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2022/12/25 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉘―最終回―

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉘―最終回―
(ミハイル・ヂェメノーク Михаил Деменок作)



山道で彼を出迎えたのは、ブラコーフ家の息子たちのイェゴールとニコライだった。行く手を遮り、ステパの背嚢の中身を引き出してから、彼らはステパの両手を縛り、武器で脅かしながら、あまりにも成功している猟について白状させようとした。しかし、ステパは一言も発しなかった。
「ちぇっ、このガキ、おやじに全部言いつけてやるからな」。
相手が手ごわいことを理解したブラコーフの息子たちは、分捕り品を分け合ってから、去って行った。ステパには、冬の仕事小屋に戻る以外に、方法は残されていなかった。

夜になって、もっと悪い事が起こった。ステパのひどい話を聞いたアキームは、手に湯沸かしを持ったままドアの方へ歩いて行き、怒りに任せてドアを蹴飛ばした。しかし、ドアが開かなかった。
「凍り付いたのかな」。彼は、もう一度力を入れて、ドアを足で蹴った。しかし、それはぴくりともしなかった。そこで、ドアが押さえつけられていることが分かった。
アキームは、小屋の中を歩き回っていたが、その後で長椅子に静かに腰を下ろして、石積みの炉に目を走らせた。
「小屋の中には、薪の蓄えも無い。うまいことを考え付いたもんだ。わしらが凍え死んでから、小屋に入って来てクロテンの入った背嚢を奪うつもりだ。ブラコーフの仕業に違いない。もはやクロテンどころではなく、お前たちの生き死にの問題だ。さあ、一緒に押すんだ」。アキームは、肩をドアに押し付けながら命令した。アルセンチーとステパは、彼のやり方に従った。しかし、その甲斐も無く、ドアは、あたかも土に根っこを生やしてしまったかのように、微動だにしなかった。

アキームは、板寝床の下を覗き込んで、そこから、チョウセンゴヨウの松かさを叩き落す時に使う突き棒を取り出した。
「こうなったら何でも試してみよう」。彼は丸太小屋の丸太の一つでも叩き落せないかと願って、突き棒をさっと振り上げ、壁に打ち当てた。しかし突き棒は、ほぞ組みになった松やにの匂いのする丸太から、毬のように跳ね返った。
「一つ方法が残っている」。アキームは切ったトドマツの枝に膝をつくと、少し腐りかけている丸太組の側で、猟師ナイフを動かし始めた。「地下道を作ろう。それ以外にここから抜け出す方法は無い」。

二日二晩、一瞬の休みも無く、その間に凍ったイジューブルの肉をつまむことが出来ただけで、猟師たちは手や膝に血をにじませながら、ナイフで地面を掘り続けた。太陽が差し込む鬱蒼としたエゾマツ林にやっとのことで抜け出した時まで。ドアから大木を取り払ってから、アキームが最初にやったことは、マーモント谷[マンモス谷]まで続いている、他の足跡を観察することだった。間違いなく、これは潜水夫[ニコライのあだ名。当時村では、あだ名で呼び合うことは普通だった]とイェゴールのやったことだ。ステパのクロテンが、彼らには足りず、こちらを羨んで、3人全員を殺し奪い取ろうとしたのだ!

冬の仕事小屋を後にする時、アキームはブラコーフ家の人たちへ、畜生!とつぶやき、クロテンを取り戻すことを誓った。ステパとアルセンチーを、ブラコーフの冬小屋から半露里[約500メートル]のところの若木の茂みに残し、自分は、鉄の煙突から煙が上がるのを待った。それは、ブラコーフ家の者たちが落ち着いて、夕食に取り掛かったことの確かな印だった。そうなってから、アキームは灌木の茂みから出て、手にずっしりと重たい木の根元を持って、小屋の方へこっそりと忍び込んだ。ドアにその根元を押し付けると、大木の後ろまで身を引いて、悪意の無い声で叫んだ。
「お前さん方、自分たちの行いが災いを招いたぞ。これでも人を嘲笑するつもりかね、えっ?」。

