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2022/07/26 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑧ (ミハイル・ヂェメノーク作 1998)

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑧
(ミハイル・ヂェメノーク作 1998)

                       4

エゾマツの若木の中。たき火跡の側のざらめ雪の上に直に敷かれた柔らかな針葉樹の枝葉の上で、エフィムカは背負い梯子を脇腹の傍らに置き、横たわって夢を見ている。エフィムカがツキノワグマを追跡するうちに迷い込んだバールハトヌィ[ビロードのような、の意]源流の上流からは、チョウセンゴヨウが鬱蒼と生(おい)繁って上等の毛皮のように見える山並みが、黒ずんだ巨大な塊となって真っ青な空に突き出ている様が良く見えた。下方の川沿いの低地には、チェレムシャヌイの家々が集まっていた。それらの端っこの切り立った岸辺に建っている、《村立学校》という剥げかかった看板が掛かった丸太小屋では、髪をすり鉢型に短く刈り込んだ生徒たち、つまりエフィムカの友人たちが木の椅子にきちんと座っている。

バルジン先生は、どうやら神学の授業をしているようだ。エフィムカ自身はといえば、いっぱいに開け放たれた窓の外に立っている聾唖のアルシューシャに何かを見せている。
「よそ見するな、ダルニッツァ」。バルジン先生が怒鳴る。「主の十戒をよーく聞いて覚えるんだ」。
エフィムカは皮肉でも言いたげに唇を歪めて、先生に調子を合わせて繰り返す。
「主よ、神よ、他の神々はあるべくもなし! 主よ、あなたの人々を救え、あなたの所有物である人々を祝福せよ・・・われらのニコライ・アレクサンドロヴィチ皇帝に勝利を・・・あなたの十字架によってあなたをお守りします!」。

先生は再び十戒を読み上げるのに熱中した。エフィムカは、開いた窓超しにアルシューシャの方に目を向ける。
アルシューシャは、いたずらっぽく笑って手を振り回しながら、「ディブィ、ディブィ、ディブィ」と、回らない舌で言っていた。やい、こんなくだらない集まりはやめにして、チェレムシャンカの向こうに早く行こうぜ。丸い山まで行って、罠でキジを捕まえようぜ、と言っているのだ。

エフィムカが窓の外へ逃げようとして、木のベンチから腰を浮かせえたちょうどその時、先生の呼び声が彼を席に戻した。それはちょうど、エフィムカがバルジン先生に、司祭が至聖所で聖餐式の準備のためにワインを杯に注いだ後、瓶の半分以上をラッパ飲みで飲み干し、おいしそうにイエス・キリストの体をかたどった聖パンをつまんで食べたことを説明し始めるためであったかのようだった。
「なんだって。まさか!」。先生はあっけにとられた。
「確かです。この目で見ました」。エフィムカは譲らなかった。「これで十戒をどう理解したら良いのでしょう?」。

このシーンに代わって次のシーンが現れた。自分の愛する女友達のダシュートカが見えた。手に火のついた明かりを持って、彼女はエフィムカが眠っている寝床に静かに近づくと、拳骨で横腹を軽く押した。
「エフィムカ、エフィムカ! ねえ、目を覚まして!」。

エフィムカは眼が覚めた。赤銅色の丸い月とまたたく星とが弱い光を放っている中、彼は目の前に霜で覆われたシャンゴンを見た。犬が、ラシャの綿入れ上着の袖に食らいついて蝋引き糸が鳴る程の力でエフィムカを揺さぶった。
「何をあたふたしているんだい、シャンゴン」。針葉樹の葉の上から起き上がりながら、エフィムカは怒鳴った。だがすぐに体中に悪寒を感じて、寒さで硬くなった背負い梯子の上に倒れこんだ。頬骨が、寒さのために歯と歯が嚙み合わぬ程震え、両足は、撚り合わせた紐がほどける時のように痙攣し、鳥肌が立った。

心配そうなシャンゴンは、綿毛のような霜を払い落すかのように前足でエフィムカの顔をそっと触ると、哀れっぽく鼻を鳴らした。
「何と、俺はしくじったのか、シャンゴン。 たき火に枯れ枝を足さなかったのか? ああ! この窪地で一日中ツキノワグマを追いかけて走り回っていたから、くたくたに疲れて死んだように寝てしまったんだ。ダシュートカが夢の中で起こしてくれたのは、何と不思議なことだろう。それにシャンゴン、お前は袖を半分千切ってしまったにしても、良くやった。命の恩人、真の友だよ」。
エフィムカは、突き出した牡犬の首筋をぽんぽんと軽くたたいた。シャンゴンは、彼の冷たい頬をぺろぺろ舐めると、エフィムカの足元に身体を丸めてうずくまった。

エフィムカは、少しの間冷たい背負い梯子の上に横たわっていたが、それから力を振り絞って、硬くなった平靴の底で冷え切った倒木を踏んづけた。そうして毛の靴下の中で、少しずつ足が生き返るかのように感じながら、消えたたき火の周りを走り始めた。シャンゴンは飛び起きると、かすれた吠え声をタイガの夕暮れに響かせながらエフィムカの後ろに続いた。
エフィムカは夜が明けるまで、たき火の側で時間をつぶした。残った夜のためにヤチダモの枯れ木を火のところまで引き寄せた。それはとろとろとしか燃えないけれども、暖かさには事欠かない木だった。おどおどしているかのような火花と一緒に、灰青色の煙がもくもくとたき火から立ち昇る様を見て、日中は晴れるけれどもかなり冷えて寒いだろうと、エフィムカには既に分かった。だからキビ粥を煮る時に、獣脂を二かけらも飯盒の中に入れたし、雪を溶かしてお湯を沸かす時にも、力と元気を与えてくれるチョウセンゴミシとエゾウコギの根を入れた。良く食べ、元気の良い猟師にとっては厳寒など平気の平左だ!

