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あれこれ

2021/06/28 アヴェルブーフはコリャダーとトゥクタムィシェワに、オリンピックシーズンのショートプログラムを作った

https://sport24.ru/news/figureskating/2021-06-27-averbukh-postavil-kolyade-i-tuktamyshevoy-korotkiye-programmy-na-olimpiyskiy-sezon

2021/06/28 アヴェルブーフはコリャダーとトゥクタムィシェワに、オリンピックシーズンのショートプログラムを作った

振付師のイリヤ・アヴェルブーフは、Sports24特派員コンスタンチン・レーシクのインタビューで、世界女王、ヨーロッパ女王エリザヴェータ・トゥクタムィシェワと三度のロシアチャンピオン、ミハイル・コリャダーに、オリンピックシーズンに向けたショートプログラムを作ったと語った。

―昨年あなたは、ミーシャ・コリャダーに最高のフリープログラムを作りました。このオフシーズンにはトップスケーターの誰かと一緒に働きましたか?

「ミーシャ・コリャダーとリーザ・トゥクタムィシェワと協働した。サンクトペテルブルクに行って来た。二つのショートプログラムを作った。アレクセイ・ミーシンのグループと私の協力は継続していたのだ。コリャダーが昨シーズン滑ったフリープログラム《ヌレーエフ》をアレクセイ・ニコラエヴィチは変えたのだ。それは完全に彼の権利だもの。彼らが成功することを祈っているよ。私はミーシングループが非常に好きだから、あそこには大きな熱意を持って行く。あそこには仕事そのものや、ミーシンの生徒たちが醸し出す、素晴らしいオーラがあるのだ。それは最高の気分だ」。

―プログラムの音楽は、もう公表出来ますか?

「それは選手たち自身に任せよう」。

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  1. 2021/06/28(月) 23:59:13|
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2021/06/25 アレクサンドラ・ボイコワ 「18歳の誕生日にモスクヴィナは私に、倫理、礼儀作法、それに話し方に関する本を贈ってくれた」

https://matchtv.ru/figure-skating/matchtvnews_NI1367910_Na_18_letije_Moskvina_podarila_mne_knigi_po_etike_etiketu_i_iskusstvu_obshhenija_Intervju_Aleksandry_Bojkovoj

2021/06/25 アレクサンドラ・ボイコワ 「18歳の誕生日にモスクヴィナは私に、倫理、礼儀作法、それに話し方に関する本を贈ってくれた」

(アナスタシーヤ・パーニナ)
6月26日、ペアスケート史上最も成功を収めたコーチであるタマーラ・モスクヴィナが80歳になる。彼女の教え子たちは、ヨーロッパ選手権、世界選手権、オリンピックで合計60個以上のメダルを獲得した。

早くお祝いをすると、悪いことが起きると(ロシアでは)考えられているので、私たちは今お祝いを言わない。でも、目前の誕生日は、タマーラ・モスクヴィナの現在の生徒の一人と、愛するコーチについて話す絶好の理由づけになった。

アレクサンドラ・ボイコワは、ペアスケートでドミートリー・コズロフスキーと組んで滑っている。彼らは現ヨーロッパチャンピオンであり、世界選手権銅メダリストで、あらゆる意味で最もペテルブルクらしいペアだ。

モスクヴィナのコーチングスタイル、アスリートたちへの特別な訓練、ストレスに対する抵抗力をつける練習、自分の師の魅力について、アレクサンドラは《Match TV》のインタビューで語った。

―それぞれの作家には芸術的、技術的作法があり、それが独自のスタイルを形作っています。タマーラ・モスクヴィナのコーチングスタイルを、あなたならどう描写しますか? 何がそのスタイルを決めているのでしょうか?

