楽天市場 あれこれ 2022/11/28 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉔
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あれこれ

2022/11/28 ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉔

ヤングアダルト向けノンフィション時代小説「ヴィクトリア湾のほとりで」㉔
(ミハイル・ヂェメノーク Михаил Деменок作)


子供たちを見回して、ダーリヤは気付いた。
「ステパはどこ? 何が起こったの?」。
「何も起こらないよ、ママ」。鼻が上を向いているマルーシヤが答えた。「ステパとアンドレイがちょっと口喧嘩しただけ」。
「どんな口喧嘩?」。
「いつもの口喧嘩だよ。ステプカは負けたから、アンドレイカが靴底を付けられるように、語り部爺さんのところへ錐を借りに裸足で駆け出したんだよ」。
「裸足で? 雪の上を?」。ダーリヤは肝を冷やした。

氷に覆われたドアが軋んだ音を立てて、父親の毛皮外套を着たステパが家に走り込んで来た。彼の裸足の両足は、ザリガニのように真っ赤だった。
「ほら、アンドリューシャ、お前のための錐だよ。イワン・カルポーヴィチは、明日必ず返すように言っていたぞ」。
「ほら、ほら、お利口さん、すぐに寝床まで行進! 病気にでもなったらどうするの」。ダーリヤは、手元にあった箒で凍えているステパの足を軽く叩いて脅かした。

「病気になんてならないよ、母さん、俺は頑丈にできているんだよ。父さんは一度も俺にそんなことを言わなかったな」。ステパは笑って、ネコのようにすばやく暖炉の前に移動した。「ねえ、母さん、俺、母さんと一緒にリャーピンのところへ石炭運びに行こうかな。母さん、言ってただろう、日給が1ルーブルだって。ということは、今、1ルーブルだけど、それが一気に2ルーブルになるんだよ」。

「何を言い出すの、お前は」。ダーリヤは毛皮の半外套を脱ぐと、木の長椅子の上に広げて敷いた。頭が混乱して、食欲が無かった。子供たちをそれぞれの板寝床に寝かしつけ、ござを掛けてやった。お休み、みんな! そして紡ぎ車の前に座った。

「俺、行こうか、ねえ、母さん」。暖炉上の寝台から、ステパがまた声を掛けて来た。
「お前、あそこは10露里[約10.67キロメートル]も歩かにゃならないんだよ。しかも、ずっと枕木の上をね」。
「ああ、行くともさ。俺は足は丈夫だし、途中でキジを撃つんだもの」。
「あそこには、確かにキジはいっぱいいるけど」。
「ほら、自分でもそう言っているじゃないか」。
「分かった、もし病気にならなかったら行ってみよう」。


その日、ダーリヤは、約束通りに長男のステパを連れて行った。ずっと一緒だったら、どんなに心強く、楽しくやれるだろうと思ったのだ。
アリョーナ・プロスタキーシャは、馬が枕木で脚を痛めたので、今は哀れにも仕事を失くして家にいる。前を行くのは、エフィムがクマの胆嚢と交換にチェ・ヨンゲンから手に入れた毛皮外套を着たステパだ。羊の毛皮の大きな外套を着たステパは、13歳という自分の年齢よりも上に見え、少し不格好で、ぎこちなく見えた。

暗赤色の丸い太陽が、雪の吹き溜まりの、雲母の層のようになって凍った表面を弱々しい光で照らして、白い山々から顔を出した。それは、その日が風のある、厳寒になることの確かなしるしだ。
エフィムの羊の毛皮外套を着た息子は暖かいだろう。ウサギの長外套だったら、凍えきってしまうところだった、とダーリヤは思った。

ノバラやサンザシのとげとげした藪を通り抜けて行く途中で、何羽かのキジを脅かして飛び立たせた。ステパは父親の猟銃を何発か撃ち、虹色の光沢の羽を持つ堂々とした雄のキジを二羽射止めた。
《本当に、息子はもうすっかり大人なんだわ》。息子の戦利品を喜びながら、ダーリヤはこう思った。

