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201605/02 アンナ・ヤノーフスカヤ「人生のこの試練も乗り越えなければならない」

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2016/05/02 アンナ・ヤノーフスカヤ「(セルゲイ・モズゴーフとのペア解散について)人生のこの試練も乗り越えなければならない」

ロシアのアイスダンスペアであり、2012年ユースオリンピックチャンピオン、2015年世界ジュニアチャンピオン、2013/14、2014/15ジュニアグランプリシリーズファイナルの二度の優勝者、シニアシーズン最初のエカテリンブルクでの2016ロシア選手権6位、アンナ・ヤノーフスカヤ(19)/セルゲイ・モズゴーフ(21)組が解散した。このショッキングなニュースを、「ヴィクトル・プロコピエヴィチ・スモーリニコフ記念社会人道イニシアチブ」財団スポーツアナリスト、アレクセイ・ズバコーフにアンナ・ヤノーフスカヤ自身が語った。

「まず初めにこの場をお借りして皆さまに復活祭のお祝いとご健康をお祈りしたいと思います。主が災難を遠ざけ、善行に報いてくださいますよう」。

—アンナ、お祝いをありがとう。アスリート側からのこのような心使いは常にとても嬉しいものです。シーズンが終了しましたね。シニア最初のシーズンをどう評価しますか? どのような教訓を学び取りましたか?

「シーズンは終わりました。ジュニアの後の最初のシーズンは常に難しいものです。私たちは困難への用意がありましたから、最大限の仕事をしようとしました。残念ながらあまり上手く行きませんでした。私たちのショートダンスは、ファンたちにも、ジャッジたちにもとても気に入られた訳ではありませんでした。それに加えて、もちろん、責任感も、エリートに割って入りたいという望みも影響しました」。

—恐らく、さらにはシーズン始めに皆が話していた怪我も影響しましたか? 今のお加減はいかがですか?

「当然怪我も影響しました。私は、試合が始まる前の、シーズン当初に怪我をしましたから。このことは少し、トレーニングのテンポを落とすことになりました。しかし、それ以上ではありませんでした。私たちはアスリートです。怪我無しのスポーツなど、残念ならが一つもありません。それに試合に向けた準備過程のなかでも私は非常に良い治療を行いました。ですから、怪我についてはすぐに忘れることが出来ました。昨シーズン私とパートナーは二人とも怪我のなかで滑りきったのです(セルゲイは膝に大きな問題を抱え、それは今シーズンにも引き継がれたのです。一方私は世界選手権で足の裏の疲労骨折をしながら滑りましたが、誰にも気づかれませんでした)。でもそのことは、私たちが世界ジュニアチャンピオンになる妨げにはなりませんでした」。

—自分にどのような目標を立てますか?

「私個人の目標は、すべて同じものです:私の好きなこと — フィギュアスケートに取り組み、自分の宿願に向かって進むことです」。

—あなたは「私個人の」とおっしゃいましたね。何かが変わったのですか? あなた方のペア解散の噂は信ずるに値するものなのですか?

「これは大変に残念なことですが、噂ではなく、真実です。そうなった以上、私とセルゲイ・モズゴーフには、今や共通の目標は無いのです。ヤノーフスカヤ/モズゴーフ組はもうありません。それは既成事実です」。

—アンナ、正直言って、あなた方の仲の良い、強い関係や氷上でのあなた方の仕事を見ていて、決して想像出来ませんでした。あんなにも皆が待ち望み、あれ程期待をかけ、素晴らしく同調し、最高に美しく、ジュニアで考え得る全てと考えられない高みに到達した、まさにあなた方が別れるなんて! これはロシアアイスダンスの何か伝染性のウイルスなのですか?!?!

「私とパートナーは、本当に非常に近しかったのです。仲良しでした。皆がおっしゃるように、手に手を携えて一緒に進んで来ました。しかし・・・四月の初めのある美しい夜に、パートナーは私に告げました。コーチたちの決定によって彼は新しい相手とペアになる、と。そして彼女は文字通り翌日には、もう氷に出たのです。コーチたちはこれを承認しました。こうして・・・私のパートナーは、私の手を離したのです」。

—アンナ、このようなとても嬉しいと言えないテーマに、そうですよね、こんなに多くの質問をしてすみません。でも私はショックなのです。何があったのですか? もしかして、けんかとか?

「いいえ。そもそも私とセルゲイは一度もけんかなどしたことがありません。今年のお正月も一緒に会いました。そして来シーズンへの計画を立てたのです。分かりません。もしかして私は『バラ色の世界』に住んでいて、女性パートナー交代に関する嵐の生活が沸き立っていた時に、仕事以外の周囲に何も気づかなかったのかもしれません。わたしにとってあのことばは、青天の霹靂のようだったのです」。

—アンナ、今はどうするのですか? 自分のためにどんな決断をしたのですか?

「私の決断に選択肢はありません — 滑ること、一択です。フィギュアスケートは、私が住んでいる世界であり、オリンピックに出ること、それが小さい頃からの私の宿願だということを、私は一度ならずインタビューで言ってきました。私は自分の夢を何かのために引き渡すことはしないし、そんなに簡単にそれを諦めません。

だって、私の夢を抜きにしても、私を信じ、何年も私の傍で全ての困難を乗り越えて来た、とても多くの人たち、私の肉親たち、近しい人たちがいるのです。私だけでなく、私のパートナーの周りにいる人たちだって、彼を治療したり、あちこちの病院に連れて行ったり、ハイクラスの医師たちを見つけたり、支払いをしたり。私には彼らの信頼を裏切る権利はありません。

もちろん、簡単ではありません。それどころか、とても困難でしょう。おまけに、もちろん、私の身長に合うパートナーがいるとは限りません。
でも、手をこまねいて何もしないのではなく、もし行動すれば、不可能なことは何もありません。私は、自分の人生のこの試練も、ただ乗り越えなければならないのです」。
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