楽天市場 あれこれ 2022年06月
fc2ブログ

あれこれ

2022/06/22 ヤングアダルト向けノンフィクション小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑤ (ミハイル・ヂェメノーク作 1998)

ヤングアダルト向けノンフィクション小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑤
(ミハイル・ヂェメノーク作 1998)

                 2

アキーム・ダルニッツァの小屋のそばで、村の寄り合いが持たれた。分配地(ナヂェール)とマンモス谷の草刈り場の決定に関する重要な書類がチェレムシャヌィの村人たちに渡された。各家族は、息子の数に応じて、数デシャチーナずつ[1デシャチーナは1.09ヘクタール]の土地を受け取った。アキーム・ダルニッツァは例外だった。列の順番が彼のところまで来ると、巡査のミハイロフスキーは彼への特別配置の印として、全ロシア専制君主、アレクサンドル・ニコラエヴィチ皇帝陛下の勅令を読み上げた、かくかくしかじかと。

それにより、明らかになったことは次のようなものだ。《正教徒アキーム・エフィーモヴィチ・ダルニッツァは、1865年1月31日入隊した。チフリス・エゲル連隊第六予備大隊において服務。1875年2月8日、最初の袖章を授与される。1875年5月10日付で勲功章を受勲される。1880年3月4日、15年間の申し分のない服務に対して二本目の袖章を授かる。1866年、対カフカス会戦、また同様にフォルス川、ベーラヤ川沿岸の道路、橋、村の建設に参加。1878年プレヴナでの戦闘[露トルコ戦争の中の大きな会戦]において左足腿に挫傷を負う。懲罰隊に入ったことはない。

兵卒ダルニッツァは、法が定めた15年間を勤め上げた者として除隊し、彼の希望により、自分自身の生活のために帝国の南ウスリー地方のいずれかの郷に100デシャチーナの分配地(ナヂェール)を受け入植する。》 ここで監視人であるミハイロフスキー巡査は、人差し指を上に向けた。《彼が選ぶ場所での居住の間、農業、あらゆる手仕事、商売、あるいは現行規則に従い社会的に見て根拠のある生業に従事することが出来る。同様に、公的私的を問わず、種々の勤め口に就職することも出来る。
誠実に、立派に行動し、礼儀作法に叶った身なりをし、ひげを剃り、乞食にはならず、あらゆる敵対的行為を控え、その地の当局に従い、誰に対してもいかなる侮辱も加えない義務を持つ。同時に彼、ダルニッツァに対しては、果たされた兵役が考慮され、必要な際には、彼の正当な依頼や要求へのあらゆる援助と功労ある軍人にふさわしい敬意が示される・・・勅令は1880年12月19日、皇帝により発布される。勅令は、郷警察署に届けられ、1883年4月26日、帳簿番号124に記入される。課長ツァレグラツキー》。

次に教会執事スホルーキフが、移民者たちに対し皇帝に誠心誠意尽くすよう呼び掛けて、主の十戒を読み上げた。
「誠心誠意!」人々が応えた。

こうして、人々は時を忘れ、時間も日も月ももはや無くなった。彼らは眠らず、凍えて、飢えて、朝焼けから夕焼けまで働いた。タイガの切り株を掘り起こし、耕し、そこに穀物の種を播き、百姓小屋を建て、家畜やミツバチを手に入れた。つらい夢のようにして春が過ぎた。その後に夏が過ぎ、秋が過ぎ、山のような労働と為すべき事をこなしていった。アキーム・ダルニッツァを含めて多くのチェレムシャヌィの村人たちは、未開のタイガから闘い取った土地で、麦、トウモロコシ、ソバ、ジャガイモ、野菜を栽培し、素晴らしい収穫を上げ、そして、冬に向けて新しい丸太小屋を建てることも出来た。しかし、移民たちの無理を重ねた労働に対して正当に、あるいは何倍かが支払われるまでには、まだ多くの年月を待たねばならない。

くたくたになるまで働く能力、その途方も無く困難な労働を自分の良く響く、心のこもった歌でやわらげる能力、老人や両親に対する丁重な対応、様々な儀式を守っていくこと、これらのことで移住者たちは際立っていた。ぜリョンヌィ・クリンの村落共同体のしきたりは、遠いベラルーシ、ポレーシエの地で長い年月にわたって行われていたものがそのまま残った。

移住者たちはこの地でも、12月25日には一番鶏とともに夜中の3時に目覚める自分たちのしきたりを変えなかった。妻たちは丸太小屋の中を片付け、濃厚な脂っこい粥のクチヤを煮て、牛乳とバター入りのパイを焼いた。あるじたちは、その時間に屋敷を片付けた。つまり、納屋や厩舎を掃除し、家畜や馬に餌を与えたり水を飲ませたりした。そして、空の最後の星が消えるや否や、主の降誕祭のお祝いを言うために隣人のところへそれぞれが出掛けて行った。その後で村人たちを乗せた荷馬車の一隊が、早朝祈祷のために教会のある地区に向かって急いだ。