エゾマツの若木の向こう側の静けさの中に、まだ新雪の塊が下がったままの霜で覆われた木々の輪郭が見え始めるや、エフィムカはイラクサで出来た袋・下着の生皮製の紐を締め直し、ベルダン銃を肩に放り上げた。そして口笛でシャンゴンを呼ぶと、エゾマツの若木を抜け出てクマ道へと、綿のように柔らかな雪の上をしなやかに走り出した。

ツキノワグマは、木の実でたっぷりと脂肪をつけることが出来たバールハト川の氾濫原から戻って、きっと、マーモント川近くの高台に冬眠のために向かったのだ。クマ道のまっすぐ先をシャンゴンが、根こぎされた木や枯れた倒木の下をしきりに覗き込みながら陽気に走って行った。始まったばかりの晴れた日が、犬の陽気な走りが、エフィムカには嬉しかった。

犬は年齢など無いかのように、何と威勢良く働くことか。隣人のチェ・ヨンゲンのプレゼントは何と有難かったか。クマの跡を追って行くと、だんだんと枯れた倒木が陰気に転がっている場所に入って行った。
「うろうろグマは、何だってこんな倒木を飛び越えようと突然頭に浮かんだんだろう。ここはひどくごった返している。自分の足跡をくらましているようだ」。苦労して逆茂木を通り抜けながら、エフィムカは考え込んだ。

下方の盆地の皮の厚いドロノキの近くで、突然シャンゴンの甲高い吠え声が、時折憎々し気な唸り声も交えて響き渡った。エフィムカは肩からベルダン銃をつかみ取ると、忍び足で犬の吠え声の方に近づいて行った。目を凝らすと、ドロノキの側にずたずたに引き裂かれたツキノワグマが横たわっており、それの近くの雪は、黒い地面が見える迄穴があいていた。
「どうした、シャンゴン」。エフィムカは両足の位置にベルダン銃を構え、突発する事態に備えた。「なんてこった。まるまる二日も俺たちはこの灌木林で凍えていたのに、全てが無駄になった。トラが俺たちの獲物を引き裂いちまった。ちょっと待てよ、トラだろうか」。エフィムカは、爪の長い大きな足跡の側にひざまずいて褐色の毛の一塊を手に取ると、口を鳴らした。「これはヒグマがツキノワグマを引き裂いたんだな。あい、や、や!」。

牡犬はエフィムカの驚きの声には何の注意も向けずに、手負い獣の無事に残っている前足の太股を引っ張り続けていた。しかしながら、この仕事には間もなく飽きて、今度は匂いを嗅ぎ分けながら、穴ごもりしないでうろついているヒグマの足跡を辿って走り出した。数分も経たぬうちに、突然、80サージェン[約170.72メートル〕程離れた白い丘で甲高い声が響き渡り、それから少し後に、追いかけて走っているシャンゴンと、その前を行くうろつきグマの猫背の後ろ首を、エフィムカは見た。獣は、灌木の林をやっと通り抜けて、ドロノキの方に真っ直ぐ進んで行った。エフィムカは無意識に、支えの代わりに大きな木にベルダン銃をくっつけた。裸地に後ろ首がちらっと見えた途端、大きな銃声が先んじて凍えた湿原に鳴り響き、静かだった峡谷中に反響音が広がっていった。のっぽのぶらつきグマは、荒々しく吠え出し、雪だまりに身を押し付けながら、イノシシのように牙をカチカチ鳴らし出した。ずる賢く隠れたようでもあり、足で傷を押さえているようでもあった。

シャンゴンは裸地の方へ跳んで行った。
「捕まえろ、シャンゴン」。雪の上に空の薬莢を投げ捨てながら、犬の後ろからエフィムカは叫んだ。しかし、ベルダン銃に弾丸を詰め直すのは間に合わなかった。怒り狂ったのっぽは、後ろ首に食らいついてぶら下がっているシャンゴンを前脚で叩き落すとエフィムカに向かって来た。数秒後には、クマは彼を押し倒した。どうすれば良いか? 彼は、歯をむき出した獣の口に手袋のミトンを突っ込んだ。クマはたじろいだ。その瞬間、エフィムカはクマの左の肩甲骨の下にナイフを突き刺した。ヒグマは激怒して吠え、ハシバミを圧しつぶして雪の中につんのめって倒れた。


獣の皮を剥いでから、エフィムカは股の付け根の脂身を袋に詰め込んだ。その際、チェ・ヨンゲンが大金を約束した胆嚢を取ることも忘れなかった。そして重たい荷物を持ってプラトー(台地)を超え、チェレムシャヌイの方角へと歩き出した。途中、バールハト川で罠を検(あらた)めた。そこでも彼は大層ついていた。二匹のクロテンと二匹のミンクを手に入れた。

「父さん、リホマンに馬車を付けて、ヒグマを取りに行こうよ!」。両親の暖かい家の敷居を跨ぐとき、エフィムカは陽気に叫んだ。
「ああ、お前、帰って来たんだね」。マリユーシカは喜んで手をぱちんと鳴らし、息子を抱きしめた。
「有難いことに上手く行ったんだな、お前」。アキームは、重たい荷物を肩から引き下ろすのを手伝った。「5プード[約81.9㎏]位あるんじゃないか」。彼は推量した。
「これはね、ほら、見てくれよ」。エフィムカはラシャの半コートの襟から、クロテンとミンクの毛皮を取り出した。
「汚れ無き母、神聖なるマリアさま、何という幸運!」。アキームは感嘆して目を見開いた。そして、「ああ、わが母、お母様!」と歌って、マリユーシカが笑っている側で踊り出した。

