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あれこれ

2017/05/05 エテリ・トゥトベリーゼ「アジヤン・ピトケーエフには、成長期が始まり、多くの問題が起こった」

http://rsport.ru/interview/20170505/1120015384.html

2017/05/05 エテリ・トゥトベリーゼ「もし教育をスポーツに投影すれば、規律が現れる」〜その②〜

====一部抜粋。前回の続き====

(アンドレイ・シモネンコ)
—(アジヤン・ピトケーエフをチャンピオンという製品に)何故、出来なかったのですか?

エテリ・トゥトベリーゼ:「成長期が始まったことと、彼にあまりにも多くの問題が起こり始めたのです・・・私たちのところでは当時同じレベルで数名の男子選手が滑っていましたが、コーチメンバーは、毎日自分の愛をまさに彼に証明しなければなりませんでした。自分が必要でないと彼が感じると、彼は心からの涙を浮かべたからです。

もちろん彼は必要だったし、それ以外に何がありますか? しかし彼は、違った風に考えて、全てのトレーニング期間をこのような状態で過ごし、これで全てが終わりだというような、結果が出ない状態に至ったのです。

ある時には、トレーニング妨害さえありました。彼は走り去り、スケート靴をゴミ箱に投げ捨てたのです・・・もちろん、彼は滑ることを止めたくなかった。しかし彼は、誰かがゴミ箱からスケート靴を取り出し、綺麗に拭いて更衣室に持ち帰り、『アジヤン、戻っていらっしゃい』と言って電話をしてくれることを望んでいたのです。

その上現在は、他の世代の男子たちも突然、同じような行動を取り始めるようになっています。まさに同じような形で私たちの愛の発現を望んでいるのです。私はこのようなことを理解出来ないのです」。

—それは、少し前の記者会見で、同情は自分のやり方ではない、とあなたが言ったことですか?

「仕事中の同情は助けになりません。本当です。それが何をもたらしますか? 結果に結びつきますか?」。

—私の眼前には今ちょうど、ある情景が浮かんでいます — エカテリンブルクでの2015/16シーズンロシア選手権のピトケーエフのフリーです。彼は四回転でひどく失敗し転倒、滑りは大きく崩れ、彼は痛がっている。するとあなたは、リンクサイドで辛辣なフレーズで彼を迎えるのです:『一度出て行ったなら、我慢しなさい』。

「そうです。一度出て行ったなら、滑らなければなりません」。

—しかし多分、彼はその時、別のことばが欲しかったのではありませんか? それこそ同情の?

「この演技開始までに彼は既に、このような滑りに行き着くような状態に近かったのです。練習の段階で既にいくつかの兆候がありました。このロシア選手権までの一年は、非常に困難でした。

エカテリンブルクの実質一年前、アジヤンにはヨーロッパ選手権がありましたが、彼は行きたくありませんでした。練習で叫んでいました:『僕を取り消してください。旅行者としてそこに行きたくないのです』。どのようにして『取り消す』のか? なぜ『旅行者』なのか? このヨーロッパ選手権の前には、素晴らしいロシア選手権があったのですから。

何故、彼は突然このような行動をとり始めるのか? 私たちは彼を説得し、愛を示し、また説得し、結局実質力づくで彼をこのヨーロッパ選手権に連れて行きました。しかし試合の前には練習らしい練習にならず、それはひどいものでした。そして結局このヨーロッパ選手権でアジヤンは私たち全員に、態度と滑りで示したのです:あなた方は僕をここに連れてくる必要は無かった。僕は試合をする準備が出来ていないと言ったじゃないか!

ある時点で、アジヤンと私たちにノーマルなフィギュアスケートが始まったのは・・・父親のお陰でした。非常に長い間、アジヤンは試合で、ここで『パンク』、あそこで『パンク』・・・という具合に、既に素晴らしく跳べたのにもかかわらず、自分を発揮せずに、だらしなく滑っていました。

フィギュアスケートを何も分からない父親がそれにうんざりし、息子に宣言したのです:おまえがもう一度メダル無しで帰って来たら、終わりにしなさい。私のところに、涙だらけになった母親が駆け寄って来ました・・・「どうしましょう、父親は厳しく、彼には逆らえません。どうしたらアジヤンは試合ごとに表彰台に乗れるでしょうか?」。

何が起こったのか私は知りませんが、この時からアジヤンは、大きく成長したかのように集中するようになりました。彼は全力で仕事に打ち込みました。それ以降の全ての試合で表彰台に上りました。そうなったのは、父親の干渉のお陰だと私は信じています。

しかし、その後ある段階で両親は『手を引き』ました。この時アジヤンにはより厳しく対応すべきだったと私は感じています。それは、若者が自分を探す、難しい年齢の時期でした。もしかしたら、好きな女性から愛を受けられずに、その愛を私たちから受けたかったのかもしれませんが、このような行動の正確な理由を言うのは、私には難しいのです。しかし、そういうこともあることは、既に他の子供たちの例で確信しています。

両親は、子供たちが既に大人で、彼らに何が必要なのかは彼ら自身が分かっていると考えています。しかし、彼らは分かっていないのです — 少年たちも、少女たちも! ですから彼らには、両親のサポートが非常に必要なのです。朝から夜まで、そして夜から朝まで。

両親は、息子や娘に休息を保証しなければなりません。家や、あるいは地下鉄で迎えなければなりません。食事を与え、寝かせなければなりません。子供がサポートを感じられるようにしなければならないのです。朝は、両親がまだ寝ている時ではなく、既に朝食が準備されている時に起きるように。

両親は、子供にトレーニングがどう進んでいるかを質問しなければなりません。あるいは、時にはリンクに足を運ばなければならないかもしれません。確かにこれは難しいことですが、しかし、そういうスポーツ種目なのです。

もし、子供がメダルを獲得したら、両親は、もう手を離しても良いだろう、次は子供が自分でやっていくだろう、などと考え始めてはいけません。彼は自分では何も出来ないでしょう。いいですか、アスリートは、コーチから両親へ、両親からコーチへと跳ね返って反映されていなければなりません。本当のアスリートは、現実生活には適応出来ず、現役を引退して、自由に動く段になると、自分で全てをやらなければならなくなり、恐怖を感じると言われています」。

—しかし、それは典型的なロシアの話でしょう。外国ではそんなことはありませんよ。

「それはさまざまです。あの羽生のためには全てがやられています。カバンを彼に運ぶことまで。それは彼が甘やかされているのではなく、ただ、氷以外の何らかの問題を判断する彼の必要性を取り除いているのです。彼は準備運動をして滑らなければならない、ということにだけ集中しているのです」。

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  1. 2017/05/07(日) 03:37:00|
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