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2017/09/12 フィギュアスケーターに、より平易なものをやることを提案している。四回転ジャンプの危機。

https://www.sport-express.ru/figure-skating/reviews/figuristam-predlagayut-stat-prosche-pod-udarom-chetvernye-pryzhki-1308084/

2017/09/12 フィギュアスケーターに、より平易なものをやることを提案している。四回転ジャンプの危機。

====一部抜粋====

(エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
先ず、フィギュアスケートにおけるグローバルな技術的変更のアイディアは、今に始まったものではないことを指摘しなければならない。システムに関する最も激烈な闘士は、ファビオ・ビアンケッティの母親であるソニア・ビアンケッティだと常に考えられていた。彼女は当時、ISUの最高指導部のメンバーに入った最初の女性だった。1967~1988年まで、技術委員会委員長だった。すなわち、現在彼女の息子が就いている、まさにその職務に就いていたのだ。ソニア・ビアンケッティは、7回のオリンピックで審判団の一員として働き、この職務の全般的難しさのなかで40年以上を過ごし、フィギュアスケート規則集成の多くの篇の著者だった。つまり、このスポーツ種目の発展に誠に多大な貢献をした訳だ。・・・

スポーツにおいて難易度を高めることへの志向を強制的に制限しようと試みることは — そもそもユートピアだ。かつて体操競技が同様の経験をしたが、その試みは、予想通りの成功を収めることはなく、ただスポーツ種目の進歩に数年のブレーキをかけただけだった。制限することを支持する立場に立つ人たちは、通常、自分たちの見解をアスリートたちの健康への配慮によって説明するが、これもまたデマだ:アスリートたちの怪我の大部分は、フィギュアスケーターたちが現在やらなければならないエレメンツのあまりにも高い難易度が起因しているのではなく、それに向けた筋肉や靭帯の平凡な準備不足のせいで起こるのだ。

四回転ジャンプやスロージャンプが、いつもよりも周到に考えをこらした、綿密な準備を必要とするのは明白なことだ。といっても全員にそれが求められている訳ではない:それは、難易度の先端にいる、選ばれた者たちの宿命なのだ。

提案されたプログラムのなかにある、規則変更が運動と芸術の間のより調和的バランスを達成する助けになるということに言及した修辞たっぷりなフレーズも、全く批判に耐えられない:このような品種改良は、このスポーツ競技そのものが成功裏に行っている:どちらかの質が不足している選手たちを表彰台の外に排除しながら。例えば、二つのプログラムで5本の四回転ジャンプを世界で初めて跳んだカナダのケヴィン・レイノルズは、これまでの選手生活の中で際立って勝利している訳ではない。

プログラムを改称し、そのプログラムのそれぞれのメダルと、合計点の勝利に対してもう一つのメダルを授与するというビアンケッティの提案も、また無思慮によって出されている。ショートとフリープログラムでの勝利に対する「スモール」メダルは、今も授与されているし、ただそれが大抵「労働の」現場で — 表彰台の氷に滑り出ること無しに — 行われているだけだ。

もし、合理的に見えるかもしれないものがあるとしたら — それは、ショートプログラムでは技術点だけを残し、コンポーネンツは全く評価しないというだいぶ以前から既に溶けかかっているアイディアだが、しかしこのような提案は、今のところ正式には誰も練り上げたことはない。

ビアンケッティは、それにもかかわらず、冗談ではなく人々を活気づけるのに成功している — 既にほとんど一昼夜でフィギュアスケート界は、このイタリア人の創作の天才によって作り出されたイニシアチブにコメントしている。変更の見込みに対して最も合理的な反応をしたのは、昨シーズン二つのプログラムで8本もの四回転ジャンプを試みたことで有名な、アメリカのネイサン・チェンだ。ビアンケッティのプロジェクトにコメントを求められた時、チェンは、遠い将来に何が起こるかを考えるには、あまりにも今のオリンピックに集中しすぎていると答えた。

そして何故か、全面的空騒ぎの背後で、ソチオリンピックで日本人羽生結弦が勝利してすぐにフェイスブックの個人ページで、ファビオの母親であるソニア・ビアンケッティが書いた次のことばが後景に追いやられている:「羽生が彼のパフォーマンスで私に与えた感情を描写しようにも、私のなかにことばを見つけることが出来ない。彼の滑りに息を呑む。ジャンプをしながら、空中で彼は何という速さで回転するのか、最高に難しいステップから何という素早さで四回転やトリプルアクセルに入るのか、彼の動きは何と優美で、何と音楽に調和していることか・・・これら全てを私は、何の疑いも無く、真のフィギュアスケートと呼ぶことが出来る・・・」。

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