アキーム・ダルニッツァ、ゲラシム・シェフツォーフ、ミロン・ブラコーフ、オスタプ・シェルパイコは、仕事に追われている時に、時折お祈りのことを忘れた。《天は自ら助くる者を助く!》だ。
しかしその代わり、1月には教会区の全ての信者たちと一緒に、喜んで全ての行事や儀式に参加した。人々は群れになって厳寒で凍った川に集まり、氷の穴の近くに枯れ枝を積み重ねて十字架を作り、それに火をつけた。火は心を虜にもし、同時に心をかき乱しもした。
スラジェツキー司祭は、金箔のついた重たい十字架を水にひたし、それぞれの信者たちは急いでガラス瓶に聖水を満たそうとした。家に残った子供たちは、この日の朝は、尊敬すべき両親が教会地区から持って来る聖水を飲むまで食事をしなかった。

1月14日の新年の祝い[ユリウス暦で1月1日]は、陽気でにぎやかなものだった。新雪は熟した結球キャベツのような匂いと音がする。着飾った若者や娘たちが、誰か信心深い老婆を連れて、冗談や洒落を飛ばしながら屋敷から屋敷へと歩いて行った。そして部屋に入るなり、《播こう、播こう、種播こう、そして新年おめでとう》と言いながら、床に気前よく穀粒をばらまいた。これが済むとやっとあるじたちは、新しい年を通してこの家にはずっと福があるだろうと信ずることが出来た。主婦は、この喜ばしい客たちに種々の甘い菓子類を贈った。

しかし、復活大祭(パスハ)の日である春の祭りは特別だった。早朝から着飾った村人たちが、ゆで卵、クリーチ[円筒形のケーキ]、復活祭用のピラミッド形凝乳菓子を入れた籠を持って教会区に集まって来た。これら全ての食物は、教会のまわりの草の上にじかに敷いた真っ白な手ぬぐいの上に並べられた。司祭は、豪華な食物のそばを通りながら、それらに聖水を振りかけた。

教会から帰ったチェレムシャヌィの村人たちは、花の咲く庭でベンチを動かし、祝祭日の食卓を囲んだ。もちろん、愛唱歌を伴って。《緑の草地の向こうで、緑の草地の向こうで、母さんが細かく分かれた亜麻を引き抜いていた!母さんは引っ張り、引き抜いた。引っ張り、引き抜いた。小さな掛け声を掛けながら!》

野生広葉ニンニク[チェレムシャ]の群生地の脇にある村の門から200サージェン[約427m]のところで水の打つ音を立てている、温かい湖での復活大祭の祝日は終わろうとしていた。どこにでももぐり込んでしまう子供たちは、ニレの木々の頑丈な枝の上を自分たちの場所にし、両親たちは自家製タバコをちびちび吸ったり、木の実やヒマワリの種をかじりながら水際に行儀よく座っていた。広く枝を張ったヤナギの下では、色とりどりのサラファン[ジャンパースカート型の民族衣装]を着た娘たちが、輪になって座り、花の冠を編みながらチャストゥーシカを歌っていた。

そのなかでもダシュートカ・シェフツォーヴァヤの威勢の良い声は、ひときわ目立って響いていた。彼女はエフィムカ・ダルニッツァと親しくなってから、チャストゥーシカを自分で作って歌っていると、チェレムシャヌィの村人たちは噂していた。《待ってよ、あんた、結婚するのは。もう少し通りをぶらついていて!わたしには、まだ、羽根布団がない、鶏の羽根がない!》。ダシュートカは、川の方に目をやりながら踊りだした。そこでは、日に焼けてがっしりしたエフィムカが大きな雄牛のシフカを放して、真っすぐ浅瀬に追い込もうとしていた。エフィムカは、シフカに必死にしがみついている。節くれだった両手のなかで、雄牛の筋肉が波立った。シフカがあっちこっちと走り回るのをやめて、あたかも一休みさせてくれと言っているように釘付けされたようになって止まるまで、彼は必死でこらえていた。

「エフィムカ、シフカを打ち負かして!」。ダシュートカの嬉し気な声が聞こえた。
「角のやつをこっぴどくこらしめてやれ!」。白髪頭の老人たちが、歯の無い口をもぐもぐさせて言った。それこそが、エフィムカが願っていたことだった。掛け声と喜ばし気な叫び声の中で、彼は数秒のうちにシフカにまたがった。ダシュートカは勝利者に花の冠を投げた。そのことは、彼女が心に決めた唯一の男友達は、この日からエフィム・ダルニッツァであることを意味した。最初ダシュートカに言い寄ったのは、ニコルカ・ブラコフ、ヴァニューシカ・シルコーフ、エフィムカ・ダルニッツァの三人だった。彼らは三人とも凛々しく、美しい若者たちだった。「あの人たちの中から、誰を選んだら良いかしら」。ダシュートカは、一度ならず自分に問いかけた。しかし、お祭りの前になって、彼女は突然に夜の集まりで宣言した。「シフカにまたがることができる人を、私は男友達とするわ」。

・・・花の冠を頭に被って、エフィムカはシフカにまたがり勇ましく湖じゅうを泳ぎ出した。明らかにその勝利者を念頭に置いたチャストゥーシカが彼を追いかけ、彼の身を焦がした。《キスしてよ、ねえ、私の人よ、一度でいいから。そしたら私、信じるわ。愛が強く結ばれているって・・・》

