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あれこれ

2022/05/29 ヤングアダルト向け時代小説 「ヴィクトリア湾のほとりで」①

ヤングアダルト向けノンフィクション時代小説
「ヴィクトリア湾のほとりで」  (ミハイル・ヂェメノーク著 1998発行)①

[訳者注:この小説は1861年の農奴解放令によって自由の身になったベラルーシの農民たちが、帝政ロシア政府の政策により、朝鮮人や中国人、少数民族も暮らす極東の地、南ウスリーに移り住む物語です。

帝政ロシアの領土は広大でしたが、領土拡大へのさらなる欲望、不凍港獲得への渇望は衰えを知りません。繰り返して起こる戦争の発端の口実は、まさに口実でしかありませんでした。その国内では、民衆の多くは封建領主の農奴であり、領主の過酷な要求に苦しめられていました。クリミア戦争(1853~1856)では、ロシアは55万人の犠牲者を出しながら、イギリス、フランス、オスマン帝国、サルデーニャ(イタリア)等の連合軍に勝てませんでした。産業革命を経たイギリス、フランスの兵器、輸送手段等に後れを取っていたからです。農奴制がロシア国内の経済と近代化を停滞させていました。このクリミア戦争の後、アレクサンドル2世は1861年農奴解放令を出しました。

一方でロシアは、1852年エフィム・プチャーチン海軍中将を全権とする使節団を日本に派遣し、通商と国境に関する条約を取りまとめようとしました。最初の日露間の条約は、1855年下田で調印されました。またこのプチャーチン全権は、1858年清と天津条約を締結し、ロシアがアムール川左岸を河口に至るまで取得する権利を獲得しました。その後1860年ロシアと清は、それに追加する北京条約に調印し、極東におけるロシアと中国間の領土の境界設定を完了させたのです。

しかし、東の辺境の地に住民は少なく、西のウクライナ、ベラルーシを含むヨーロッパ部からの移民の入植が政府によって進められました。この中国との国境地帯に、この小説に登場するベラルーシからの移民たちは土地を与えられたのです。

なおこの小説の題名にあるヴィクトリア湾とは、今のウスリー湾のことで、1859年にイギリス艦船「バラクダ」号の乗組員のジョン・トロンソンがロンドンで出版した「日本、カムチャッカ、シベリア、タタールおよび中国沿岸の多くの地への航海に関する物語」という本の中で沿海州の海岸線にある湾や港に触れ、その一つがヴィクトリア湾です。イギリス女王を記念して名付けられたそうです。後に初代東シベリア総督のムラヴィヨフ=アムールスキーが地図から全ての外国名を消し去り、全てロシア名に書き換えたそうですが、それまでの地図にはこの英語名が付いていたのでしょう。〕

プロローグ

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・・・農奴が解放されるとはどういうことかって? それは大きな空間のことだよ。そこはどこまでも、どこまでも歩いて行ける。疲れたらゆっくり歩くことも出来るし、大きな川があれば、流れに任せて泳いで行って、それでもまだ遠くがあるのだ。それにまた、戸外でだって、野外でだって思いっきり呼吸することが出来、風を胸いっぱいに吸い込むことが出来、頭の上に空を感じることが出来、気の向くままにどの方向へでも進んで行くことが出来るということだ。
             科学アカデミー会員 ドミートリー・リハチョフ
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ここが、かの遠方の地、タイガの秘境、待望の土地か!四方八方生き生きとした呼吸が漂っている。青々と繁って枝を広げ、ひものような蔦が巻き付いたチョウセンゴヨウの林では、落ちた松かさが積り、黒ブドウや赤ブドウがさかんにこぼれ落ちる。大きな牙のあるイノシシや、ぶきっちょ[不器用]グマがうろつき、隠遁者のようなアナグマやアライグマ、せかせか屋のリス、クロテンが動き回っている。一方、どんぐりが雨のように降っているオルリーヌィ連山やその丘陵では、ノロやシカが平和に暮らし、キジ、エゾライチョウ、カマバネライチョウが群れを作っている。涙のように澄んだ水を広い低地や果てしなき遠方に運びながら、キジバトが鳴くような音を立てながら石の川床を削っているタイガ人・川では、ガンやカモがガアガアと鳴き、魚が群れを作って泳ぎ、砕ける波はいきり立ち、泡立っている。

