あれこれ 2016/06/27 ミハイル・コリャダー「パパが格闘技に連れて行こうとしている間に、ママがフィギュアスケートに行かせてしまった」

あれこれ

2016/06/27 ミハイル・コリャダー「パパが格闘技に連れて行こうとしている間に、ママがフィギュアスケートに行かせてしまった」

 https://new.vk.com/mikhail_kolyada?w=wall-24618099_1772
 
2016/06/27 ミハイル・コリャダー「パパが格闘技に連れて行こうとしている間に、ママがフィギュアスケートに送り出した」
 
====前回のつづき====
 
—シーズン中、マスコミでは大げさな見出しを付けた多くの記事が発表されました。『プリューシェンコに替わるスケーター』、『主要なオリンピックの希望』・・・このようなことは、あなたのプレッシャーになりませんか?
 
「僕はそのようなものは全く読まないし、その類のものにも、よりあっさりとした態度を取るようにしているので、プレッシャーにはならない。色々なフォーラムや、ソーシャルネットワークのコメントも開かないようにしている。善良なことを願う人たちもいれば、妬む人たちもいることは判りきったことだ。気分を害するかもしれないし、単に不快になるだろう。なぜそれが必要だろう?!」。
 
—あなたがソーシャルネットの話に触れましたから、次の質問はこうです:あなたのところには、多分ファンから多くの手紙が届くのでしょうね・・・
 
「今はもう来ないよ(笑)。皆もう忘れたよ」。
 
—そんなことはありません。もうすぐ新シーズンですから、また始まりますよ。でも、ファンレターは多かったと思います。来るものは全て読むのですか、それとも読まないですか? それをする忍耐はおありですか? 
 
「はい、本当に手紙はとても多かった。読むよ。全て読んで、全員に返事を書こうとしている」。
 
—ファンとのことで、何か特別な体験とか面白い体験はありますか?
 
「一度こんなことがあった。ボストンでの世界選手権の時、僕とコーチのワレンチーナ・ミハイロヴナは、ホテルの向かいの食料品店に行った。そこで一人の若者が僕に気づいた。彼は僕の演技がとても気に入ったと言って、僕と一緒に写真を撮り、自分の母親を呼んだ。とても特別なことだった。
 
それからこんなこともあった。マリインスキー劇場で一人の女性が僕に気づいた。彼女も近づいてきて、写真を撮った。こんな風に自分のことが気づかれるのは、基本的に嬉しいことだ」。
 
—あなたのご家族は、この大変なシーズンをあなたと一緒にどのように耐えたのでしょう?
 
「家族は、もちろん、とても応援してくれた。これは大きな力になる。肉親たちは、夜中の放送も含めて試合中継を見て、電話やメールをくれた。
 
彼らは、僕と一緒にがっかりしたり、喜んだりした。でも、僕の頼みで、僕の試合をじかに見るためにやって来ることはない」。
 
—誰も見ない方が良いのですか?
 
「その通り(笑)。
一度、僕が12か13歳位の時、僕の試合に長い間行っていないとママが言って、リンクに来ることを決めた。彼女はただ見ていただけらしかったけれど、心理的にそれはやはり負担だった。彼女は僕の滑りを後で、録画で見た方が良いと、その時僕は理解したのだ。
 
多分両親は、本当は、僕の滑りをじかに見た方が嬉しいのだろうけれど、僕は気分が落ち着かないので、その時からママは僕の試合に来ないのだ」。
 
—あなたがどのようにしてフィギュアスケートに出会ったのかは、様々な記事で、様々な逸話を読むことが出来ます。本当のところはどうだったのですか?
 
「今、この件に関する全ての疑惑を吹き払おう。実は、僕の曽祖母つまり母の祖母が、このスポーツ種目をとても好きで、いつも試合を見てロシアのフィギュアスケーターたちを応援していた。そして僕のママをもそれに親しませた。僕が5歳の時、どのようなスポーツ部に僕を通わせるかという問題が生じた。パパは格闘技だと言い、ママはフィギュアスケートだと言った。そして、パパが格闘技に連れて行くつもりでいる間に、ママが僕をスケートリンクに行かせてしまった。
 
最初僕は『ユビレイヌィイ』のアイスリンクで練習したが、その後フィギュアスケートアカデミーが出来た時に、そちらに移った」。
 
—ロシア代表チームの他のメンバーとはどのように付き合っていますか?
 
「全く普通の関係だ。僕たちは皆、お互いにおしゃべりをする。僕は全員と良い関係を保ち、喧嘩をしないようにしている。マクシム・コフトゥンとも、アメリカで一緒に練習した時、普通におしゃべりをした」。
 
—ハビエル・フェルナンデスや羽生結弦のようなアスリートたちとは、氷の外でおしゃべりをすることは出来たのですか?
 
「僕は英語がとても上手い訳ではないので、完全な会話ではない。アメリカにいる間に、外国語で交流する力は目に見えて上達はしたのだけれど。話しかけられることはもう理解出来て、答えようとはした」。
関連記事
スポンサーサイト
  1. 2016/07/06(水) 03:28:37|
  2. フィギュアスケート
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<2016/07/06 エリザヴェータ・トゥクタムイシェワ「私とミーシンには独自の戦術がある ー 私たちは最初に自分と戦い、自分に勝つ」 | ホーム | 2016/06/27 ミハイル・コリャダー「ボーヤン・ジンは、引力に打ち勝っている」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kurkuma.blog.fc2.com/tb.php/1935-16249c4d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)