「しかし、なんだな。お前さんは幸せ者よ、ラーズム」。男たちは、アキーム・ダルニッツァを褒めた。「お前さんとこの小僧っこは、しっかり実ったってわけだ」。
「芝居みたいに上手く行ったってこった」。先のとがった肩を揺すりながら、オスタプ・シェルパイコが笑った。
「芝居なんてもんじゃない、ただ腕白なだけなんだ。血気は仕事で見せてくれなくちゃあ」。アキームは、まともに取り合わなかった。が、心の中では、口では言えぬ程息子のために喜んでいた。

暖かな、蒸した夜が蒼穹の星々に火を灯し始めた頃、ロノマレンコ爺さんの広い丸太小屋の少し開いた小窓から、活気に満ちたさまざまな声が聞こえて来た。これは若者たちが、語り部というあだ名の客好きな馬具匠のところでの楽しみ会に集まったものだった。ヒマワリの種をかじりながら、若者たちや娘たちは歌を歌った。合唱の中でエフィムカの声がひときわ大きく響いた。《野原よ、野原よ、広野原よ。お前には何故実りが無いのか。ただネコヤナギだけが枝を広げて育つだけ》。銅の飾り金や半なめし革の房を馬具に取り付けながら、爺さんは歌を終わりまで聞くと、歌い手を誉めた。

「エフィムカ、いい声をしておるな。コブザーリのようじゃ」。
「それ誰ですか。話してくださいよ、イワン・カルポーヴィチ」。若者たちは馬具匠を取り囲んだ。
「コブザーリかい? ウクライナの民衆詩人、タラス・シェフチェンコは自分の詩をこう呼んだんだよ。それらの詩ときたら誠実で、歌そのものみたいに旋律的なものなんだ。わしはまだチェルニーゴフシナにいた時に、読み書きが出来るというある信徒に聞いたんだが、タラスという人は、そりゃあ苦労の人生を送ったということじゃった。12歳で一文無しのみなしごになって、領主にぺこぺこし、年がら年中、監獄や流刑暮らしだった。コブザーリを一言で言うなら、それはどん底でもがいている人々のつらい身の上を悲しい歌にして歌う歌い手であり、詩人であるということじゃな」。

「お爺さん、タラス・シェフチェンコの詩を、何か一つでも知っていますか」。ダシュートカが質問した。
「多分覚えていると思うんじゃが、えーと、《野原ではちょっとした風がドロヤナギをしならせている。そうかと思えば、娘は幸福という運命に悪たれをついている。運命よ、お前なぞ海に沈んで溺れ死んでしまえばいいんだわ。どうしてお前は、私と誰かを恋仲にしてくれないのさ!》」。
イワン・カルポーヴィチは、マラーニヤを横目で眺めるとことばにつまった。しかし、彼女は誰にも注意を向けてはいなかった。自分の思いに没頭しながら、暖炉のそばでせわしく働いていた。
「忘れっぽくなったな・・・ああ、思い出した。《この世で生きることは生易しいことではない。この世では恋人などには決して出会えない》」。
「何て誠実な詩なのかしら」。ダシュートカが物思いにふけりながら言った。「コブザーリ、今度は私らの歌《野原の向こうで》を歌いましょうか」。
エフィムカは頭を揺すった。すると、農民のつらいさだめを歌った良く響く歌声が流れ出した。この時からエフィムカにはゴボウのイガのように、コブザーリというあだ名がくっついてしまった。
(つづく)

スポンサーサイト



  1. 2022/06/22(水) 11:48:55|
  2. ノンフィクション小説 「ヴィクトリア湾のほとりで」
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

2022/06/15 フィリップ・シュヴェーツキー医師が、新シーズンに向けたフィギュアスケートロシア代表チームのメンバーに加わった

https://www.sports.ru/figure-skating/1109757534-vrach-filipp-shvetskij-voshel-v-sostav-sbornoj-rossii-po-figurnomu-kat.html

2022/06/15 フィリップ・シュヴェーツキー医師が、新シーズンに向けたフィギュアスケートロシア代表チームのメンバーに加わった

医師のフリップ・シュヴェツキーが、新シーズンに向けたフィギュアスケートロシア代表チームメンバーに新たに加わった。

シュヴェーツキーは、エテリ・トゥトベリーゼグループのスケーターたちと共に働いていた。

2007年、シュヴェーツキーはロシアの6人のカヤック・カヌー選手に合法的薬物を投与したことを認めたが、しかしその際禁止されている静脈内投与の方法を取った。その後、選手たちは、ドーピング防止規則違反で資格剥奪された。

北京オリンピックでは、ロシアのフィギュアスケート選手カミーラ・ワリーエワの、12月にサンクトペテルブルクで行われたロシア選手権時に採取されたドーピング試料が、禁止薬物のトリメタズィジンに対し陽性反応を示したことが明らかになった。

文:アントン・ピリャソフ  / 出典:ロシアスポーツ省

  1. 2022/06/16(木) 14:15:39|
  2. フィギュアスケート
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

2022/06/12 ノンフィクション小説「ヴィクトリア湾のほとりで」④ (ミハイル・ヂェメノーク著)

