富士通パソコンFMVの直販サイト富士通 WEB MART ベネッセコーポレーション 進研ゼミ・こどもちゃれんじ あれこれ 2015/06/14 マリーヤ・ムホールトワ「バンクーバーでは、私とトランコフに勝つチャンスは少しも無かった」

あれこれ

2015/06/14 マリーヤ・ムホールトワ「バンクーバーでは、私とトランコフに勝つチャンスは少しも無かった」

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2015/06/14 マリーヤ・ムホールトワ「トランコフは、人間的に別れることが必要だとは考えもしなかった」

マクシム・トランコフとペアで滑っていたロシアの元フィギュアスケーター、マリーヤ・ムホールトワは、彼らのペア解消がどのようにして起こったかを語った。

「バンクーバーオリンピック前の最後の三年間は、私たちは大変でした。マクシムはコーチの言うことを聞かず、コーチはマクシムの言うことを聞かなかったのです。私は、二人の間に挟まれていました。その後、マクシムが私たちから去ってターニャ・ヴォローソジャルと一緒に滑るつもりだと、他の人たちから知りました。彼は、最後までこれを否定していましたけれども。

オリンピックの後の世界選手権へは、彼は全く行きたくなかったのです。大会の後オレーク・ヴァシーリエフが、これからも一緒に続けるつもりだし、そう決断することを提案しましたが、マクシムは、ムホールトワ/トランコフ組は、もうないと言って、身を翻して去って行ったのです。最も残念だったのは、彼が、人間的に別れることが必要だとは考えもしなかったことです。あのオリンピックでは私たちには勝つチャンスなど何も無かったと私たちに言いながら。

何らかの状況では、私たちは表彰台に上ることが出来たと思います。勝つことは出来なくても」。

—ソチオリンピックでは、かつてのパートナーの演技を見ましたか?

「はい。Imperial Ice Starsはその時、南アフリカに巡業に行っていました。出し物の合間に、私はテレビに向かって走りました。マクシムとターニャがフリープログラムのために出て行く用意をしている時、私は楽屋にいました。その瞬間、突然はっきりと理解したのです。マクシムに何のネガティブな感情も無いということを。私は画面を見て思いました。これは、私のかつてのパートナーだ。だから、多分私は、彼にとってこれが何を意味するのかを他の誰よりも理解していると。彼とターニャがジャンプやスロージャンプをする時は、着氷の時、楽屋中に叫びました。『立て!』っと」。
ムホールトワはこのように語った。

文:ヴィタ・コンスタンチノワ / 出典:Sport-express
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