楽天市場 あれこれ 2022/09/25 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑯
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あれこれ

2022/09/25 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑯

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」⑯
(ミハイル・ヂェメノーク作 1998)


朝、東の空がやっと白みかけた頃に、チョウセンニンジン採集者たちは起きて動いていた。ハオ・リェンとチェ・ヨンゲンは、チョウセンゴヨウの切り株のそばで少しの間祈り、ズック布の前掛けをしめ、アナグマの毛皮をひっかけ、棒を握った。
「さあ、案内せよ、エフィムカ」。
「出発」。エフィムもきびきびした足取りで、鬱蒼としたチョウセンゴヨウの中をマーマント[マンモス]谷の方へ向かった。黙って、注意を怠らずに進んだ。もし、小休憩が必要な時には、彼らの中の一人が乾いた木の幹を棒で軽くたたいて、残りの者にそれを知らせた。

源流の水源近くまで出たところの鞍部で、突然、略奪の跡を目にした。あたりには、杭、棒、樹皮などの他に、瓶、アワやエンドウ豆が分けて入れられた袋、ござ、といったがらくたが散乱していた。根本から皮を剥がれたエゾマツのそばに、二人の中国人 ― 一人は頭に編み下げのある老人で、もう一人は、剃った頭をした若者 ― が立ち膝をしていた。彼らの顔、手、足はブヨに血が出るまで噛まれていた。
「ここまで人をあざ笑うとは、何という人でなし」。エフィムは、捕らわれた人たちの血まみれの、腫れあがった手の縄をナイフで切った。老人が、続いて若者がエフィムの足に接吻したが、彼は後ずさりした。
「もう、十分だよ」。そう言って、二人が立ち上がるのを助けた。

老人はチェ・ヨンゲンに、何が起こったかを涙ながらに話した。昨晩、彼と息子がチョウセンゴヨウの林を出て、小屋の方へ近づいた時、武装した匪賊たちが待ち伏せていた。山賊たちは、手に入れたチョウセンニンジンの根をよこせと要求した。老人にとっては、根の入った籠を渡す以外に方法が無かった。帰りしな匪賊たちは、小屋を壊し、掠奪を行ったあげく、父と息子をチョウセンゴヨウに縛り付けた。

この犠牲者たちと別れる際に、ハオ・リェンとチェ・ヨンゲンは、持っていた衣類の中からなにがしかを彼らに与え、エフィムは、穀類、獣脂、大鹿の肉を分けた。喜んだ老人は、自分たちの救済者である彼らをきっと探し出して、恩返しをすると約束した。

既に太陽が天頂に懸かり、クモの巣の絹のような糸がからんだ色様々な葉に白い反射が光る頃、ニンジン採集者たちは石の壁[古代国家渤海時代の女真族が作った城塞跡]に近づいた。あちこちに懸かったクモの巣を見て、チェ・ヨンゲンは、暖かい秋になることが分かった。それから、モルタルやクラウトなど一切なしで何千という石の塊を積み上げ頑丈な城塞を築いた石切工たちの技術に、ハオ・リェンと一緒になって驚きながら、黒ずんだ石を興味深げに長いこと眺めたり、手で触ったりしていた。源流の深く険しい、石の多い川床に沿って、半月形に延びている城塞に沿ってエフィムが計ってみると、200歩あった。

「われわれよりも以前に、あなた方よりも以前に、ここに人々が住んでいたということだね」。エフィムはチェ・ヨンゲンに向かってそう言うと、葉を掻き分けながら、かつてチョウセンニンジンに似た草を見た場所に向かって歩き出した。
「そう、ここに昔昔、人々住んでた」。チェ・ヨンゲンは頷き、短く祈った。

沼沢地の側でエフィムは驚いて立ち止まった。自分の目が信じられなかった。足許の、一面に散り敷いた落ち葉や芝で覆われた地面が、掘り返されていた。
ハオ・リェンとチェ・ヨンゲンは、いくつかの穴を覗き込むと、何かささやき交わしながら、地面に転がっているまだちっぽけなチョウセンニンジンの白い根を集めて、それらを穴に一本、一本植え始めた。
「一人の悪い人、きのうここに来て、大きな根っこ全部取った」。チェ・ヨンゲンは、そう断じてから、多くの掘り返した跡から判断すると、その人は20本以上を手にした筈だと説明を加えた。
「あのサハリン人が、ここでひと働きしたんだ。あいつは、だてに俺にしゃべらせたんじゃなかった」。前掛けを外し、エフィムはあきらめた。「タイガをぶらつくのも、もう潮時らしい。家へ帰る頃だ」。

エフィムはチェレムシャヌイに近づく時、銀色に光る川の急カーブや、特にヤナギやウワミズザクラの林に縁取られた浅瀬の急流を眺めるのが好きだった。また、輝いているトタン屋根を載せた良質の、茶色に日焼けし、丸太をほぞ接ぎにしたチョウセンゴヨウの民家にうっとりするのが好きだった。放牧場の柵の中で仔馬たちがいななき、牛たちがもー、もーと鳴き、雌鶏が甲高く鳴くのを聞くのが好きだった。菜園の飯盒の上でシメたちが大騒ぎしながら旋回しているのや、ウズラが歌っているのや、ブランコに乗ったりラプタ遊び[ロシアの伝統的な球技]をしながら子供たちが騒いでいるのを聞くのがすきだった。これら全ては、住み着いて、彼にとって故郷となったこの地で彼を喜ばせるものだった。自由な空間!

