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2017/05/11 マクシム・トランコフ「エヴゲーニヤ・タラソワには、アリョーナ・サフチェンコやタチヤナ・ヴォロソジャールのような優れた女性パートナーになる素質がある」

http://www.sport-express.ru/se-velena/reviews/maksim-trankov-v-sochi-ya-ispolnyal-rol-geroya-vtorogo-plana-1253018/

2017/05/11 マクシム・トランコフ「僕はソチオリンピックで脇役のヒーローを演じた」〜その⑤〜

====一部抜粋====

(エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
インタビューにはマクシムが一人でやって来て、次のように説明した。

マクシム・トランコフ:「ターニャ(タチヤーナ・ヴォロソジャール)は今、常に赤ん坊と一緒にいる。乳母はまだいない — 妻は幼児を他の人にあまり任せたくないのだ。それに僕も、見知らぬ人が家の中にいるのが好きじゃないし」。

—現役続行の可能性の問題は、もう最終的に閉ざされたのですか?

「90パーセントね」。

—この決定を下すのは難しかったでしょうね。内面的葛藤は無かったのですか?

「それは今でも続いている。引退後の生活の可能性は、多くのタイトルを持っていたとしても、非常に限られているということが分かったのだ。僕は正直言って、全く別の判断をしていた。競技から去る時に何か見当をつければ、仕事に就けると。自分を、十分に創造的で柔軟な人間だと考えていたし、仕事が無いということはないだろうと信じていた。実際は、全くそうではなかった。ロシアで自分の働き口を見つけるのは、非常に困難だ」。

—それを理解し始めたのは、かなり早い段階で?

「ボストンの世界選手権から戻った後、ほとんどすぐに。夏の初めにターニャが妊娠したこと分かった。それで僕は、家にただ居ることがないように仕事について積極的に考え始めた。一人でトレーニングを続けることはしたくなかった:僕はそれを一度も好きだったことはない。コーチとして働こうとしたけれど、自分で滑っていた期間ずっと非常に多くのものごとをバラ色のメガネを通して見ていたことにすぐに理解したのだ」。

—あなたが滑っていたニーナ・モーザーの学校でコーチのキャリアを開始することを期待していたのですか?

「期待していたというのではない。僕とターニャが自分たちで滑っていた間、このことは何度も声に出して言われていた。現役引退後は、僕たちはいつでもチームに戻ることが出来ると。だが実際は、それが前よりも困難であることが分かった。チームは既に出来上がっていて、どんな新しい人でもその中では余計になるのだ」。

—このチームの中にロビン・ゾルコーヴィの場所はあって、あなたの場所は無いと分かって悔しくないですか?

「正直に言うと、僕にとってこれは今でも痛いテーマだ。ロビンをモーザーの学校に引き入れたのは、僕とターニャだ。アリョーナ・サフチェンコが現役を続行する決断をした後、五度の世界チャンピオン、オリンピックメダリストのステータスにあるロビンがリンクの外に取り残されて、僕たちは彼が本当に気の毒になったのだ。だってこんなにも長い間ペアスケートの『ブランド』でいるのは生易しいことではないのに — 突然全てを失うなんて:パートナー無しではロビンは一つのショーにも出られなかったのだから。

それに僕とターニャにとっても、ロビンから何らかのプロフェッショナルな部分を汲み取ることに興味があった — それは今、彼の指導の下でエヴゲーニヤ・タラーソワとウラジーミル・モローゾフがやっているのだが。彼らは長い間グループの中で『五番目の車輪』のようで、誰も彼らを特に信じなかったし、安定性がない、個性がないと思われていた。実際は今シーズン、このペアがどれ程輝けるのかが完全に明らかになったのだが」。

—このアスリートたちを見ると私はいつも、モーザーの下であなたとタチヤーナ・ヴォロソジャールが滑り始めたばかりの時期を思い出します。側から見ると、あなた方のペアというのは、それはある種の国家プロジェクトであることが、非常に良く分かりました。

「そういう面もあった」。

—このプロジェクトには、最良の力が注がれました:必要な専門家たちが引き入れられ、どのような小さなことでも保障されました:すなわち、あなた方のオリンピックでのパフォーマンス時に全ての弱点が取り除かれるように全てのことがなされました。今、私がただ理解出来ないのは、オリンピックの後何故コーチ陣は、タラーソワ/モローゾフ組に対し同様の熱意を持って働き始めなかったのか?ということなのです。

「僕とターニャは幾度となくこのことをニーナ・ミハイロヴナと一緒に話をした — ジェーニャとヴォーヴァは非常に大きな結果を出す能力があることを彼女に納得させようとした。しかし彼らには誰も何の特別な期待もしていなかった。若干の懐疑は次のことで説明出来るかもしれない:ジェーニャとヴォーヴァはジュニアから上がって日が浅く、その上われわれのスポーツ種目には、周囲が言うことに耳を傾ける特性が常にあった。一方で、タラーソワ/モローゾフ組はシニアで滑り始めてから、非常に急激に上昇したのだ」。

—あなたはだって、ある時期、このスケーターたちと一緒に仕事をしたのでは?

「そうだ。ソチオリンピックのすぐ後、最初のシニアのシーズンに彼らに二つのプログラムを作った。このアイディアがどのようにして生まれたのかはもう覚えていないが、彼らは反対しなかった。あのシーズンにジェーニャとヴォロージャはヨーロッパ選手権で3位になり、世界選手権で6位になった。彼らとのあの自分の仕事を僕はとても誇りに思っている」。

—あれは、このような面でのあなたの最初の経験でしたか?

「ペアたちとの仕事ではそうだ。最初のプログラム作成合宿に、僕は怪我の治療のために遅れたのだ。だから、プログラムの仕事を僕たちは遅れて開始した。そう、それに新しいスケート靴だったこともあった。実を言えば、その時僕は、ジェーニャが女性アスリートとしてどれ程ユニークであるかを理解した。彼女は、アリョーナ・サフチェンコやターニャ・ヴォロソジャールのような優れた女性パートナーになることが十分に出来る — そのための全ての素質が彼女にはある」。

—それはどのような点ですか?

「タラーソワは — パートナー的に非常に柔軟性があり — どのような状況にも調子を合わせることが出来る。だから彼女と仕事をするのは非常に楽だ。ヴォロージャはもっと頑固だが、彼には、今度は、彼が滑っているものの理解において非常に優れた俳優の素質を持っている。簡単に言えば、彼はアーティストであって、ペアスケートにおいてしばしば男性パートナーのことを言う『ジャッキ』ではないということだ」。

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