その後、大きな悪口雑言が聞こえ、叩く音が響いて来た。ブラコーフ家の兄弟は、何かでドアを破ろうと試みていた。それが半時間程続いた。しかし、とうとう自分たちの出口の無い状況に観念して、口々に嘆願した。
「ラーズム、俺たちをここに見捨てないでくれ。寒くて、歯の根が合わないんだ。聞いているのかい。お前は何が必要なんだい、何でもやるよ」。
「何がだと? ステパのクロテンを返してくれ。そしたら解放してやろう」。
「分かった、ラーズム」。潜水夫が、しょげた声で答えた。
「ドアを細く開けたらすぐに、クロテンを雪の上に投げるんだ。ふざけたことを絶対に考えるなよ、さもないと」。アキームはベルダン銃の遊底をがちゃりといわせて、警告のために叫んだ。「ステパよ、アルセンチーと一緒に反対側から回り込め」。
彼は手を差し出せるように、足で木の根元を押しのけた。すぐさま戸口に手が現れ、雪の上に4枚のクロテンの毛皮が落ちた。アキームは戦利品を掴むと、ドアを押し付けていた木の根元を肩でひっくり返し、一瞬のうちに、綿のような雪で被われた針葉樹林に姿を消した。


*****     *****     *****


1917年の春。チェレムシャヌイの周りの、暖かさを待ちくたびれていたタイガが目覚めて来た頃、エゾムラサキツツジの最初の花と共に、村に、戦争が終わったというニュースが流れて来た。
出征軍人たちが、次々と、チェレムシャヌイの自分の家や農場に戻って来た。彼らが村で最初にしたことは、家々を訪ねて行っては、遠い異郷の地で死んだ近しい人たちを悼んで泣くことだった。

エフィム・ダルニッツァも、家に戻った。澄み切った空に静かな朝焼けが現れた頃、彼は、わが家の屋敷の傍らに立った。帽子を後頭部にずらせて、戦争の年月の間に少し歪んだ百姓家を、コケが覆った煤けた屋根を、傾いた垣根を長いこと見ていた。羽根のもげたツルが何羽かいる井戸、荒廃し、切り払われた果樹園、いつだったか若い頃、そこで気の荒い雄ウシのシフカを調教したのに、今やガマがはびこっている湖、それら全てが心を重たく、痛く締め上げた。早く、家の中へ・・・。そこでは、涙で濡れたダーリヤの熱い抱擁と、子供たちの喜びの叫び声が、この兵士を待っていた。
(終わり)

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2022/12/21 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉗

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉗
(ミハイル・ヂェメノーク Михаил Деменок作)



アキーム、ダーリヤ、ステパが、道を付ける仕事をした窪地から立ち去ろうとしていた時、斜面が禿げた山の小さな谷で、犬たちの激しい吠え声が聞こえ、それがどんどん大きくなって来た。と、その時、切り立った高台から大きな白いイジューブルが、下に向かって突進してくるのが、彼らに見えた。その雄ジカめがけて、山麓から聾唖者の猟師アルセンチーが、一直線に走って来た。ちょうど雄ジカが雪の奔流とともに険しい斜面からずり落ちた瞬間、銃声が響いた。イジューブルは、後ろ足で垂直に立つと、そのまま音を立てて倒れ、静かになった。

犬たちが吠えていた方角で猟師たちの声が聞こえ、すぐに、仰向けに倒れている白いイジューブルをブラコーフ家の主人を頭とした、武器を携えたその家の者たちが取り囲んだ。
「耳が遠いお前さんが、何処から現れたんだよ。何をやらかしたんだ。この純血種の種雄を殺っちまったのか。よおし、こいつに代わってお前をくたばらせてやる」。そう言うとミロンは、アルセンチーの顔を拳骨で力任せに殴った。彼はかろうじて立っていた。ちょうどそこに来たミロンの息子たちは、この不幸な人に飛び掛かり、無慈悲に叩いたり、蹴飛ばしたりした。

アキームは不幸な事態を避けようと、ウマで、争いの場に駆け付けた。
「やめろ」。彼は橇から飛び降りると、つるはしを手にして、ブラコーフ家の者たちに向かって走って行った。
「どうして自分の肉親を殴るんだ。彼がお前さんたちに代わってイジューブルを仕留めたからか?」。
「わしらには、生きているシロが必要だったのに」。ミロンは地団駄を踏んで、ぶつぶつ言った。「積み込め」。彼は、橇で近づいて来た下男に命じた。
「それは人のやり方じゃなかろう、それはないぞ」。肩からつるはしを降ろしながら、アキームは言った。「どこの猟師の決まりを見たって、お前さんは、アルセンチーに分け前をやるべきじゃないかね」。
「彼の分け前などあるもんかね。軽く済んだんだから礼を言ってもらいたいよ」。ブラコーフ家の者たちは、イジューブルの体を橇に乗せると、農場の方に向けて馬を駆った。