「コーチングスタイルに関しては、それは、もちろん、侮辱の無い仕事、知的な仕事と言えるでしょう。そして正にこの特徴は、生徒たちに、私たちの行動に、プログラムに反映されています。基本的にそれは全てに現れています ― ペアが氷に出て行く時、タマーラ・ニコラエヴナがそのペアと一緒に働いたことがすぐ分かるのです。ペアの立ち姿勢からでさえ、分かります。これは、多分、タマーラ・ニコラエヴナの努力、彼女の身の処し方、正しい態度のお陰なのです」。

―モスクヴィナの生徒だと分かる、何らかの資質があるのですか? 彼女の生徒にだけ備わる独自の何かが。あなたが先ほど言及した立ち姿勢以外に。

「純度が高いことです。プログラム全体が一つのまとまりに見えます。一緒に滑っている二人のペアが、個々の二人の人間ではなく、人間とその影のように見えるのです。つまり、全てが理想的ということですけど。

彼女はまた、生徒たちがストレスに対して抵抗力を高めることにも大きな注意を払っています。私が彼女と一緒に働いた5年間で、気を散らすような状況に動じることが少なくなり、試合の緊張も減っていると言うことが出来ます。このことは日常生活でもプラスになっています ― 例えば、試験の時に、同級生や同じグループの人たちがひどく心配している傍らで、落ち着いていられます」。

―タマーラ・ニコラエヴナは、何を読んだ方が良いとか、聞いた方が良いとか、どんな舞台を見た方が良いとかなど、あなたにアドバイスするのですか? 彼女にとって、生徒の文化的、美学的成長は一体どれ程重要なのでしょうか?

「何を読むべきかのアドバイスはしませんが、私の18歳の誕生日に、タマーラ・ニコラエヴィナは、倫理、礼儀作法、そして話し方に関する三冊の本をプレゼントしてくれました。

見ることを彼女が通常勧めるのは、過去のスケーターたちの何らかのプログラムです ― 彼女の生徒たち、あるいはアメリカ人、カナダ人、その他の非常に質の高い作品です。すなわち、フィギュアスケートの歴史を作った人々のプログラムです。彼女がアドバイスをしてくれるのは、文化一般ではなく、実践的なもので ― 全て、競技スポーツやプログラムに取り組むうえで私たちの役に立つものばかりです。

その際に彼女は、自分の生徒たちが何に取り組んでいるのかを常に分かっています。例えば、私がジャーナリストを目指して勉強しているのを知っていて、その面で成長することも助けてくれるのです。去年私はブロツキー(詩人)に捧げられたフェスティバルに参加したのですが、このフェスティバルに招待してくれたタマーラ・ニコラエヴィナにとても感謝しました。正直言うと、彼女がいなかったら私は彼のことを知らなかったのですから」。

―彼女のトレーニングに初めて参加した時の自分の気持ちを覚えていますか?

「第一印象を思い出すのは難しいです。というのも、それは随分昔のことですから。私がタマーラ・ニコラエヴナに最初にお会いしたのは、ペアに移るよりもかなり以前のことでした。それは私がイーゴリ・ボリーソヴィチ(・モスクヴィン。タマーラ・モスクヴィナの夫)のところで練習していた頃で、私が8~9歳の頃ですから、ほぼ10年前のことです。

唯一私が良く覚えているのは、彼女の最初のアドバイスです:ペアで滑っている時には、パートナーの邪魔をしないように、常に自分のサークル内で滑りなさい。私は今でもこの規則を遵守しています(笑)」。

―モスクヴィナのどのような含蓄のあることばを、あなたは特に頻繁に思い出しますか?

「タマーラ・ニコラエヴナは、私にはこの先長い幸せな人生があるし、強靭な神経も必要になるのだから、神経を大切に保護しなければならないとよく言います。このことは常に私の役に立っていますし、頻繁に思い出すようにしています。状況はいろいろ異なりますが、この考えは落ち着かせてくれ、今起こっていることは、私の人生で一番深刻なことではないかもしれないと理解するのを助けてくれます。これは競技スポーツに限ったことではなく、一般的なこと全てに当てはまります」。

―タマーラ・ニコラエヴナのことで、驚いたり、刺激を受けたりすることは何かありますか?

