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2017/07/12 セルゲイ・ヴォロノフ「同じ轍を踏まないようにしている」

http://www.fsrussia.ru/intervyu/3032-sergej-voronov-starayus-ne-nastupat-na-te-zhe-grabli.html

2017/07/12 セルゲイ・ヴォーロノフ「同じ轍を踏まないようにしている」〜その①〜

====ロシアフィギュアスケート連盟公式ページのセルゲイ・ヴォーロノフのインタビュー記事より一部抜粋====

(オリガ・エルモーリナ)
「・・僕にはグランプリ大会がある。日本とアメリカの二つの大会が与えられて嬉しい。これらの国で、特に日本で滑るのが僕は好きだ。だからこのことを喜ばないではいられないし、これが励みにならない訳はない。大会ごとの割り振りが決まる直前に、僕に大会が与えられるか、与えられないかという議論があった。多くの論調があった。勢いよく話したり、ためらったり、よくあることだ。しかし、僕は冷静に結果を待った。大会のメンバーを知って、喜んだ。任務が明らかになったし、確実になった。確実性は不確実性よりもずっと良い。働き続けなければならない。

今は難しい時期だ。シーズンの土台作りが行われている。負荷は小さくない。何らかの場面では自分を克服し、打ち勝たなければならない。しかし、経験がある — 過去と現在の経験が。同じ轍を踏まないようにしている。今の場合、僕の年齢や経験はプラスに働いている。なぜなら一定の総括がなされているから」。

—「同じ轍を踏まない」ということばは、何を念頭に置いているのですか?

「人間の全ては頭から来ている。大人になるに従って、世界観、現実認識が変化していき、何らかの物事を別の目で見るようになる。シーズン当初、僕には何らかの状況から離れて集中するという課題があり、お陰様でこれが上手く行っている。僕は自分自身にプラスの評価を付けた — 確かに僕たちはこれを取り除いた、先に進もうと。徐々にパズルが絵になっていけば良いと思う」。
・・
—ミーシャ・ジーと一緒に働くのは、やり易かったですか?

「僕たちが会うと、ミーシャはすぐにはっきりと言った:『セリョージャ、僕は君のマイナス面もプラス面も知っている。マイナス面は隠すようにしなければならないし、プラス面は逆に強調しようとしなければならない』。彼の実際的直截さが僕には気に入った。すぐに全てが位置についた。

音楽は非常に早く見つかった。僕自身がそれを選んだ。というのも、その音楽は自分に近く、心にぴったり来るものだったから。ショートは、アストル・ピアソラのタンゴ、フリーは、『サラバンド』のテーマによるGlobusの曲だ。僕はだいぶ前からこの曲に注目していて、もし今じゃなかったら、いつ使うのか?と思った」。

—音楽は強くて、それがあなたを導いているのが見て取れるし、私がトレーニングで見たものをあなたが気に入っているのが分かりました。

「そう、2シーズン前に、このようなキーの音楽は僕に合っていると言われたことがあった。それに、このような音楽で何が出来るのか、この音楽で滑りたくなることを、これは程度の低いものなどではなく、もっと深く面白い楽曲なのだということを知っていた。また、この音楽は一体何なのか、それは何についての曲なのか、これらの音楽で僕は何を見せなければならないかも理解していた。

選曲は無条件で重要だ。振付師と一緒のプログラムの仕事と同じように。僕は幸運にも様々な人たちと働くことが出来た。もし何かが上手く行かないにしても、それはいつも振付師のせいという訳ではない。

ご存知のように僕はジェフリー・バトルとプログラムを作った。それは悪くないものだった。ただ僕が何かが出来ずに、ジェフのレベルにまで届かなかった。そのようなこともある。誰にもこのようなことへの保険は無い。もしかしたら、僕はどこかで譲歩し、音楽を信じ、プログラムを自分に合わせなかったのかもしれない。音楽は最高だったし、プログラムは西側風に最高に作られた。しかし、そのなかで全てが成功した訳ではなかった。それにもかかわらず、それぞれの振付師からは最も良いものの全てを摂取し、スポンジのように知識を吸収する必要があると僕は思う」。

  1. 2017/07/14(金) 03:34:00|
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2017/07/12 アレクセイ・ヤグディン「一つの国が長年に渡って勝ち続けることなどあり得ない。だって他の国にだってフィギュアスケートをやっている人たちはいるのだから」

https://www.gazeta.ru/sport/2017/07/11/a_10782854.shtml#page1

2017/07/12 アレクセイ・ヤグージン「サッカーでロシアのクラブを応援するのは止めた」

====Gazeta.ruのアレクセイ・ヤグージンへのインタビュー記事より一部抜粋===

(エリヴィラ・ハルノワ)
—あなたはイリヤ・アヴェルブーフの新しいショー「ロミオとジュリエット」に出演しています。そこでジュリエットを演じているのは、あなたの奥様のタチヤーナ・トチミャーニナですが、ロミオはあなたじゃない・・・

