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2017/08/11 エレーナ・ラジオノワ「コフトゥンやヴォロノフは良いスパーリング相手だった」

http://www.sport-express.ru/se-velena/reviews/elena-radionova-menya-osuzhdayut-za-smenu-trenera-ya-gotova-k-etomu-1294133/

2017/08/11 エレーナ・ラジオーノワ「コーチを変えたことで非難されている? 私はそれへの準備は出来ている」〜その①〜

====一部抜粋====

(エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
—物事が自分の望むように行かなくなったという感覚が生まれたのはいつのことですか?

エレーナ・ラジオーノワ:「多分、シーズン開始からです。いくつかの怪我があり、その後長い病気があり、準備せずにテストスケートに行きました。シーズンの進行のなかでコンディションを整えるつもりでした — が結局上手く行きませんでした。しかるべき準備が出来ていないという理解はありましたし、その上、コーチとは以前のようなコンタクトがありません。個々のことではこれら全てのことは大した問題ではありませんでしたが、全てが一緒になって結果として、とても大きな問題になったのでした」。

—そのような全てのことにおいて、あなた方のグループに最初セルゲイ・ヴォーロノフが現れ、続いてマクシム・コフトゥンがやって来て、コーチは自分の注意をあなた方の間で分散させなければならなくなったという事実は、どう影響しましたか?

「私とマクシムやセルゲイとは良いスパーリングがありました。私はトレーニングのなかでは常に、何よりもまず自分と向き合っていますから、彼らは私をただ駆り立てただけでした」。

—それぞれのスパーリングには、別の面もあります:あなたは長年コーチにとって唯一の者だったのに、突然三人のなかの一人で、実際センターではなくなったのです。おそらく、このようなことを理解するのは、あまり面白くないのではありませんか?

「この時期にタチヤーナ・アナトーリエヴナ(・タラーソワ)が私を非常に強力にサポートしてくれました。ですから私は自分が見捨てられた感じはありませんでした」。

—コーチを変更することをあなたにアドバイスしたのは彼女なのですか?

「いいえ。全て、完全に私の決断でした」。

—12月にロシア選手権に出発する時、ロシア代表チームに入れないかもしれないと思いましたか?

「私は、何位になれるというような、何らかの具体的な順位については一切考えませんでした。二つのプログラムをどのようにしてクリーンに滑るか、ということだけ考えました。心理的には、それへの準備が出来ていました。基本的に私は一つのミスを犯しただけでした — フリープログラムで、トリプルループからの着氷時に手が氷に触れたのです。

つまり、何らの壊滅的な破綻もありませんでしたが、私は5位にとどまったのです。誰か他の人が私の順位だったなら、大いに意気消沈したかもしれません。しかし私は、重要なことは降参しないことだと自分に言い聞かせ続けました。確かに負けはしました。そういうこともあります。これはスポーツ競技なのですから」。

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