栄養満点の夕食を取った後、アキームとエフィムカは満月の明かりを頼りに、タイガからクマの体をソリで運んで来た。家では、マリユーシカからエフィムカの豊猟を聞いたチェ・ヨンゲンが彼らを待ち受けていた。彼の頼みで、エフィムカが暗褐色の液体を含んだ胆嚢を出して見せると、彼は舌を鳴らした。
「すばらすい、とてもすばらすいよ!」。そして、説明し始めた。「空に小さな三日月、クマの胆嚢、小さい、小さいね。これ、とてもダメ。空に満月、クマの胆嚢、大きい、大きい。これ、大変よろすい!」。
チェ・ヨンゲンは、エフィムカの許しを得て、胆嚢が硬い褐色の固まりになる迄、沸騰したお湯の入った鋳鉄製の鍋に何度かそれをひたした。
「これからどうするのかね」。アキームは、それを手のひらに載せた。
「どうするって? す(知)らないのかね。くしゃみする、腹痛い、手当必要」。そう言って、朝鮮人の彼は、どのように薬を使うかを示した。マッチ棒の頭くらいの胆嚢の固まりを、彼はお湯の入ったカップに落とした。
「お前さん、たくさん歩いた。疲れた。飲んでみろ」。チェ・ヨンゲンは黒っぽい液体を入れたテーブルスプーンを、エフィムカに差し出した。
エフィムカはちょっとすすって、顔をしかめた。
「毒みたいに苦い」。
「よろすい、とてもよろすい! 今度は、お前さんは商人のところへ行って大金を貰う」。胆嚢をエフィムカに返しながら、チェ・ヨンゲンは言った。「明日、わしは商人を連れてくる」。出て行きながら、その朝鮮人は約束した。
(つづく)

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  1. 2022/07/26(火) 12:02:45|
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2022/07/19 マクシム・コフトゥン:「羽生はフィギュアスケートを変えた。彼は本当の伝説だ。彼はフレンドリーな人だった」

https://www.sports.ru/figure-skating/1110524904-maksim-kovtun-xanyu-izmenil-figurnoe-katanie-on-nastoyashhaya-legenda-.html

2022/07/19 マクシム・コフトゥン:「羽生はフィギュアスケートを変えた。彼は本当の伝説だ。彼はフレンドリーな人だった」

(訳注:ソチオリンピックの前に羽生結弦選手が世界の舞台に衝撃的に登場した頃、自国オリンピックでメダルを獲りたいロシアフィギュアスケート界では、重鎮であるタチヤーナ・タラーソワが、羽生に勝てる選手を育てようとマクシム・コフトゥンに白羽の矢を立てました。数か月羽生よりも若いけれども、ほぼ同い年である彼は最初から羽生を意識させられ、非常に厳しい練習が課せられました。特に、四回転ジャンプを羽生と同じだけ跳ぶことが至上命令でした。しかし、長距離ランニングだったり、過重なウェイトトレーニングだったり、特訓が怪我を招き、国内選手権では勝っていましたが、ソチオリンピックへの出場権はプリューシェンコの手に渡り、オリンピックで羽生と戦うチャンスはとうとうありませんでした。)

ロシアの元フィギュアスケーター、マクシム・コフトゥンは、二度のオリンピックチャンピオン羽生結弦の現役選手生活からの引退を受けてコメントした。

「フィギュアスケートの画期的な時代が去っていくのは残念だ。結弦と競い合い、世界の舞台で彼と戦えたことは、私にとって大きな光栄だった。それはかけがえのない、感動的な体験だった。

私たちに会うことを常に喜んでくれたフレンドリーな人間として、彼を生涯忘れないだろう。

ある時、何かの大会で彼と出会った。彼は可笑しな調子で《コオオオフタアアアアン!》と叫んで、抱擁しに走って来た。

結弦はフィギュアスケートを変えた ― 彼に関するこのフレーズを、私は完全に心の底から言うことが出来る。彼は本当の伝説だ。それに補足説明など何も必要ない。

滑り終えた彼には10億個もの縫いぐるみが投げ込まれたのだ。氷が見えない程だった。そしてスタンディングオベーションだった」。コフトゥンはこのように語った。

文:リナ・ロツィク  / 出典:Match TV


  1. 2022/07/21(木) 00:26:48|
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2022/07/16 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑦

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑦
(ミハイル・ヂェメノーク作 1998)


昔ながらの原始的養蜂への熱情を自分の祖父から受け継いだミローン・ブラコーフは、入植者たちのなかで一番に、ミツバチの巣箱 ― 丸いシナノキのくりぬき桶 ― を整えた。仕事は簡単だった。村のはずれを出て、チョウセンゴヨウの堅果を1俵[1クリ。5~9プード。81.9~147.42キログラム]集めるのと、何の変わりもなかった。彼が甘い糖蜜の壺を持って一番近いタイガの丘にでも出掛ければ、甘い匂いにすぐさま野生ミツバチたちが飛び集まって来た。それを頼りに、茂みでハチが群がっている乾いたうろのある木を見つけ、後は蚊いぶしの助けを借りてミツバチどもをハチかごに追い込み、自分の屋敷に持ち帰るだけだった。

チェレムシャヌィでは、シナノキは毎年花をつけるわけではない。その代わり、山々の南斜面に生えているヤマハギは、毎年秋になれば、その鮮やかな紫色で周りの森を覆う。そこにミツバチたちが、蜜を集めるために羽音を立てて飛んで来る。特に豊かに花開くのは、焼け跡の若い茂みだった。この特性に、ミローンはすぐに気付いた。春と秋に彼は、チェレムシャヌィ近くの草地に積まれた発酵した干し草の山に火を付けた。そこから火は竜巻のようになって、山の南斜面の蜜源植物の茂みに駆け上がり、それらを松明に変えた。さらには頂上にまで届くのだった。炎が針葉樹林に移り、雨が降るまでタイガが燃え続けたこともあった。アキームと村人たちは、ブラコーフに幾度となく注意した。森の中の火なんて悪い冗談だと。堅果、どんぐり、ベリー類が炎で焼かれ小動物たちの餌が無くなっているばかりか、針葉樹の若林も被害を受けていて、これがやられてしまえばタイガ全体が衰弱してしまうだろうと。しかし、ミローンは手を振るばかりだった。
「自分の巣箱から蜂蜜をすくい取って舐める立場になりゃ、誰しも違うように考えるものさ。こんなことでタイガがへこたれるものかね。何てったって、お前さん、ロシアの大地のタイガなんだからね」。

