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2015/03/11 エレーナ・グレボワ「エストニア人とロシア人の間にあるのは、ただ言葉の問題だけ」

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2015/03/11 エレーナ・グレーボワ「エストニア人とロシア人の間にあるのは、ただ言葉の問題だけ」

7度のフィギュアスケートエストニアチャンピオン、エレーナ・グレーボワは、スポーツ総合施設・アイスアリーナ「トンジラバ」(訳注:この会場でフィギュアスケート2015年世界ジュニア選手権が開催された)の館長で、タリン市議会議員だ。

私がタリン市議会の中道派党議員になったのは、まだ現役選手だった時だ。私はナショナルチームのリーダーで、市長のエドガル・サヴィサールは、エストニアスピードスケート連盟を率いていたので、2010年から私を知っていた。ある時、彼は私に党に加入するよう提案した。私には、このことで恐ろしいことは何も無かった:私の家族も私も、いつも中道派党と考え方を共有していたから。これから1年後に市議会選挙があった。当時私はアメリカに住んでトレーニングをしていたので、全く力を注げずに、選挙活動もしなかった。それでも人々は私に投票してくれた。でも政治活動に積極的に参加できるようになったのは、ソチオリンピックが終わってからだ。

私は自分が強い政治家だとは思わない — まだ勉強中だ。それに本会議は隔週なので多くの時間を費やすこともない。しかしながら私はいつも、街で何が起こっているか、どのような決定が行われているかを頭に入れている。ロシアでは、アスリートたちが進んで政治に進むことを知っている。エストニア、タリンもこの面では例外ではない。市議会には、フェンシング選手のイリーナ・エムブリフやテコンドー選手ミハイル・クィルバルトがいる。もちろん、私たちはスポーツ問題の多くを担当している。だって私たちはこのテーマに精通しているのだから。私はこの活動に積極的に参加してまだ半年しか経っていないので、特別な成果を語るのは難しい。しかし、私が参加する以前に、非常に大きな仕事が行われた。特に、「トンジラバ」リンクの建設を承認したことだ。昨年九月から、ここに公立スポーツ学校が開校し、市は、タリンの優秀な選手を援助し、資金を提供している。これらの決定は、私がアリーナ館長に任命される以前に採択された。

残念ながら、現在、エストニアのフィギュアスケートのレベルは非常に低い。リーダーたちのなかで残ったのは、アイスダンスのイリーナ・シュトルク/ターヴィ・ラントだけだ。あとの選手たちは引退したし、ナターリヤ・ザビヤコはロシアに移籍した。今後5年間の状況は非常に悪いと思う。でも、フィギュアスケートの新しい世代は、強くなるだろうと期待している。今、私たちのところでは、とても才能ある子供たちがトレーニングしている。「トンジラバ」には全体で12種の競技スポーツが育っている。

ところで、私には競技スポーツの後でキャリアを継続するいくつかの選択肢があった。トレーニングのため三年間住んでいたアメリカに留まることも出来た。私には既に生徒がいたので、彼らと練習を継続することが出来た。何かのショーに出演することも出来た。そしてエストニアに戻ることも出来た。新しい豪華なリンクの館長になるというオファーが来た時には二日ほど考えた:そのような責任のある仕事をこなせるのかどうか理解しなければならなかった。アリーナの公式オープンの一ヶ月前にこのポストに就いたことで助けられた。チームを集めて、結束した集団を作る時間があった。新しい人材を仕事に受け入れて、外国語の習得にも注意を向けた。例えば、私の事務局にはロシア語を日常語としている何人かの女性が働いている。なぜなら、ロシア語を自由に話せる私の年代のエストニア女性を見つけることは、実質不可能だったから。リンクが、ロシア語を話す人たちが多く住んでいるラナミャエ地区に位置している以上、この点を考慮しなければならない。一方、文書を扱う仕事には、エストニア語を母国語とする人材を優先させている。

これに関してだが、エストニアではエストニア人しか指導的な職に就けないと言っているのではない。そうでなければ、私、エレーナ・グレーボワは、館長の椅子に座って何をやっているのか? ここでは多くのことが、その人自身、その人の頭の中に何があるのかにかかっていると感じる。エストニアではロシア人を迫害しているという意見には同意出来ない。エストニア人にある唯一の問題は、彼らは、エストニア語を完全にマスターしていないロシア人たちと共通の言葉を見つけることが出来ないことにある。この場合、私はエストニア人たちの側に立つ。だってもしあなたが、例えばイギリスに移住するとすれば、あなたは英語をマスターしなければならない。イギリス人があなたのためにロシア語を学ぶことはない。だからエストニアでだって、ある程度エストニア語をマスターしなければならないと思う。

この面では、私にとってはより簡単だ:ソ連邦が崩壊した時、私は2、3歳だったから、教育はエストニアの中等学校、エストニアの大学で受けた。私には会話も、職探しも問題は無い。ママはフィンランドの血を引くので、彼女も難しくはない。ところが私の父は、ほぼ60歳だが、人生の大部分をソ連邦の時代に生きた。だから彼には、さらに何らかの言語をマスターすることは不可能だったのだ。

ヨーロッパ連合が、ロシアに対して行っている制裁に関しては、エストニアは、この被害をひどく被っている訳ではない。ヨーロッパ連合で行われた期間に、エストニアにはそれ程多くの国内生産が残っていなかった(訳注:ロシアに輸出して稼ぐ構造にはなっていないということ)。従って、私たちは今、それ程強くルーブリに依存していないし、ロシアとの関係もそれ程密接ではない。ですから制裁の打撃は、ロシアで言われる程深刻ではない。しかし、観光面では影響を受けた。私たちの国には、伝統的にクリスマスや新年には非常に多くのロシアからの観光客がやって来ていた。今年はこれが非常にささやかだった。
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