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2017/05/24 イーゴリ・チニャーエフ「『エクストリーム・ジャンプ』というような別個の競技種目を作る価値があるかもしれない」

https://www.sports.ru/figure-skating/1051551061.html
http://www.fsrussia.ru/intervyu/2996-igor-chinyaev-delitsya-opytom-s-drugimi-eto-bolshoe-delo.html

2017/05/24 イーゴリ・チニャーエフ「『エクストリーム・ジャンプ』というような別個の競技種目を作る価値があるかもしれない」

カナダのコーチ、イーゴリ・チニャーエフは、フィギュアスケート発展に関する考えを述べた。

「今日フィギュアスケートにおいては、誰かの気力をくじけさせ、何らかの点で種目の発展を妨げているような状況が作られている。一方では、何人かのアスリートたちが四回転ジャンプの完全なセットを実質身につけた。そして、それと同時に、このようなレベルにせめて近づくこうと仕事をするための必要な環境が無い多くの国々が存在している。

二つの異なる世界が出来ている。遅れを取っている者たちは、モチベーションを失うことになるだろう。

他方で、ジャンプ — それは発展への、そして限界を超えた人間の能力を知ることへのあこがれだ。そしてこの傾向は強まっていくだろうと思う。フィギュアスケーターの誰かが四回転アクセルを試している、いやもしかして着氷しているかもしれない、誰かは五回転に突進している、と私は信じている。

しかし、フィギュアスケートはジャンプだけではない。それは常に見世物のスポーツ種目だった。その強みの一つは — 振付けであり、情緒性だ。それは常に機能していたし、それを拒否するのは愚かなことだ。

確かに《芸術性》は評価が難しいし、それは主観的なものだが、しかしジャッジングは常にフィギュアスケートのアキレス腱だった。

しかし、今話そうとしているのは、それとは別のことだ。われわれのスポーツ種目を変更する、あるいは追加することだって出来るということについてだ。もし、例えば、skillsを撤廃すれば、全てはアクロバットに帰する。しかしながら、アクロバティックなエレメンツの恐ろしいまでの難度であったとしても、それ程多くの観客がその競技を見にやって来る訳ではない。

一定の種目か、あるいは『エクストリーム・ジャンプ』のような競技種目を考え、作る価値があるかもしれない。アクロバティックではなく、しかし壮観な、プロペラ(スクリュー?)付きジャンプを加えたら、それはファンやスポンサーの興味を加熱するだろう。

あるいは、フィギュアスケートの伝統的エレメンツと型破りなトリックを組み合わせることが出来るもう一種類のプログラムがあってもかまわない。なぜ、ダメだろうか? フィギュアスケートがスポーツ種目として発展するために、新しい形を探さなければならないし、時代に歩を合わせて進まなければならない」。チニャーエフはこのように語った。

文:アレクサンドル・チェルノーフ / 出典:ロシアフィギュアスケート連盟

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