その日、ミローン・ブラコーフは自分の5人の息子たちを草地の干し草の山を焼かせるために遣り、自分は養蜂場に残った。巣に入り込んでそれを壊そうとするしつこいスズメバチから、巣箱を守らなければならなかったから。ミローンは兵隊用の広い革紐を振り回し、大食いのスズメバチどもを叩き始めた。突然、草地から煙が漂って来た。ミローンが見ると、干し草の山が次から次に燃え上がり、炎が赤いキツネのようになって、蜜源植物の灌木が生えた日向に襲い掛かっていた。そこに故意のように強い向かい風が吹き、養蜂場に隣接した切り株の残った乾いた畑が、あっという間に炎に襲われた。ミローンは不安になって、水の入った桶を掴むと炎に向かって浴びせかけた。しかし、既に遅かった。瞬く間に養蜂場に襲い掛かり、巣箱やミツバチの越冬小屋を焼いてしまった。

ミローンは目の前にあった巣箱を引っ掴むと、炎から逃げながら叫んだ。
「ご親切な方々! 助けてくだされ!」。
呼び声を聞いて最初に駆け付けたのは、手にシャベルを持ったアキーム・ダルニッツァだった。
「あほう、何だってうろうろしているんだい。シャベルを掴めよ。溝を付けて向かってくる炎を通すんだ。さもないと家も助からないぞ!」。ダルニッツァは怒鳴ると、どんどんシャベルを使い始めた。
「その通りだ。何で俺はそのことを忘れていたんだろう」。ミローンはダルニッツァに従った。
間もなく屋敷の周りを黒い溝が取り囲んだ。何でも飲み込もうと這い寄って来る炎は、その溝から向きを変えて行った。しかし、ミローンは熱に浮かされたようにシャベルを使い続けた。疲れも、手のひらの血まみれのまめも、しょっぱい汗も、かすんだ目も忘れて。

村人たちは、焼け焦げた巣箱の側に群がった。
「お前さん、いい加減に落ち着いたらどうだい!」。アキームはブラコーフの肘を引っ張った。
ミローンはゆっくりと頭を上げると、長い杖に寄りかかってでもいるかのようにシャベルの焼け焦げた柄に身を持たせ、長いこと黙って、充血した目で焼け跡を見ていた。そうしてから、人々の方に向かってかすれた声を押し出すようにして言った。
「泣きっ面にハチとはこのことだ。しかし、言ってくれよ、わしが何か神を怒らせるようなことをしたかね」。
「何もしていないかね。神を恨むには当たらないよ。神は何もかもお見通しさ」。
「ミローン、お前さんは自分の火でこうなったんじゃないか」。
「何もかもこうなった原因は自分にあるのさ」。
村人の誰一人として彼を容赦しなかった。

その閏年にチェレムシャヌィの村人たちは、サケやイクラを貯えられたばかりでなく、麦、トウモロコシ、ソバ、ジャガイモも豊かに収穫出来た。干したコクワやブドウの袋も作ることが出来た。蜂蜜にナシを浸した桶も作った。全てが素晴らしく上手く行ったのだった。

ところがある日、恐ろしい程の強風が吹き、ヴィクトリア湾の方から重い鉛色の黒雲をわんさと運んで来た。黄色い稲妻が暗い陰気な空で踊り出し、激しいどしゃぶりになった。突風が今度は細かな雨交じりのあられを降らせながら、怒り狂って、裸の木々の梢でラッパを吹くような音を出して騒ぎ始め、窓の鎧戸をがたがたと鳴らした。突風はちょうど一昼夜荒れ狂い、全てを水浸しにした。普段は乾いている大小の溝、源流、乾いた河床、川、湖が沸き立つ水で打たれ、泡立った。翌朝になるとチェレムシャンカ川は岸を超え、見る間にフォームキン草地を孤立させた。仔馬たちを含めた馬の群れが、その草地に取り残された。

「やられたのは花だけだ。ベリー類はまだ先のことだったんだから」。乳飲み子である仔馬たちの哀れげないななきが響き渡っているフォームキン草地を絶望的なまなざしで見やりながら、アキーム・ダルニッツァは集った男たちに言った。「正午までには、チェレムシャンカ川は上流から大水を送り出して来るだろう。その時がわしらの馬の最後だ。それまでに救い出さなければならない」。彼の心配げなまなざしが隣に立っているエフィムカに注がれ、次にニコールカ・ブラコーフに注がれた。
「若い衆のお前さん方だけが頼みの綱だ」。
「バフチーノフ浅瀬のところでチェレムシャンカを泳ぎ渡ったらどうだろう。あそこは、川幅は少し広いが、流れが穏やかじゃないのかい?」。仔馬たちを救うために、またダシュートカに彼の能力を再び証明しようとして、白く泡立つ深みに今すぐにでも飛び込まんばかりのエフィムカがこう言った。

「おそらく、コブザーリだけが出来るだろう。ニコライは彼よりも弱い。多分溺れてしまうよ」。突然、ミローン・ブラコーフがみんなに向かって言った。
「彼にだって別にどうということはないよ」。近づいて来たロノマレンコ爺さんが、話に割って入った。
「よかろう!」。ミローンは譲歩した。「ニコールカ、行け。うまくやるんだ。馬の口の端綱を引くんだぞ!」。
「エフィムカ、お前さんはまずすぐに、わしの雄馬にまたがれ。そいつが群れのリーダーなんだ。群れ全部が、たとえ火の中、水の中でも彼について行くだろうよ。がんばれよ」。ゲラシム・シェフツォーフは、こう助言した。
「分かった、ゲラシムおじさん」。
「流れで遠くまで運ばれないように、バフチーノフ浅瀬より少し上流で入れ。さあ、行け」。アキームは手を振った。

