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2017/09/25 ミハイル・コリャダー「ショートプログラムの出来事は、不測の事態に属する」

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2017/09/25 ミハイル・コリャダー「ショートプログラムの出来事は、不測の事態に属する」

====一部抜粋====

(タチヤーナ・フレイド)
オンドレイ・ネペラ・メモリアル大会で、ミハイル・コリャダーは、ショートプログラム10位から、1位に浮上し勝利した。彼は、ブラチスラバでの滑りについて語った。

—ミーシャ、ブラチスラバでは10位から1位に浮上し優勝しました。これはあなたにとって想定外のことでしたか?

「想定外だ。予定していたものが全て上手く行った訳ではなかったが、今大会ではこのようなバージョンに満足している。強調するが、今大会では、だ。何故なら、もっとやれることを知っているからだ。

正直言うと、試合前も競技の時も、僕は順位のことは全く考えなかったし、フリープログラムでは落ち着いてただ出て行き、冷静な頭で普通に滑った。全ての競技会 — それは経験だ。何故なら滑り終えてから、自分の気持ちをどう整えるかとか、微妙なニュアンスや個々の箇所に注意を向けることの理解が始まるのだ。つまり、磨き上げのプロセスが進行しているのだ。とりわけ、休みの後、観客やコスチュームに慣れて行くシーズン当初には、この経験が重要だ。これを通らなければならない。これから、どんどん良くなって行くだろう」。

—今日は、新フリープログラムで四回転ルッツをクリーンに跳んだ初めての滑りとなりました。気分は?

「良い気分だ」。

—予想していましたか?

「既に時間の問題だった。ルッツは近づいていたし、練習では普通に出来ていた」。

—四回転ルッツの後は残りのプログラムに集中しましたか?

「難しかった。しかし、僕には目標があった — 『パンク』なしで全てを回ること、良くても悪くてもジャンプをすること。『パンク』は正直言って、うんざり、だ」。

—ショートプログラムでは、何が起きたのですか?

「分からない。自分でまだ検討していない。大会に向けて素晴らしい準備をした。でも何かが、上手く行かなかった」。

—失敗の滑りから、どのように立ち直ったのですか?

「難しかった。正直言うと、ある種のパニック状態だった。ホテルの部屋に戻っても、どうして良いか分からなかった。頭は空っぽで、何も考えられず、プログラムの滑りが目の前に浮かんだ。頭がおかしくなると思った・・・」。

—しかし、克服した。

「克服した。ある瞬間に決断した:『何故自分を追い込んでいるのだ? これはシーズン前の、テスト大会だと言うことも出来る。そこでは全てを試すことが出来る、もし、今じゃなく、ここじゃなかったとしたら、いつ試せるのだ?』。そうして急速に立ち直った。翌朝目覚めると、全てがノーマルだった」。

—フリープログラムでは、3本の四回転ジャンプを跳ぶことを試みたのですか?

「そう、3本の四回転だ。ペテルブルクでは3本の四回転を入れてプログラムを滑っていた。その時サルコウは、実は跳び直しした。しかし、クリーンな完璧な滑りもあったのだ。だから僕にとってこれは力量に合っているし、現実的なのだ」。

—あなたはロシア男子チームのリーダーとして、余計なプレッシャーを感じていますか?

「このことは考えないようにしている。もし考えたら、頭がおかしくなる可能性があるから」。

—でもジャーナリストたちが、常にそれを思い出させているのでは?

「僕は記事を読まないし、インターネットも滅多に覗かない」。

—羽生結弦がカナダの大会で、ショートプログラムの世界記録を作ったことを知っていますか?

「もちろん。言うまでもないが:彼は素晴らしい! 彼はある程度非凡な人だ。彼には特別なエネルギーがある。結弦と同じ氷に立つ時、ある者は、彼の隣で滑りながら弱気になるが、僕は、逆に、奮起する。肩を並べたい」。
・・・
—この大会はあなたにとって、かなり特殊なものになりました。シーズン最初の大会を終えた総括は?

「さらに多くの練習をして、さらに多くの通し滑りをすることだ。何故なら、個々のジャンプは良くても、プログラム全体を音楽に合わせて滑ることは、それは全く別のことだ」。

—コーチとはもう電話で話しましたか? ワレンチーナ・ミハイロヴナは、スターシャ・コンスタンチーノワと一緒に別の大会に行きました。

「僕たちは電話で話し合った。ワレンチーナ・ミハイロヴナはこう言った:『あらゆる事が起こるのよ。そのような時に自分に打ち勝つことが出来なければならないわ』と。試合では、完全に全てを事前に予測して準備しておくことは出来ない。氷上の明かりが消えることもあるし、コスチュームが破けることだってある。どんなことでも起こり得る。どんな不意打ちにも、不測の事態にも備えて、その後に何をするかを分からなければならない」。

—でも、今大会ではおかげさまで、そのようなことは何も起こらなかった。

「僕のショートプログラムの出来事 — それも不測の事態、考え違いであり、こういったことはもう繰り返してはならないものだ」。

—コーチ無しでの出場は難しかったですか?

「競技会に来たら、もうコーチがいても、いなくてもあまり重要ではない。何故なら、どんな試合でも、それは練習の総決算だから。為されたことの全て — それはここの氷に出る迄に為されたことだ。ロシアでしばしば言われているように:腎臓が悪化している時に、『ボルジョミ』(訳注:健康に、特に腎臓に良いとされるグルジアの薬用鉱泉水)を飲んでももう遅いのだ。ショートプログラムでは、僕たちはどこかが練習不足だったのだろう。ペテルブルクに帰って、分析、考察し、二週間後のフィンランドでの大会に臨むつもりだ」。

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