「ピャ、ピャ」。ブラコーフ農場の方を手で指しながら、アルセンチーは声を発した。
「座ってくれ、アルセンチー、座ってくれ」。アキームは、黙りこくったダーリヤの傍らに、彼を座らせた。「もちろん、何の理由も無しにお前さんを殴るなんて、腹が立つさ。しかし、もっと腹が立つのは、自分たちの身内を殴るってことだ。ステパよ、アルセンチーをタイガに連れて行こう。彼は罠を仕掛ける名人だし、彼にとっちゃタイガは自分の庭みたいなもんだからな」。


昨日同様、ようやく東の空が明るんで来た頃に、猟師たちは鬱蒼としたエゾマツ林の中のバールハトヌィ源流の岸に張り付いた冬の仕事小屋を出て、遠くに白い丘陵として見えている山麓に向かった。
厳寒の空中には、白鳥の羽根のようにふんわりした雪が一面に飛び回り、草、灌木、木々の上に積もって行く。タイガを歩く者にとって、新雪は一つの障害だ。白い灌木に肩を押し付けでもするや、たちまち足の先から頭の先まで、雪ほこりにまみれてしまう。

近道をしようと決めたアキームは、自分の後ろに猟師たちを従わせて、木のない裸地を歩いて行った。その道はしょっちゅう、出来たばかりの刺し子の縫い目のようにイジューブルの足跡が横切ってあった。足跡が新しいということは、シカたちは近くのどこかにいるのだ。アキームは、源流の氾濫原に視線を投げた。と、彼は自分の目が信じられなかった。白く、ふんわりした灌木から、ゆっくりと、どでかい縞のトラが現れ、イジューブルの足跡を辿って真っ直ぐ歩いて行った。そのすぐ後、でかい身体を地面にへばりつかせて、隠れた。手足をいっぱいに広げたトラは、興奮で震えながら尾を打ち、力強い身体を少し前に移動させた。明らかに、自分の犠牲者を観察しているのだ。しかし、その時、トラは屈強な、流れるような筋肉を緊張させ、後ろ足を蹴って裸地から離れると、一瞬のうちにとげとげした針葉樹林に紛れて見えなくなった。

「見たかね。トラがイジューブルに忍び寄るところを」。アキームは、息を呑んでいる猟師たちの方を振り返った。
「今、家畜は放し飼いになっているけど、そのうちの一頭が噛み殺されるまで、きっと誰も気付かないよ」。痺れた手に父親の猟銃を持ったステパが言った。
「ディブィ。ディブィ」。トラが身を隠した針葉樹林の方を手で示しながら、アルセンチーは回らない舌で何かを言った。

草木の無い石がちの小山の周りに巻き付いた、曲がりくねった小径を行く時、猟師たちは、あたかも周辺の針葉樹の巨大な釜に入り込むかのようだった。タイガは依然として静まり返っていた。切り倒され十文字に重ねられた枯れ木の側では、アルセンチーが巧みにこしらえた、小さな家の形の罠にしょっちゅう出会った。その罠の中には、どんな小さな動きでもばたんと倒れてクロテンを挟む、何本かの細い杭があり、その上にあるかもいの真下に、干したコクワが撒かれている。4つの罠で、猟師たちは、3匹の背の黒い、つまりは最も高価なクロテンを捕まえた。アルセンチーは有頂天になった。彼は袋の中から自分の手のひらに一掴みの干しコクワを取り出すと、 長いこと頭を振っていた。
「ディブィ、ディブィ」。そして再び、小さな家の中の杭を仕掛けて、落ち葉の上に直接コクワをばら撒いた。
「何がどうなるかってことが、分かったかね」。アキームは、同意を示してアルセンチーの肩をぽんと叩いた。