「どうしてその質問を僕にするかな? いや、僕は全然失望していないし、僕たちの監督はアヴェルブーフだから。彼が長であって、誰が誰に適しているかをよく見ているのだ。僕たちの出し物において何よりも僕が引きつけられているのは、イリヤ・アヴェルブーフで、彼の創作への志向は回を追うごとにますます良いものになっていき観客を喜ばせることだろう。

僕たちは12年以上一緒に働いているが、いずれの年も沈滞というものを僕は見たことがない — 前進したいという意欲だけだ。

それは音楽作品のようなものだ — 全部で7つの音符なのに、常に新しい鮮やかな歌が現れて、僕たちの心に入り込むのだ。アヴェルブーフと一緒に働くことは、ちょうどそれと同じだ。彼には限界が無い」。

—ショーというものは結局のところ、より娯楽的なフォーマットであり、そこではしばしば難しいエレメンツは要求されません。あなたは時として、何かもっと面白いものを披露出来るのになあという気持ちにはなりませんか?

「いいえ、そのような考えは僕には起こらない。僕たち一人一人は、実際のところ、自分が出来る最大限をやっているし、それが、自分たちが参加しているプロジェクトにとって合理的で、見て面白いものになるようにやっている」。

—かつてあなたは、いつもアドレナリンを探していると口癖のように言っていました。時には自分をわざわざリスクのある状況に置くことを好んでさえいました。ショーに出演して、求める感情を得られていますか?

「ショー、それはやって来て、出し物を見るあなた方、観客のためのものだ。僕たち、フィギュアスケーターにとっては、それは常に緊張であり、アドレナリンだ。

アーティストが、パフォーマンスの前に不安を感じなくなったら、その人は自分の職業で働くことを終了して、何か新しいものを探すべきだ。僕は既に31年間スケート靴を履いているが、常に自分の可能性の最大限を見せようとしている — 見終わった後に、『確かに、来た甲斐があった』と人々に言って貰うためには、それが劇場の舞台であろうが、氷上であろうが重要ではない。

僕はシングルスケーターで、ジャンプがあるが、同時にグループナンバーにも出演するから、何かを忘れやしないかと常に不安だ。全てのパフォーマンスが『磨かれて』理想的であることを望んでいる — これこそが僕たちフィギュアスケーターたちのアドレナリンだ。

さらには、僕がスーパーアドレナリンと呼んでいるものがある。例えば僕にとってそれは、劇場での演技や、自分が今まで一度も取り組んだことが無い何かだ」。
・・・
—今、アジアのフィギュアスケーターたちが舞台を席巻しています。このことでは、ヨーロッパ人とは少し異なる体格 — より細い骨、軽い体重・・・が彼らに有利に働いているという説さえありますが。

「本気? それじゃ何、15年位前は、アジア人たちは違って見えたの? 彼らの身体が何か変化したの?

ロシアの男子シングルスケーターたちに関する質問に対しては、僕は答えを持ち合わせていない — 僕はアマチュアのフィギュアスケートに興味が無いから。

それは何も不思議ではない。ロシアが非常にたくさん勝利した時期があって、今度は誰か他の人の時期が訪れた、それが理由に過ぎない。一つの国が長年に渡って勝ち続けるなどということはあり得ない。だって他の国にだってフィギュアスケートをやっている人たちはいるのだし、今はただ、彼らの時がやって来たのだ。

彼らの後には、再びロシアの時代がやって来るのだ。ここで、身体に理由を探す必要はない。ロシアにだっていくつも学校があるし、皆が素晴らしく働いている。ただこの世には、安定したものなど何も無いというだけだ」。

  1. 2017/07/13(木) 01:12:30|
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2017/07/11 グランプリ大会第1戦Rostelecom Cupのチケット販売が開始された

https://www.sports.ru/figure-skating/1052886088.html
http://www.parter.ru/isu-гран-при-по-фигурному-катанию-bilety.html?doc=artistPages%2Ftickets&fun=artist&action=tickets&erid=1960411&kuid=512157&jumpIn=yTix&affiliate=ADH&xtor=AL-303030406&cn_info=bbceed1a331bdee95de4ccb689988f0b

2017/07/11  2017/18シーズングランプリロシア大会のチケット販売が開始された

2017/18シーズングランプリ大会第1戦Rostelecom Cupのチケット販売が、今日(11日、12:00)開始された。

競技は10月20~21日、モスクワのアイスパレス『メガスポルト』で行われる。10月19日に行われる練習のチケットが、初めて公式に販売されている(訳注:カテゴリーGold席のチケットは既に売り切れ。カテゴリー1の席は500ルーブル(訳注:約940円))。エキシビション公演は、10月22日に予定されている。

一番安いチケット代は、190ルーブル(訳注:約357円。カテゴリー4の席)(一日券、ショートプログラム)で、一番高いチケットは、7100ルーブル(訳注:約13348円)(一日券。カテゴリーGoldの席。フリープログラム)。(訳注:カテゴリーGoldとカテゴリー1のチケットは、ショート、フリー、エキシビションと全て既に売り切れ。)