ノンフィクション小説「ヴィクトリア湾のほとりで」④ (ミハイル・ヂェメノーク著)

しばらくすると、ライフル銃の連続音が響いた。
「まさか誰かを撃っているのじゃないでしょうね」。ペチカのまわりで忙しく働いていたマリーヤは、夫にしがみついた。彼は、彼女のあたたかみのある青い目に接吻し、それを覗き込みながら、弾力のある腰を抱いた。
「怖がり屋だね、マリユーシカ」。そして心の中で思った。海の上でのひどい揺れのこの一ヶ月半の間に、多くの女たちは神経質になり、衰弱した。しかし、マリユーシカは、ヤナギのようにたわんでも折れない。すらりとして美しく、みずみずしい。リューバ[恋人よ]、彼女は私にとって死ぬまでリューバだ。

窓の向こうで再び銃声が響いた。
「後生だから行かないで、ラーズム。あんなことをする人たちのことなんて・・・自分たちでなんとかするわよ」。マリーヤは夫の方にさらに強く身を押し付けた。
「ところが、あそこじゃなんともならないのさ」。少し開いた扉から、ゲラシム・シェフツォーフのくしゃくしゃに乱れた髪の頭が現れた。
「行け、ラーズム。コサックの少尉がお前さんを呼びたてている」。
「彼がわしに、また何の用があるのだ?」。
「まったく馬鹿げたことなのだ」。ゲラシムは、耳覆いの付いた帽子で顔の汗を拭った。
「シカを撃とうとしているのだが、命中させることが出来ないでいる。それでお前さんに撃たせたがっている。まずゲオルギー十字勲章所持者を見よう、多分、名射手に違いないからと言って」。
「まあ、いいさ。経験は損にはならないと言うから」。ラーズムは戸外に歩いて行き草原を見回すと、すぐに、まばらな灌木の茂みの向こうに、のんびりとうろついているシカの群れを見つけた。

近衛兵を見つけると、少尉はライフル銃に弾丸を込め直した。
「夕食にシカを仕留めませんか。これでどうぞ」。そう言って、彼は銃をラーズムに差し出した。
「二頭仕留めたら、どうするね」。ライフル銃を受け取りながら、ラーズムは答えた。
「二百メートルってとこだな・・・」。
数秒の間にラーズムは、ライフル銃から五発の実弾を発砲させ、一撃で四頭のシカを倒した。五番目の手負いの雄ジカは、少尉が至近距離から射殺した。

シカの皮と内臓を取り除きながら、少尉はよもやま話のついでにアキームに訴えた。
「自分はあなた方が羨ましいですよ。本当に羨ましい。あなた方は自由な移民だが、自分はと言えば流刑囚のようなものです。こんな山の中にはもうあきあきしているのです」。
「どうして流刑囚なのかね」。アキームは当惑したように肩をすぼめた。「きみこそ軍服を着て、自由な身ではないのかね」。

するとブラートフは、悲惨な話をアキームに語った。
彼は外国人たちから国境を守るために、他のコサックたちと共にザバイカーリエ[バイカル湖の東側]から此処にやって来た。実を言えば、この見知らぬ地方における屯田兵の籤[くじ]は、金持ちのコサックたちに当たった。しかし、例によって彼らは、首領[アタマン]の援助もそれなりに得て、ブラートフを含む貧しいコサックたちを送り出した。だから異郷の地に到着した最初の日から、彼は自分を何のいわれもないのに流刑されたように感じて、新しい土地を敵意を持って眺めた。

ここでの暮らしは良いものではなかった。冬は厳寒に苦しみ、夏にはブヨに悩まされた。食事を満腹食べることは出来なかった。春からは、ライ麦が良く育っているように見える。ほれぼれする程に背が高く、青々と。しかし、取入れの秋になると、まるで意図したように雨が降り始め、穂を腐らせる。
「もしも、この土地で必要なものを買おうとすれば、ここの商人たちはあんたから毛皮三枚巻き上げて、身ぐるみ剥いでしまうよ。要するに、喜びはくるぶしまで、不幸は膝までさ」。

「わしらも皆、苦しみを舐めて来たよ」。アキームはしゃがんだ。「ここ極東の地、オルリーヌィの低い山々の傍にあるニコラエフカに入植するという話がまとまるまで、ポレーシエの領主のところでの労働と、15年間のツァーリの兵役とで食うや食わずの生活で、ありとあらゆる困窮を耐え忍んだのだよ。ところが、課長というやつが、これがけちくさいやつで、裕福な百姓たちから賄賂を貰った途端に、決定していたことを勝手にくつがえして、わしらをチェレムシャヌィに送り込んだのさ」。
「自分もニコラエフカに行ったことがあります。海から遠く、霧は全く出ない。だからあそこではすばらしい穀物が出来るのです。そのかわり、此処にはベニザケがわんさといまさあ。収穫の無い年には、魚を穀物に変えられますよ」。