チェレムシャヌィの住民たちの目の前で、エフィムカとニコールカは水中に沈んだヤナギの木に手で掴まりながら、無事に浅瀬を泳ぎ渡った。草地に着くと、エフィムカは特別苦労もせずに、黒い斑点のある灰色のリーダーに跨った。ニコールカは、自分の薄栗毛に跨った。命知らずの若者たちは、自分の後ろに仔馬を含む馬の群れを引き寄せながら、浅瀬の方に向かって草地を駆け出した。
「俺に付いて来い。何かあったら助けるから」。ブルードヌィ[反逆児の意]を水の方へ誘いながら、エフィムカは肩越しに相棒に叫んだ。しかし、ニコールカはエフィムカがやったように流れに逆らって泳ぐ決心がつかず、薄栗毛を波に任せて流れに沿って進めた。薄栗毛の後ろには、ロノマレンコ爺さんのモンゴルカがぴったりと従った。

エフィムカが振り返った時、すぐ後から泳いで付いて来る馬たちの膨らんだ鼻孔が並んだ流れの中に、ニコールカと薄栗毛が見当たらなかった。そして見つけた時には、彼らは既に一番の急流部にいた。
結局、ニコールカが乗った薄栗毛とモンゴルカは、急な流れによって、浅瀬よりも少し下流の切り立った粘土質の岸に打ち寄せられた。ニコールカが薄栗毛とモンゴルカをどんなに駆り立てても、どんなに頼んでも、弱り切った馬たちは、沸き立つ川から、切り立ったつるつる滑る岸に上がることが出来ず、濁って唸り声を立てる深みに消え失せた。ニコールカだけがエゾノウワミズザクラの何本かに手で掴まることが出来て奇跡的に岸に這い上がった。

エフィムカはその間に、馬の群れ全体を首尾よく向こう岸に渡らせて、幸福な気持ちで出迎えの人たちの方へ馬を駆った。彼には、村中の人々が彼を迎えに出て来たように思われた。
最初に彼の方に向かって来たのは、手に毛の下着を持ったダシュートカで、エフィムカを熱烈に抱きしめた。
「これ、あんたにって私の父さんが渡したの。風邪ひかなかった? 早く着てよ」。
エフィムカとダシュートカを村人たちが取り囲んだ。彼の怖いもの知らずの大胆さと救われた馬のお礼を言いたくて、それぞれが少しでも早くエフィムカの手を握ろうとした。
「皆々方、道を開けてくれ」。歯の隙間から息が漏れるような声が響いた。「わしのモンゴルカが溺れたんじゃ。どうしてこうなっちまったんじゃい、エフィムカよ」。爺さんは涙を流しながらわめき出した。

雨雲よりも陰気なミローン・ブラコーフが近づいて来た。彼の後ろには、ニコールカが頭を垂れてのろのろと歩いて来た。
「コブザーリ、どういうことなんだ。一体なんだって馬を溺れさせたりしたのかね」。
「俺は彼にこう言ったんだよ」。エフィムカは、濡れそぼった髪が頭に張り付いたニコールカの方に顔を向けた。「俺の後について来いってね。だけど彼は聞かなかった。流れに沿って薄栗毛を下流に向かわせたんだ。薄栗毛の後を、モンゴルカがぴったり従って行ったんだよ」。
「このうすのろ、まぬけ。あの馬たちを殺しちまって」。ミローンは、ニコールカを手で力任せにひっぱたいた。「とっとと家に帰りやがれ、このろくでなし」。
「ミローン、お前さんには二頭の雌馬と仔馬たちがいる。皺が2、3本増えるくらいのものじゃないか。それに引き換え、わしときたらすっからかんの無一文だ」。ロノマレンコ爺さんは責め立てた。

「少しずつ出し合って、彼のために馬を買ったらどうだろうか。お前さん方、賛成してくれるかね」。ミローンは集っている人たちの方へ進み出た。
「嘆きなさんな、イワン・カルポーヴィチ。わしとこの雄の仔馬を持って行くがいい。ズビョーズドチカから生まれたやつだ。春にはそいつで耕せるはずだ」。黙っていられずに、アキーム・ダルニッツァは申し出た。
「有難い。ラーズム、ありがとう。そうするよ」。自分の幸福が信じられずに、爺さんは急に立ち上がった。「今かね。それとも後でかね」。
「馬の群れまで行こう。今連れて行けばいい」。アキームは、チェレムシャヌィの村人たちの称賛の視線の中、馬たちの方へ歩き出した。馬たちはみんな濡れた鼻面を伸ばして、仔馬たちがはしゃぎ回った緑のフォームキン草地を見ようとでもしているようだった。しかし、そこに見えたものは、泡立ちながら恐ろしい吠え声を立てて荒れ狂っている、濁ったチェレムシャンカ川だけだった。

「募金についてはどうするのかね」。ブラコーフは納得しなかった。
「必要ないさ」。イワン・カルポーヴィチは手を振った。「出し合うんだったら、それでエフィムカとダシュートカを結婚させた方が良くはないかね。どうかね。
「そりゃ、その通りだ。エフィムカのお陰でわれわれの馬は九死に一生を得た。彼がいなかったら、われわれはみんな乞食になっていたさ」。イワン・ドヴォルツォフは頭からウサギ皮の帽子を取った。「2ルーブル出そう。他には誰が出すかね」。こうして帽子が回された。
「待ってくれ。お前さん方、それは良くない。お前さん方は、わしやエフィムカの気を悪くさせたぞ。わしもエフィムカも、結婚式を祝えない程細腕なのか。それとも、どうしようもない怠け者か。どうなんだい」。