  1. 2017/07/12(水) 01:34:00|
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2017/07/10 エレーナ・ラジオノワ「フリープログラムのために、今まで一度も試したことがないスタイルを選んだ」

https://www.sports.ru/figure-skating/1052853908.html

2017/07/10 エレーナ・ラジオーノワ「フリープログラムのために、今まで一度も試したことがないスタイルを選んだ」

ロシアのフィギュアスケーター、エレーナ・ラジオーノワは、エレーナ・ブヤーノワコーチの下への移行や、新フリープログラムについて語った。

「私は何かを変えなければならなかったと思っています。何故なら、私がインナ・ゲルマーノヴナ・ゴンチャレンコに深く感謝していることに変わりはありませんが、しかし残念ながら私たちには、アスリートとコーチとしてあるべき関係が失われてしまい、結果を生み出すために必要なその種の仕事がもはや、ありませんでした。

私と彼女は長い間仕事を共にして来ましたが、私たち双方を満足させる好結果の達成につながるような関係はもうありませんでした。ですから、私はエレーナ・ブヤーノワに移ることを決心したのです。

トレーニングプロセスは少し変わりましたが、根本的に変わったとは言いません。そのトレーニングをとても気に入っていますし、エレーナ・ブヤーノワとの意思疎通も上手く行っています。仕事は順調で、私たちはテストスケートを待っています。

私はまだ、全ての秘密を明かしたくありません。フリープログラムに関して言えば、今まで一度も試したことがないスタイルを選びました。私たちは、新しいキャラクターの私を見せることにしました。それは観客にとって興味深いものとなるでしょう。それはエモーショナルなプログラムです。私はそれが気に入っています。

私たちが音楽を選び、シェイ=リーン・ボーンが振り付けた時、全てが上手く運び、全員がその音楽が気に入りました — コーチたちも、振付師も、私自身も。

強いキャラクターを持つ人は、全てに打ち勝つことが出来ます。強い気持ちを持たない人は、チャンピオンにはなれないでしょう。どんな人にも怪我や成長、変化があり、それに適応しなければなりません。この全てに打ち勝つことが出来る人が、トップに立つのです。

私は決して降伏しませんし、絶望もしません。私に必要なのは、ただ前進することです。・・自分がどのように滑ることが出来るのかを私は知っています。ですから懸命に働かなくてはなりません」。ラジオーノワはモスクワからの電話でこのように語った。

文:マリーヤ・セレンコワ / 出典:Golden Skate

  1. 2017/07/11(火) 00:16:31|
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2017/07/07 マクシム・コフトゥン「最初の稼ぎで、母親に毛皮のコートを買った」

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2017/07/07 マクシム・コフトゥン「最初の稼ぎで、母親にシューバ(毛皮外套)を買った」〜その②〜

====ロシアフィギュアスケート連盟公式サイトより一部抜粋。前回の続き====

(オリガ・エルモーリナ)
—休暇の間に家には帰ることが出来たのですか?

「可能な時には、たとえ二日であろうと、なるべくエカテリンブルクへ帰省するようにしている。この夏は両親がモスクワの僕のところへやって来た。正確には、彼らはウクライナのドニェプロペトロフスクにいる僕の実の兄のところへ行って来たのだ。僕以外の全家族が一緒に集まって、休暇を過ごした。この期間ずっと彼らは、僕と連絡を取り合っていた。その後で両親が僕のところへ寄ったのだ。

彼らは、兄のところへ行く前にも僕のところで二日間過ごした。僕は彼らをあらゆるところへ連れて歩いた。モスクワには、彼らがまだ行ったことが無い場所が常にあるし、僕も彼らに全てを見せたい。彼らの時間を充実させたいし、良いレストランで美味しく食べさせたいのだ」。

—あなたの生活でご家族はどのような役割を果たしていますか、両親のサポートがあなたにはどれ程重要なのですか?

「僕にはそれが非常に重要だ。両親がいつも僕を応援してくれるのを知っている。彼らは僕に、何をすべきだとか言って命令したり、迫ったりすることは無い。僕らの家族はそういうのとは違うのだ。どんな状況の時でも僕は家に電話をして、『パープ(パパの愛称)、こんな調子なのだけれど、何かアドバイス出来る?』と聞くことが出来るのだ。

すると彼は、もちろんお前は私が言うことに耳を傾ければ良いが、最後は自分が決めなさい、と言って話し始めるのだ。いつもそんな具合だ。しばしば、難しいことが起こると、僕は両親のアドバイスを聞こうとするし、彼らも正しい解決を示唆してくれる。彼らのところへ行って、弱音を吐いたり、暖かさを感じたり出来る、唯一の人たちなのだ。これが僕の家で、ここでは自由に息をすることが出来るのだと分かっている。家への帰省は、僕にとっては新鮮な空気を一息入れるようなことなのだ」。

—最初に稼いだお金で、あなたは母親にシューバ(毛皮のコート)を買ったというのは本当ですか?