少尉は話のおしまいに、男たちはコサックを監視した方がいい、やつらは相当に女好きだから、とアキームに警告した。娘っこをひっつかんで茂みへ走るのを何とも思わないやつらだと。
「お前さんは、そんなにも自分とこの男どものたがをはずしておいて、一体どこを見ているのかね」。アキームはブラートフに向かって姿勢を正した。「それとも、彼らを統制出来ないのかね」。
「そこなんだよ。いつの頃からか此処では、男たちが自分の女房を売り物にするし、女房は女房で自分の娘で商売するのさ。何の良心の呵責も無しに、15歳の娘を25ルーブルで売ることが出来る」。
「何という恥さらし! おーい、ゲラシム、オスタープ、すぐに来てくれ」。

代表者たちがこの近衛兵のところに来ると、彼は、ひどく女好きのコサックたちに尾行を付けることを言い渡した。
「わしは思うんだが、心配なことが実際に起こったら、アキーム、お前さんがその女のことをわしらに教えろよ」。オスタープはハハハと笑った。「全部の雄牛を監視する訳にもいくまいて」。
「それもそうだが、女たちを守らなくてはならん。大急ぎで一番端の百姓家まで行って、警戒にあたってくれ」。アキームは命じた。

少尉は正しかった。一番端にある百姓家の近くで肉付きの良いアリョーナが、コサックたちから逃れて、ただならぬ声で叫んでいた。
「ああ、助けて! 誰か!」。
移住者たちは、彼女を助けに走った。するとコサックたちは、みだらな罵言を吐きながら、馬の腹に拍車を入れて、シュコトヴォの方へ駆け出した。

群青色の蒼穹に一番星が瞬(まばた)き始めた時、静かになったチェレムシャヌィの大地の上を故郷のポレーシエの歌が流れだした。
《ドン川の岸辺を歩いている、ドン川の岸辺を歩いている、歩いているのは若いコサック・・・》 高台の一番端っこの百姓家から流れる合唱だった。
《マメを播くわ、川の近くに、そして涙をかけて育てましょう》[古いウクライナ民謡]隣の百姓家では、女性の胸声が長く延びて歌った。

燈明皿の鈍い光で照らされたは百姓小屋の中でダルニッツァの家族がくつろいでいると、ゲラシム・シェフツォーフ、オスタプ・シェルパイコ、ミロン・ブラコフが妻たちと一緒に、前菜だけを持って入ってきた。あまり飲んべいという訳ではないこの近衛兵のところには、このような折にはいつも四分の一リットル入りのウオッカの瓶が出ているのを、彼らは知っていた。即席に打ち付けた長椅子に銘々が腰を下ろした時、小屋の半分から、微笑みを浮かべた朝鮮人が出て来て、客たちに三回お辞儀をした。彼の片方の手には、米から作ったウオッカが入った大きな角瓶を持ち、もう一方の手には、湯気を立てているとうもろこしパン、葉玉ねぎの束、野生広葉ニンニク、ベニザケの薄切りが入った籠を下げていた。
「何だってそんなところで何度もお辞儀なんかしているのかい。こちらにどうぞ。ようこそ」。アキームは朝鮮人を呼び招いた。

アキーム・ダルニッツァは最初に、異郷の地ゼリョーヌィ地方での幸せな生活を祈って乾杯することを提案した。
「それは後で」。マリーヤが彼を遮った。「同村人のみなさん、わたしらの子供たちのためにお祈りしましょう。ヴァニューシャ・ダルニッツァ、ミコラ・シェフツォーフ、マルーシャ・シェルパイコ、イグナートカ・ブラコーフ・・・天国に安らぎ給え・・・あの子たちはどんなにか陸地に着きたかったか。それなのにあの疫病神のチフスが一遍にあの子たちをさらって行ってしまった」。女たちは、ナフタリンの臭いがする新しいスカーフの端っこで涙を拭った。

「天国に安らぎ給え・・・グラスを合わせるのはやめよう」。男たちは小声で言うと、一息に飲み干した。そして全員が一斉に青物、つまり、野生広葉ニンニクと野生葉玉ねぎに飛びついた。子供たちでさえ ― 七歳で同い年のエフィムカ・ダルニッツァとニコルカ・ブラコフでさえ ー 両親の顔を見ながら、焼いたシカ肉やそば菓子を分けてとっておいてから、塩辛い漬け汁にひたした野生広葉ニンニクを束にして取ると、音を立てて噛み出した。

「ドンドン食べて、ドンドン食べて!」。朝鮮人は満足げに、竹のようにつるりとした頭をたてに振った。
「お前さんを何と呼んだらいいかね」。ミロンは朝鮮人の方へ席をずらして、聞いた。
「チェ・ヨンゲン。ワーニャと呼ばれているよ」。
「どんな風に吹き寄せられて、ここまでやって来たのかね、ワーニャ」。
「朝鮮に強い、強い暴風雨があった。そして何も実らない。食べるものが無い。飢えた朝鮮人がここに来る。だけど、戻る出来ない。戦いの斧持った人出て来るから」。朝鮮人は長いパイプを吸いながら説明した。
「ああ、分かった・・・ところでワーニャ、お前さんに聞きたいもんだが、ここで生きていくことは出来るかね」。
「ハハハ」。チェ・ヨンゲンは、黄色い歯をいっぱいに見せて笑った。「タイガに行く。山イチゴや木の実を集めなせえ。チョウセンニンジンを掘り出しなせえ。獣や鳥を撃ちなせえ。川では魚を獲りなせえ。地面を耕して穀物を収穫しなせえ! ハハハ。ここで生きなせえ。死ぬことはなんねえよ」。
「同郷人たちよ、ワーニャが言っていることを聞いたかい。わしらの中には、もう泣き言を言っている者たちもいる。わしらがやって来たところは、駄目な、つらい所かい?」。ミロンは笑いながらそう言うと、友情を込めて朝鮮人の肩を叩いた。