また、草が頭を垂れ、ウズラが動き回っているビロードのような川沿いの草地では、蜜を集めに飛び集まってきた野生ミツバチの嬉しげな羽音が聞こえている。

土地を求めてやって来た農民代表者たちは、東を向いて十字を切った。長い杖を脇に追いやり、背負い袋やラシャの外衣は肩から払い落とした。麻のシャツは襟のボタンをはずした。息が止まりそうに、胸が高鳴る! 此処こそが緑の大地、自由な処女地というものだ!
「うつくしいぞおー!」胸いっぱいの喜びで、ゲラシム・シェフツォーフは叫んだ。
喜びのこだまは、ノロやイジューブル(大鹿)たちを驚かせて追い立てながら、おでこのような低い山々の緑の繁りの上を漂った。

自由の地! 苦難の旅の終点! ぼろぼろになった防寒帽が空中に舞った。代表者たちは何の話もつけていないのに、まるで子供のようにはしゃいで跳び回りながら、近くの森の方に向かって裸足で草地を駆け出した。
オスタープは森に着くと、荒れた手で短剣を探り、あたかもトルコ人と白兵戦でもしているように、目の前にある一本の木に力任せに切りつけた。これで目印が出来上がった!

この土地よ、お前さんには、人気(ひとけ)が無いままに冬も夏も過ぎて行くのはもうたくさんだ! ルボーク版画[大衆向けの素朴な版画]の世界みたいな此処に、かの地の近隣の者たち全体でやって来て、百姓家を建てよう。タイガを開墾し耕して、麦をまき、家畜、ミツバチ、シカを飼い、女たちは子供らを生む!

四方に深くお辞儀をした。待望の土地、見飽きることのない慈悲の現れ、自由な処女地よ、また会う日まで、との思いを込めて!

そして再び道中の人に。今度はヴィクトリア湾[現在のウスリー湾]の汽船「ヤラスラヴリ」まで。オセアニアを経由してオデーサまで航海するために。そこからはポレーシエ[ベラルーシ南部、プリーピャチ川流域の湿原低地]にある我が家へ、近隣の者たちを呼び集めるために!

こうして、人の足が踏み入れていない広大な土地に、おとぎ話のような甘い夢を見た男たちは出発した・・・
(つづく)

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  1. 2022/05/29(日) 01:11:58|
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2022/05/13 イリヤ・アヴェルブーフ:「試合で4Aをマリーニンではなく、羽生がクリーンに跳んだとしたら、より美しいと思う」

https://sport24.ru/news/figureskating/2022-05-13-averbukh-dlya-menya-byloby-krasiveye-yesliby-chetvernoy-aksel-na-sorevnovaniyakh-chisto-prygnul-khanyu-a-ne-malinin

2022/05/13 イリヤ・アヴェルブーフ:「試合で4Aをマリーニンではなく、羽生がクリーンに跳んだとしたら、より美しいと思う」

振付師でフィギュアスケートコーチのイリヤ・アヴェルブーフは、練習で4Aをクリーンに跳んだアメリカのフィギュアスケーター、イリヤ・マリーニンの仕事を評価した。

「イリヤ・マリーニンのジャンプを見ていないが、彼は素晴らしい回転をする。それは彼のジャンプ数で分かっていた。イリヤは非常に才能あるアスリートだ。

マリーニンは近い位置にいた。われわれは羽生結弦の挑戦を見ていた。かつてアルトゥール・ドミートリエフも4Aに挑んでいた。イリヤがこのジャンプを試合で跳ぶかどうかは、私にはどちらでもよい。羽生は最高レベルの伝説的人物だと私は思う。試合で最初に跳ぶのが正に彼だったなら、私にとってはより美しいだろう。彼は、フィギュアケートの功績ある戦友だ。正に彼が、男子シングルスケートを進展させ、別の軌道に乗せたのだ。

イリヤはアメリカのフィギュアスケーターだ。私からは遠い。彼は若く、さらに進んで行くだろう。競技スポーツは仮定法を好まない。イリヤはアメリカで生まれ、ずっとアメリカ代表で競技している。イリヤはロシアのルーツを持つが、フィギュアスケートのロシア流派の生徒ではない。彼がロシア代表として滑らないからといって、残念だとの思いは私には無い」。Sport24特派員ウラジスラフ・シャピロとのインタビューでアヴェルブーフはこのように語った。


  1. 2022/05/14(土) 18:54:32|
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