「一番初めのお金じゃないけれど、そうとも言える。確かにそういうことがあった。正確にはまだ給料を貰っていない時だ。スパルタキアードで僕に賞金が出たのだと思うが、何か貯めていたのだ。そして全てのお金をママのシューバのために使ったのだ。僕は彼女に、男だというところを見せたかったし、将来も彼女とパパの面倒を見ることが出来るし、そうするつもりだということを示したかった。

彼らは自分のために生きたことが一度もないのだ。子供が三人いた。僕には二人の兄がいる。僕たちは全く豊かとは言えない生活だった。むしろ、貧しいと言える。兄たちは、もちろん、両親を助けているが、でも別のことで、だ。物質的には彼らにはそのような可能性は無い。何故なら自分たちの家族がいるのだから。

だから僕は両親の生活で欠落した部分を埋めようとしている。両親に人生を楽しむ機会を与えたいのだ。ママに誕生日を祝ってあげたい。彼女が友人たちを招待して、陽気に楽しめるように。あるいは父と一緒に休養に送り出したいのだ。

彼らに車を買った。それは僕の夢だった — パパを運転席に座らせるのが。しかし、最初に彼を説得しなければならなかった。何故なら、彼は反対したから。車を壊して、後でその支払いをするのを恐れたから。でもそういう場合のために保険があって、心配する必要は全く無いのだと僕は説明した。僕が自分で、父に運転を教え始めた。父がモスクワに来る時には、運転席に座らせて、僕たちはCSKAをぐるぐる乗り回した。時とともに父の恐怖が徐々に消えていき、すっかり自信を持って運転するのが分かった。そしてパパは運転免許試験に合格し、今では素晴らしく乗り回している」。

—モスクワにやって来て、あなたは非常に迅速に自分の『銃後』を守りました — 生活を確立しました。そのことは、競技生活の目標を二義的なものへと後退させたのではないですか?

「そんなことはない。アパートメントも車も、自由に呼吸して、生活のことで頭を悩ませないために僕には必要だった。モスクワにやって来てすぐに理解したことは、これら全ての問題を解決して、それらに左右されないようにしなければならないということだった。明日何が起こるか、誰にも分からない。だってスポーツは、人生の一期間なのだから。

今は、僕がトレーニングから気をそらさなくてもいいように、全てが揃っている。オリンピックは、全てのアスリートの目標だ。それは僕の目標だ。過去にもそれが僕の目標だったし、今でも目標だ。多くを語ることや、何らかの約束をすることはしない。僕の課題は、出来ることをやることだ。各試合で、クリーンに自信を持ってプログラムを滑ることだ」。

  1. 2017/07/10(月) 00:38:10|
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2017/07/07 マクシム・コフトゥン「ショートはフラメンコ、フリーはPink Floydになった」

http://www.fsrussia.ru/intervyu/3030-maksim-kovtun-na-pervye-zarabotannye-dengi-kupil-mame-shubu.html

2017/07/07 マクシム・コフトゥン「最初の稼ぎで、母親にシューバ(毛皮外套)を買った」〜その①〜

====ロシアフィギュアスケート連盟公式ページより、一部抜粋====

(オリガ・エルモーリナ)
—マクシム、どのような気持ちで新シーズンへの準備をしていますか、モチベーションは変わりましたか?

「ノヴォゴルスクでの合宿は終わりに近づいている。僕にとって夏季の準備は、 最も重要で、困難な時期の一つだ。何故なら、休暇の、全てを『捨てて』精神的に休息した後に、仕事に入っていくのだから。僕たちは6月5日にプログラム作成に着手する筈だったのだが、2日に開始した。

『ノヴォゴルスク』にはとても感謝している。そこでは準備のための素晴らしい環境が作られていて、全ての必要なものがあり、いつも僕たちを気持ち良く迎えてくれる。

僕には良いチームが作られた。僕のコーチのインナ・ゲルマーノヴナ(・ゴンチャレンコ)、振付師のアンナ・ビリービナ。それに今回は一般的身体訓練のトレーニングで、ペテルブルクのコーチ、ミハイル・ヴォーイノフが僕を助けてくれた」。

—イリヤ・アヴェルブーフが二つのプログラムを作ったのですか?

「イリヤが、エレーナ・スタニスラヴォヴナヤ・マースレンニコワと一緒に二つのプログラムを作った。フリーはさらにミーシャ・ジーが僕たちを助けてくれた。ショートはセルゲイ・ヴェルビロも。

僕たちがショートを作り始めたのは、僕の休暇の前だ。しかし、僕が氷に出た時、セルゲイはすぐに参加することが出来なかった。でも僕たちは全てを完成させなければならなかった。6月1日に僕は休暇から戻ったが、2日には既に氷に出た。何故なら時間がほとんど残っていなかったから。僕たちはミーシャ・ジーに助けてくれるよう頼んだのだが、僕は彼と働くのがとても気に入った。彼は非常にエネルギッシュな人間で、彼はアイディアをたくさん持っている。また彼に頼むだろうと思う」。

—プログラムの音楽は、アヴェルブーフが提案したのですか?

「新プログラムに関する僕のアイディアは、昨シーズンの末に既に口に出していた。ショートプログラムはスペインのテーマにしたい、フリーはクラシックではなく、ロックの何か、あるいはブルースと言った。結局、ショートの音楽はフラメンコ、フリーはPink Floydになった」。

—男子シングルスケートは今、本格的ジャンプブームで、リーダーたちは一つのプログラムのなかで5~6本の四回転ジャンプに挑戦しています。あなたはどのような目標を自分に立てますか?