「播(ま)かぬ種は生えぬ。明日から仕事にかからなくてはならぬ。そうすれば麦がとれて生きられるのだ」。アキームは、亜麻色の騎馬兵らしい口髭の先をひねると、空のように青い彼の目が血気で輝いた。
「舞っている、舞っているのは白い雪んこ」。彼はいたずらっぽく歌い出した。
「飛んで行く、飛んで行くのは私の白鳥たち」。同郷人たちがそれに唱和した。良く響く、心にしみる歌声が流れ出した。彼らは歌う。白い白鳥たちは自分たちが愛したロシアから南に、どうしても飛び立とうとはしなかった。空中に吹雪が吹き始めるまで。けれども、最初の雪と共に、白鳥たちは自分たちの住んだ場所から青い海の向こうに飛んで行った。喜びも悲しみも一緒に持って・・・

「とてもヨイ、とてもヨイ」。チェ・ヨンゲンは、陽気な移住者たちを誉めそやした。「ところで、この人らはどうして静かに座っているのかね」。彼は、静かになった子供たち、エフィムカとニコルカに呼び掛けた。
「その通りだ。二人とも祭壇の前の偶像のようになってじっとしている。そうだ、とっくみあいでもしてみろ、アジア人たち!」。十分にほろ酔い気分になったミロン・ブラコフが命令した。
膝まである長い麻布のシャツを着た二人の健康そうな男の子たちは、たちまち、子供に似合わぬ広い背中で蝋引き糸がきゅうきゅう鳴るまで取っ組み合い、抱き合った。
「へまをするなよ、エフィムカ」。
「ニコルカ、革紐をひっつかんで、やつを山まで投げてやれ」。アキームとミロンは、自分たちの息子をそそのかした。
お互いの敵に一歩も譲りたくない二人は、熊の子たちのように鼻息を立てながら、一か所で足踏み状態になった。床がきしみ、身体が右に左に揺れた。一回の不意打ち攻撃で相手を床板に転がそうと、それぞれが機を伺った。
「手に汗握る名勝負だ」。オスタプ・シェルパイコは涙が出る程笑った。「はっけよい、はっけよい。どっちも強いぞ!」。

こうして此処でテーブルを囲んでいる誰もが、時と運命が彼らを、彼らの固い友情を引き離すことや、無慈悲な敵同士になることなど、一人として知るよしもなかった。
(つづく)

  1. 2022/06/12(日) 14:59:12|
  2. ノンフィクション小説 「ヴィクトリア湾のほとりで」
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

2022/06/06 ノンフィクション小説「ヴィクトリア湾のほとりで」③

ノンフィクション小説「ヴィクトリア湾のほとりで」③ (ミハイル・ヂェメノーク著)

無精ひげの男たちは、怒声を上げながらアキームに突進して来た。人数は公平ではなかった。3人対12人。しかし、この近衛兵はたじろがなかった。
「力が足りない。おい、ゲラシム、オスタープ、近づいて背中合わせに立ってくれ」。彼は低い声で言うと、大ハンマーのように固い自分のげんこつで、いきなり3人のひげ男をその場になぎ倒した。

移住者たちの素手にかなわないと見るや、ひげもじゃたちは袋を切り裂き、それを不敵な男たちの頭に向けて投げつけた。しかし、アキームらは雨のように飛び散った精製前の塩から身をかわした。
「そういうつもりか!」。アキームは激怒に真っ赤になって、同様にかますを掴むと、顎鬚、頬髯の男たちに向かって毬のようにそれを投げつけた。「これは、おまえたちの迎え酒だ!」。

代表者たちも彼の手本を見習った。四方から飛んで来る何プードもあるかますにたまりかねて、沖仕たちは逃げ出した。貴重な荷物の持ち主たちは、「シャンゴン[赏功?]」と喜びの叫びをあげて勝利者たちを取り囲み、それぞれにウォッカ1本と塩1袋ずつを手渡した。通訳のことばによると、当地では塩より貴重な物は無いということだった。

しばらくすると、明るい小さな湾の中で、扇に似た赤、朱、黄色の帆が動き出した。積荷を積んだ小船たちがヴラジヴォストークに向かって帰路に就いたのだ。

それから少し経って、馬に乗ったコサックたちが近づいて来て、下馬した。彼らの助けを借りて移民たちは、さまざまな家財道具を二頭立ての四輪荷馬車に積み込んだ。そこに無いものなどあったろうか! 斧、ノコギリ、フォーク、シャベル、かなてこ、鉄砲、紡ぎ車、菜園用の種が入った素焼きの壺、鋳物のなべ、火掻き棒、発酵キャベツの桶に入れる重石まであった。とは言っても、積荷の最後のものは不必要であることが分かった。盆地を囲む岩の多い山々を見て、同郷人たちはすぐさまそれを手放した。

