楽天市場 あれこれ 2022/09/19 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑮
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あれこれ

2022/09/19 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑮

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑮
(ミハイル・ヂェメノーク作 1998)


しばらくして銃声が響き、辺りは静まった。イジューブルは一発で仕留められた。彼ら二人が、シカの胴体から皮と内臓を取り除き、肉の入った袋を幾つも運んで来て、肉の一部を源流の水に浸した時、おかしな行動をしているハオ・リェンに気が付いた。彼がチョウセンニンジンを見つけた場所のすぐ側にあった若いチョウセンゴヨウの木の代わりに、そこには1メートル半の切り株が突っ立っていて、その周りをハオ・リェンが手に斧を持って動き回り、その切り株を削っては人間の形を作っていた。

「あれは、自分の神様を作っているだよ」。チェ・ヨンゲンは、手を一振りした。そして、仮小屋作りをお終いにして彼は、ハオ・リェンが、ニンジンの大きな根を見つけたことを皆にずっと伝えようと決心したのだと説明を始めた。斧を使って木に人間を作り出そうとしているのも、チョウセンニンジンの根もどこか人間に似ているからなのだと。

一方でハオ・リェンは、この幸福な場所をいつまでも覚えているために、樹齢100年のチョウセンゴヨウの皮を斧で窓の形に剥いで、いわゆる、ポドループ[目印の刻み]を作った。翌年になってハオ・リェンがここの場所に戻った時、目印のポドループによって自分のニンジンの在処を見つけるのだ。たとえ根が無かった時でも、チョウセンゴヨウの窓の中の琥珀色の樹脂に、必ず火を付け焦がしておく。表面が焼かれたポドループを見て、他のニンジン採集者たちは、この場所は既に点検されていて、ここを探しても無駄だと分かるのだ。

「これで、ちっとは分かったか?」。チェ・ヨンゲンは、笑いながら言った。
「何処で聞くよりも、良く分かったさ」。ゴーシャは、ウインチェスター銃の手入れに取り掛かった。「レストランで、ある通訳から聞いたんだが、原住民たちは40歳を過ぎると、力が付いて目が良くなるからとか言って毎年チョウセンニンジンの浸酒を飲むんだそうだ。こりゃ本当かね」。
「そうだよ、本当だよ。良く効くよ」。チェ・ヨンゲンは、何度も頷いた。

「俺は確かに、マーモントフカの石の壁の近くで根っこを踏んづけたんだがな」。チョウセンゴヨウの切り株の、白い人間の形を眺めながら、エフィムが言った。
「わしらはここから壁のところ迄行って、みんなで良く探してみよう」。チョウセンゴヨウの切り株の周りの木屑を集めながら、チェ・ヨンゲンが言った。
「それは沼地の密林近くの高台にある石の要塞の側のことかい?」。ゴーシャがエフィムに聞いた。
「その通り。お前さん、そこに行ったことがあるのかい?」。
「春に俺は、あすこで若ジカを仕留めたのさ。水飲み場のところまで何度も通ったよ」。ゴーシャが自慢した。「本当にここのタイガは豊かだなあ。何でもある。ここで小金を貯めて、ブラコーフみたいに養蜂場を手に入れ、シカを飼おうかなあ」。サハリン人は、夢見るように言った。
木屑を全部集め終わると、チェ・ヨンゲンとハオ・リェンは、この幸福な場所の周りの藪を切り払い、土地を掘り返すと、チョウセンニンジンの赤い種を播いた。
「ニンジンの根は消えることはないよ。それはいつも生きているよ」。チェ・ヨンゲンは、革の膝当てから土を払い落としながら言った。

次にハオ・リェンは、ずっしりと重い蝋のように黄色いニンジンの根が湿ったコケに包まれて入っている、チョウセンゴヨウの若い樹皮で出来た網籠を、注意深くエフィムの手に渡すと、チェ・ヨンゲンに半ばひそひそ声で何かを言った。チェは同意して頷くと、根は一時的保管のためにエフィムに預けるから、それを掌中の珠のように大事にしなければならないと説明した。
エフィムは、根の入った網籠を背嚢に入れると、枕元の、キュウリの香りがする柔らかいシダの小山の脇に置いた。

