FC2ブログ

あれこれ

2020/01/12 ラファエル・アルチュニャーン「ネイサン・チェンとの仕事について」

https://www.bolshoisport.ru/articles/ostanovit-konveyer-rafael-arutyunyan-o-rabote-s-natanom-chenom-odnodnevnyh-chempionkah-i-neobhodimosti-podnyatiya-vozrastnogo-tsenza-v-figurnom-katanii

2020/01/12 ベルトコンベアを停めること。ラファエル・アルチュニャーン — ネイサン・チェンとの仕事について、1日だけの女王について、フィギュアスケートの年齢制限を上げる必要性について

=====一部抜粋=====

(ボリス・ホドロフスキー)
アルチュニャーンはフィギュアスケートの初歩を、生まれ故郷のトビリシ(訳注:現在のジョージアの首都)で理解した。その後エレヴァン(訳注:アルメニアの首都)に移り、アルメニアの体育大学を卒業した。10年間エレヴァンのフィギュアスケート学校で働いた後、モスクワに移った。スポーツ宮殿「ソコーリニキ」で、妻のヴェーラと一緒に働いた。彼の生徒の中にはセルゲイ・ヴォーロノフ、アレクサンドル・アプトがいた。2000年にラファエルは渡米した。カリフォルニアで、妻やもう一人のロシアのコーチ、ナジェジダ・カナエワと一緒に多人数のグループを率いて働いている。約20年の海外生活にも関わらず、ロシアフィギュアスケートの問題に話が及ぶと、ラファエルは常に「われわれロシアでは」と語る。

—あなたはカリフォルニアで働いていますが、チェンは国の反対側にあるイェール大学で学んでいます。ネイサンは、他の専門家の下でトレーニングするという話には耳を貸そうともしない。フィギュアスケーターと遠隔で仕事をするというのは難しいでしょうね。

「非常に難しいが、私は10年に渡ってネイサンが独立して練習が出来るように導いて来た。彼をトレーニングしたのではなく、彼が自分でトレーニングすることを教えたのだ」。

—トリノのグランプリファイナルでは、練習や競技以外の自由時間でチェンは教科書に向かって過ごしていた・・・

「それ以外に無いでしょう? 彼にはこれから試験があるし、彼はアメリカで最も権威ある大学の一つで学んでいるのだから。イェール大学の教授たちは、彼らの生徒が権威ある国際大会で国の名誉を守ったからといって大目に見てくれたりはしない。それは、もしネイサンが、学業が山積しているからトレーニングを三日間休ませてくれと頼んだとしても、私は何の譲歩もしないのとちょうど同じだ。彼もそのことは十二分に理解している。学業とスポーツのどちらかを選ぶのか、それとも学業でもスポーツでも成功を収めるのかだ」。

—ピョンチャンオリンピックでは、チェンはショートプログラムをダメにして、フリープログラムに6本の四回転ジャンプを組み込むというリスクを冒さなければなりませんでした。しかし、ミラノの世界選手権では、ネイサンは競技会第一日目で確固たるリードを奪ったのに何故それをする必要があったのでしょうか?

「コーチの仕事は、具体的試合での勝利のために必要なポイントを計算することにあるのではない。自分の生徒を教え、彼の成熟と形成を見つめなければならない」。

—あなたが教えているアスリートたちは、高難度ジャンプが無意識的に自動化されるまで仕上がったと感じる時があるのですか?

「チェンの場合は、そうだ。ただ、四回転サルコウを初めてプログラムに入れた時は、80パーセント位の仕上がりだった。アクセルには問題があった。それ以外の全てのジャンプは、試合で実行する時迄には100パーセント準備が出来ていた」。
・ ・・
—指導的ロシアのコーチ、エテリ・トゥトベリーゼは、仕事のベルトコンベア式方法を非難されていますが・・・