リャーピン鉱山は、二つのはげ山の間の、歯をむき出した獣を思い起こさせるようなぎざぎざに樹冠が並んだ、暗く鬱蒼と木々が生い茂った一角の端っこにへばりついていた。雨と太陽のせいですっかり黒ずんだ、低いあばら屋の側には、石炭を積んだトロッコが既に待機していた。ところが、その近くで労働者たちが群れており、つるはしを振り回しながら、何か叫んでいた。なめし革の半外套、シカ皮の帽子、防寒長靴という行軍風の服装をしたリャーピンが、手摺りに両手をもたせて、自分の事務所の高いポーチに立っていた。

事務所の方に近づいたダーリヤとステパは、労働者たちが自分たちの要求を訴えているのが分かった。
「それじゃ駄目だ、ご主人!」。手織りの粗ラシャ製の上張りを着たのっぽが、誰よりも大きく、バスの声を張り上げた。「夏場も冬場も同じじゃないか。冬場の石炭堀りは、夏場よりもきついんだ。だから多く払うべきなんだ」。
「出来ない!」。短い足で板張りを踏み鳴らしながら、リャーピンは叫んだ。「出来ない原因は一つだ。ここの石炭は灰分が高いので、外国人たちはそっぽを向いて、買うのを断っている。わしとお前さん方は、一緒に落ちぶれるのさ」。

「もし灰なんだったら、鉱山は閉山にすればいいさ。俺たちは騙されないぞ」。のっぽは言い切った。彼のこれらのことばを聞いて、ダーリヤは不安になった。《鉱山が本当に閉山になったら、私らはどうなるかしら》。彼女はそう思い、ちびのリャーピンがせかせかと動いているポーチの方を不安な気持ちで見ながら、急いでラーストチカを橇から外した。もしかしたら、たびたび起こるように、怒った労働者たちが石炭を積み込んだトロッコをひっくり返し、彼女とステパは肩透かしを食って家に帰らなければならないかもしれない。ダーリヤはラーストチカを、端の方にあるトロッコの一つに連れて行くと、何カ所かの鉄の穴に鎖を通してボルトでしっかりと固定した。そして橇はトロッコの後ろに繋げた。ステパの馬のルレートにも、彼女は同じことをした。

群れはまだ騒いでいた。労働者たちが何について騒いでいるのか、それ以上は聞かずに、ダーリヤは手綱を引いてラーストチカを駆り立てた。ラーストチカは従順に枕木の間に足を入れ替えながら、自分の後ろに石炭を積んだトロッコと誰も乗っていない橇を引きずって、軌道を歩き出した。すく後から、ルレートがトロッコと橇を引きずって続いた。トロッコは激しい振動で跳ね上がったり、揺れてぐらぐらした。このようにして1露里[約1.067㎞]ばかり過ぎた。丘陵地が始まり、斜面に狭軌道が敷かれたところで、ダーリヤは馬を停めた。

「疲れただろう、お前」。ブレーキになっているヤチダモの締め具を調節しながら、寒さで赤い顔をしたダーリヤが声をかけた。
「どうってことないよ。行こう、母さん。慣れなくちゃ」。羊皮外套のボタンを外しながら、息子は答えた。
「もっと、もっと疲れるんだよ、お前、道は長いんだから。休憩して、ちょっと腹に入れよう」。
ダーリヤは橇から干し草を一抱え取ると、ラーストチカとルレートの足許に置いた。そうしてから、エフィムの使い古しの背嚢をほどいて、卵、獣の脂身、ジャガイモのピロシキを出して麻布の上に並べた。
「食べなさい、口を動かす元気があるうちに。休まないと、埠頭までは、そりゃあ遠いんだから」。
「母さん、マーマントフカの草刈り場で父さんがやったみたいに、脂身をあぶってから食べない?」。
「ああ、いいね。あぶって食べよう」。