「みんなで仲良くやろうじゃないか」。イワン・ドヴォルツォフが叫んだ。
「その通り、みんな仲良くだ。神が肉食を許される時期に結婚式をやるから、みんな仲良く出かけて来てくれ」。
「行くとも。必ず行くとも」。
「ゲラシム、お前さんは持参金を用意しなくちゃな」。村人たちの嬉しげな、興奮した声が沸き起こった。

ところが、折も折、誰かがわっと泣き出した。
それは、アクリーナ・シェフツォーワが、川を流れている小さな黒い棺を指さしながら泣き、嘆いている声だった。
「ああ、皆さん方、何ていうことなの、これは一体。ご覧よ。彼らにはあの世でも平安が無いなんて」。
「お前さん方、鳶口(とびぐち)とシャベルを持て。馬に鞍を置き、墓地まで馬を飛ばせ。父母たちの墓を救わねばならぬ」。アキームは叫び、エフィムカに、すぐにリホマンに馬車を付けるよう命じた。そうしなかったならば、アリョーシャの棺は流されずに残っていただろうか。

すぐに、チェレムシャヌィの村人たちは、川沿いの神聖なシラカバ林に乗り付けた。そこから急ぎに急いで、皆懺悔するように頭を垂れながら、黒ずんだ十字架が立っている両親たちの墓に足を踏み入れた。
「やられた。ろくでなしの川は死人にまで手を出しやがった」。重苦しい沈黙を破ってイワン・ドヴォルツォフは怒った声でつぶやくと、水でえぐられ破壊された岸からはみ出した、自分の母親の炭のように黒い棺を、誰よりも先に掘り出し始めた。

アリョーシャの墓は隣にあった。男の子は7歳で死んだ。エフィムカは、弟のことをよく覚えている。しっかりとした体つきの丸顔の彼は、山から橇滑りをするのが好きだった。硬化した古い頚木(くびき)でできた橇が、ある時、アリョーシャを乗せて、山からミトラコフの蒸し風呂へ滑って行ってしまった。彼はそれを避けることが出来ずに、丸太づくりの壁の下部に頭から力任せに体当たりした。両耳から血がどっと流れ出た。この不幸な子は、それから二日間この世で苦しみ抜き、そして死んだ。
「何もかもこの忌々(いまいま)しい山のせいで、ちっこい坊主が命を失ったんだ」。エフィムカの物思いを、あたかも見通したかのように、アキームは沈んだ声で言った。そして、力を入れて湿った土にシャベルを突き刺した。黒ずんだ棺は ― 何しろ5年も地中にあったのだ ― 手綱(たづな)で穴から引き上げられ、涙に濡れたマリユーシカが待っている岸辺に置かれた。

「ちょっと顔を背けていなさい」。アキームは静かに言うと、斧の刃で注意深く蓋を少し開けた。そして死者の様子を見て、すばやく蓋を閉めた。
「どんな様子だった」。涙を流しながら、エフィムカが聞いた。
「生きているように横たわっているよ。ただ顔は日焼けでもしたみたいになっていたよ」。
マリユーシカは、このことばを聞くと、前にも増して号泣し、嘆き出した。「わたしらのいとしいお前よ。かわいいお前よ。生きていたら、そして喜んでくれたらどんなにいいか。そしたら私らは、お前のお葬式をもう一度出来るのに」。

暗い顔をした男たち、ドヴォルツォーフ、シルコーフ、ブラコーフ、シェフツォーフ、シェルパイコが近づいて来た。
「ラーズム、死者たちをどこへ運ぼうか。急がねばならん。水が高波になって来た」。うな垂れたゲラシム・シェフツォーフが言った。
「どこへだって? オランダイチゴの丘陵に葬ろう。たとえチェレムシャンカ川が山から山まで増水したとしても、あそこまでは届くまい」。白くなった眉根を寄せてアキームは答えた。「さあ、かかろう、みんな」。

チェレムシャヌイから半露里[約0.5キロメートル]の距離にある、明るい、イチゴが実る丘には ― そこからは、村や川、タイガが見回せた ― 夜までに、さらさらした荒砂で作られた新しい黄色の土饅頭が現れた。それらの上には、刺繍された手ぬぐいで結び合わされた白い十字架が立てられた。
女たちは、この心騒ぐ気がかりな夜に、法事粥やキセーリ[果物味などの葛湯のようなもの]を煮て、故人である両親を再度供養した。父親や母親が、一体、神を怒らせるような何をしたというのだろうか。
(つづく)

  1. 2022/07/16(土) 00:17:53|
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2022/07/07 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑥

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑥
(ミハイル・ヂェメノーク作 1998)

                        3

カレンダーは、ゼリョーヌィ・クリン[緑の土地]の年月を刻み続けた。チェレムシャヌィに渋く酸っぱ味を含んだ9月の風が吹き、タイガの空気には、熟しつつあるナシ、ブドウ、ガマズミ、チョウセンゴミシ、発酵し始めた葉の芳香が波のように漂っていた。村にとって10回目の秋だった。これまでの日々を、チェレムシャヌィの人々は固い信念と希望を持って木を伐り、家を建て、己の分配地に種を播いて来た。彼らは、自分たちの生活上の期待を裏切られなかった。チョウセンゴヨウの樹脂や香りが薫る新しい家には豊かさがやって来たし、子供たちも生まれた。そして村長、補助警官[農村警察の最下部]、農民長などもいたが、近衛兵ラーズムは以前同様人々に影響力があった。例えば、チェレムシャヌイに住み始めたばかりの頃、アキーム・ダルニッツァが村の寄り合いでこう言った。「同郷人のお前さん方よ、一人の力では、これらの地崩れを直すことは出来ない。だから一緒に力を合わせよう」。その時から各家族は、特に子供の少ない家族、貧しい家族は、何か仕事をする時に一緒になって取り組むのが常となっていた。