全てが上手く行った。倒木を回って猟師たちは、たった2週間で1ダースのクロテンを捕まえ、石がちの段丘崖の一つでは、肉付きの良い雄ジカを仕留めた。
しかし、ここで災難にあった。小さな家の罠に、ミヤマカケスやホシガラスが群れをなして集まって来た。特に、暖かい日はそうであるということに猟師たちは気付き始めた。鳥たちは、猟師の罠の中で干しコクワを探し当てて、威勢よくついばんでは食べてしまったのだ。猟師たちは、鳥たちの《エサ場》を諦めて、静かで、しつこい食いしん坊の鳥たちがいない場所を、他に捜さねばならなかった。
しかし、この時、あいにくなことに、干しコクワが底をついてしまった。アキームはステパを、干しコクワを取りに家に向かわせた。ダーリヤへの手土産に、4枚のクロテンの毛皮を託すことも忘れなかった。しかし、ステパはチェレムシャヌイまで行き着くことは出来なかった。
(つづく)

  1. 2022/12/21(水) 23:08:38|
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2022/12/15 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉖

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉖
(ミハイル・ヂェメノーク Михаил Деменок作)



チェレムシャヌイの人々を不意に襲った、気まぐれな自然の猛威は、人のいい鍛冶屋のところでウマに蹄鉄を打とうと朝からウスチン・アゾリンの屋敷にやって来た、村の男たちの賑やかな議論の種となった。
「聖母様に誓ってもいいが、生まれてこの方何年もこの世に生きているが、中国の春節に雷が鳴るなんぞ、一度だって聞いたことはねえぞ」。鍛冶屋の炉の炭で手巻きタバコに火を付けながら語り部爺さんが言った。「聖書によれば、戦争が長引くって訳だが」。
「そりゃ本当だぜ、爺さん」。猟師のアルヒープ・マコーヴィンが頷いた。「わしゃ、二番草を家に運んでいる時に、マーモントフカでこの動乱の時代を目の当たりにしたんだ。ブラコーフの農場から、新兵が連れて行かれたんだよ」。
「ブラコーフ家の人間か?」。アキーム・ダルニッツァが彼をさえぎった。
「いんや、ラーズム、あそこの下男たちが連れて行かれたのさ」。
「金でけりを付けたな、悪党めが!」。去勢馬のひずめから金づちで氷を落としながら、アキームは口の中でもぐもぐ言った。

「そしてな、わしがあいつらに追いついた時には」。マコーヴィンは話を続けた。「ちょうど、大砲をぶっ放したみてえな雷と、バケツをひっくり返したみてえな雨だったのさ。かわいそうな新兵たちは、お互いにしがみついて祈っているのさ。アルセンチーの結婚式に、商人と一緒にいたイグナートは、わしに言ったものさ。冬の真っ最中の雷は縁起が悪い、別の戦争が起こって、彼らを確実に破滅に導くんだと。彼はこれを言うと、自分はおいおいと泣いているんだよ」。

「みんなを惑わすようなことを言うもんじゃないぞ、アルヒープ」。突然、無口なゲラシム・シェフツォーフが口を開いた。「別の戦争なんて起こる訳がない。ドイツとの戦争だって終わりが近いんだ」。
「ところがどうして」。イワン・カルポーヴィチが薄くなった顎鬚を梳いた。「ドイツとの戦争の直前に、真っ赤な竜がチェレムシャヌイの上空を飛んだことを忘れたんじゃないかね。お前さん、見たろうが。わしはその時、お前さんに言ったろう、大不幸が起こるって。そしたら戦争が勃発したんだ」。

「何だってお前さん方は、戦争だ、戦争だって、そうしてわめいているんじゃい。戦争なんて、3回呪われるがいいや!」。2、3日前に、長男パーヴェルの戦死公報を受け取った、陰気な顔をしたイワン・ドヴォルツォフがぼそぼそ言った。「果樹園や秋まき作物の心配でもした方が、よほどましじゃないのかい」。
「その通りだよ」。アキームは、ズック布で出来た鍛冶屋の前掛けで手を拭いた。「果樹園は、根元から切り倒さねばならんし、春になれば、新しい秋まき穀物の苗を植え付けねばならん。畑が凍ったり、氷が降らなければ良いが」。
「ラーズム、お前さんには、切り倒すなんて簡単に言えるさ。お前さんとこの果樹園は、傷一つ負ってねえんだもの。一体、お前さんは魔法の呪文でも唱えたんじゃないかね」。
「木の下から、つっかえ棒を外すのを忘れていたんだよ。そのお陰で果樹園が無傷で済んだんだ」。


