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2015/12/20 エヴゲーニー・ルカヴィーツィン「今、羽生結弦はガガーリンだが、ガガーリンも地球に戻ってきた」

http://www.sovsport.ru/gazeta/article-item/869019

2015/12/20 エヴゲーニー・ルカヴィーツィン「今、羽生結弦はガガーリンだが、ガガーリンも地球に戻ってきた」

(アンドレイ・シモネンコ)===一部抜粋、引用====
木曜日からエカテリンブルクでフィギュアスケートロシア選手権が始まる。しかし、先日のグランプリファイナルでの羽生結弦の空前の演技がまだ記憶に鮮明だ。あの二つの演技は、シングル、ペアスケート技術委員会委員長アレクサンドル・ラケールニクが数日前に話したように、ISU指導部の前に判定システム変更の必要性を提起した。一方でコーチ集団の前には、全てのライバルたちを大きく引き離して優位に立つリーダーに追いつくという課題を提起した。

ジュニアグランプリファイナルに出場した唯一(シニアのロシア選手は一人も出場しなかった)のロシアシングルスケーター、ドミートリー・アリーエフと働いているサンクトペテルブルクのコーチ、エヴゲーニー・ルカヴィーツィンは、Sovsport.ruの解説者アンドレイ・シモネンコに、この問題の解決の道筋について自分の考えを語った。

—エヴゲーニー・ヴラジーミロヴィチ、あなたは羽生結弦の滑りを見た時に、コーチとして何を思いましたか?

「自然に頭に浮かんだ最初の疑問は:どのようにしたら彼に勝てるだろう?ということだ。自分の仕事をどう組み立てるか? 羽生のレベルは、自分たちの前に立つ壁だし、それをどのように乗り越えられるのか見当もつかないものだ。正直に言うが、僕は一緒に働いている自分の同僚の、ある生理学者に電話をして聞いた程だ:アジア人の選手たちには何かしらの特質があるのかどうか、僕に教えてくれることが出来るかい?と。だって例えば、マラソンではヨーロッパの選手やアメリカの選手は、ケニアやエチオピアの選手たちと戦うのが難しいように、男子シングルスケートでは、現在アジア系の選手たちが優勢の傾向がある。今のグランプリファイナルでも、6人のうち5人がそうだった」。

—少し以前に、ロシアの幅跳びの選手ダーリヤ・クリーシナのアメリカ人のコーチ、ローレン・シグレーブがSovsport.ruのインタビューで次のようなことを言っていました:走りにおいて何らかの人種代表者たちの明らかな優越性を論じ始めたとしたら、それは自分自身を自ら制限していることだと。

「だからこそ僕は、自分の同僚にそういう質問を投げかけたのだ。優位性そのものがあるのかどうか、信頼できる情報を知るために。それについては、今、非常に多くの専門家たちが話している。羽生のように滑るためには、何が必要なのか? 持久力。長時間調整困難なことを遂行する能力、疲労をコントロールする能力。それに加えて瞬発力。しかし、瞬発力と持久力を併せ持つのは非常に難しい。だからこんな疑問も起こっている。もしアジア人たちが柔らかく滑ったり、高く跳んだりすることに適応したのなら、われわれはどうすべきか、というような。もしかしたら、滑りやジャンプが問題ではないのでは? もしかして全てがわれわれ自身の思い込みではなかったのか? 正確な科学的な回答を出すべきだと僕は思う。確かにアジア人たちは何かが優れているのかもしれないが、しかし、それが一番重要なことではない。一番重要なことは、何か別の要素だ」。

—仕事の能率?

「まさに。しかし、繰り返すが、微妙な差を全く度外視することは出来ないのだ。一方、これからの仕事に関しては・・・僕が考えた重要なことは、それはもちろん、最適なコーチ活動だ。選手をどのようにすればあのようなレベルにまで訓練し、試合に導けるかを綿密に検討しなければならない」。

—かつてある有名なコーチが冗談とも本気ともつかずに言いました:キム・ユ・ナが練習しているところを見たら、働きたくなくなったと。全て無駄だと。

「もしかしたら、それは厚顔な物言いに響くし、そんな考えは許容できない — 何のために働いていたのだろう? 自分の無力を自認して、他の世界に去れば良い。もし続けるというのなら、方法を探すべきなのだ。見つかるか見つからないかは分からないが、少なくとも、自分自身に正直にはなれるだろう。確かに今、羽生と戦う実際的方法は無いことは分かっている。しかし、今後どう展開していくかは予測出来ないのだ。

さらに僕が思うこと。それは、フィギュアスケートはしばしば芸術、バレエと比較される。僕たちがバレエを見る時、エレメンツのことをあれこれ言わないじゃないか? 実際は、エレメンツはそこに存在しているのだけれども。同様に、現在のリーダーたちには、四回転だろうが五回転だろうが、いかなるジャンプでも個別のエレメンツが全く無い。彼らにあるのは、これらのエレメンツが編みこまれているプログラムが存在するだけだ。四回転ジャンプからの出も自然で、苦しみ絞り出すような形跡はない。全ては動線のなかにあって、イーグルからイーグルへと移行するのだ。ジャンプはスポーツ的力技であると同時に柔らかいのだ。

要するに言いたいことは。心情的には、戦うことは不可能と本当に感じられる。しかし、実際問題、最初に全てを整頓しなければならない。そして次に、具体的課題の解決に着手するのだ。もちろん、追跡できる選手を作る人材は必要だ。しかし、人材で歎く必要は僕には無い。僕のグループには、共に働いて成功出来る素晴らしい選手たちがいるのだ」。
・・・・・
— 多くのわが国のファンや若干の専門家たちでさえ、「ロシアに男子シングルは存在しない」というようなフレーズを口にし、非常に断定的に捉えていることに腹が立ちませんか?

「実際ロシアでは、スポーツの最高の到達、それは一つ、一位だけだと非常に長い間考えられて来た。それはソヴィエト時代の伝統でもある。だから人々がこのようなことばを発するのも故あることなのだ。しかし、この状況を変えるために僕たちは働き、全ての力、知識、知恵を絞っている。歴史は波状に発展する。ヤグージンやプリューシェンコに誰も近づけない時代もあった。今は時代が違う。全てが悪いなどと言って悲しみに沈んでいても何も始まらない。スポーツ学校を閉鎖し、男子フィギュアスケートに取り組まないとでも言うのだろうか?」。

ー 2位は負けだと考える哲学は多くの点で、陸上競技において大きな不幸に導いたと思います。特に、どんなに高くついても、勝利しなければならなかった時には。

「繰り返すが、僕はそう考える人たちを咎めたりはしない。多くの人たちは他のやり方での鍛錬が出来なかったのだ。しかし、僕は一義的に言うことが出来る:降参はしない、と。スローガンを掲げたくはないが、しかし、正直言って、僕を降参させ、戦いを止めさせることが出来るものが何なのか僕は知らない」。

—ということは、羽生はロシアの刺激剤ということですか?

「もちろんだ。私は既にインタビューで彼を、ウサイン・ボルト、マイケル・フェルプス、セルゲイ・ブブカに比肩するスケールだと言った。今、結弦は既にユーリー・ガガーリンのようだ。しかし、気持ちは熱を失っていくものだ・・・」。

—ガガーリンも地球に戻ったし、ニール・アームストロングも月から帰って来た。

「もちろんだ。だからこそ気持ちの区切りをつけて、仕事を続けなければならない」。
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