「驚くべきエネルギーです。彼女の年齢で、あれ程エネルギッシュで、楽天的人間になるためには、どうすれば良いのか分かりません。彼女は全てをやりこなします。それは手当たり次第ということではなく、物事を理解して質良くやることが出来るのです。とってもカッコイイです。そしてもちろん、彼女の振る舞いの能力。どれ程の忍耐力、それ以外のどのような資質が必要なのか想像もつきませんが、周囲で何が起ころうと、タマーラ・ニコラエヴナは理想的です」。

―モスクヴィナの生徒であるということは、つまり・・・

「質問に対する最も良い答えではないかもしれませんが、モスクヴィナの生徒であることは、最高だと思います」。

  1. 2021/06/28(月) 15:20:38|
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2021/06/12 セルゲイ・ドーブリン ― モスクワで教えるために移る決断に関して ― 「四回転を学ぶ意欲がなければならない。3Aやトリプルジャンプにはもう誰も拍手しない」

https://matchtv.ru/figure-skating/matchtvnews_NI1357316_Zhelanije_izuchat_chetvernyje_dolzhno_byt_Za_trojnyje_pryzhki_nikto_v_ladoshi_ne_khlopajet_Sergej_Dobrin__o_reshenii_ujehat_trenirovat_v_Moskvu

2021/06/12 セルゲイ・ドーブリン ― モスクワで教えるために移る決断に関して ― 「四回転を学ぶ意欲がなければならない。3Aやトリプルジャンプにはもう誰も拍手しない」

====一部抜粋=====

(アナスタシーヤ・パーニナ)
フィギュアスケートにおけるコーチの競争がエスカレートするかもしれない。

五月中旬、セルゲイ・ドーブリンコーチが、《メガスポルト》内のグループのためにスポーツ2級以上(訳注:統一ロシアスポーツ等級。スポーツ2級は、SPのミニマム技術点13点。FPのミニマム技術点が19点)のフィギュアスケーターを募集していることが明らかになった。そのグループではジャンナ・フョードロヴナ・グローモワと共に彼が働く予定になっている。グローモワは、かつてドーブリン自身を教えたことがあり、また彼女は長年にわたり一貫してイリーナ・スルーツカヤの師であった。

セルゲイ・ドーブリンは、ここ7年にわたりクラスノダールに住み、そこでゼロからフィギュアスケーター養成システムを作り上げ、数名のスポーツマスター候補者(訳注:SPのミニマム技術点は女子30点、男子32点。FPのミニマム技術点は女子49点、男子50点)とスポーツマスター(訳注:ロシア国内大会で上位に入る選手。さらにその上には国際クラスロシアスポーツマスターがあり、これは国際大会で上位に入る選手)を育て上げた。何故モスクワに移る決心をしたのか、人生の新たなステップで何を期待しているのかを、ドーブリンは《Match TV》のインタビューで語った。

―セルゲイ、あなたは何故人生の大きな転換を計ったのですか? モスクワに移り、ご自分のかつてのコーチと組んで働くという。

「ジャンナ・フョードロヴナ(・グローモワ)は、実際私のコーチであり、現役時代の二番目のコーチで、私は彼女と長い道のりを歩み、それは私にとって最も成果があった時だった。彼女は誰よりも与えてくれものが多かった。(訳注:2000年~2007年まで師事し、その間ロシアジュニア選手権1位、ジュニアグランプリファイナル2位、世界ジュニア選手権銅メダル、シニアロシア選手権銅メダル等がある)

私にとってクラスノダールは、コーチの道を形成する一定の段階で7年に及んだ。私はそこで、アスリートたちを養成した ― スポーツマスター候補者たちとスポーツマスターたちだ。2014年から始めたが、その当時は一回転ジャンプが跳べる子供たち以外に、まだ何も無かった。喜びも落胆も経験した。つまり一通り全ての経験をした。

