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あれこれ

2017/07/07 マクシム・コフトゥン「最初の稼ぎで、母親に毛皮のコートを買った」

http://www.fsrussia.ru/intervyu/3030-maksim-kovtun-na-pervye-zarabotannye-dengi-kupil-mame-shubu.html

2017/07/07 マクシム・コフトゥン「最初の稼ぎで、母親にシューバ(毛皮外套)を買った」〜その②〜

====ロシアフィギュアスケート連盟公式サイトより一部抜粋。前回の続き====

(オリガ・エルモーリナ)
—休暇の間に家には帰ることが出来たのですか?

「可能な時には、たとえ二日であろうと、なるべくエカテリンブルクへ帰省するようにしている。この夏は両親がモスクワの僕のところへやって来た。正確には、彼らはウクライナのドニェプロペトロフスクにいる僕の実の兄のところへ行って来たのだ。僕以外の全家族が一緒に集まって、休暇を過ごした。この期間ずっと彼らは、僕と連絡を取り合っていた。その後で両親が僕のところへ寄ったのだ。

彼らは、兄のところへ行く前にも僕のところで二日間過ごした。僕は彼らをあらゆるところへ連れて歩いた。モスクワには、彼らがまだ行ったことが無い場所が常にあるし、僕も彼らに全てを見せたい。彼らの時間を充実させたいし、良いレストランで美味しく食べさせたいのだ」。

—あなたの生活でご家族はどのような役割を果たしていますか、両親のサポートがあなたにはどれ程重要なのですか?

「僕にはそれが非常に重要だ。両親がいつも僕を応援してくれるのを知っている。彼らは僕に、何をすべきだとか言って命令したり、迫ったりすることは無い。僕らの家族はそういうのとは違うのだ。どんな状況の時でも僕は家に電話をして、『パープ(パパの愛称)、こんな調子なのだけれど、何かアドバイス出来る?』と聞くことが出来るのだ。

すると彼は、もちろんお前は私が言うことに耳を傾ければ良いが、最後は自分が決めなさい、と言って話し始めるのだ。いつもそんな具合だ。しばしば、難しいことが起こると、僕は両親のアドバイスを聞こうとするし、彼らも正しい解決を示唆してくれる。彼らのところへ行って、弱音を吐いたり、暖かさを感じたり出来る、唯一の人たちなのだ。これが僕の家で、ここでは自由に息をすることが出来るのだと分かっている。家への帰省は、僕にとっては新鮮な空気を一息入れるようなことなのだ」。

—最初に稼いだお金で、あなたは母親にシューバ(毛皮のコート)を買ったというのは本当ですか?

「一番初めのお金じゃないけれど、そうとも言える。確かにそういうことがあった。正確にはまだ給料を貰っていない時だ。スパルタキアードで僕に賞金が出たのだと思うが、何か貯めていたのだ。そして全てのお金をママのシューバのために使ったのだ。僕は彼女に、男だというところを見せたかったし、将来も彼女とパパの面倒を見ることが出来るし、そうするつもりだということを示したかった。

彼らは自分のために生きたことが一度もないのだ。子供が三人いた。僕には二人の兄がいる。僕たちは全く豊かとは言えない生活だった。むしろ、貧しいと言える。兄たちは、もちろん、両親を助けているが、でも別のことで、だ。物質的には彼らにはそのような可能性は無い。何故なら自分たちの家族がいるのだから。

だから僕は両親の生活で欠落した部分を埋めようとしている。両親に人生を楽しむ機会を与えたいのだ。ママに誕生日を祝ってあげたい。彼女が友人たちを招待して、陽気に楽しめるように。あるいは父と一緒に休養に送り出したいのだ。

彼らに車を買った。それは僕の夢だった — パパを運転席に座らせるのが。しかし、最初に彼を説得しなければならなかった。何故なら、彼は反対したから。車を壊して、後でその支払いをするのを恐れたから。でもそういう場合のために保険があって、心配する必要は全く無いのだと僕は説明した。僕が自分で、父に運転を教え始めた。父がモスクワに来る時には、運転席に座らせて、僕たちはCSKAをぐるぐる乗り回した。時とともに父の恐怖が徐々に消えていき、すっかり自信を持って運転するのが分かった。そしてパパは運転免許試験に合格し、今では素晴らしく乗り回している」。

—モスクワにやって来て、あなたは非常に迅速に自分の『銃後』を守りました — 生活を確立しました。そのことは、競技生活の目標を二義的なものへと後退させたのではないですか?

「そんなことはない。アパートメントも車も、自由に呼吸して、生活のことで頭を悩ませないために僕には必要だった。モスクワにやって来てすぐに理解したことは、これら全ての問題を解決して、それらに左右されないようにしなければならないということだった。明日何が起こるか、誰にも分からない。だってスポーツは、人生の一期間なのだから。

今は、僕がトレーニングから気をそらさなくてもいいように、全てが揃っている。オリンピックは、全てのアスリートの目標だ。それは僕の目標だ。過去にもそれが僕の目標だったし、今でも目標だ。多くを語ることや、何らかの約束をすることはしない。僕の課題は、出来ることをやることだ。各試合で、クリーンに自信を持ってプログラムを滑ることだ」。

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