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2017/10/19 ブライアン・オーサー「羽生結弦は、オリンピックで勝つことに焦点を合わせている」〜その②〜

https://rsport.ria.ru/interview/20171019/1127397065.html

2017/10/19 ブライアン・オーサー「羽生結弦は、オリンピックで勝つことに焦点を合わせている」〜その②〜

====一部抜粋====

(R-Sport特別特派員エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ)
—日本のスケート連盟は、羽生のオリンピックに向けた準備をどれ程注視してコントロールしているのですか?

「このコントロールがうるさいと言うつもりはない。私はこの関係のなかに完全な信頼とサポートを感じている。連盟の代表者たちは、仕事の進行状況を見るために夏に私たちのところにやって来て、エレメンツの難易度レベルを点検するためにシーズンが始まるまでにプログラムを見たいと表明したが、しかしそれは、他の全ての国々が自国のアスリートたちに対する関係で振舞う行動と、全く同じものだった」。

—ある時アレクセイ・ミーシンが言いました。グループ内に一人の非常に才能がある女子選手を持つよりも、二人の平均的男子シングル選手を持つ方が良いと。このような公式にあなたは賛成しますか?

「彼は本当にそう言ったの? 妙だ。私の経験では、非常に高いレベルのアスリートたちと働くのは、別の理由で難しい:彼らは自分の準備に身体的だけでなく、感情的にも非常に強く没頭する。彼らは全く同じものをコーチにも要求するのだ。それは、国民性とか性格だとか、性別の問題ではない。ある時期私は女子選手とだけ働いていた。その時私のグループでは、キム・ユナやクリスティーナ・ガオが滑っていた。その後男子選手だけになって、今は混じっているグループだが、今のところ、それについての自分の見方を変える理由に出会っていない」。

—あなたの生徒たちは、オリンピックで何本の四回転ジャンプを跳ぶ計画ですか?

「羽生は、全部で5本跳ぼうとしている。プラス、ショートプログラムの2本だ。フェルナンデスの戦術は別のもので、私にはそれが完全に理解出来る。フリープログラムでクリーンな四回転を3本跳べば、他のどのようなアスリートにも、もし彼らがミスを犯せば、勝てる。Japan Openがそうだった:ネイサン・チェン、宇野昌磨は、フェルナンデスに及ばなかった。ことばを換えれば、ハビエルには四回転ルッツを跳ぶ何の必要もない」。

—でも彼は基本的に四回転ルッツを跳べるのですか?

「四回転ループが出来るのは確かだ。そこには一つの『しかし』がある。新しい難易度の高いジャンプは、非常にしばしばアスリートのシーズンを壊し、全ての滑りが一つのことに帰してしまう:着氷するか、しないか? 昨シーズンの全期間を通じてハビは、結弦が自分のループといかに戦っていたかを観察した。彼が何度転倒し、何度有頂天に達したかを見ていたのだ。しかし、もしこれが羽生にとってはトレーニングの一部でしかないとしても、ハビエルにとっては、そのような難行苦行に何の魅力もないのだ。彼は、トレーニングからストレスではなく、喜びを得るのに慣れている。だから私は、決して彼に圧力をかけようとはしないのだ」。
・・・
—四回転ジャンプはスケーターに、身体のより綿密な手入れを要求していると言うことが出来ますか?

「もちろんだ。自分のグループでわれわれは、特別なストレッチ — ピラテスの一つの形態 — に大きな注意を払っている。私自身が滑っていた時には、一日に3、4時間ずつ必須フィギュアに取り組むことが習慣となっていた。片足、あるいはもう一方の足で多く滑り、出来る限りのループ、ロッカー、ブランケット、小さな速度、ゆっくりしたリズムでのターンをやると、全ての最も微細な筋繊維が、身体のなかで素晴らしく働く。これは、全ての諸々を抜きにしても、非常に良い怪我予防だ。特別なトレーニングと全く同じ効果を得ることが出来るから、私のスケーターは全員がこれに取り組んでいる。

自分の身体の声を聞くことが出来ることがいかに重要かを、私は常にアスリートたちに思い出させている。Autumn Classic大会の前に、膝が羽生を悩まし始めた。何も深刻なものでは無かったが、彼がフリーで負けた後、日本のマスコミがこれからあらゆるストーリーを膨らませようとしているのを私は見た。実のところ原因は、私には完全に明白だった:羽生が練習で四回転ルッツと四回転ループをこまごまと仕上げようとして、多量の繰り返しを行ったので、身体がそれに対して独特のストップシグナルで反応したのだ。フリープログラムで彼は、あのジャンプもこのジャンプも跳ばなかったので、プログラム全体が飛び散った。私は彼に数日の休養を与えると、全てがその場で回復した」。

—コーチがアスリートと長年働いている時、彼は普通、生徒のことを両親に劣らず分かっています。羽生についても同様のことが言えますか?

「アスリートとして、私は彼を綿密に研究したと思う。純粋に人間的視点からは、彼は何らかの事柄においては、私には依然として謎だ。何らかの私の冗談に対する結弦の反応に関しては、例えば、彼のユーモアのセンスは、全てが分かり合えるのを知っている。と同時に、彼はオリンピックで勝利することに、あまりにも強く焦点を合わせている。私の目には、あまりにも強い。私は、彼が時には結果だけじゃなく、楽しみについても考えることを自分に許したら良いのにと思う。でも、それが羽生なのだ」。

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