富士通パソコンFMVの直販サイト富士通 WEB MART ベネッセコーポレーション 進研ゼミ・こどもちゃれんじ あれこれ 2016/05/26 ドミートリー・アリーエフ「世界ジュニア選手権後にたどり着いた結論:ルカヴィーツィンは僕にとって第二の父だ」

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2016/05/26 ドミートリー・アリーエフ「世界ジュニア選手権後にたどり着いた結論:ルカヴィーツィンは僕にとって第二の父だ」

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2016/05/26 ドミートリー・アリーエフ「世界ジュニア選手権後にたどり着いた結論:ルカヴィーツィンは僕にとって第二の父だ」

ロシアのフィギュアスケーター、ドミートリー・アリーエフは、コーチのエヴゲーニー・ルカヴィーツィンとの相互関係について語った。

「世界ジュニア選手権後にたどり着いた結論、それは、エヴゲーニー・ヴラジーミロヴィチは、僕にとって第二の父であるということだ。彼は僕の諸問題に理解を持って耳を傾けてくれるし、困難な状況下では適切なことばを探し当てることが出来る。このようなことは、アスリートにとって極めて重要なことだ。

彼は、いかなるネガティブなことからも僕を守ろうとするし、負けた後でさえ勝利を狙い続けていると感じる。世界選手権では、僕はリーダーのポジションから6位に転落したのだが、エヴゲーニー・ヴラジーミロヴィチは僕に近づいて来て、抱きしめ、そして言った:『ジーマ、全てが始まったばかりだよ。降伏したらダメだ』。

僕には一度もコーチとの争いは生じたことはない。困難は、心理的な問題と関係していた。サンクトペテルブルクに出て来て最初の頃、僕はとても孤独だった:家族は遠く離れ、友人たちはウフター(コミ共和国)に残っていた。自分には何故このようなトレーニングがあるのか、理解すら出来なかった。

高い要求が提示され、自分の限界まで働かなくてはならなかった。しかし毎回氷に出て行きながら、僕は自問した:『どうして僕にこれが必要なのだろう?』。ある日、危機が訪れた。その時、全てを投げ出しウフターに戻りたかった。僕は練習をしたくなかった。切符を買い、家の家族のところへ帰ろうと考えていた。

その後、僕は自覚するに至った。出来る限りの自己献身で働くことや、努力と自分自身を惜しまずに最大限の全てを遂行することがどれ程重要なことかと。フィギュアスケートでは、他のスポーツ種目同様、我慢して克服することが重要なのだ:歯を食いしばって、『出来ないことを乗り越え』自分自身と格闘しなければならない」。

文:Doctor of Philosophy / 出典:「コムソモーリスカヤ・プラウダ – Avia」
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===同じ記事に記載されていたドミートリー・アリーエフのことばより===

「一つ一つのジャンプは、心理的な状態と身体的な仕事とを結合させた、精巧な金銀細工のような仕事だ」。

「フィギュアスケートは芸術の親戚、あるいは、スポーツと芸術の境界線上にある。氷上で僕は俳優でもあり、同時にアスリートでもある。ジャッジたちは、感情面での滑りと全エレメンツの遂行を同じように厳しく評価する」。

「時々僕は、紙の上に心を吐露したくなる時がある。僕の書く詩 — それは懺悔あるいは祈りだ。つまり、僕は常に、最も胸に秘めていることを書くのだ」。
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