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2016/07/19 インナ・ゴンチャレンコ「馬を水飲み場に連れて行くことは出来ても、十分飲むよう強要することは出来ない」

 http://www.fsrussia.ru/intervyu/2240-inna-goncharenko-loshad-mozhno-privesti-k-vodopoyu-no-zastavit-ee-napitsya-nevozmozhno.html
 
2016/07/19 インナ・ゴンチャレンコ「馬を水飲み場に連れて行くことは出来ても、十分飲むよう強要することは出来ない」
 
=====一部抜粋=====
 
先週ノヴォゴルスクでインナ・ゴンチャレンコのグループのトレーニング合宿が終了した。自分の生徒たちについて、彼らのプログラムについて、シーズンに向けた準備についてのコーチのインタビュー。
 
—昨シーズンの終了後、セルゲイ・ヴォーロノフとマクシム・コフトゥンがあなたのところに移りました。適応のプロセスは、難しかったですか?
 
「セリョージャは、コフトゥンよりも早い時期に私たちのグループに合流しましたから、彼には新しい環境に順応するための時間はより多くありました。私にとって重要だったのは、変えなければならないものを、変えたいと彼自身で理解することでした。
 
このプロセスは、迅速なものではありません。人が何年もある方向で働いている時に、ここは変えなければ、あそこは習得しなければ、そこは少し修正を加えなければと言われるとしたら、それはいつだって困難なものです。心理的に困難なのです。何故なら、『どうして僕はそれを学ぶの?』という疑問が生じるからです。しかし、続けたいのなら学ばなければならないのです。そしてコーチとしての私の課題は、スケーター自身がそこにたどり着いて、自覚し、理解するようにすることです。
 
大人の、既に成熟したアスリートの世界観を変えることはしませんが、少し違った方向を彼に与えることは出来ます。これは、新しい生徒を採用するどのコーチの仕事にも起こることです。コーチは常に、何かしら自分のものを加えるのです。
 
しかし、その後は全てがアスリート次第です。馬を水飲み場に連れて行くことは出来ますが、十分飲むことを強要することは不可能です。私はアスリートに、与えられるものを、私が分かっていることを、与える必要があると思うものを与えます。受け取るなら、受け取れば良い。受け取らないのなら、受け取らなければ良い。大人なのですから。自分の人生で何が必要なのかは、彼ら自身が知っているのです」。
 
—マクシム・コフトゥンとの仕事に関しては何が言えますか?
 
「それは別の物語です。私自身さえ、全てがこのようになるとは思っていませんでした。最初、マクシムが私たちのところに現れた時には、警戒して彼に接しました。内心不安でした:認めるか、認めないか、出来るか、出来ないか。しかし、私にとってこの人は、非常に馴染みのある個人的類型でした。私はマクシムと一緒に働くことが心地良いのです。私がいらいらするような練習は一つもありませんでした。今のところ、全てが非常にすらすらと進んでいます。
 
もしかして、それは、私が彼にあまり多くのことを要求しないせいかも知れません。何故なら、現時点でそれをするのは現実的ではないと分かっているからです。コフトゥンは、全く滑らなかった時期があったために、シーズンに入るのが遅かったのです。エカテリンブルクに行って、(在籍していた)オリンピック予備学校の試験を受けたのです。その後休暇も必要でした。さらには、新しいスケート靴を馴らす必要もありました。馴らし滑りでは問題が生じました。片方が歪んだスケート靴に当たったのです。アレクサンドル・クズネツォフがやって来て何とか修正し、研いで助けてくれたのですが、彼がいなかったなら、どのようにして私たちが状況から抜け出せたか分かりません。マクシムは今、それらを履いて練習しています。
 
現在、シーズンに向けた準備と並行して、コフトゥンはさらにロシア国立体育スポーツ大学への入学試験をパスしなければなりません。ですから、この時期はとても大変なのです。しかし、マクシムが克服しようとしているのを私は分かっています。彼が練習したがっているのを分かっています。しかし、ことばで欲することと、実際に必要な練習量をこなすことは全く別のことです。彼はそれを認識していますが、これは彼にとって簡単なことではありません。何故なら、彼は多くを語り、後になって何故出来なかったのか、その言い訳を探すのに慣れているからです。
 
一面では大人のアスリートと付き合うのはより簡単です。子供たちに対するように陳腐な真実を説明する必要はなく、両親と向き合う必要もありません。彼らには、ママに電話するよ、パパに来てもらうよ、とは言いません。彼らは自分で自分に責任があるのです。しかし、その一方で、彼らと働くのはより難しいこともあります。年齢に関しては彼らは大人ですが、何らかの物事の理解は、その年齢にいつも見合っているとは限らないからです。
 
レーナ・ラジオーノワのように、子供の時から教えている生徒の時には、全ては異なります。私たちはお互いにことば半分でも、理解し、赦し、受け入れたりすることが出来るのです。私たちには出来上がった独自の関係があります。当然ながら、セリョージャやマクシムの問題が起こった時には、私はレーナに相談しました。何故なら、レーナは、レーナだからです。彼女は、無条件で賛成でした。大人のスケーターが隣で練習し、トレーニングが全く違ってくることが、彼女にはより興味深かったのです。
 
確かに、グループ内の関係は違ったものになりました。二人は男性として、レーナに対して小さなレディとして接しています。全てにおいてサポートしているのです。ある時には冗談を言って、状況を和らげます。トレーニングで見た一シーンですが:レーナが何か上手く行かずに泣きそうになった時に、マクシムが近づいて行って、彼女と話し始めました。すると彼女は、『マクシム、どうして私を泣かしてくれないの! 私は泣きたかったのに』と言ったのです。そしてその後はもう彼女は笑っていました。このように全体として、私たちのトレーニングに肯定的な面が現れています」。
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