今日もアキーム・ダルニッツァは、早朝からエフィムカを家々に走らせ、人々に漁に行くよう呼びかけた。川にサケが群れになって押し寄せ、浅瀬では水が沸き立っているかのようだった。ここでもまた、一人では多くの魚を捕まえることが出来ようか? 協働でやった方がより都合が良い。囲みをこしらえて。広葉ニンニク群生地の側の浅瀬で水をせき止め、網を広げて入れるのだ。

広葉ニンニク群生地には、荷馬車が集まって来た。協働作業員は、イワン・ドヴォルツォフ、オスタプ・シェルパイコ、ゲラシム・シェフツォフ、コーノン・プロスタキーシャ、エフィム・シルコーフたちで、それぞれが息子や娘を連れて来た。ロノマレンコ爺さんでさえマラーニヤ婆さんと一緒に、モンゴルカというあだ名の、脚にむく毛のある、生存競争から弾き飛ばされて生育不全の小馬に乗ってやって来た。

「ミローン・ブラコーフと息子たちはどうしていないのかね?」。アキーム・ダルニッツァは協働作業員たちと挨拶を交わしてから、水面に反射する日の光に目を細めながらこう言った。
「なんでも、ギーブラヤ分水流の方では、人を集めなくても釣り針でサケが獲れるんだと、わしに話していたがな」。ロノマレンコ爺さんが説明した。
「その通りよ、ラーズムおじさん。あの人たちが家族全員でそこに行くところを、私見たもの」。ダシュートカは、顔を赤くしてそう言った。
「ミローンは人から離れて距離を保っている。恐らくシープカ[ブルガリアの峠。露-トルコ戦争時の激戦地]で一つ鍋から薄い雑炊をすすり合ったことを忘れてしまったのだ。結局、旦那気分なのだな。自分が何をやっているのか分かっているのか!」。荷馬車から斧を掴みながら、アキームは言った。
「彼のとこは、自分たちだけで手が十分なんじゃよ。大体息子ばかり5人も揃っているんだから。それこそ家族ってものじゃないか! ところが、わしのところときたらどうだい? わしと、ばあさんと、モンゴルカだけときている」。話し手は、歯の抜けた口をしゅう、しゅうさせながらそう言うと、黙った。

「さあ、みんな、杭を作り、切り取った枝を使って柵のように囲むのだ」。アキームがこのように指揮をとると、斧やのこぎりの音が一斉に響き始めた。夕方までには囲みが出来上がった。広葉ニンニク群生地近くの狭い流れに網が下ろされた。

ここでやっと、共同作業者たちは休息を取り、馬に餌を与えた。エフィムカとダシュートカは、たき火を始めた。最初に火に近づいて来たのは、ロノマレンコ爺さんだった。
「お二人さんたちは、何を鳴き交わしているのかな。結婚式はもうすぐかね? 呼んでくれるんだろうね」。
「もうすぐです」。エフィムカの横でダシュートカが答えた。「イワン・カルポーヴィチ、私らと一緒に座ってください、どうぞ。何かおとぎ話でもしてくださいな」。
「どうしておとぎ話かね? わしは、神の僕(しもべ)であるこのわしが、この世に生まれた時のことなら、もっと良く話してあげられるがね」。
「面白いわ」。ダシュートカは短いショールにくるまりながら、エフィムカの広い肩から暖かさが伝わって来るように感じて、彼の側に近寄った。

「それでは、お二人さんたち、いいかね」。エフィムカの側の倒れ木に腰を下ろしながら、イワン・カルポーヴィチは話し始めた。「それはペテロの日のことだった。わしのおっかさんのダーリヤは、 ― 天国で安らぎ給え ― わしの分娩が迫っていた。彼女にとってその日が、家の中にいて休み、苦しい労働から離れていられる日だったならどんなにか良かったろう。ところが違った。地主は足を踏み鳴らし、妊娠中の彼女を、畑に出て麦を束ねるようにと追い出した。この藁束の中でおっかさんは出産した。ところが何という災難か。その時、黒毛の馬にまたがった地主が、仕事の点検に走って来た。彼は財産持ちだったけれども、痩せこけていて、みんなはシュキードラ[へなちょこ]と呼んでいた。シュキードラはあちこち見回したけれども、わしのおっかさんは見当たらなかった。というのも、女友達の日雇い労働者たちが走り寄って来て、ダーリヤを持ち上げると、もっと遠くに運び出したから。一方、腹がまだ赤いままのわしのことは、ぼろにくるんで残して置いた。1時間か2時間経つと、おっかさんは少し元気が戻り、穀物を束ねる。ところがその束の側へ、どこからともなくオオカミが現れた。そいつはぼろを歯でくわえると、自分の穴へ運び去ってしまった」。

「まあ、お爺さん、何て恐ろしい話なの」。ダシュートカは丸い肩を震わすと、よりぴったりと、エフィムカに身を寄せた。
「シュキードラが行ってしまうと、おっかさんは藁束のところへ駆けつけた。ところが見ると、赤ん坊がいない。彼女は泣きだし、号泣した。夫のカルプ・クプリヤーノヴィチに何と報告すれば良いのか、何と釈明出来よう。それから、女たちと一緒になって、近くの森をくまなく探し始めた。そこでおっかさんは、偶然、オオカミの穴に出くわした。それを見るなり我が目が信じられなかった。何とシラカバの倒木の根っこのすぐ近くで、生まれて間もないオオカミの子供たちが這うようにして動き回っており、骨にじゃれつくみたいにしてぼろで遊んでいるではないか。赤ん坊には全く噛みつかずに引きずり回していた。シラカバから5歩の距離に雌オオカミが横たわって観察している。おっかさんは、我を忘れて獣の穴の方へ駆け寄ると、ぼろを掴んで脇目も振らずに駆け出した。雌オオカミは、その場から動こうとはしなかった。

