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2015/07/18 アレクセイ・ヤグディン「ジャンプの失敗は今でも恥ずかしい」

http://www.sports.ru/others/figure-skating/1031463371.html

2015/07/18 アレクセイ・ヤグージン「ジャンプの失敗は今でも恥ずかしい」

オリンピックチャンピオン、アレクセイ・ヤグージンは、現役引退後、氷上での創造活動における失敗をどのように耐えているかを語った。

—現在のご自分の創造活動における失敗に対してはどのように考えていますか?

「ある面では平静だ。何らかの困難な時期や失敗の時、僕は自分に弁明する。それら全ても自分の人生だと。決して繰り返したくは無いけれども。しかし、失敗したという気持ちは、強いものがある。

例えば去年の秋、僕はステファン・ランビエールのショーで滑った。それは本当にひどいものだった。練習の時には、よく言われるような何の予兆も無かった。それどころか悪くないと感じていたし、良い気分だった。トリプルサルコウ、フリップ、トウループ、3+3のコンビネーションジャンプ・・・等もやった。ショーの他の出演者たちにとても合わせたかった・・・僕はそんなに老人じゃないし — いろいろな疾患はあるにしても。しかし、氷に出て見ると悪夢のようなものが始まった。一つのジャンプも決まらなかったのだ。

ランビエールが前もって、彼のショーでは僕がオリンピックの『ウインター』を滑るよう頼んでいたことで、事態は一層深刻さが増した。それを滑ることを、僕はどんなことをしても避けようとしていたものだったのに。

このプログラムを滑ることは僕には本当にきまりが悪い。2002年のように滑ることは、どんなに望んでも出来ないことは良く分かっている。ましてそのプログラムは、僕の最大の強みを全て最大限に強調するようにして当時作られたものだ。今はもうあのスピードはないし、あのエレメンツもない。コスチュームもかろうじて持ちこたえてはいるが、もうだいぶ前から白とは言えなくなっていた。だから、『ウインター』ではなくなっている。では何なのか、そんなことは誰が知ろう! それにもまして、ジャンプ失敗を今でも恥ずかしく思っていることは言うまでもない。

あの時の滑りは、本当にひどいものになった。僕はロッカールームでスケート靴をあちこちの方角に投げつけ、ヒステリーを起こし、もう絶対氷には出ないと叫んだ程だった。ターニャとリーザは、プレートに特別メーセージを書いてくれた:『私たちのパーパチカ(パパの愛称)は、やっぱり最高よ!』と。しかし、あの滑りを見た全ての人たちに対して、僕は本当に恥ずかしく思っている」。

—あなたがアマチュアスポーツから離れることがどんなにつらかったかを、今でも覚えています。それ以外のどんな生活も想像できないかのようでした。

「そうだった。大変なストレスだった。頭では、もう引き返せないと分かっていた。それでも、何かの奇跡が起こって、戻れないものかと願っていた。何よりも僕は競技がいつも大好きだったから、つらかった。例えば、イリヤ・クーリックは、僕の前にタラーソワのところで滑っていたのだが、競技を耐えることが出来なかった。彼にとってそれは苦役だった。僕は、競技という状況がひたすら喜びだった。だから、手術と人工股関節への置換の後、僕が以前のように出場することが出来ないのだと分かった時、まるまる一年間は大きな精神的挫折を味わった。

おかしいだろうか? 僕は、怪我を克服することが不可能になるまでに、スポーツで全てが成功したかもしれない。それにショーには常に招待されていたし、仕事は面白かった。でもどうすることも出来なかった。スポーツというものはどんなに麻薬のようなものであったかを、本当に理解した」。
このようにヤグージンは語った。

出典:Sport-Express
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