あれこれ

2017/01/11 アレクセイ・ミーシン「美しいものと難しいものを区別するのは、非常に難しい」

 http://www.aif.ru/sport/opinion/kuda_vsyo-taki_katimsya
 
2017/01/11 一体どこへ向かって滑るのか?
 
====サイト「論拠と事実」より====
 
一体フィギュアスケートで勝利するのはどちらなのか、エレメンツの高難度化か、それとも芸術性か? 若さか、それとも経験か?
 
フィギュアスケートソ連邦およびロシア功労コーチ、アレクセイ・ミーシンが語る。
 
私は1956年からフィギュアスケートに身を置くなかで、その人の影が今、われわれの頭上の天上のどこかで漂っているかのような、そんなフィギュアスケーターたちにも遭遇した。私の経験から言えることは、各時代にはそれ独自の傾向があるということだ。今の若い人たちの表現で言えば「空気とか流れ」というような。
 
つまりそれは、氷上で直接起こっていることだけに左右されるのでなく、審判団を含むこのフィギュアスケート界全体との関係からも全てが影響されるものだ。そしてあなた方に私が言えることは、美しいものと難しいものを区別することは、非常に難しいということだ。
 
男子シングルスケートを例に取ってみよう。それ程昔のことではないが、カナダのジェフリー・バトルは賢くも、それが多少なりとも明るい未来への道であるトリプルアクセルを、一本も跳ばずに世界選手権で優勝した。
 
あるいは、例えば、同じカナダのパトリック・チャンは、アメリカのライサチェクと共にバンクーバーオリンピックでインタビューを受け、こう語った:「僕たちにどうして四回転ジャンプが必要だろうか? 僕たちはそれが無くともプルシェンコに勝てる」と。
 
そうしてフィギュアスケート界のなかで、四回転なしでも勝利出来るという考えが作られた。重要なのは、エレメンツそのものではなく、いかに自分たちがそれらをつなぐかだ、というようなことだった。その時代は過ぎた。今やパトリック・チャンは、歯を食いしばって、サルコウという名の二つ目の四回転ジャンプに突撃を行っている。
 
一方、経験と若さについて言えば・・・年齢は重要ではない。重要なのは、人物だ。この意味での古典的な例として、ベロウーソワとプロトポーポフが挙げられる。彼らがペアスケートを体現したのは、既に30歳を過ぎた時だった。
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