家に帰ると、おっかさんはあったこと全部をカルプ・クプリヤーノヴィチに話した。すると彼はすぐに獣の穴に出かけて行き、雌オオカミが自分の餌を探しに出歩いている隙にオオカミの子供たちを捕まえた。そして、それらを有利な値段で地主に売りつけた。シュキードラは三度の飯より狩りが好きという人物で、早速彼はオオカミを手なづけて犬の代わりに使おうと決心した。そしてどうなったと思うかね、お二人さん。その日から、地主のところのヒツジ、ヤギ、ニワトリたちが消えるようになった。彼がオオカミをいくら懲らしめようとしても、上手く行かなかった。

すると悪党めは、思い立っておっかさんに言った。自分の子供を見つけた場所に連れて行け、自分はそこで待ち伏せすると。地主に逆らおうとでもしようものなら、ひとかけらのパンも貰えないままに捨て置かれる。おっかさんは涙ながらに、囮代わりの子供を、死ぬのが分かっていながら野原に連れて行った。
すると、確かに雌オオカミは夕方近くに、その場所にやって来て、見知った包みを歯でくわえて走り出そうとした。と、その時、シュキードラは二丁拳銃から肩甲骨めがけてぶっ放した。そうして、わしは神のご加護によって生きていた」。


「ラーズムおじさん、ラーズムおじさん!」。広葉ニンニクの群生の近くで、ダシュートカの弟のワニューシャの不安そうな声が響いた。「網が全部空っぽだよ」。
荷馬車の側で馬のリホマンにカラスムギを与えていたアキームは答えた。「どうして空っぽなのかね。おかしいじゃないか」。
「ブラコーフ家の者たちが、恐らく川を堰き止めたんじゃ。魚の通り道が無くなったんじゃろう」。イワン・カルポーヴィチが叫んだ。
「それじゃ、エフィムカ、リホマンに鞍を置いて、ギーブラヤ分水流に飛ばせ。そこがどうなっているのか見て来るんだ」。アキームは息子に命令した。

エフィムカはすぐさま岸辺づたいに疾走した。ギーブラヤ分水流に着いた時、彼の耳にニコールカのあわてふためいた、とぎれとぎれの声が聞こえた。
「ああ、兄ちゃんたち、沈むよ、助けてくれ!」。
岸辺では人々が右往左往していたが、彼らの話し声から、ミローン・ブラコーフとニコールカの兄たちであると分かった。彼らのうち誰一人泳げないのだ。エフィムカは荷馬車の方へ走って行くと、その梶棒を引き抜き、水の中に飛び込んだ。そして、ニコールカがもがいている川の深みに向かって泳ぎ出した。

沈みかかっている者までの距離が2、3メートルになった時、エフィムカは彼に梶棒を差し出し、やっとのことで岸まで引っ張って行った。
「何て重たいんだ、ニコールカ。まるでセイウチのようだ」。エフィムカは、浅瀬で一息入れてからそう言った。
「ああ、俺は魚と一緒に網の中にいるんだもの。波の中で絡まったんだ。足が痺れて、まるで罠にかかったようだよ」。
「ありゃ、本当だ」。
さっきの岸から、エフィムカの方へ、ズボン下のままのミローンが走り寄って来て、エフィムカの顔を震える手で抱きしめると、喜びのあまり我を忘れて、「お前さんはわしらの救い主だよ。もし、お前さんが来なかったらニコールカは一巻の終わりだったさ。お前さんのことを一生忘れないよ。エフィムカに神のご加護がありますように」と言いながら、三回接吻した。兄たちは、その間に網をほどいてやった。

エフィムカは、ニコールカがどうして網に絡まったかを、彼らに根ほり葉ほり聞くようなことはしなかった。ただ、リホマンを広葉ニンニクの群生地の方へ向かせながらこう言った。
「協働作業者たちと一緒にサケ捕りをすれば、こんなことにはならなかったのになあ」。そして駆け出した。耳元で風がひゅうひゅう鳴り、シャツが風をはらんで膨らんだ。

ミローン・ブラコーフと息子たちがギーブラヤ分水流に堰き止めを作ったというエフィムカの知らせは、協働作業者たちの間にすぐ知れ渡った。
「皆の意志というものを考えるように、それにわしらと反対の行動をとらないように彼に教えなければならんな」。火の上でエフィムカの衣類を乾かすダシュートカを手伝いながら、アキーム・ダルニッツァは皆に聞こえるよう大きな声でこう言った。
「だけど、どうすれば良いかの?」。ロノマレンコ爺さんは手を広げた。「彼のところにゃ、次々と5人ものチンピラがいるんだし、第一、彼自身が6番目のチンピラという訳じゃから」。
「もちろん、殴り合いはまずい。上流の洲に倒れている何本かの丸太を、魚の代わりに彼の網に入れるのはどうかな」。
「行こう!」。協働作業員たちは同意し、自分たちの馬をはずしにかかった。

協働作業者たちが上流の洲から転がした丸太は、すっかりあちこちに流され、ブラコーフの堰を破って、網をずたずたに引き裂いた。ミローンは、すんでのことで愛する息子の命が奪われようとした上、貴重な網を失ったことで神を呪った。そして明け方近くに、手ぶらで家に戻った。それに対して一団の方は、この夜、500匹以上のサケを捕獲した。全ての荷馬車が魚でいっぱいになった時、協働作業者たちはラーズムの命令で堰を壊し、歌を歌いながらチェレムシャヌイに帰って来た。ブラコーフの屋敷の側を通る時、アキームは興奮したリホマンを少し抑えた。
「やあ、ミローン、調子はどうだい」。彼は何事も無かったかのように、歩きながら声を掛けた。
「ああ、体裁などかまっていられないよ」。ミローンはぼそぼそ言うと、見向きもしないで、側を通った。
ブラコーフは、ギーブラヤ分水流での丸太計画が誰の企てであったのかを感づいているようだが、知っていることは素振りにも見せなかった。
一日経って、ブラコーフの屋敷を再び不幸が襲った。それに至るには前からのいきさつがあった。
(つづく)
  

  1. 2022/07/07(木) 23:39:21|
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