私は、毎日が競争で、選手たちが最後の機会であるかのように練習に集まって来る場所で、さらに成長し、前進し、経験を積むことが必要だと理解したのだ。それは私の息子や、私と一緒にやって来る選手たちにとってばかりでなく、まずは自分にとって有益だ。地方で一定の気骨の結果を見せることは出来るし、地方レベルで1位か2位になることは出来るが、しかし、本格的大きな試合、ロシアカップ大会、ロシア選手権にやって来て、10位以内に入れば、それは大成功なのだ。

地方の指導部が、興味があるのは、二つの基本的な事柄だ ― 秩序と報告書だ。好結果を生み出すことや世界観ではない。

全体的に言えば、クラスノダールではまともに暮らせた。素晴らしい気候と全ての条件。しかし、私はモスクワに引き付けられる、それは母親がそこに住んでいるからでさえなく、自分の志を実現しなければならないからだ。天井にぶつかったと感じるのだ」。
・・・・
―あなたは自分の生徒のどのような資質を重視しますか? どのような人を喜んでグループに採用したいですか?

「私がそうであるように、フィギュアスケートを第一に考えている人が、私には必要だ。両親は、子供たちの人生でフィギュアスケートはそれ程長い道ではないのだから、そこに身を置いている間は一日一日が重要なのだと理解することが必要だ。また重視するに足りない理由での単純な欠席が無いことが重要だし、補習をするという私の提案が、理解をもって受け入れられることも重要だ。もし私が、生徒のどこかを伸ばすために重点的に彼と練習したいと、1時間か2時間の居残り滑りを提案したなら、嫌な思いをするとか、《他の予定があったのに》とかではなく、スポーツの観点から受け入れられることも重要だ。

もちろん、体格は重要だ。自分の状態の理解も。食事、生活、練習の日課を守ること ― どのように、いつ食べるか、どのように、何時に起床し、就寝するか。単調な練習を普通に受け止める感覚 ― それは将来の成功のカギだ、何故なら同じことを毎日やっていると、それがどんなに困難であっても前進していることを、われわれは気付かないからだ。それにまあ野心も。私は、特に少年たちに、彼らが少年であることを理解して、彼らが練習に打ち込み始めるよう強いる用意がある。一定の周知の状況から、私は男子に焦点を当てたい。しかし、四回転ジャンプを学びたいという意欲は最初からなければならない。トリプルジャンプに対しては、もう誰も手をたたかない。皆が、興味があるのはクワドだけだ。狙うのは、昼か夜に関係なく、選手がやって来て、トリプルアクセルや四回転ジャンプの練習に打ち込むようにすることだ。しかし、もしアスリートがまだトリプルジャンプさえ習得していなくても、彼の意欲が大きければ、彼と働く用意がある」。

―モスクワでは、ジュニアクラスのレベルでさえ猛烈な競争があります。コーチとしてこれに対する用意は出来ていますか?

「そこから進歩が生まれる。弱いアスリートたちと一緒に試合に行くよりも、私の生徒はまだ弱いアスリートだと理解しながら、じっとしている方が良い。もし自分のアスリートが弱くても気にならないのだったら、私はクラスノダールからモスクワに移ることも無かっただろう。私は、6位はもう嫌なのだ。地方に住むアスリートには、全てクリーンな滑りをした時でさえ、例えば、回転不足のマークが付けられるという事実がある(《Match TV》注:このマークが付くとエレメントの基礎点が下げられ、得点に影響する)。たとえば、クリーンなコンビネーションジャンプになれば、選手が最終グループに入る助けになるのに。アスリートが全てをやったと理解しているのに、彼に何故かこの回転不足のマークが付けられ、理由が分からない時があって、悔しいのだ。演技構成点に関しては、もう黙ることにする。私にとってそれは別の銀河だ」。
・・・・
  1. 2021/06/20(日) 23:05:12|
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2021/06/09 アレクセイ・ヤグディン 「ロシアの男子シングルスケーターに足りないもの? 四回転ジャンプと男気だ。それ以外は全て素晴らしい」

https://www.sports.ru/figure-skating/1097887403-aleksej-yagudin-chego-ne-xvataet-nashim-odinochnikam-chetvernyx-pryzhk.html