この時、ウスチン・アゾリンの屋敷に、鈴を鳴らした三頭立て馬車が飛ぶように入って来て、円を描いて向きを変えると鍛冶場の側で停まった。橇の中からは、高価な白い毛皮外套を着て、もったいぶった、背の低いリャーピンが降りて来た。
「道をつけるのを頼みに来たんだ」。アキームは男たちにささやいた。「請け負うんだ。だけど、一日2ルーブルだ。それ以下では駄目だ」。

「変わりないかね、きみたち。みんなお揃いで、どうしたのかね」。
「お元気で何よりでごぜえます。こちらにどうぞ、パンテレイ・マルコーヴィチ様」。皆に代わってウスチン・アゾリンが、気を利かして答えた。「お客様をお通ししてくれ」。
リャーピンは、狭い人垣を通って炉の方へ歩いて行くと、凍えた手を火にかざした。
「ウマに蹄鉄を打つことにしたのかね。それはいいことだ」。太鼓腹の男は、毛皮外套の前をはだけた。「ところで、お前さんたちの中で、明日、道をつける仕事をしたい者はいるかね」。
「行くことは出来るが」。最初にイワン・ドヴォルツォフが口を開いた。「支払いは、どうなっているのかな」。
「日当は1ルーブルだ」。
「1ルーブルだったら、クマにでも掘らせるんだな」。アキーム・ダルニッツァが手を振って言った。
「こんなにつるつる滑る日にゃ、自分の飼い犬だって家から出さぬというのに、あなた様は1ルーブルですと! 安すぎますぜ、ご主人」。男たちはリャーピンに背を向けて、自分の仕事を続けた。
「よろしい、1ルーブルと50コペイカ払おう」。
「2ルーブル! 2ルーブル!」。皆が騒然とした。
「分かった、2ルーブル出そう! ただし条件がある。暗くなるまで働くんだ」。
「よし、決まった」。男たちは、応じた。
リャーピンは、アキーム・ダルニッツァの方を横目で見た。
「これはみんな、お前の仕業だな」。小男は、アキームを鞭で脅す仕草をした。「どこにでも余計な口出しをしやがって。扇動者め」。そして、鞭をひゅっと鳴らすと、ラズビータヤ・チャーシャ山[壊れ茶碗山]の方へ、鉱山に向かってウマを駆った。

     *****     *****


人気(ひとけ)のない冬。タイガは風で煙っている。木々が、夜に降った新雪の細かな白いビーズを、自分の体から払い落としているのだ。エゾマツやチョウセンゴヨウの大木の硬化した枝が、厳寒の中で凍裂する音が響く。源流では、岸から張り始めた堅い氷が、断続的にうつろな音を響かせる。その後辺りは、もやの微細な針状の氷片が空中で触れ合う音さえ聞こえる程の静寂が支配する。しかし、ラズビータヤ・チャーシャ山の人気(ひとけ)のない密林の朝のまどろみを、ウマの長く延びたいななきと人々の声が破る。

表面が固く凍った雪に覆われた狭軌道沿いに、橇の隊列が姿を現した。長いこと揺られていたため疲れて、口を利く元気も無かった人々が生気を取り戻した。素早くウマを橇からはずすと、つるはしやシャベルを握り、手慣れた仕事に取り掛かった。雪のリャーピン道路の道をつけるのだ。アキーム、ダーリヤ、ステパの組は、少し楽な箇所が当たった。二つの低く丸い山の間の狭い窪地で、地吹雪も吹き込まず、風の当たらない場所だった。彼らは丸々6日ここに通い、約2露里[約2.13キロメートル]の道をつけた。仕事は終わりに近づいていた。

太鼓腹(背の低いリャーピンはこう呼ばれていた)が、仕事が良くないと言いがかりをつけたり叱責したりしないように、アキームは念のため、角形のずっしりと重たい倒木を牽引用鎖に繋げて、軌道に沿って端から端まで2回、ウマに引きずらせた。リャーピンは出来上がった仕事を受け取り、日雇い人夫たちに支払うべき額を支払う以外になかった。