「目標は以前のままで、ショートで2本の四回転、フリーで3本だ。作シーズンは、フリープログラムのなかで2本か、あるいは3本の四回転というバージョンがあったとすれば、今回は3本の四回転になることを見込んで最初からプログラムを作成した。

ショートでは — 2本の四回転(トウループとサルコウ)と後半のトリプルアクセルだ。フリーでは、四回転ジャンプ以外に、後半に2本のトリプルアクセルだ。だから二つのプログラムは、満杯に装備されている。

当然ながら、仕事も増えている。ジャンプエレメンツ以外でも、プログラムのなかには今までと違うつなぎや興味深いステップ、より多くの充填物があるようにしたいし、プログラム作りの際にもそこを重視した。だからプログラムは、トランジションのステップの面でより面白く、より充実したものになったと感じている。

今度のシーズンはオリンピックシーズンだから、全てをより迅速に行い、たくさん働かなければならない。9月の初めにはテストスケートがある。もし昨年と比較するとすれば、今の時期の僕の準備レベルは、より高い。練習では既に四回転ジャンプ、トリプルジャンプ、4-3のコンビネーション・・・をやっている。でも練習は試合ではないことを理解している。より迅速にコンディションを整えるためには、さらに多く働かなければならないことは分かっている」。

  1. 2017/07/09(日) 02:11:00|
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2017/06/28 アレクセイ・ミーシン「多くの外国の振付師は、いかに彼らが良い振付師であるかを見せるためにプログラムを作っているが、われわれはメダルを獲得出来るようプログラムを作る」

http://www.fsrussia.ru/intervyu/3022-aleksej-mishin-programma-bez-chetvernykh-pryzhkov-vse-ravno-chto-sup-iz-topora.html

2017/06/28 アレクセイ・ミーシン「四回転ジャンプの無いプログラムは、即席スープのようなもの」〜その③〜

====ロシアフィギュアスケート連盟公式サイトより一部抜粋====

(オリガ・エルモーリナ)
アレクセイ・ミーシン:「・・・われわれのサマーキャンプの歴史を顧みれば、覚えておきたいのだが、これらの合宿中に私の指導の下で多くの優れたスケーターたちがジャンプ技術を習得してきたのだ:サラ・マイアー、キーラ・コルピ、ステファン・ランビエール、ハビエル・フェルナンデス、カロリーナ・コストナー、それに若いスケーターの李子君などだ・・・

毎年プログラム作成のためにわれわれは新しい振付師を招待しようと努めている。そもそも、振付師の選択は、非常に重要な局面だ。われわれのグループの中では — ある振付師たちにはそれが気に入り、ある振付師たちにはそれが気に入らないのだが、振付師たちが作るものは、未完成の仕事として対応される。

多くの外国の振付師たちは、いかに彼らが良い振付師であるか — どれだけ美的、耽美的であるかを見せるためにプログラムを作っている。われわれの目標は、メダルを獲得出来るようにプログラムを作ることだ。このために、自分でもプログラム作りをする振付師、タチヤーナ・プロコフィエワが、これらの半製品を仕事に見合った状態まで仕上げ、プログラムをフィギュアスケーターにとってやり易いようにしている。彼女はこの問題のエキスパートだ。

今年われわれは合宿に比較的名前の知られていない振付師アダム・ソリャ(ソリヤ?)を招待した。彼はベルギーの出身で、半分はハンガリー人だ。これまでに私はいくつかの彼の氷上での仕事や、スケーターたちのために彼が作ったプログラムを見た。アダムのスタイルを私は気に入った。われわれは彼との協働を続行するだろうと思う。

有名な振付師ローリー・ニコルもまた、われわれのグループのアスリートたちと仕事をした。彼女はカロリーナ・コストナーに、パリでのディアギレフのシーズンのバレエのモチーフによってニジンスキーが演じた『牧神の午後』に触発された振付でプログラムを作った。ローリーは、中国から来たわれわれの女子選手ズージュン・リー(李子君)の二つのプログラムも作った。

これまでの数年、エマニュエル・サンドュとミーシャ・ジーがプログラム作りでグループのスケーターたちを助けてくれた。われわれは、振付けのフランス派の有力な代表者であるブノア・リショーとの長年の協働を継続する。タルトゥのわれわれのもとへ、イーゴリ・モイセーエフ民族舞踊アンサンブルのソリスト、ラミーリ・メフジーエフが来てくれ、このことは嬉しい驚きとなった。

指摘したいのは、われわれと振付師たちとの協働は、相互的な性格を持っているということだ。振付師たちは、われわれのグループで長年にわたって形成されて来たコンセプトや経験から、自分にとって新しい多くのことを知ることが出来る。そして共同の仕事が終了する時には毎回、仕事のついでに多くの知識を得たことを隠さないで打ち明ける。時代とともに振付師はより多くのことが要求されるようになっていくなかで、これらの知識は多くの助けとなるのだ。

実際のところ、プリューシェンコ、ガチンスキー、トゥクタムィシェワ、ペトローフ、ラズーキンのようなアスリートたちとの協働は、フィギュアスケートの世界トップクラスのアスリートたちのイメージを振付師たちに醸成し、彼らのランクを上げることになるのだ」。

