楽天市場 あれこれ 2022/11/10 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉒
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あれこれ

2022/11/10 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉒

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉒
(ミハイル・ヂェメノーク Михаил Деменок作)


その翌日、取り決めておいた通りに、東の空が白み始めた頃、ブラコーフ家の人々と巡査はマーマントフカへと出発した。先頭の橇には、手に雷管発火式の銃を持ったルーカ・ルキーチとミロンが乗った。その後ろには一列縦隊になって、手に手に銃を持った息子たちが馬を飛ばした。馬たちは新雪のすがすがしい匂いを嗅いで、元気に、陽気に走った。人っ子一人いない畑、草地、伐採地が次々と現れては消えて行く。金持ちになったミロン・ブラコーフは、けちで打算的な主人になり、自分の仕事を、頭を使って行っていた。貧困に陥った戦争未亡人たちから分配地を買い上げ、自分の農地を増やしていった。そして今は、この機会を利用して、マーモントフ源流氾濫原づたいのシラカバ林伐採の同意を取り付けるため、巡査を説得しようとしていた。

雪の下から一面に切り株ばかりが突出て、いくつもの穴の中で土や芝を被せられた木炭が燻されている道端で、ミロンは馬を止めた。
「木炭やタールに対する需要は、今日では非常に大きいものがありましてな」。頭の上のトナカイの子の毛皮で出来た帽子を直しながら、巡査の方を振り向き、ミロンは口を開いた。
巡査は無関心な様子で伐採地を見た。
「そうかね。それが何か」。
「農場の周りに生えていたシラカバ林は、大分以前に伐採してしまいました。ルーカ・ルキーチ様、もしお許しいただければ、この場所を伐採したいのですが」。
「必要なら切ればよかろう」。巡査は手を振った。「巡回人には、わしが知らせておく」。
「あなた様とお子様方のご健康とご多幸をお祈りいたします」。

ミロンは鞭をひゅうと鳴らすと、馬たちを源流の岸辺に沿って追い立てた。その岸辺には、低く細長い小屋が張り付いていて、煙突からは早い時間にもかかわらず、ハト色の煙が立ち上っていた。
「お前たちは少し身体をほぐしてこい。わしとルーカ・ルキーチ様は、下男たちを訪ねて少し話をしなけりゃならん」。先に巡査を橇から降ろしてから、自分も降りながら、ミロンは息子たちにこう言うと、小屋の扉を開けた。

何度も継ぎを当てた麻布のシャツを着て、長年の煤で黒い顔をしたタール乾留工たちが、板寝床に座って裸足の足を垂らし、水っぽいスープにありついていた。
「やあ、お前さん方」。ミロンは両足を大きく広げて、小屋の真ん中に立った。「班長のクルィーコフは何処だね」。
「わしは、ここでがす」。雄牛の内臓で出来た光をあまり通さぬ小窓の側で、乱れた白髪頭の男が応えた。彼は暖炉の後ろを手探りすると、丸く滑らかな石を取り出し、主人と巡査を胡散臭そうにじろりと見ると、思わせぶりに斧を研ぎ始めた。

「馬車一台分に、あと1ルーブルずつ上乗せしておくんなせいよ、モイセーエヴィチ。どうでがす? 寒さがきつくて我慢がならねえ、もう苦しいのなんのって。それが出来ないとすりゃ」。クルィーコフは硬くなった指で刃をなでると、暖炉近くに置いてあった短い丸太に斧を力任せに突き刺した。
主人と巡査は驚いて、老人から跳び退(しさ)った。
「それが出来ないとすりゃ、人っ子一人残らずリャーピンの鉱山に行く迄よ」。班長はこう言って話を切り上げると、食べかけのスープをすすり始めた。

「上乗せしてくだされ、上乗せしてくだされ、モイセーエヴィチ」。木こりたちは、ミロンと巡査の周りを取り囲むと、生活の不満を訴え始めた。
「分かった。馬車二台分で1ルーブル上乗せしよう、それ以上は駄目だ。分かったか、クルィーコフ」。
「まあ、よかろう」。スープをすすり続けながら、班長は応じた。「ただ、森がありませんや。何処で伐(き)るんです?」。
「源流沿いのシラカバ林を伐れ」。
「これはまた、いつからシラカバ林があなた様のものになったんで?」。老人が、匙をガチャンといわせた。
「森は神のものだ。誰のものでもない」。巡査が説明した。「役立つと思う者が使えば良いのだ!」。
「そうですかい」。爺さんは手を振った。「源流沿いと言うなら源流沿いでいいさ」。