雪の上にたき火が燃え上がり、火の周りでは、ヘビみたいにシューシューと言って雪が融けた。
ダーリヤは凍った脂身をナイフで薄く切って、それぞれを、良くしなるヤナギの細枝に刺し、たき火のそばに持って行った。火に脂がしたたり始め、たき火は思わずシューシューと声を上げた。
「お前、ジャガイモのピロシキもおいしいよ」。
ステパは、汁を飛び散らせじゅうじゅう音をさせている脂身の下に冷たいピロシキを当てて、口に運んだ。
「うまいよ、母さん」。
「ここで私らは脂身にかぶりついているけど、父さんは塹壕の中でシラミに食われているんだよ」。ダーリヤは十字を切り、こみ上げてくる涙を拭った。
「泣かないで、母さん。アキーム爺ちゃんが言ってたけど、父さんがゲオルギー勲章を貰ったからには、わが軍が必ずドイツ人を一か所に封じ込めて、そこを追撃して、父さんはそこから戻って来るって」。
ダーリヤは笑い出した。
「ああ、お前のことばが神様のところまで届くといいね。さあ、腹ごしらえは出来たし、少しは暖まった。さて、出発しよう」。

そして再び、馬たちは鼻嵐を吹き始め、レールが軋み悲鳴に似た声を上げ、トロッコが揺れ始めた。両側には、小さな林、草地、湖、表面が光る氷で被われた雪だまりなどが続いていた。小さな林の中は静かだったけれど、草地に出るや否や、ダーリヤとステパはいつも寒さに凍えそうになった。小さな林の出口近くの、狭軌道から100サージェン[約213.4メートル]のところに、背の高い雑草の中から空き地にアカギツネが飛び出して来て、カチンカチンに凍った雪を脚で掘りながら、その場でぐるぐる回り出した。
「母さんの襟巻になるよ」。橇から猟銃を取り出しながら、ステパはミトンの手袋でキツネを指した。しかしキツネには、橇の後ろから来る毛皮外套の男が何を考えているかを察知するのに、彼のこの一つの動きだけで十分だったのだろう。身体全体を平らにして地面にくっつけながら、一瞬のうちに雑草を横切り、林の中に身を隠した。
「お前、あれはひどくずる賢いんだよ」。ダーリヤは、逃げて行くキツネの後ろから手を一振りした。

平地が狭まって、ハシバミが生い茂っている山の山麓に狭軌道がぴったりと張り付いている場所で、突然4頭のヤギの白い三角巾のような頭が見え隠れした。先頭を走っていたヤギが雪だまりにはまり込み、どうにも動けなくなった。そこをステパンの銃声が襲った。
「ほら、肉を手に入れた。お前は運が付いている子だねえ」。ダーリヤは、ヤギを橇に積むのを手伝った。「さあ、急ごう。お天道様が、もう頭の上だ。埠頭はまだ見えてこないというのに、何だか暗くなってきたよ」。

実際その時、むくむくと広がった黒雲がヴィクトリア湾の方から押し寄せて来た。空には灰色の雲を通して、太陽の光がぼんやりと漏れていた。ダーリヤには、これは良くない印だと思えた。
・・・オオカミを最初に見たのは、ダーリヤだった。疾駆する灰色の点々が、小さな林の方から、凍って輝く雪の表面を軽々と滑るように進んでくる。
「6頭、いいえ、脇の方に7頭目がいる、ひどく大きな奴が。多分、あれがリーダーだね。私とアリョーナは、ついこないだ、マーモントフカの近くでシカを追い立てているあいつらを見たんだよ。集まって群れたよ、あ、今度はきょろきょろ見回している。あいつらは、多分、こっちに曲がって来るよ」。ぎょっとして、ダーリヤがささやいた。
「母さん、早く馬を走らせよう!」。
「出来ないよ、お前、出来ないよ、トロッコがひっくり返っちまうじゃないか」。
ステパは、母親の顔が真っ青になり、大きな青い目だけが異常に光っているのを見た。
(つづく)

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  1. 2022/11/28(月) 00:04:36|
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