あれこれ 2017/02/08 エヴゲーニー・プルシェンコ「もしソチオリンピックの個人戦で滑っていたなら、不随が残っただろう」

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2017/02/08 エヴゲーニー・プルシェンコ「もしソチオリンピックの個人戦で滑っていたなら、不随が残っただろう」

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2017/02/08 エヴゲーニー・プリューシェンコ「もしソチオリンピックの個人戦で滑っていたなら、不随が残っただろう」
 
二度のオリンピックチャンピオン、エヴゲーニー・プリューシェンコは、ソチオリンピックの後どのような気持ちが残ったかを語った。
 
「それはもちろん喜びでもあり、悲しみでもある。団体戦で僕たちは全てのチームを打ち破った。僕たちには、誰もそのような期待をかけていなかった。正直に言おう — 僕たち自身は、最大で銀メダルだろうと思っていた。
 
個人戦に関しては、確かに僕は滑ることが出来なかった。僕には怪我があった。それは悲しく、不愉快で、その気持ちは一生残るだろう。
 
しかし、もう少し時間が経てば — 当時実際に何が起こったのかが、知られるようになるだろう。本当に推理小説のような話を知ることになるだろう。そうなった時に、結論付けて欲しい。
 
一方でもし僕が第一グループではなく、例えば第三グループ、第四グループで滑ったとしたら、ノボカイン・ブロック注射をやり、全てを鎮痛したかもしれなかった — そして僕はパフォーマンスのために出て行ったのだろうか? 
 
僕が手術のためにイスラエルのペカールスキー医師のところに飛んだ直後、彼は僕に言った:『もし君がノボカイン・ブロック注射をやって滑っていたなら、不随になっていたかもしれない』。
 
僕は非常に辛い時期を過ごした。皆が僕に非難を浴びせた。その後、もちろん、皆が僕の手術を見て、脊柱で折れた人工組み立て部品を見てからは、多くの人たちが、言わば、後退を始めた。不愉快な時期だった。しかし、僕たちはそれらを経験して、より強くなった」。MatchTVは、このようにプリューシェンコのことばを伝えている。
 
エヴゲーニー・プリューシェンコは、2016/17シーズンを休んでいる。と同時に彼は、2018年オリンピックに出場する可能性を除外していない。
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  1. 2017/02/11(土) 00:27:31|
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