうと、ISU副会長アレクサンドル・ラケールニクがRIAノーヴォスチに語った。

5月にISUは、2020/21シーズンに向けてエレメンツの基礎点への修正が加えられると発表した。それによれば、特に四回転ルッツ、フリップ、ループが等しく11ポイントで評価される筈だった。木曜日(18日)、理事会はこれら新機軸の発効を一旦停止した。

「(現行規則の)有効期間に関しては、少なくとも2シーズンだと思う。オリンピック年には、変更は普通行われない」。ラケールニクは電話でこのように語った。

  1. 2020/06/19(金) 17:28:17|
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2020/06/10 ドミートリー・アリーエフ「最初の練習で四回転を跳んだことを少し後悔した。筋肉がなまっていて、身体中が痛むのであせっている」

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2020/06/10 ドミートリー・アリーエフ「最初の練習で四回転を跳んだことを少し後悔した。筋肉がなまっていて、身体中が痛むのであせっている」

ロシアのフィギュアスケーター、ドミートリー・アリーエフは、キスロヴォーツクで行われている合宿の様子を語った。

「とうとう滑る機会が訪れた。だって隔離の時は普通に練習する可能性が全く無いのだから。ロシアの誰かが、どこかで滑っていると噂されているけれども、僕たちのペテルブルクでは、公に滑ることは禁止だ。今僕たちは落ち着いて、しっかりとトレーニングしていて、久しぶりに氷に出たことで胸がワクワクしている。

隔離が3ヶ月続いていた時、頭の中で、最初のトレーニングで四回転を跳ぶという自己目標を立てた。自分に対する《チャレンジ》だった。それで実際に跳んだ時はとても嬉しかった。アスリートは、自分の身体を信じなければならない。

しかし今は、それをやったことを少し後悔した。あせっているよ。筋肉が鈍(なま)っていたからだ。今僕たちは氷に出ているが、身体中が痛い」。アリーエフは、リナ・フョードロワのインスタグラムのライブ放送でこのように語った。

文:マリーヤ・セレンコワ  /   出典:R-Sport

  1. 2020/06/16(火) 00:38:00|
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2020/06/14 エヴゲーニー・プルシェンコは、トルーソワの移籍によってロシア代表チームコーチの地位を獲得し、《ロシア代表チームスポーツ訓練センター》の陣営に加わった

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2020/06/14 プリューシェンコは、トルーソワの移籍によってロシア代表チームコーチの地位を獲得し、《ロシア代表チームスポーツ訓練センター》の陣営に加わった


二度のオリンピックチャンピオン、エヴゲーニー・プリューシェンコは、アレクサンドラ・トルーソワの彼の学校への移籍によって、ロシア代表チームコーチの地位を獲得した。

ロシア連邦スポーツ省公式文書によれば、プリューシェンコの主たる職場はロシア代表チームスポーツ訓練センターとなっている(連邦国家予算施設“ロシア代表チームスポーツ訓練センター”)。 

プリューシェンコは、2017年4月に自分のフィギュアスケート学校を開校した。昨年まで彼は、代表チームコーチの地位は持っていなかった。

文:マリーヤ・ヴェリーチコ /  出典:ロシア連邦スポーツ省

  1. 2020/06/14(日) 23:02:32|
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2020/06/03 エリザヴェータ・トゥクタムィシェワ「ソチオリンピックに出場出来なかったことは、キャリアを築くのに役立った」

https://www.sovsport.ru/figure/articles/2:946232

2020/06/03 エリザヴェータ・トゥクタムィシェワ「ソチオリンピックに出場出来なかったことは、キャリアを築くのに役立った」

====一部抜粋====

(ユーリヤ・グリゴリエフスカヤ)
—自己隔離によって、どのような計画がダメになりましたか?

エリザヴェータ・トゥクタムィシェワ:「本当は今、日本のショーに行かなければならない筈でした。そのショーには去年既に出演していて、再び招待して貰えたのでとても嬉しかったのです。どんなにそれを待ち望んでいたことか・・・堂々たるショーで、そこには私の友達も大勢います。それが中止になって、とても落胆しました」。

—ところで、日本ではロシアの女子フィギュアスケーターたちが、非常に人気があります。どうしてそうなったのでしょう?

「日本ではトップレベルで滑っているアスリートたちが非常に多くいます。女子も、男子も、ペアも。羽生結弦一人取ってみても、彼は日本でフィギュアスケーターの理想と考えられていますし、その上世界中でも彼は大人気です。何らかの種目でクールなアスリートたちがいれば、それは大衆化を促進させます。自分の国の選手たちが勝利する時、見ないでいられますか? 

第二に、日本人たちは芸術を愛し、スケーターのプログラムに深く入り込むのです。飛行機から降りた途端に、彼らの愛が感じられます。あなたを迎えてくれるのが主催者だけでなく、そこに大勢のファンたちが立っているのをすぐに目にするでしょう。文字通り敷居から既に、日本にいるのだと感じるのです。それは最高の気分です」。

—自己隔離が解かれたら、住まいを出てすぐ、何をしますか?