荷馬車の隊列は、正午にゆるやかな長い丘陵に到着した。前方の荷馬車に乗っていたゲラシム・シェフツォーフが手を上げて言った。
「どこに住処を定めようか、それとももっと先まで行った方がいいかな」。

女らががやがや騒ぎ出した。
「ラーズムに聞いてみるべきだよ」。
「自分の頭を働かせなよ」。

「どこが良いかだと? 何の森の傍が良いかだと?」。ラーズムは荷馬車から飛び降りて、足の筋肉を揉んだ。「ここで一つ謎々を解いてくれ。いいか。良く聞いてくれよ、お前さん方。1本の木なのに4つの役立つものに。第一は暗い夜の明かり。第二は掘らない井戸。第三は年寄りの健康。第四は壊れたもののつなぎ。どうだ、答えてくれ、同郷人たち」。

「悩ませるなよ、ラーズム、自分でもっと良く話してくれよ。さもなけりゃ、ブヨに食われて、かゆくてやりきれないよ」。老人たちがぶつぶつ言い始めた。
「考えるまでもないよ」。オスタープ・シェルパイコが近くの森から視線を移して言った。「それは、わしらを常に助けてくれるシラカバのことさ」。

「当たりだよ、オスタープ」。ラーズムは微笑むと、代表者の広くて強靭な背中を激励するように叩いた。「シラカバは4つの役立つものになる。それは、第一にたいまつ、タール」。ラーズムは指を折った。「第二はシラカバの樹液ジュース。みんな知っているように、それは風邪や熱病を治す。第三に蒸し風呂用の体叩き。第四はシラカバの表皮。お前さん方は、それで何度も素焼きの食器を結わえた筈だ。新しくて完全な物でも強度を増すために。さあてと、それじゃどこに落ち着こうか? 同郷人たちよ」。

「神は人間に知恵[ラーズム]を与え給うた。シラカバの林に行こう! 行こう!」。
思いついたら、すぐ実行だ。ウスリーナシ、セイヨウスモモ、エゾノウワミズザクラに囲まれたシラカバ林が近くにある谷あいの平地が選ばれた。

そこはあまり高くない山で二方を守られていて、黒ずんだ小屋が何件も建っており、また、堀ったばかりの土小屋の黒い穴がいくつも口を開けていた。ある者は小屋に、ある者は土小屋にというように、全部で43家族を少しずつ分けて住まわせることにした。

アキーム・ダルニッツァの番がきた時、コサック軍のブラートフ騎兵少尉は、このゲオルギー十字勲章所有者が喜ぶようなことをしようと決心した。彼は手に短い編み鞭を持つと、小屋の持ち主である、びっくり仰天している朝鮮人の方へ歩いて行くと、そのファンザからとっとと消え失せろと命令した。しかし、その朝鮮人が強情をはると、今度は短い編み鞭を振り下ろそうとした。が、近衛兵の頑丈な手が、生革を編んで作った鞭を掴んだ。

「罪なことをするな、コサック」。ラーズムは小声で言った。「朝鮮人は君と同じく畜生ではなく、人間なのだぞ。当分の間、一緒に住もう。彼が家の半分に、私がもう半分に。そのうちに、故郷にあったような自分の家を建てるよ」。
朝鮮人は同意して、いがぐり頭をたてに振った。
「それじゃ、お好きなようになさるがいいさ」。少尉は踵をかちゃりと鳴らすと、遠ざかって行った。
(つづく)

  1. 2022/06/06(月) 00:05:34|
  2. ノンフィクション小説 「ヴィクトリア湾のほとりで」
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

2022/06/01 ノンフィクション小説「ヴィクトリア湾のほとりで」②

               1.

1883年4月13日、春の太陽がすでにきらめく光を豊潤に地上に降り注いでいた時、[ヴラジヴォストークの]金角湾には、ロシアヨーロッパ部との定期航路を確立するために土地の住民による寄付金で作られた「義勇艦隊」の汽船「ロシア号」が係留されていた。全部で一ヶ月半を要する旅の乗客は多いわけではなかったが、少なくもなく、それはオデーサから極東にやって来た733名の者たちだった。

移民担当主任のブーセ自身が埠頭で彼らを出迎えた。でっぷりとして、みるからに温厚そうな彼は、パン、塩、芳香高級たばこの入った先祖譲りのたばこケースを彼らの前にならべ、背が高く、厚い胸をした男たちを感心して眺めながら叫んだ。
「みなさん、血色の良い、勇気ある者たちがここに集いました! このような勇者たちと共にあれば、山をも動かすことが出来ましょう!」。
そして厳粛な声で、シベリアおよび極東総督ムラヴィヨフ・アムールスキーの書簡を読み始めた。

「ロシアの最良の息子たちである諸君よ!」。書簡はこのように始まった。
「君たちがたった今、足を踏み入れたこの土地は、17世紀にロシア人たちにより開かれたものであるが、これからは君たちのものだ。この土地は、諸君の危険と労働に対して何倍も報いてくれるであろう・・・・この土地をいつくしめよ、誠心誠意祖国に尽くせよ、わが息子たちよ!」。