あばら屋にイワンが息を切らして駆け込んで来た。
「出発だ、父さん、猟が犠牲になるよ」。
「猟に行きなさるんですかい」。班長がふむ、と鼻を鳴らして言った。「ついこないだ、俺たちみんなでストゴヴァヤ山で枯れたエゾマツを何本か薪に挽いたんだがね。それでだ、次の日もそこに行ったら、真昼間に母ジカ、子ジカ、それに雪みてえに白い雄ジカがそこを歩き回ってんのよ。つい1メートル先に角があるんだ。信じられるかい。銃が無くてもったいない話だったよ」。
「白いだと」。ミロンは目を丸くした。「嘘じゃないな、クルィーコフ」。
「誓ってもいいだよ」。爺さんは十字を切った。
「ストゴヴァヤ山へ行こう」。ミロンと巡査は、あばら屋から走り出た。

エゾマツ林の深緑色の首飾りをまとった山迄行き着かぬうちに、彼らは馬から降りた。馬を繋いでから源流の氾濫原に降り、列になって氷に沿って歩いて行った。森林伐採地迄あと百歩程のところで、灌木林の霜に覆われた木々の間からイジューブルの一群を彼らは認めた。角の無い母ジカや子ジカに混じって、手のひらのように広く枝分かれした角を持った、白くてすらりとした雄ジカがいた。驚いている猟師たちの目の前で、イジューブルたちは枯れたエゾマツから漁網のようになって垂れ下がっている地衣類に舌鼓を打っていた。

「俺が白ジカを撃つ」。イェゴールがベルダン銃を肩に当てた。
「撃つな」。ミロンが毛皮外套を振り回した。「母ジカと子ジカを撃て。種付けの白ジカは、雪解け始めのつるつるに凍ったクラスト[雪殻]の上で生け捕りにしよう」。
すぐさま四頭のイジューブルが仕留められ、猟師たちが橇に積み込んだ。それから杯に一杯ずつ麦ウォッカを飲み干し、鍋で煮た新鮮なレバーをつまんでから農場への帰途に就いた。

帰り道ではずっと、真っ白いイジューブルがミロンの頭から離れなかった。
「ルーカ・ルキーチ様、あなたの目分量では、あの白ジカからどれくらいの袋角が取れると思われますかね」。
「神のみぞ知るだな」。巡査はあくびをした。
「全部で6キロにはなるでしょうな。中国人の店では、あれ位の袋角一組で1500ルーブルは出すんですよ」。そしてミロンは、自分とこのシカ飼育場で大きな角を持ったオスが絶えてしまったことを嘆き出した。しかし、こういったオスから切り取る袋角だって3キロはいかない。せいぜい400か500ルーブルだ。これはもちろん、少ないものだ。今や全ての希望は、あの白い大物だ。雪解け始めのつるつるに凍ったクラスト[雪殻]の上であの雄ジカを生け捕りにし、雌ジカを孕ませるためには、何でもやらなければならない。そうすれば飼育場の経営も、さらに改善出来るのだ。

「雪解けはまだ先のことだよ、モイセーエヴィチ。それにあのシロだって他の谷に移動するかもしれないさ。その時は野っぱらで風でも追うんだな」。巡査は、疑わし気に言った。
「わしらは、あいつを餌付けするのさ。ストゴヴァヤ山にある地衣類が下がっている太いエゾマツを数十本も切り倒してしまえば、生き延びるために嫌でも食いついてくるさ」。

農場に着くと、巡査は寒さを忘れるために蒸し風呂に入り、豊猟を祝ってたんと飲むと、馬丁のロマイ・ナガーに送らせてそそくさとチェレムシャヌイに帰って行った。もちろん、金貨の詰まった瓶と、シカ丸々一頭を忘れることなく携えて。

白ジカのために飼い葉桶を設置するというアイディアに、ミロン・ブラコーフは、すっかり夢中になった。巡査が帰ると、彼はさっそく自分の決心を息子たちに明らかにし、彼らの支持を取り付けると、ストゴヴァヤ山に出かけて行った。その麓の氾濫原で四方に枝分れしたエゾマツの木々を見つけた。彼の後に付いて来た、のこぎりを持った息子たちが巨木を挽き倒した。緑の紡ぎ糸のように地衣類が一面に絡み付いたエゾマツ林が倒されたのを見ながら、ミロンは来るべき成功の予感で喜びが沸き上がって来るのだった。
(つづく)

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