2021/06/09 アレクセイ・ヤグージン「ロシアの男子シングルスケーターに足りないもの? 四回転ジャンプと男気だ。それ以外は全て素晴らしい」

男子シングルスケートの2002年ソルトレイクシティオリンピックチャンピオン、アレクセイ・ヤグージンは、インスタグラムで読者の質問に答えた。

―あなたは氷の外での人生を素晴らしく築き上げました。どうやって? 他の人たちが出来ないのは何故でしょう?

「とても簡単だ。何かになりたいという願いの他に、一定の行動があるからだ。夢見ているだけでなく。自分の腰を上げて、働く必要がある。それ以外の方法は存在しない」。

―ロシアの男子シングルスケーターに足りないものは何でしょうか:持久力でしょうか、それともストレスへの抵抗力でしょうか?

「四回転ジャンプの数と男気だ。それ以外のものは全て素晴らしい!」。

-メドヴェージェワかザギートワか?

「トチミャーニナ(自分の妻)だ」。

―あなたにとってフィギュアスケートとは何ですか?

「情熱と自由だ。それと、ジャンプ論争で稼いだ余計なドル」。

―オリンピックで勝利した後のご自分の感情を描写してください。

「10点満点で説明すると:2本の四回転ジャンプの後と、得点を見た後の1分間 ― 10点。1分を過ぎると・・・力が抜けてしまった」。

―エテリ・トゥトベリーゼをどう思いますか?

「称賛と深い尊敬の気持ちを持っている。それはコーチとしてというよりも、人間として、何よりも個人に対してだ」。

―試合でのフィギュアスケーターたちの滑りにコメントするのは、どんなですか?

「感情の爆発だ」。

―アンナ・シェルバコーワをどう思いますか?

「どう思うかだって? 耐えて、働いて、勝利しているアスリートに対してどう思うかだって! 尊敬している」。ヤグージンはこのように書いている。

文:リナ・ロツィク  / アレクセイ・ヤグージンのInstagram

  1. 2021/06/17(木) 22:54:24|
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2021/06/03 「マッサージの仕事をしている」:ロシア代表で滑っていたフィギュアスケーター、ユーコ・カワグチは今どこに

https://rsport.ria.ru/20210603/kavaguti-1735442042.html

2021/06/03 「マッサージの仕事をしている」:ロシア代表で滑っていたフィギュアスケーター、ユーコ・カワグチは今どこに

====一部抜粋====

2008年にロシア国籍を取得したユーコ・カワグチは、ヨーロッパ選手権で二度勝利し、世界選手権で二度銅メダルを獲得した(2009、2010)。しかし、2010年のオリンピックでは表彰台に一歩届かなかった。ソチオリンピックには、タマーラ・モスクヴィナの生徒である彼女たちのペアは、パートナーの深刻な怪我のために出場出来なかった。RIAノーヴォスチ特派員ボリス・ホドロフスキーとのインタビューで、彼女は自分の現役選手時代のハイライトを思い出し、今彼女の生活が何で満たされているかを語った。

―ユーコ・カワグチ/アレクサンドル・スミルノフ組の多くのファンたちでさえ、二人を結び付けたのはニコライ・ヴェーリコフだったことを、もう覚えていませんね。

「それがニコライ・マトヴェエヴィチ(・ヴェーリコフ)が出した条件だったのです。サーシャ(アレクサンドル)と一緒に滑るためには、彼のところに移行しなければなりませんでした。だってスミルノフと前のパートナー、エカテリーナ・ワシーリエワは、ヴェーリコフ夫妻のグループで練習していたのですから」。

―アレクサンドルと一緒に滑るようになる前に、あなたはワシーリエワ/スミルノフ組のパフォーマンスを見たのですか?