「ロシアのコーチたちは、世界のどの国のコーチたちも出来ないことをやっている。子供たちは5歳からプロになる。どこの国でもそのようなことは無い! 当然、10~12歳のロシアのフィギュアスケーターたちと他の国の同年齢者たちが競うことは不可能だ。もし、ジュニアの競技会も含めて全員に勝つという課題がコーチに課せられるとしたら、ロシアではその課題がやり遂げられる。アメリカではアプローチが違う」。

—アメリカのコーチ、アルチュニャーンの生徒も、グランプリファイナルでロシアのスケーターたちに勝っています・・・

「ちょうどチェンが私のところに来たのが、彼が10歳の時だった。ネイサンがいつでも、どこででも勝つようになどとは、誰も私に要求しなかった。私は彼を当たり前のアスリートに養成したが、彼は世界フィギュアスケートのスーパースター、二度のオリンピックチャンピオン羽生と戦い、一度ならず彼に勝っている。あの日本人がスターであることは、疑いの余地が無い。私自身が彼のファンだ。私はただ、チェンが羽生に勝てるようにと、彼を訓練しただけだ」。
・ ・・
—ロシアでは、ほとんどのコーチは独裁者ですが、アメリカではフィギュアスケーターのパートナー・・・

「アスリートとのパートナーの関係は、何倍も難しい。例えば、オリンピックでチェンに起こった馬鹿馬鹿しい誤りは、このような関係の結果だ。だって彼自身が自発的に、ショートプログラムでミスにつながるようなエレメンツをやる決断をしたのだ。私には全く別のプランがあったが、ネイサンは自分の考えに固執した。そして、ショートプログラムで17位に落伍した。シーズンの重要な試合で、ミスを犯すという機会を私は与えたのだ。しかし、今は私の勧告をチェンは注意深く聞いている」。
・・・・
—モスクワからカリフォルニアに移るというご自分の決断について、後悔したことはありますか?

「一度も無い。モスクワでは200ドル相当をルーブルで稼いだが、生活のためには1000ドル必要だった。アメリカへは利己的欲求だけで行ったが、すぐに十分な金額を稼ぐようになった。それに私は(国の最高機関から任命される)特権的コーチには、本当になりたくなかった。現在そのようなカテゴリーが存在するのかどうか知らないが、19年前には存在した」。

—ロシアでは、オリンピックからスケーターやコーチが帰国すると、連邦予算や地方予算から褒賞が出ました。アメリカではどのようにチャンピオンたちを鼓舞するのですか?

「アメリカではそのような褒賞は必要ない。アメリカのアスリートやコーチは、自給自足で、ショーへの出演料、広告契約料、スポンサー収入などで、自分の勝利を収益化出来る。私には、20分の授業で40ドル支払われていた。チェンが世界チャンピオンになってからは、50ドル迄歩合が上昇した」。

—アメリカにもテストスケートが存在しますが、専門家たちの意見は一般の人々の議論のために出されることはなく、アスリートとコーチにだけ伝えられます・・・

「ロシアではテストスケートの後、誰もがスケーターやコーチに向けた多くの意見を持っている。アメリカでは、誰もが全てを気に入っている。私でさえ、『皆さん、やめましょう!』と言わざるを得ない。私が世界選手権銀メダリストに向かって、彼のプログラムや滑りについてのいろいろな真実を話した時には、アメリカの専門家たちにとって本当にショックだった。私は自分の生徒たちには、ひたすら自分の考えを説いている:褒めことばを聞きたいのか、それとも上手く滑りたいのかと。彼らは全員がまともに受け入れている」。

関連記事
スポンサーサイト



  1. 2020/01/14(火) 01:35:03|
  2. フィギュアスケート
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<2020/ 01/21 アレクセイ・ミーシン「もし羽生がいつか四回転アクセルを跳ぶとすれば、アーティスト・結弦の世界フィギュアスケートへの貢献に次いで二番目に重要な貢献となるだろう」 | ホーム | 2020/01/09 秋田市の古代水洗トイレ遺構と渤海国 〜6〜 — 渤海滅亡後の渤海人 —>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kurkuma.blog.fc2.com/tb.php/2760-e2d5a0ab
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)