夕食には、ゴーシャが肉入りの粥を煮て、心臓、肝臓、腎臓を蒸し、茶を沸かし、赤ブドウを煎じた。肉粥はこってりと脂っこく、皆が気に入った。しかし、蒸し煮にした肝臓は、きゅ、きゅと音がして生煮えだったので、チェとハオは絶対に食べようとしなかった。
「何てもったいないことをする人たちだ」。サハリン人は歯を見せて笑った。「俺の分け前が増えるだけだ」。そう言って、肝臓を全部たいらげた。

しかし、野営の準備を始めた時、ゴーシャは気分が悪くなり、窪地の方へ何度も行ったり来たりを始めた。
「腹の具合がおかしくなった。滝みていに沸き立ってやがる」。彼はぼやいた。
チェ・ヨンゲンは、エフィムに網籠をほどき、ニンジンの葉を取り出すように頼んだ。彼が言われた通りにすると、チェ・ヨンゲンは手の形の葉をカップに入れ、お湯を注いだ。
「えますぐ治るべ」。彼はゴーシャに濁った飲み物を差し出した。「飲め!」。
サハリン野郎は、顔をしかめながらがぶがぶとカップを飲み干した。
「おう、キニーネみたいに苦い」。
「よろすい、もう紫斑は出ないよ」。
実際にチョウセンニンジンの煎汁はゴーシャに効き目があり、痛みを取って、彼は間もなく仮小屋じゅうにいびきをかき始めた。

こうして最初の日は過ぎた。それに続く日々も、採集者たちはついていた。ハオ・リェンは17回、チェ・ヨンゲンは11回、エフィムは9回、ゴーシャは2回、《ワンスイ!》を叫んだ。サハリン人の不運の原因をチェ・ヨンゲンは、何よりも彼の悪口にあると見ていた。チョウセンニンジンは、彼に背を向け隠れているだけなんだと。チェ・ヨンゲンのことばによれば、ニンジン採集者は、晴れ晴れとした、陰気でない顔をしていなければならず、笑ったり、冗談を言ったり、小声で歌ったりさえしなければならない。そうすれば、成功を掴むことが出来るだろうというのだ。

ある日の休憩の時、チェ・ヨンゲンとハオ・リェンは例の根っこを掘るのに忙しかった。その折に、ゴーシャがエフィムがいる倒れ木にやって来て腰を降ろすと、いとも気軽にこう言った。
「エフィム、俺はあいつらを見ていて思うんだが、もしも、このウインチェスター銃で彼らをがつんとやったら、根っこは均等分けとしようぜ。全てのカーチカ紙幣は俺たちのものになるな。そうだろ」。
「何だって」。エフィムの顔は真っ赤になった。「もう一回言ってみろ、ずるい奴!」。
「いや、俺は冗談を言ったんだよ、エフィム、まるっきりの冗談だよ」。サハリン人は、倒れ木の上に置かれたウインチェスター銃の方へ、神経質に震える丈夫な方の手を伸ばした。
「触るな」。エフィムは力任せに彼を蹴飛ばした。ゴーシャは倒れ木から転げ落ち、やっとのことで両足で踏みこたえた。青くなったサハリン人の目の前で、エフィムはウインチェスター銃の弾を抜き、二本のくっつき合った木、つまり二股の間に銃を差し込むと、やすやすとそれをひし曲げ、足許に放り投げた。
「撃てるもんなら撃ってみろ!」。

驚いたチェ・ヨンゲンとハオ・リェンが、エフィムの方へ駆け寄って来た。
「彼は悪者なのか?」。背嚢の荷物をまとめたゴーシャを杖で指して、チェ・ヨンゲンが言った。
「悪者で、おまけに卑怯ときている。彼の取り分を返してやって、とっとと何処へでも立ち去ってもらおう」。
チェ・ヨンゲンが震える手で樹皮製の網籠をほどくと、ハオ・リェンは何本かの根を数え分け、サハリン人に返した。
「俺は今分かった。誰のおかげでアレクセイが牢獄の中で苦しんでいるのか。お前のせいだ、ずるい奴!」。エフィムは足を鳴らした。「お前の顔なぞ金輪際見たくもない。覚えて置け、他人の不幸で儲けるな! ロノマレンコ爺さんには、お前に敷居を跨がせるなと、俺は言いつける」。