しかし、今エフィムは暗く、不機嫌だった。当然だ。自分の草刈り場の近くを通った彼は、チョウセンニンジン採りから帰ったらすぐに家に運ぼうと決めていた干し草の山の代わりに、灰まじりの黒くなった山を見た。フォームキン草地に放牧されていた馬の群れの中に、気に入っていたスネジョークを見つけられなかった。あのサハリン人が、悪意で干し草を焼き、スネジョークを連れ去ったに違いなかった。

家では、嬉しくないニュースが彼を待っていた。玄関で彼を迎えたのは、泣いているダーリヤと、打ちひしがれて陰気なアキームと子供たちだった。
「エフィム、戦争だそうだ」。アキームが小さく言った。
「何処と?」。
「ドイツとだ。成年男子5人程の動員命令が、郷[村の上級行政単位]から来たんだが、お前が当たっている」。彼は、エフィムが重たい背嚢を肩から降ろすのを手伝った。ダーリヤは、エフィムを抱いて、家中に響く声で泣き、かき口説いた。
「ああ、一体誰のために私たちを置き去りにするのよ、あんた」。

二日間、村はハチの巣をつついたような騒ぎだった。チェレムシャヌィの村に、ある時は陽気な、ある時は悲しい歌が響いたり、自暴自棄の笑いの後に悲しい号泣が聞こえたり、銃声が起こったりした。

大騒ぎの真最中に、エフィム・ダルニッツァの屋敷にチェ・ヨンゲンとハオ・リェンが乗った腰高荷馬車が停まった。このチョウセンニンジン採集者たちは、自分たちの信頼する警護者であったエフィムと全ての清算をした。200ルーブルを支払った上に、テーブルの上にはアルコールの瓶を2本置き、妻には花模様のネッカチーフと毛織物の生地を一反贈り、子供たちにはドロップを分け与えた。チェ・ヨンゲンは、エフィムと別れる際に顔をしかめながら、飢えと病気に次いで戦争は、人間の最も恐ろしい不幸だ、と言った。彼とハオ・リェンは、この不幸からエフィムが勝ち残って無事であるようにと、幸運を祈った。

夜明けに、雄鶏の鳴き声と共に招集兵たちは、ヴィクトリア湾の狭いが深く入り込んだ入江近くにへばりついているトーチカ鉄道駅へ向かって、荷馬車で運ばれて行った。イチゴが実る丘の近くで荷馬車が停車し、新兵たちは両親と抱き合って、墓地へと歩いて行った。
「敵の弾丸からお前を守るように」。アキームは、アリョーシカ[幼くして死んだエフィムの弟]の墓土が入った袋をエフィムに差し出した。「ドイツ人を打ち負かせ。徹底的に打ち負かせ」。
ダーリヤとマーリヤは、泣いてかきくどきながらエフィムを抱いた。

「女たちはしっかりしてくれよ。泣いてなぞいる時ではないぞ。いざという時には、わしが家事を手伝うから。それに子供たちだっているじゃないか」。アキームは、エフィムを荷馬車の方へ送って行った。
「ラーズム、お前さん、何も気が付かないかね」。オスタプ・シェルパイコが、自家製タバコをパイプに詰めながら謎めいた調子で言った。
「何をかね」。
「招集兵の中に、ミローン・ブラコーフの息子たちがいないってことさ。どうしてこうなるのかね。俺んとこも、お前さんとこも、なけなしの息子を戦争に送り出すってのに、ブラコーフんとこじゃ5人も息子がいるのに、全員が家に隠れて身を守っているとは」。
「ブラコーフは金で免除してもらったんだ。しかるべき人に賄賂を払ったんだ」。
「もし、男たちが女たちのスカートの後ろに隠れていたら、わしらはドイツ人を打ち負かすことは出来ないんだ。昔そうだったように、みんなが一緒になってやっつけねば」。イグナートとパーヴェルの二人の息子を一度に送り出したイワン・ドヴォルツォフが言った。「ニコーリスク・ウスリースクの県知事のところへ、これこれしかじかだと言って訴えを送ってやらねばならん。ラーズムがそれを送るのが一番ええ」。
「関わり合いにならん方がええ。さもないと後でブラコーフから、どれだけ仕返しされるのか分かったもんじゃない。それでなくとも、オオカミのようにしてわしらを見とるのじゃから」。憂鬱そうで無口のゲラシム・シェフツォーフがアキームに警告した。
しかし、アキームは、課長のパヴリーノフを通してそのような訴えを必ず出すと、村人たちに固く約束した。

もくもく登る蒸気に包まれた蒸気機関車がいきなり到着したトーチカ駅で、チェレムシャヌィの村人たちは、招集兵たちのために十字を切った。《兵士たちよ、どうか神の御加護がありますように。そしてドイツ人を徹底的に打ち負かせ。どうか生きて家に帰ってくれ》。村人たちは、ヴィーンチキ[ネジ]・ボールチキ[ボルト]、ヴィーンチキ・ボールチキとレールの継ぎ目で勇ましいリズムを叩きながら遠ざかって行く蒸気機関車に、長いこと手を振っていた。

駅からの帰路、アキームが二頭立て馬車でエフィムの屋敷の側を通りかかると、一つだけぽつんと、刈り入れ時から残った干し草の山に目が留まった。
「ああ、お前さん」。彼はため息をついて、泣き出したダーリヤの方へ顔を回した。「家畜に何のエサを与えようか。わしらの仕事は大変だ。だけど全てが駄目になった訳じゃない。出口はある。大急ぎで二番草を刈らねばならん」。
「わたしも、子供たちも手伝います」。一つの希望が見えて、ダーリヤは生気を取り戻した。
(つづく)

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