FC2ブログ

あれこれ

2018/03/30 アレクサンドル・ラケールニク「フィギュアスケートはどう変わるか」〜その②〜

http://tass.ru/opinions/interviews/5078235

2018/03/30 アレクサンドル・ラケールニク「フィギュアスケートはどう変わるか」〜その②〜

====一部抜粋====

—怪我を負う頻度はどうですか? だってジャンプの難易度が増す程に、怪我の危険性は高くなるのではないですか?

「ペアスケートにおけるスロー四回転ジャンプに比べれば、(シングルスケートでは)それ程の危険性は見られない。必要なことは正しいウォーミングアップ、準備であり、もしあなたが今日それへの準備が無いのであれば、ジャンプに向かって行かないことだ。

怪我はどこででも起こり得る。四回転トウループを跳んだアンナ・シェルバコーワは、トリプルループで足を骨折した。彼女はフィギュアスケートに復帰したが、私の知っている限り競技会ではまだ高難度ジャンプを跳んでいない。

スポーツでの怪我は避け難いものだが、それらのリスクを減らすことが出来る確実な一定のメソッドが存在する。怪我の回避は現実的だ。ネイサン・チェンは数年前、足に非常に重い骨折をしたが、見たまえ、今や彼がどんな風に跳んでいるか。

ペアスケートでのスロージャンプに戻れば、それはシングルの四回転ジャンプよりも遥かに恐ろしいものだ — このエレメントを学んだ実質的に全ての選手が、様々な形で怪我を負っている。スロージャンプの踏切でのごくごく小さな不正確さによって、身体がどこか分からない方向に飛んで行くのだ。ツイストは、それに比べれば危険度は少ない — 女性パートナーは、男性パートナーによって支えられているから。

クセーニヤ・ストルボーワとフョードル・クリーモフが、どのようなスロー四回転サルコウジャンプをやり、どれだけ飛んで行ったかを思い出して欲しい。あるいは、どんなスロートリプルアクセルジャンプでナターリヤ・ザビヤーコが落下し、氷に頭を打ち付けたかを」。

—かつて四回転ジャンプは、男子たちにとっても何か例外的なことに思われていました。

「フィギュアスケートは前に進んでいる。そして今では、かつて自分たちには不可能だと思っていた人たちでさえ四回転ジャンプを学んでいる。

ドイツのパウル・フェンツはトリプルアクセルと四回転トウループを跳んでいる。自分の体格(TASS注:彼の身長は179㎝)の条件下で。それに彼は、例えば(同じように背が高い)ジョージアのモーリス・クヴィテラシヴィリのようにすばしこくもない。しかし彼は、同じように飛ぶし、全て上達している」。

—一方で芸術的表象に関しては、大量の高難度エレメンツの下で二義的なものに追いやられる可能性があるのではないですか?

「その通りだ。だって高難度ジャンプが多い時でも、芸術的表象への準備はやはりやらなければならない筈だから。しかし、若干のアスリートのプログラムでは、所々で『助走 — ジャンプ』を想起させ始める。

だからこそ、一方で四回転ジャンプが二種類以上なければならないのであり、他方で — プログラムは完璧なプログラムであらねばならないのだ。そして、フィギュアスケート発展の次なるプロセスは、スポーツ的要素と芸術的要素の統一というコンセプトによって定義されるだろう」。

—それでは、芸術的表象は「滅びる」ことはないのですね?

「それは哲学的質問だよ。ある者は、アリーナ・ザギートワと彼女のコーチを、後半に立て続けに6つのジャンプを跳んでいるといって非難している。しかし、これをするのは恐ろしく難しいのだ — 身体的のみならず、心理的にも。この壊れやすいトランプの家では、たった一枚のカードが飛んでしまえば、もう全てのカードが飛び散り始める。これが世界選手権で起こったことだ。他の選手たちが勝利へ向かってこのような道を選んだとしても、それは出来ないかもしれない。全てが簡単なことだ、などと思ってはいけない」。

—なぜプログラムを短縮するのですか?

「大会時間の短縮という流れがある。道具や機械、方法によって、プログラム、審判、ウォームアップ時間の短縮が可能だ。

例えば、ISUの活動のおかげで滑りのレベルが高まっているなかで、16組のペアでフリープログラムを競うのは少し少な過ぎるのではないかという問題が、今後持ち上がるだろう。世界選手権の結果でわれわれが知ったのは、28組のペアが相当なレベルで滑ったということだ。ランクからの彼らの出口をわれわれ自身が塞いでいるとすれば、われわれにどうして彼らを鼓舞することが出来るだろう?

もう一つのジレンマもある:フリープログラムでのシングルスケーターたちの人数を24人から30人に増やすという提案が届いている。しかしそうなると、スケジュールがあまりにも高密度で、全く融通が利かないものになるだろう。全てのプラス、マイナスを計量して、今後どのような道を行くべきかを判断しなければならない。

時間よりも、もっと遥かに散文的な事象がある — それはテレビとスポンサーの関心だ。これはお金であり、それによってフィギュアスケートが生きている。もしわれわれが変更を行うとすれば、われわれはそれらを調整しなければならない。そこには、客観的現実に関係する非常に多くの問題がある。しかし、このプロセスはその場で立ち止まっている訳にはいかない。だってわれわれの主要な課題は — スポーツ種目を見せることであり、その結果としてのファンたちの興味関心なのだから」。

関連記事
スポンサーサイト



  1. 2018/04/06(金) 00:34:00|
  2. フィギュアスケート
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<2018/03/30 アレクサンドル・ラケールニク「フィギュアスケートはどう変わるか」〜その③〜 | ホーム | 2018/03/30 アレクサンドル・ラケールニク「フィギュアスケートはどう変わるか」〜その①〜>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kurkuma.blog.fc2.com/tb.php/2556-09a5ad7f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)