「まず、リンクへ行きます。コンディションを整えなければなりません。ちなみに、自己隔離の前に、私たちは休日にロンドンに行く予定でした。この旅を私はとても楽しみにしていたのです。私の姉妹もとても行きたがっていました — 彼女はハリー・ポッターのファンで、ロンドンのことを全て知っているのです。ですから、彼女は私たちのガイドになったことでしょう。しかし残念ながら、この旅は叶いませんでした」。

—グランプリカナダ大会を思い出してみましょう。その時全世界があなたについて語り始めました。ブリトニー・スピアーズの歌に合わせて脱ぐこと — それは爆弾アイディアでした! そのアイディアの創作者は誰だったのですか?

「私と私の男友達でした。でもこのナンバーをまさに効果的にするのを助けてくれたのは、私のコーチのアレクセイ・ニコラエヴィチ・ミーシンでした」。

—今ではhypeは、あなたの第二の自分ですか?

「バーを維持しなければなりません。でもそれは刺激的だわ」。

—次のこのような狂気は、いつになりますか?

「これに勝るものを作れるかどうか分かりませんが、来シーズンは面白いエキシビションパフォーマンスになるかもしれません」。

—あれは正しい出来事だったという意見があります。それは適時に起きたと。あなたは上昇期にあったとはいうものの、それでもやはりザギートワやメドヴェージェワの陰に居ました。そのような時に、突然あなたについて遥かに多く語られるようになりました。メディア露出度が世界一だと自分を感じますか?

「世界一だなんて感じませんが、あのナンバーの後、インスタグラムの閲覧者数によって人気に気付きました。スクロールする毎に数千人が加わった。もちろん、グランプリカナダの後は凄かったのです。全てが良いタイミングで起きました。ちょうどグランプリ大会で勝利し、エキシビションに出演することが出来たし、このナンバーが出来上がった。全てが合致し、あのような素晴らしい効果が得られました。もし私が6位だの4位だったなら、そうはならなかったでしょう。星が巡り合って、なったようになったのです」。

—若い女性にこのような人気が降りかかりました。これをどのようにしたら維持出来るでしょうか?

「私は自分を、人気が突然襲い掛かった子供だとは考えていません。私はかつてアデリーナ・ソートニコワと一緒にシニアレベルで滑っていましたが、当時も私たちについて語られましたし、何らかの人気もやはりあったのです。ですから、これが私にとって新しい感覚では無かったのです。

確かに、批判も多くなりましたが、同時に私が滑る程に、上位を占めた場面もしばしばありました。私にとって、人々がどれ程自分に注目しようが問題ではありませんでした。それに対処するのは私には容易でした。

ただ唯一、二つの陣営があったことです — このエキシビションナンバーに賛成する人たちと、反対する人たちと。しかし、パフォーマンスの前に私は、この奇抜な動作が普通に済むことはないと自覚していました。ですから、人気のピークもありました、なぜなら、これが良いか、悪いかの議論が始まったからです。私は思いました、もしこれが悪いとしても、議論されているということは、結局これは良いことだわと。もし私がこのナンバーに絶対に反対で、それでもやらなければならないと言われたのだとしたら、私は落胆したでしょう。でも、これは私の情熱、気質の中にあるものなのですから、私は思いました:《順調だわ。私たちは生きているのだから》」。

—あなたにはストレスに対処する能力があります。自分は大人になったのだから、ストレスにはもう強く影響されないという感覚があなたに現れたのはいつですか?

「この感覚は2年前に始まりました。いつものように自分の人生を再認識した時です。もっと冷静に物事にアプローチしなければならないと理解しました。2018年のオリンピックの後、私の考え方が少し変わりましたが、その時、ストレスにどう対処し、自分の状態をどう制御出来るかを理解しました。20歳になる迄は困難でした」。

—もしタイムマシンがあったら、あなたは何かを変えるでしょうか?

「何も変えないでしょう。私がソチオリンピックに出場出来なかったことは、キャリアを築くのに役立ちました。もしオリンピックに行って、例えば、失敗したなら、そのことを克服出来ない可能性がありました。もし大きな勝利を収めたなら、選手生活から引退していたかもしれません。なぜなら、大規模な成功に自分を見失わずに生き抜くことは難しいですから」。

—5歳からスケート靴を履いて以来この期間に、どれだけの涙をあなたは流したでしょうか?

「私は滅多に泣きません、特に練習では。なぜなら、練習での涙は、私にとっては弱さですから。それに私は、自分の感情を表に出すことには慣れていませんでした。私を泣かせることが出来たという場面は、ほとんどありませんでした。そうなるためには、私はどん底に置かれていなければなりません」。

—四回転ジャンプを跳び、体重が35kgに届かないライバルたちとどのように戦いますか?

「四回転ジャンプを跳び、進歩し、良いプログラムを作らなければなりません。私は、オリンピック女王にならなければならないとか、勝つ義務があるとか決心したことは一度もありません。最初からファンとして滑り始めたのです。だってこれが好きだから。もしかしたら、私には何らかの時点で競技スポーツのための意志が欠けていたかもしれません。でももし私自身が自分の仕事に満足すれば、そして観客もそうであるなら、それは既に大きな勝利でしょう」。

  1. 2020/06/09(火) 10:48:28|
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