  1. 2017/07/08(土) 02:45:44|
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2017/06/30 アリーナ・ザギートワ「小さなチンチラから、とても暖かなものが流れてくる」

http://www.fsrussia.ru/intervyu/3026-alina-zagitova-chtoby-sledit-za-moimi-vystupleniyami-na-ldu-babushka-podruzhilas-s-kompyuterom.html

2017/06/30 アリーナ・ザギートワ「私の氷上での演技を追いかけるために、祖母はコンピューターに親しみ始めた」〜その②〜

====一部抜粋。前回の続き====

(オリガ・エルモーリナ)
—イジェーフスクのリンクではあなたをどのように迎えたのか、教えてください。

「私の妹もフィギュアスケートをやっているので、彼女のトレーニングを見るために私はリンクに出かけたのです。正直言って、子供たちがあのように私を迎えてくれるなんて思ってもいませんでした! たちまち取り囲まれて、抱き付かれて、もう少しで倒されそうになりました。彼らにはトレーニングがあったのに、私のせいで全員の練習がそっちのけになりました。それで私は彼らに言いました:『さあ、練習しましょう』。トレーニング時間は大事にしなければなりません。それは自分のことではっきりと分かったことです」。

—ホッケーのコーチであるあなたのお父様は、多分、あなたの成功を誇りに思っているでしょう?

「もちろんです。それと同時にこうも言います:『おまえは、もちろん、立派だ。でも、力を抜かないで、さらに前に進まなければならないよ』。試合が終わると毎回、こう言われます。家でパパはすぐに私をトレーニングしようとしました。コーチはやはりコーチです」。

—今あなたはノヴォゴルスクで合宿中です。スポーツ漬けの毎日ですね?

「でも私は出来るだけ、自分の生活を彩りのあるものにしようとしています。つい最近、私のところに友達が現れました— 小さなチンチラです。私はそれにディムカ(訳注:ディムは煙、カは指小・愛称形。多分、煙色をしているから)という名前を付けています。今あなたと電話で話をしていますが、ディムカはまるで全てを理解しているかのように、私のことを二つの目で見つめています。

祖母が家から一時的に連れて来たのです。私がとても寂しがっているので。この小さな動物からとても暖かなものが流れて来ます。ディムカは最も愛すべき、忠実な私のファンになるだろうと思えるのです」。

—幸運を祈っています、アリーナ。

  1. 2017/07/07(金) 00:33:00|
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2017/07/04 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「東京で迷子になり、8kmを一気に歩いた」

http://www.fsrussia.ru/intervyu/3029-evgeniya-medvedeva-legkij-put-ne-vsegda-pravilnyj.html

2017/07/04 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「容易な道 — それは常に正しい訳ではない」〜その②〜

====一部抜粋。前回の続き====

(オリガ・エルモーリナ)
—あなたの外国語はどうなのですか?

「日本語の学習に真剣に取り組みたいと、とても思っていますし、英語もさらによく習得して多くの本をもっと読みたいのです。学校では、特に上級学年ではこれに当てる時間が足りませんでした。そのため自分が読まなければならない本のリストを作りました」。

—休暇の時にあなたは日本と中国に行きました。そしてまた日本ですか?

「はい。私はこの国が気に入っています。私は何度もあそこに行きましたが、試合では、全ての注意は仕事にピントが合っています。でも私は、歴史や文化に深く浸りたかったし、大阪や京都などの民族的な日本を見たかったのです。東京にも滞在したかった。

私たちは二日間東京を散歩しました。迷子になって、ホテルまでどうしたらたどり着けるかをナビゲーションで探しました。8kmを徒歩で一気に歩きました。でもこれが素晴らしかったのです! 

今回私は神社やお寺、皇居を見ましたし、京都の狭い小路もゆっくりと歩きました。日本の自然も満喫しました。民族的衣装の着物も着てみました。そしてもちろん、和食も。全て試してみたかったのです!」。

  1. 2017/07/06(木) 00:37:00|
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2017/07/04 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「容易な道 ー それは常に正しい訳ではない」

http://www.fsrussia.ru/intervyu/3029-evgeniya-medvedeva-legkij-put-ne-vsegda-pravilnyj.html

2017/07/04 エヴゲーニヤ・メドヴェージェワ「容易な道 — それは常に正しい訳ではない」〜その①〜

(オリガ・エルモーリナ)
二度の世界およびヨーロッパ女王エヴゲーニヤ・メドヴェージェワは、今シーズンへの準備や新プログラムの音楽について語った。

—ジェーニャ、こんなにも忙しい日程は、あなたにとってもう当たり前のことなのですか? つまり、新プログラム作成、卒業試験、短い休暇、合宿、ショー、学校の卒業式、ショー、そしてまた仕事というような。

「あなたが今列挙した全てのもの、それが私の生活です。それが私の選択です。選択は常にあります。より容易な道も常にあります。しかし、容易な道 — それは正しい道とは限りません。どのようなスポーツでもそうですが、フィギュアスケートは自分自身への取り組みがまず初めにあるのです。それに、自分の職業が同時に自分の趣味であれば、それは幸せなことです。そのような時には、仕事やトレーニングのプロセスそのものが喜びをもたらします。私の場合はまさにそれなのです」。

—新プログラムについて話すことは出来ますか?

