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2017/02/08 タチヤナ・タラソワ「アスリートたちにとって私は、母親であり、コーチであり、教師だった」

 https://www.sports.ru/figure-skating/1048262486.html
https://rg.ru/2017/02/08/tatiana-tarasova-nauchilas-plavat-kogda-otec-vybrosil-iz-lodki-v-more.html
 
2017/02/08 タチヤーナ・タラーソワ「アスリートたちにとって私は、母親であり、コーチであり、教師だった」
 
有名なロシアのコーチ、タチヤーナ・タラーソワは、自分の生徒たちとの関係について語った。
 
[フィギュアスケートコーチとして]
「私は、自分のコーチとしての仕事で最も成功したものはどれだったのかを挙げることが出来ません。私は非常に多くの人たちと働きましたし、多くのさまざまな勝利がありました。もちろん、アレクセイ・ヤグージンとの成功は、主要なものと言えるでしょうが、(でもそれだけではありませんから、あえて)挙げません。
 
多くの生徒たちと共に大きな成功がありました。彼らにはいつまでも大きな愛を感じています。彼らも私を愛しました — 私も無条件で彼らを愛しましたし、今でも愛しています。
 
アスリートたちにとって、私は母親でもあり、コーチでもあり、教師でもありました。私は一人のことも導いたことはありません。私は彼らと一緒に学んだのです。そして学び続けています。そして彼らの一人一人と一緒にいて、私は完全に幸せでした。
 
スタートの前に私は彼らに何を言ったか? 一人一人違います。あなた方だって自分の子供に何を言いますか? 毎回、必要なことを言うでしょう。
 
私も生徒たちに、その場、その時、その状況で、そうしたことを言ったのです。一人一人に、違ったことを言う必要があるのです。あるいは、全く何も言わないこともあり得ます。『目と目』の眼差しが、ことばよりも遥かに多くを語ることが出来る、そのような生徒との関係も存在するのです」。
 
[(アイスホッケーの名コーチ、アナトーリー・タラーソフの)娘として]
 
「血は水よりも濃く、父の血は非常に強いものでした。彼の全面的、大きな愛のもとでのしつけは、非常に厳しかった。彼の方針はこうです:『仕事で楽はするな』、『仕事をしていれば疲れない』、『仕事は拒むな』、『ミスは(他人のではなく)自分の中で探せ』。
 
父は海のなかで、ボートから私を突き落としました — 私が泳ぎ始めるようにと。そうして私は泳げるようになりました。
 
私はほんの子供の時から、目の前に天才を見てきましたから、父の名誉を傷つけることのないような仕事をすることに努めてきました。そして彼のもう一つの方針をも忘れないで来ました:『常に学び、常に考えること』。見るもの全てに注意を向け、自分の仕事のために摂取することです。
 
そうして、父は二位なら解雇されることを忘れないでいた。
 
いいですか、父はどのようにして私に泳ぎを教えたのか? 彼は海でボートから私を投げただけだったのです。そうして私は泳ぎ始めた。人が泳ぎ始めるためには、その人をボートから投げなければならないのです。
 
子供たちには、反射運動があります。彼らは犬のように、すぐに自分で泳いで移動を始め、その後は一生泳げるのです。人間は誰も、自分の人生のなかで、一人で漕ぎださなければならないのです」。
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