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あれこれ

2017/05/05 エテリ・トゥトベリーゼ「かつてメドヴェージェワを氷上に転がしたが、今は別の方法がある」

http://rsport.ru/interview/20170505/1120015384.html

2017/05/05 エテリ・トゥトベリーゼ「もし教育をスポーツに投影すれば、規律が出来る」〜その⑥〜

====一部抜粋====

(アンドレイ・シモネンコ)
—(「自分で全てが分かっているような生徒にまだ出会ったことがない」とのエテリ・トゥトベリーゼの発言を受けて)しかし、ジェーニャ(エヴゲーニヤ)・メドヴェージェワはものごとが全て分かっているのではないかな。それとも、そう見えるだけですか?

エテリ・トゥトベリーゼ:「彼女は分かっています。確かに分かっています。“課題を受け-課題を実行する”という面で彼女は最も規律正しいアスリートです。このことは彼女が、『なぜ』、『これは正しいのだろうか』、『誤魔化されているのではないか』という疑問を抱かないということではありません。

しかしジェーニャには、私が言っている正しい両親がまさにいるのです。彼らが、ジェーニャが困難な時に実のあるトレーニングに向かわせるような時間や生活態度を創り出しているのです。

例えば、彼女が試合から帰って、疲れたと感じていても、ただ座って、『ああ、何て疲れたのだろう』と考えることが出来ずに、自分の中にエネルギーを探さずにはいられないのです。ここには、ある時には彼女と厳しい話をし、ある時にはサポートする母親と祖母もいます。

このようにして私たちのお互いの努力が、ジェーニャが自分の中にポテンシャルを見出し、再び精を出して練習を始めることを導いているのです。コーチたちと両親の間の丁度まっすぐ繋がる廊下となって、そこにいるアスリートが外側への抜け穴を見出すことが出来ないのです。

だって人は常により楽なところを探しているし、それは全く当たり前のことです。両親がアスリートに同情した途端に、アスリートは同情してくれるところへ逃げて行きます。それをさせてはならないのです! 

だって正直言って、私たちがやっているものは最も厳しいスポーツ種目ではありません。多分もっと厳しいものもあります — 例えばマラソンでは、選手たちはほとんど死にかけています」。

—身体的には、最も厳しいものではないかもしれませんが、心理的には、フィギュアスケートと比較出来るようなスポーツ種目はほとんどないと感じます。フィギュアスケートでは自分の全ての競技生活の運命が、四年に一度の二つの短いパフォーマンスで決まってしまうのですから。

「そんな風に思う必要はありません! 何故? これは人生です。フィギュアスケート — これも人生なのです。オリンピック — それは単なる人生の1ステージです」。

—それなら何故これほど多くのスケーターが、まさにオリンピックで「燃え過ぎて失敗する」のでしょう? カート・ブラウニングは四度の世界チャンピオンでしたが、オリンピックでは6位、8位、5位でした。

「なぜなら、オリンピックを何か特別なものとして対応する必要はないからです。それは単なる試合です。それが全てです」。

—ジェーニャ・メドヴェージェワは、練習を楽しんでいると言っています。これは本当ですか?

「克服というのは、どんなものであれ喜びをもたらす筈です。だってあなたもまさに同じでしょう。あなたが何か難しいものを克服した時には・・・」

—嬉しいですね。

「嬉しいでしょう。ここでも全く同じです。あなたが前回の練習で疲れている時、次回の練習のために力が足りるのかどうかと不安に思っている時、あなたは氷に出て行き、自分に打ち勝つのです。ここに喜びがあります」。
・ ・・・
・ ・・・
—ある映像のなかであなたは、(練習中に)ジェーニャを氷の上を転がしたと話していました。

「転がしました」。

—今もそうしなければならないのですか?

「今は他の方法です」。

—他の方法を探さざるを得ない!

「そうです。ことばです。時々私と彼女は真剣に話し合います。彼女は既に大人の女性ですからことばで十分な時があります。時にはテレビのリモコンのように、音量を上げなければならないこともあります。

それから、彼女は非常に多くの様々な経験をしています。彼女は非常に早くから真剣に滑り始めましたから、彼女は常に思い出すことが出来るのです — “こういう場合は、何が起こるか”。彼女には思い出せるものがあるのです」。 

—ジェーニャは本当に大人でしょうか?

「生活に関しては、彼らは全員子供です。セルゲイ・ヴォーロノフも生活に関しては全くの子供でした。彼にはどこでも母親が必要でした。一方で、スポーツに関しては、彼らは全員大人なのです。

もし私たちが彼らに、子供に対するように対応したとしたら、彼らは私たちの下で何一つやらないでしょう」。

—しかしジェーニャは、話している事柄に関しては大人に見えます。その上、賢明に。

「それは本当です。しかし、それにもかかわらず生活に関しては、彼女はやはりまだ子供なのです。彼らは、それ程に夢中なのです・・・ほとんど何も見ていないで、彼らの全生活はトレーニングプロセスのために合わせてあるのです」。

—彼女との私たちのインタビューのなかで、アリーナ・ザギートワとの競争のテーマは彼女には不愉快なのだと分かった、ある瞬間がありました。

「誰かを上か下かのように対決させる話が始まるのを、私は好みません。私は生徒たちにライバルを尊敬するよう教えています。もし誰かがあなたのライバルのレベルまで成長したなら、すなわち、彼はあなたと同じくらい練習したということです。

そして決してライバルを評定してはなりません。私はある時ジャーニャに、テレビで競技のコメントをすることを禁じた程です。現役アスリートは、ライバルたちの評価をすべきではありません」。

—しかしジェーニャは毎日、四回転を跳んでいる少女たちを隣で見ていて、不愉快ゾーンにいるのではないですか? あるいは、一年後に同じようにオリンピックで勝ちたいと望んでいる可能性が非常に高いザギートワを見ていて。

「ジェーニャは今までもずっと競争のなかにいました。ある時は、彼女よりも何倍も強かったポリーナ・シェレペーンと。その後は隣にユーリヤ・リプニーツカヤがいました。その後はエッジがぶつかり合うすぐ隣に、セラフィーマ・サハーノヴィチが現れました。

そしてジェーニャは常に、自分が氷上のアスリートとして注目されるために戦って来ました。ですからこの競争は、彼女には十分に慣れている状況です。もちろん、練習で何らかの神経の負担が加わることはあるでしょう。しかし・・・やむを得ないことです」。

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