「ほんの少しだけ。というのも彼らはジュニア時代にもう一緒に滑るのを止めたのですから」。

―あなたが日本代表とアメリカ代表で滑っていた時のパートナー、アレクサンドル・マルクンツォフやデヴィン・パトリックと、スミルノフはどこが違ったのですか?

「第一に技術です。技術をサーシャと同じ分母にするために、私にはヴェーリコフのところで三ヶ月の集中練習が必要でした。ニコライ・マトヴェエヴィチがそれをやり切ってくださったことに、とても感謝しています。確かに、この文句なく非凡なコーチと分かり合うことは、とうとう私には出来ませんでしたけれど」。

―タマーラ・モスクヴィナのところへ移るというアイディアは、あなたのものだったのですか?

「もちろんです。だって私は、彼女のおかげでフィギュアスケーターになったのですから。自分の夢について彼女に手紙を書きました。そしてトレーニングの許しを得ました。人間としての彼女が大好きです! タマーラ・ニコラエヴナの隣に出来ればいつもいたいのです。今だって、全てにおいて彼女を助ける用意がありますが、残念ながら、私の助けを求めていません」。

―あれ程のタイトル持ちのコーチの下へ移るという考えを、あなたのパートナーはどう受け止めましたか?

「すぐに同意したと思います。彼はモスクヴィナと話をして、全ての疑問を明かしました。タマーラ・ニコラエヴナのところでトレーニングすれば、私たちはより多くのことを達成出来ることに疑いの余地はありませんでした」。

―バンクーバーオリンピックの数か月前のインタビューで、あなたは、ペアとしてはまだ出来上がっていないと言っていました。

「スポーツペアにとって理想的とされる期間は6~8年です。この期間にパートナーたちはユニゾン出来るようになり、しかもお互いにまだ飽きることもないのです。バンクーバーでは、私たちはこの道の半分ほど来たところでした」。

―それが、オリンピックメダルを獲るという自分たちの唯一のチャンスをあなたとアレクサンドルが生かせなかった主な理由だったのでしょうか?

「オリンピックに出場するために私が国籍を変えたと、多くの人たちは思っていますが、本当は、好きなコーチの指導の下で良いパートナーと一緒にパフォーマンスすること、それが私の目標でした。そして、試合でパフォーマンスすることでさらに少しでも自分が幸せだと感じたかったのです。ロシアのフィギュアスケーターたちにとってオリンピック、それは特別な試合で、人生の目的であることは知っています。私とサーシャは幸運だったと言えます。当時は、代表チームの座をめぐって今のような競争がありませんでしたから。もちろん、オリンピックでロシアを代表したことは、誇らしく、幸せに思っていますが、それでもやはり、それは私の主要なことではありませんでした」。
・・・
―オリンピックで4位になった後、落胆とお互いへの不満は大きかったですか?

「私とサーシャは、試合が終わった後にお互いに苦情を言うことは決してありませんでした。何らかのエレメントが上手く行かなかったことで、誰のせいだったかを探したりはしませんでした。私たちは、いつも一緒の、本当のペアでした。勝った時も負けた時も」。

―バンクーバーの後、怪我が最初はあなたを、次にアレクサンドルを襲いました。これは何のせいだと思いますか?

「私かサーシャが、現代フィギュアスケートの大きな負荷に対する準備が出来ていなかったとは思いません。ただ私たちのスポーツ種目では誰も、怪我をしないという保証は無いのです」。

―あなたは国籍を変えて、今では日本に行くためにビザが必要だということを、一度も後悔したことはありませんか?