「ショートプログラムのために私たちは、ジョシュア・ベルJoshua Bell演奏のフレデリック・ショパンのノクターンNo.20(Nocturne No20 in C-Sharp Minor, Op.Posth)を選びました。

フリーは、ジョージ・ウィンストンGeorge Winston のJanuary Stars、マックス・リヒターMax Richter の出発 Departure (Lulbaby)、 それと ドナ・ノビスDona Nobisの Pacem 2です。

プログラムは6月の初めに作り始めました。エテリ・トゥトベリーゼと一緒にダニイル・グレイヘンガウス、イリヤ・アヴェルブーフがそれらの二つのプログラムを作ったのです。

二つの新プログラムをソチのテストスケートで披露します。それと映画『アンナ・カレーニナ』の音楽で作られた新エキシビションナンバーを、横浜のショーで滑るつもりです。これは最終的バージョンではありません。私たちはエキシビションナンバーをシーズンのなかで磨き、改善していくつもりなのです」。

—技術面では何らかの変更があるのでしょうか?

「ショートプログラムでは、全て以前のエレメンツと同じものになるでしょう。私たちはフリーを難しくしようとしました。最初の3-3のコンビネーションジャンプを後半に移しました。ですから今では、プログラムの前半でのジャンプは一度だけです」。

—夏には多くのフィギュアスケーターたちがエキシビション公演に出演しています。ショーは、アスリートにとって気分転換なのか、お金を稼ぐ手段なのか、それとも他の何かでしょうか?

「全てはアスリート自身の関わり方によります。私にとってシーズン初めのエキシビションは — 観客とのコンタクトを円滑にする手段であり、氷上に一人で立って多くの観客に見られる感覚を思い出す手段でもあります。

誰がどんなことを言っているのかは知りませんが、私にとってはショーであれ試合であれ、氷に出て行くことは、それは常にアドレナリン、緊張、ある種の気分を意味します。

ショーはある程度試合を思い出させます。もちろん、契約義務は果たさなければなりません。大抵の場合、ショーへのスケーターたちの出演は事前に決められているのですから」。

—最近のショーで何か特別なことが記憶に残りましたか?

「最も興味深いこと — それは以前に試合で出逢ったことは無いのに、全ての競技生活を通してインスピレーションを与えてくれていたような人々やアスリートたちとの出会いです」。

—例えば?

「そのようなアスリートたちは沢山います。でも例えば、私はジョニー・ウイアーを見るのが興味深かった。彼が氷上で自分をどのように感じているのか、どのように滑っているのかと。ジョニーがアマチュアで滑っていた頃を私は知りませんし、彼の滑りを生で見たことは一度もありませんでした。日本で私たちは知り合うことが出来、彼のトレーニングを少し見る機会がありました。それにとても驚いたのですが、ジョニーは全く訛り無しでロシア語を話すのです」。

  1. 2017/07/05(水) 02:26:00|
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2017/07/01 ペアのスケーター、ドミートリー・コズロフスキーは、金メダルを授与され学校を卒業した

http://www.fsrussia.ru/intervyu/3027-figurist-dmitrij-kozlovskij-okonchil-shkolu-s-zolotoj-medalyu.html

2017/07/01 ペアのスケーター、ドミートリー・コズローフスキーは、金メダルを授与され学校を卒業した

====ロシアフィギュアスケート連盟オフィシャルサイトから一部抜粋====

ペアスケートでアレクサンドラ・ボイコワと一緒に滑って世界ジュニア選手権で銀メダルを獲得したロシアのフィギュアスケーター、ドミートリー・コズローフスキーは、金メダル(訳注:最優秀生徒)を授与されて中等学校を卒業した。彼は、非常に忙しいシーズンのなかで卒業試験の準備を続け、輝かしい成績で全ての科目を合格した。

ジュニアペア、ボイコワ/コズローフスキー組にとって昨シーズンは、非常に成功したシーズンとなった。サンクトペテルブルク出身の彼らは、グランプリシリーズ大会でデビューを果たすと、グランプリファイナルに選ばれ、ロシア選手権に出場した。ロシアジュニア選手権で優勝し、台北で行われた世界ジュニア選手権に初出場したが、そこでは銀メダルを獲得した。

ジーマは、練習と試合とがぎっしり詰まった日課と、学校の卒業試験への準備を両立させたが、実際のところ、それはあり得ない程困難だった。しかし、全てから判断すると、そこではアスリートの本領が発揮された。

「もちろん、難しかった。時間が足りずに、試合にまで本や教科書を持っていかなければならなかった。しかし、試験の時僕は全く不安にならなかった。何故なら、とても良く準備が出来ていたから。

少し緊張したのは、数学の専門試験の前だけだった。だって自分の先生たちに対して責任を感じていたから。この二年間というもの先生たちは、この難しい試験に向けての僕の準備に尽力してきたのだ。成績には、全員が満足してくれた。
・ ・・・
勉強に対する真剣な態度は、タマーラ・ニコラエヴナ・モスクヴィナのグループにもあったし、今もある。

