富士通パソコンFMVの直販サイト富士通 WEB MART ベネッセコーポレーション 進研ゼミ・こどもちゃれんじ あれこれ 2016/03/03 アレクセイ・ミーシン「生徒たちと働く時には、子供に接するようにではなく、チャンピオンに接するようにして働かなくてはならない」

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2016/03/03 アレクセイ・ミーシン「生徒たちと働く時には、子供に接するようにではなく、チャンピオンに接するようにして働かなくてはならない」

http://www.spb.aif.ru/sport/person/akademik_figurnogo_kataniya_trener_aleksey_mishin_o_nagruzkah_i_gonorarah

2016/03/02 フィギュアスケート学者。アレクセイ・ミーシンコーチが負荷と報酬について語る

=====新聞「論拠と事実」より一部抜粋===== 
(エレーナ・ダニレーヴィチ)

3月8日、フィギュアスケートの伝説的コーチ、アレクセイ・ミーシンは75歳になる。75年間の人生のうち60年を彼はスポーツに捧げ、ロシアの名を高めたオリンピックチャンピオンたちを育成した。

彼は誕生日をホームリンクで迎える。そこは1969年に、当時リーダーとみなされていた選手たちを破ってロシアチャンピオンになった場所だ。でも全ては別の方向に進む可能性もあった・・・

「私は1941年の生まれだから、子供時代は戦後の厳しい時代に当たる」。アレクセイ・ニコラエヴィチは思い出を語った。「父は軍人で、理論力学を教えていたから、自分の子供たちも技術に親しむよう欲していた。それに私もエレクトロニクスに傾倒し、レニングラード電気機械カレッジを卒業したし、技術者になることを夢見ていた。運命を変えたのは、『スネグールキ(先の急に曲がった一種のスケート靴)』と、そして・・・花壇だった。ある時、姉が奨学金を貰い、私に防寒ブーツにくくりつけるスケート靴をプレゼントしてくれた。一方、父は街のピオネール宮殿の側を通りかかり、そこの大きな花壇の周りを子供たちが滑っているのを目にしたのだ。そこで私をスケートクラブに入れるアイディアが湧いた。私が15歳の時だった」。

—あなたは、わが国のスポーツ界の長命者です。明らかなように以前はナショナル選抜チームには鉄の規律がありました。今も同じですか?

「いかなるスポーツ種目も、それは社会全体の経済や社会諸問題の切断面だ。ソヴィエト時代には独裁が支配していたから、スポーツにおいても『私が上司、君は馬鹿者』という構図が作動していた。それ以外に何があり得ただろう? アスリートたちは、奨学金、スケート靴、ユニフォームを受け取った — そして全てが指導者に左右されたのだ。

今日では『コーチとアスリート』の関係は全く違った風になっている。それは独立した人間どうしのタンデム(縦列二頭立二輪馬車)だ。それぞれが自分の重要な仕事を担う同等のパートナーだ。

本当は、私は以前も、例えばアイスホッケー選手たちを家族から引き離して、訓練ベースにほぼ監禁状態にしておくような戦術を歓迎しなかった。ラーゲリ(収容所)の体制をスポーツに移すことは正しいことではない。それに私は、自分の生徒たちを観察するという考え方からは距離を置いている。もっとも、飲酒や喫煙は完全に受け入れられないけれども。私のところではパーティの時でさえ、私のかつての教え子たちは、飲酒もタバコに手を出すことも自分自身に許さなかった」。

—しかし、あなたのところでも厳しい訓練メソッドがあります。新参者たちをあなたはリーダーたちと一緒にトレーニングしていますが、それは競争であり、プレッシャーであり、初年兵いじめでもあります・・・

「メダルは、自分からは首に飛びついて来ないよ。私が確信していること、それはライバルの進歩ほど、アスリートを活性化し、練習に急き立てるものは無いということだ。集団は必要だ! 全ての強い面を蓄え、一気に表すことが出来るリーダーが出現するのだ。
そのような場合でも、若者たちと働く時には、子供たちと接するようにして働いてはいけない。オリンピック候補やチャンピオンに接するようにして働かなくてはならない! だってフィギュアスケートにおける負荷といったら宇宙的と言える程なのだから。

しかし、このようなアプローチの仕方は、長いこと抵抗に遭っていた。わが国のフィギュアスケートの指導者たちは、私に直接こう言ったものだ:『何故子供たちに注意を向ける必要があるのかね? あなたにはウルマーノフというオリンピックチャンピオンがいるでしょう。彼と仕事をしたまえ!』。私がヤグージンやプリューシェンコの訓練をすると、また私にこう言った:『チャンピオンたちと仕事をしたまえ。初心者たちは待っているから』と。もしこれらのアドバイスを聞き入れていたなら、私のコーチ生活は、ウルマーノフで終了していただろう」。
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