「日本に向かう飛行機の中で、時にはそんな思いがちらつくことがあります。そしてすぐにそれを追い払います。だってそれは自分の決断でした。その決断をしたことで、私は何年も好きなことをやることが出来たのですから」。

―日本の法律では、10年経てば国籍を回復することが出来ます。

「さらに、そこに住んでいなければなりません。私の生活はサンクトペテルブルクに繋がれています。私の家も、仕事もここにあるのですから」。

―2012年の世界選手権で、日本代表のペア、高橋成美/マーヴィン・トラン組がセンセーショナルに銅メダルを獲得しましたが、カナダ人のパートナーには、結局新しいパスポートが発行されませんでした。来るべきソチオリンピックでの団体戦を考慮に入れてさえも。何故日本では、オリンピックメダル候補になるような選手を迎え入れようとしないのでしょうか?

「私はこの件の詳細を知らないので、コメント出来ません。もしかしたら、トラン自身が日本代表として滑りたくなかったのかもしれません。だって彼は別のパートナーたちと滑り続けましたし、アメリカ選手権のメダリストにさえなったのですから。多くの国々では、国籍を取得するのはそれ程簡単なことではありません。私は、むしろ、迎え入れられました。何故なら、当時ロシアではペア競技に問題があったからです。コーチたちや連盟指導者たちは、援助しようと努めていました」。
・・・
―今日本には三浦璃来/木原龍一組が現れました。あのペアと一緒に働くようにと招待されないのですか?

「そうですね、彼らはカナダでトレーニングしています。彼らのスタイルもそれにふさわしいものです。女性パートナーは、ひたすらメーガン・デュアメルをコピーしようとしています。私が教えられるのはロシアのスタイルだけで、他のものは受け入れられません」。

―日本で、ペアが作れるような背の高い男子を見つけるのは難しいのですか?

「とても難しいですね。木原でさえ、中国のハン・ツォンと同様、高くはありません。今、ペアスケートではそのような選手が沢山います。男子は背が高くなければならない、女子は小柄でなければならないというのは、以前の考えです」。
・・・
―アレクサンドル・スミルノフには今自分のフィギュアスケート学校があります。彼は自分のところで働くようにとあなたを招待しなかったのですか?

「私は教えるのが好きです。個人レッスンもしています。でも自分のパートナーの招待を受けたくないのです。それは完全に私の自由を制約しますから。それに主要な仕事に支障をきたしますから」。

―もし秘密でなければ、あなたの主要な仕事とは何なのか教えてください。

「サンクトペテルブルクの中心街にあるビューティーサロンの一つで、フェイシャルマッサージをしています。私はこの仕事がとても気に入っています。コロナウィルスによる制限が始まった時、フィギュアスケート以外に何らかの代替フィールドを持つことも必要だと気付きました。美容業界は、損をする人がいないwin-winの世界です。自分自身が現役で滑っていた時に、フェイシャルマッサージがアスリートたちに非常に役立つことを知っていました。全く違う気分で、氷に出て行けるのです」。

―あなたのクライアントの中には、有名なフィギュアスケーターはいますか?

「まだいません。もしかしたら、私の仕事のことが知られたら、集まって来るかもしれません。実は、一度エリザヴェータ・トゥクタムィシェワが来ました。彼女はまだとても若いですが、もう少し年上の人たちには、試合の前のフェイシャルマッサージはとても必要です。

―ロシアに来たばかりの頃のあるインタビューで、あなたは、ロシアのレストランで出される寿司は一般的日本料理の寿司とは著しく異なると話していました。

「今、全く同じことを繰り返して言えます。ロシアのレストランで“スシ”と名付けられた料理の質は、近年向上はしましたけれども」。

―あなたご自身は、寿司を作ることはないのですか?

「まず必要なメイン食材である魚を、丸のまま買うことが出来ません。それに、そもそも寿司を握るのは芸術なのです。私にはイーゴリ・モスクヴィン(訳注:タマーラ・モスクヴィナの夫)が伝統的ペテルブルク料理のキュウリウオの唐揚げを教えてくれました」。

  1. 2021/06/08(火) 01:39:46|
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