サハリン人は、黙って背嚢を取ると、ウインチェスター銃を拾い上げ、源流づたいに下に降りて行った。ズック製の前垂れが歩くのに邪魔だった。
「くたばっちまえ!」。彼は、自分の前垂れをもぎ取ると、藪の中に投げ捨てた。それからアナグマの毛皮も同じようにした。
《どうってことないさ、こんな所くんだりまで来ることもなかったのさ。水雷艇では破片爆弾が俺の手を切り落としたが、俺は平気の平左だった。残念なのはウインチェスターだけだが、これだって取り返しのつくことさ。銃身を切って縮めれば撃てるようになるさ。エフィムのやつめ、喜んでいればいいさ。城塞[古代国家渤海時代の女真族が作った城の跡]近くの根っこも掘るだと。干し草を家に運ぶだと。スネジョークを乗り回すだと?!》。下唇を血がにじむまで噛むと、サハリン人は追い詰められたシカのように全速力で密林を通り抜け、石の壁へと向かった。

エフィムは刺すように体が震えた。
「こともあろうに、何てことを考えたんだ、あの阿呆は。あのろくでなしだったら、俺を撃つ時だって手が縮むことはなかっただろう」。
しかし、源流が蛇行した向こう側の高台の、エゾリスたちの威勢の良い鳴き声がしきりに響き渡っている灰青色の針葉樹林の近くで、ハオ・リェンが《ワンスイ!ワンスイ!》と二度叫び、チェ・ヨンゲンが、運がついているハオ・リェンがチョウセンニンジンの群生を見つけたという良い知らせを持って来てから、やっと少し心が落ち着き、楽しくさえなった。

《何はともあれ、この仕事は好ましい》。新しい小屋のために若いチョウセンゴヨウから樹皮を剥がしながら、エフィムは心の中で考えた。
《晴れた日にチョウセンゴヨウの林をこんな風に歩き回ったり、ホシガラス、シジュウカラ、ゴジュウカラやリスたちといった森の仲間たちがチョウセンゴヨウのまつかさをつついたり、大粒の堅果の皮を剥いだりしているのを観察するのはいいもんだ。シマリスたちがコケの生えた丸太の上で直立不動に立ちながら、口笛を吹くように鳴いている様子も、石の多い浅瀬で銀色のフォレーリ[サケマスの一種]が体を震わせている流れに、カエデが火の色の葉を落としている様子も、ガマズミの茂みでエゾライチョウが甲高くぴーぴー鳴いているのも》。
エフィムの視線が、うろのある太いシナノキに止まった。そこからぶんぶんと大騒ぎをしながら、明るい黄色の前垂れをつけた野生のミツバチたちが飛び出していったのだ。
《この場所を覚えていて、葉が落ちた後に立ち寄らなければならないな》。エフィムは、ここにいつか子供たちと一緒に来ることを思い描いた。うろのあるシナノキの側でたき火を起こし、ミツバチたちを燻し出す。そして、蜜房をナイフで薄く切り瓶に詰める。ダーリヤと子供たちにとって、これ以上の土産があろうか。

流れの側の高台で、たちまち12本の根っこを掘り出したハオ・リェンは、ひっきりなしに何かをチェ・ヨンゲンにささやき、チェは同意して頷いた。ヨンゲンのことばによれば、タイガの主は特に今日は気前がいいと言う。それも、多分、悪口をたたくあの片手の狩人がいないせいだと。
「今度は石の壁へ行くべし」と、チェ・ヨンゲンが提案し、エフィムもハオ・リェンも同意した。が、深夜にかけて出掛けることは、決心がつかないようだった。というのも、夜の静寂を縫って、時折遠くからライフル銃の銃声が聞こえていたからだ。
「匪賊たちが撃っている」。エフィムは、チェ・ヨンゲンが指である方角を示しハオ・リェンに何かささやいたのを見た。次にエフィムの方に駆け寄ると、匪賊たちの注意を引かぬよう、小屋の近くでたき火をするな、大声で話すなと彼に頼んだ。
(つづく)

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