「石炭運搬の手間賃は計算しなくていいぞ」。太鼓腹は、額の下からじろりとアキームを見て、吐き捨てるように言った。「希望者はいっぱいいるからな」。
「勝手にしやがれ!」。憤怒のため、シャベルの柄がアキームの強い手の中でぽきりと音がして二つに折れた。「ダーリヤ、悲しむな、あいつなど当てにせずに何とかやって行こう。明日は、ステパを連れてタイガにクロテンを捕まえに行こう。お前さんは、干しコクワの袋を用意しておくれ」。

干したコクワをエサにしてクロテンを捕まえよう、という考えがアキームの頭に浮かんだのは、ダーリヤとステパと一緒にバールハトヌィ[ビロードのようなという意味]源流でコクワを採った、まだ秋のことだった。四方のタイガは、冷気を吸って生き生きと息づいていた。アキームは、前日に樽状の実の付いたサルナシの蔦が地面を這っているのを見つけた古い伐採地に向かって、少し色づき始めた木の葉のトンネルを通り抜けながら小道を急いでいた。当てにしていた場所に行き着くまでに、小道を2回、クロテンが横切った。そのそれぞれが、歯で緑色のコクワを運んでいた。クロテンたちは、倒木に向かっていた。そして、また向きを変え、その倒木から飛び降りると、最も近い蔓の方に走って行き、しばらく経つと、再び現れるのだった。

「どうして、あの倒木がクロテンを惹きつけるんだろう」。アキームはそう思って、倒木の方へ歩いて行った。着いて見ると、あっと驚いた。平らな枯れ木の上に、緑色のコクワの実が同じような列になって並べられていた。それらの中の幾つかは既に熟し、ところどころ齧られていたのだ。
(つづく)

  1. 2022/12/15(木) 15:18:41|
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2022/12/05 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉕

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉕
(ミハイル・ヂェメノーク Михаил Деменок作)



「大丈夫だから、お前、撃ってみな。あん畜生らが回れ右して引き返すかも」。ダーリヤは手綱を取って、ラーストチカを急き立てた。
「はいどう! 進め! はいどう!」。雌馬は従順に、規則正しい足取りから、だく足に移行した。それに続いてルレートも足を速めた。

しかし、これも彼らを救うことにはならず、却ってオオカミどもを、より大胆に、より敏捷にさせただけだった。一度逃げたら敵を乗じさせるだけで、尽くす手は無くなるのだ。狭軌道まであとほんのわずか、200か300サージェン[約400か600メートル]を残すまでという時になって、オオカミの群は、あたかも号令を掛けられたかのように分離した。今や線路の右も左も三頭ずつのオオカミが身体をいっぱいに伸ばして走っていた。より大きな一頭が丸く回ってから、トロッコの方へ一直線に向かって来た。

ダーリヤは状況を見て、息が詰まった。何よりも彼女は、血を分けたわが息子から死の危険を引き離さなければならなかった。ダーリヤの手は機械的に、橇の干し草の下にある斧に伸びた。
「停めて、母さん、停めて!」。ステパが叫んだ。「手が揺れてて、撃てないよ」。
確かに、トロッコと橇が、ひょっとするとひっくり返るかもしれない程ガタガタ揺れている時に、どうして銃を撃つことが出来ようか。

ダーリヤは、全力を振り絞って手綱を引いた。ラーストチカは、一瞬膝を屈めてから停まると、大きなオオカミの方に頭を向けて、釘付けになったように立っていた。しかし、すぐにオオカミの嫌な臭いを鼻孔にとらえると、鼻息を荒くして、再び、だく足でその場から駆け出した。

ステパは、停止したちょっとの間に、橇に一番に走り寄って来たオオカミをめがけて発砲した。オオカミは吠えて、血にまみれて、凍った雪の上に転がった。しかし銃声は、猛獣どもを止めることは出来なかった。ステパンは、再び発砲した。が、命中しなかった。というのも、トロッコがひどく揺れ、橇が線路側溝に落ちたため、彼は立っているのがやっとだったのだ。その拍子に、食糧が入った背嚢が、干し草の束と一緒にどすんと雪だまりに落ちた。
すると、すぐさまその場所で取り合いの乱闘が起こった。オオカミたちは、お互いにぶつかり合いながら背嚢を歯で引き裂いた。