「誠心誠意!」。唱和の声が応えると、すぐさま汽船のサイレンの長く伸ばしたうなり声、海岸の大砲の耳をつんざくような一斉射撃、教会の鐘の連続音が、ゼリョーヌィ・クリン[緑の土地]―南ウスリー地方の入植開始を告げた。

この日、ベラルーシ湿原低地にあるコジャナ村出身の移住者たち43家族は、はしけでヴィクトリア湾を横切り、タイガの川の河口岸に接岸した。彼らは基本的に、15年のツァーリの兵役で苦労の味を知り尽くし、また地主のところでの残酷とも言える務めに身を粉にして働くことに疲れ果てた歩兵たちの家族だった。このような生活から抜け出せるのなら、たとえ地の果てに行こうとも!と。

なだらかな岸辺は、すぐに移住者たちであふれた。低い霧の中に、マツの生えた丸い山々が姿を見せた。正面にはしつこい羽虫のいる谷あいの平地が横たわり、そこに暗い灌木林と湿地が点在していた。ゼリョーヌィ・クリンは移住者たちにわびしい印象を与えた。それは今まで住んでいたポレーシエの果樹園とも、はてしなき野原の柔らかな緑とも似ていなかった。暗く陰気だった。

疲れていらだった男たちは、代表者のオスタープ・シェルパイコとゲラシム・シェフツォーフに詰め寄った。
「俺たちをどこに連れて来たんだい? ろくでなし! ここがどうして天国なんだ? これは天国なんかじゃなくて、底無しの奈落じゃねえのかい、ちぇ、いまいましい!」と、ある者たちが叫んだ。
「約束された期待通りの土地とやらはどこにあるんだい?! キジ、ノロ、ミツバチはどこにいるんだい?!」。他の者たちが質問した。
「どういうことなんだい、同郷人よ。敬虔な者たちの道を誤らせただけじゃなかったのかね。どこにも行かずに家でじっとしていれば良かったんだ。ラーズムはどこだ? 彼はどう説明するつもりなんだ? ラーズムをここに出せ!」。

「静かに!」。上背のある肩幅の広い近衛兵、ゲオルギー十字勲章所持者のアキーム・エフィーモヴィチ・ダルニッツァのよく響く声が聞こえた。皆は老いも若きも、彼のことを敬意を表してラーズム[理性、知恵の意味]と呼んでいた。「わしらの土地は酒代にされた!」

「なんだって? 何を寝ぼけているんだい、ラーズム?」。群衆がぶつぶつ言いだした。
「非常に簡単だ」。彼は答えた。「ブーセ主任の当初の決定によれば、わしらはイワノフスク郷のニコラエフカの近くの土地、オスタープが目印を残した場所に住み着く筈だった。ところが今日、代表者たちとブーセの補佐役であるノヴォジーロフ課長とが会うと、彼はいとも気軽に、わしらをチェレムシャヌィ[広葉ニンニクの土地の意味]に送り込んだ。何故か? いくらか金回りの良いわしらの代表者たちが、彼にウオッカのチェトヴェルチ瓶[3.08リットル]数本を差し出し、おまけにかなりな金額も握らせたにもかかわらずだ。だから同郷人たちよ、わしらの代表者たちには何の責任もないのだ!」。

「何と! 一体どうしてこんなことがこの世で起こるのか」。再び群れがざわめいた。「それじゃ、ロシアの北国には真実は無いってことになるぜ。俺たちの兄弟をいっぱいくわせたんだ。俺たちをいいようにからかっているぜ!」。
「冗談じゃない。何が欲しいかって、真実が欲しいやね。今日初めてこの世に生まれた気がするぜ! 苦労をしたくないのかって? とんでもない。神に召されるまでは、たことまめのなかに真実はあるのさ!」。

その時、塩を積んだ中国の荷車が、雄ウシに引かれて埠頭に向かって近づいて来た。アキームと代表者たちが話を聞いてみると、今しがたぎっしりと詰まったイラクサの袋を運んで来たはしけに、彼らの貴重な積荷を急いで乗せる必要があるのに、雇われたロシア人の男たちは全員がまだファンザ[中国や朝鮮の農家風家屋]の中で杯をあおって腰を据えているということだった。中国人の通訳が聞いてきた。移住者たちは、はしけに塩を積み込むことは出来ないだろうか、もちろん、相場通りの支払いはするから、と。

「よし、一か八かやってみよう」。アキームは代表者たちに目配せすると、三人全員が袖をまくり上げて、移住者たちの騒ぎが収まるのを待たずに仕事に取り掛かった。何プード[1プード=16.38kg]もあるかますを二俵ずつ楽々と肩に担ぎあげると、それらを船倉にすばやく運んだ。かますを船倉に全部並べ終わった時、突然、酔っぱらったひげもじゃの沖仕たちの一団が埠頭に突進して来て、アキームを取り囲んだ。

「いやな移民の野郎だぜ。汽船から岸に上がりもしねえうちから、もう雇われ仕事とはね! おい、みんな、他人のおまんまをかっさらったらどういうことになるのか、思い知らせてやれ!」。
(つづく)

  1. 2022/06/01(水) 01:17:42|
  2. ノンフィクション小説 「ヴィクトリア湾のほとりで」
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0