10年生になると学校の負担が非常に増大した。僕が常に気に入っている科目は、数学と技術教科なのだが、僕たちのクラスは人文的方向を取っていて、文学がとても多かった。そして僕の今後の大学入学のために必要だったのは数学だったのだ。

卒業学年では、勉強と責任ある大会がかち合った — 僕たちはグランプリファイナルに選ばれたし、他の重要な試合もあった。僕は学校を抜けざるを得なかったので、僕と両親は、教育課程を変更することを決め、既に11年生の時に私立学校『ユヴェンタ』の校外生に移った。そこでは校長先生のお陰で、統一国家試験の準備で僕への個別のアプローチがあった。しばしば、夜と休日に授業を受けなければならなかった。

統一国家試験で僕は5教科受けた — 数学の基礎と専門、ロシア語、社会、歴史だ。試験の成績が良かったので嬉しい。僕の勉強期間を通して先生たちの助けと応援が無かったなら、この課題を達成するのは難しかっただろう。

とても嬉しかったのは、僕のコーチたちやパートナーのアレクサンドラ・ボイコワが、受験勉強のプロセスを常時気にかけてくれたことだ。彼女も同じように、勉強には責任を持って対応しようとしているのだ。そしてもちろん、僕の家族には大いに感謝している。僕の家族は常に、僕の勉強とスポーツのためのあらゆる環境を作ってくれたし、あらゆる分野の興味深い、新しい知識を与えてくれた! 彼らは僕を信じていたし、僕は彼らに嫌な思いをさせないようにした。

僕たちは既に卒業を祝い終わった。僕たちの街ペテルゴフでは、卒業生たちのためにとても美しい催し『深紅の帆』と、メダリストの舞踏会が組織された。試験が過去のものとなって良かった。これからは新たな責任あるシーズンに向けた準備に集中することが出来る」。ドミートリー・コズローフスキーはこのように語った。

  1. 2017/07/04(火) 01:59:00|
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2017/07/01 ドミートリー・ソロヴィヨフ「エカテリーナ・ボブロワと僕は、振付師ポークリタルーとの仕事で最高の気分を味わっている」

http://rsport.ru/figure_skating/20170701/1122406786.html

2017/07/01 ドミートリー・ソロヴィヨーフ「ボブローワと僕は、振付師ポークリタルーとの仕事で最高の気分を味わっている」

モスクワ、7月1日、R-Sport、イリダール・サトゥジノフ。
2014年ソチオリンピック団体戦金メダリスト、ロシアのフィギュアスケーター、ドミートリー・ソロヴィヨーフによると、彼とパートナーのエカテリーナ・ボブローワは、彼らのフリープログラムを作った有名なモルドバの振付師ラドゥ・ポークリタルーとの仕事で「ただ最高の気分」を味わっているという。

アイスダンス現ヨーロッパ選手権銅メダリスト、ロシアチャンピオン、ボブローワ/ソロヴィヨーフ組のコーチであるアレクサンドル・ジューリンが四月にR-Sportに語ったところでは、彼は、オリンピックシーズンの二人のフリープログラムを、ポークリタルーと一緒に作るということだった。ポークリタルーは、バレエ作品「ロミオとジュリエット」や「ハムレット」の創作で有名であり、また冬季ソチオリンピックの開会式、閉会式の振付師だった。

「ポークリタルーは、振付けへの取り組みの面で、僕たちを非常に多く変えている」。ソロヴィヨーフは、R-Sportに語った。「彼には、フィギュアスケートだけでなく、振付けだけでなく、人生に対しても独自の視点がある。

彼は非常に興味深く、教養のある人だ。フィギュアスケートという枠のなかで彼と一緒に働くだけでなく、どのようなテーマで話をしてもとても面白く、彼は機知に富んでいるのだ。

一つ一つの身体の動きに対して彼は面白い視点を持っている。どのようなプロフェッショナルともそうだけれど、彼と一緒に働くのは僕たちにとって、ただ最高の気分だ」。

ソロヴィヨーフによると、ポークリタルーはフリープログラムを作る時、全てを分かり易く説明し、そのことが良い成果を生んだという。

「自分が何を欲しているのかを知っている人間だけが、彼と相互作用を及ぼし合うことが出来るのだ。議論すれば、そこから何か第三のもの、あるいはさらに良い何かが生まれる可能性がある。このようなプロセスが進行する時は、いつだって面白いものだ。

ポークリタルーと働くのは容易だ、とは僕は言わない。彼は簡単にはいかない材料や、何か新しいものを与えるし、それらが全てすぐに上手く行く訳ではない。しかし、彼が良く、分かり易く全てを僕たちに説明してくれるものを容易にやる方法を、彼は自分で見せてくれる。それが良い成果を上げている。

僕たちはフリープログラム作りを終えたので、あとは『クリーンにする』だけだ。ミスをなくす仕事が行われている」。ソロヴィヨーフはこのように語った。

  1. 2017/07/03(月) 01:45:08|
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