突然、一筋の光が差し込むように、ある考えがステパンの心に浮かんだ。オオカミどもが再びトロッコに向かって突進して来た時に、ステパは足で、橇からヤギの体を突き落とした。気が付いた時には、ヤギを八つ裂きにしている灰色の群れは、もう遠く後方にあった。驚いた馬たちはたっぷり2露里[約2.1キロメートル]を走ったが、危険が去ったことを感じて、いつもの規則正しい歩みに移って行った。

「ああ、無事かい、お前」。ダーリヤは、ここでやっと汗だくの馬たちを停めると、ステパに飛びついて、彼を抱いた。
「無事だよ、母さん。だけど、父さんの背嚢だけが残念だ」。
「お前は本当にもう、立派な大人になったんだね。お前のお陰で助かったんだよ」。


二人は疲れて、しかし、終わり良しになったことに満足して、埠頭からの帰路に着いた。フォームキン草地の近くで、橇に乗った、怒っているアキームが彼らに追いついた。彼は突然、嫁に食って掛かった。
「お前や、どうしてわしに声を掛けずに、こんな仕事に子供を連れ出したんだね」。
「この子は子供なんかじゃないんですよ」。ダーリヤはアキームに顔を向けた。「今日、オオカミどもに襲われた時、この子はどんな大人よりも立派だったんですよ」。
「謎かけ遊びをしているのかね、ダーリヤ、何のことやら」。アキームは、霜で被われた、それでなくとも白くなった眉をひそめた。「明日はリャーピンのところへ一緒に行こう」。
「ええ、行きましょう」。ダーリヤは、おとなしく同意した。「そして、お義父さん、途中でオオカミを運びましょう」。
「どのオオカミだね」。アキームは橇の上で不審がった。
「ステパが仕留めたやつですよ。四方からわたしらに向かって来て、やっとのことで助かったんですよ」。
そして、彼女は義父に、オオカミとの一件を詳しく話して聞かせた。

「何ということだ」。アキームは頭を振った。そして、初めて見るような目で、注意深く、長いことステパを見た。「しかし、この坊主は機転の利く子の様じゃな。明日は、わしらと一緒に鉱山に行こう」。
この日から、ダーリヤ・ダルニッツァの子沢山の家庭に、稼ぎ手が一人増えた。

翌日。黒ずんだ紫色の空を、縁がちぎれちぎれになった鉛色の雨雲が、ヴィクトリア湾の方からどこかに向かって列を成して飛んで行く。すると、すぐさまチェレムシャヌイに雷鳴がとどろき渡った。暗い空から、まるで篩(ふるい)にかけたようにして雪あられが落ちて来た。それはすぐに、雪交じりの冷たい雨へと移って行った。
「焼き石を持って来るんだったなあ。霜枯れた冬に雷なんて、こんなことがあるもんだか」。エフィムの屋敷に橇を乗り入れながら、アキーム・ダルニッツァは十字を切った。ダーリヤとステパは、馬たちを馬車に繋いでいた。

「寒気が緩んで行くに違いないね」。ダーリヤが言った。
「緩むには緩むだろうが、どしゃ降りになるんじゃないかね」。陰気な黒雲をじっと見ながら、アキームは橇から降りずに、ちょっと腰を上げた。「お前、今日出掛けるのは取りやめにして、あったかい家の中でみぞれが終わるのを待つのが良くはないか」。
「オオカミはどうなるの」。ステパが聞いた。
「明日までそのままにしておくさ。毛皮はなんともないよ」。アキームはそう判断して、ウマを自分の屋敷の方へ向けた。


雷鳴が繰り返しとどろき、それらはすぐに厚い雲に吸い込まれて行った。みぞれは絶え間なく一昼夜降り続き、次に寒波が襲った。朝まだきにチェレムシャヌイの村人たちが目を覚ました時、みんな息を呑んだ。果樹園には、氷で被われた雪の重みで先が折れた大枝や小枝が一面に散乱していた。
(つづく)

  1. 2022/12/05(月) 23:31:15|
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